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<東京怪談・PCゲームノベル>


Track 14 featuring 大徳寺華子

 …泣き叫ぶ声が聴こえる。そう思ったのは錯覚だったか。ふと立ち止まる彼女のその姿は光に照らされ存在感がいや増す――と言うよりも、闇に紛れて溶け込んでこそ映えるものと言えそうで。闇より深い黒の中、散りばめられた赤い花容はささやかながら着物の上に。肩からずり落ちそうな程、わざと大きく開かれている襟の合わせのその下も黒。素肌ではなくハイネックのノースリーブが覗いている。ややボンデージ風の挑発的なファッション。シルエットはまるで異国のドレスの如き。そんな風に崩して装われた着物の丈は足許、引き摺る程で。
 彼女の唇に浮かべられているのは謎めいた微笑。それが何事か思案している風の表情にやや変わり――彼女のその手がゆっくりと自分の髪を掻き上げる。意図せず指先が触れ、耳許の飾りが静かに鳴る。闇に溶け込むような漆黒の長い髪。腰辺りまであるその髪が指先で梳かれ、流される。無音の音が鳴る。空気が揺れる。
 彼女が歩いていたのは、都会の夜の街。

 …妙な塩梅になっちまったようだねぇ。

 小さく溜息を吐きながら彼女――華子は気だるげに小首を傾げる。…華子は祝詞を唄う大徳寺の家、そこの最後の跡取娘。祝詞を捧げ続けた『神』からの、最後の『恩恵』――その仕打ち。奪われた命の刻限。時を刻まぬ己の身体。疾うの昔に死んだも同然の自分――そう、今更何が起きてもどうって事はないけれど。
 それでも、他人様の都合で自分の周りを勝手にどうこうされるってのはあまり気持ちの良いもんじゃない。

 …錯覚かとも思えるような何者かの泣き叫ぶ声、続き、自分の周囲に奇妙な違和感を感じた――直後、華子の視界にふと入ったのは病院から抜け出して来たようなパジャマ姿の少女がひとり。年の頃は十五、六だろうが、年若いと言うよりも幼いような印象。片手に何か――掌に収まるサイズの小さな物――砂時計?――を持っている。
 混沌の闇と造られた光が交錯する雑踏の中。
 酷く暗い、奈落の底を見て来た瞳が目に留まる。

 そりゃ、こんな場になら他にも人間はたくさんいるけどさ。
 ちょっとばかり、不自然だとも思えるだろぅよ。
 こんな嬢ちゃんが、私みたいなのとおんなじ目ぇして、たったひとりで歩いているとなりゃさ?



 …で、都会の夜の街のド真ん中で――その嬢ちゃんと見詰め合ってたのはどのくらいだったかねぇ? 珍しく私の方が根負けしちゃったよぅ。ふふふ。まぁ、そんな訳で私の方から嬢ちゃんに話し掛けてみた訳さ。どうかしたのかいってね。
 そうしたら――貴方はどうしてここに居るの、って嬢ちゃんは暗ぁい目のまんまこう来る訳さ。…どうしたもこうしたもあるもんかい。私はただこの道を歩いていただけだからねぇ? 目的は別に嬢ちゃんに言う必要も無いし。…反射的にそう思いはするけど、そんな意味で嬢ちゃんが訊いてるってんじゃない事ぁ私だってわかってる。別に判断付いてない訳じゃない。

 ただ、まともに答える必要は感じなかったね。

 …そう、この嬢ちゃんが本当に訊きたいのは――『世界にお前が存在してるのはどうしてだ』、ってさ、そっちなんだろうからね。
 そんなのはこっちが知りたいさ。
 でもねぇ、誰かに訊いたって答えなんか返ってこない、ってのが私にしてみりゃその答えでもあるんだよ。
 そんな事を人に訊きたいって事はさ、そりゃあ――自分自身に訊いてるのと何も変わりゃしない。
 自分がどうしてここに居るのか――それが知りたい、って事なんだろぅ?

 さっき聴こえた泣き叫ぶ声は私から見た嬢ちゃんの印象。
 聴こえた――んじゃなくて、感じちまったんだろうさ。
『声』で。

 …多分ね。

 この嬢ちゃん――どうしようもないところで、足掻いて足掻いて、それでもどうにもならなくなっちゃってるんだろうよ。
 むしろ諦めたいって、そう思えるけど、できない――ってくらいにねぇ。
 踏み止まりたいのか逝っちまいたいのか。
 自分の中でわけもわからず足掻いてる。
 自覚も何も無いままに。



 でさ。
 嬢ちゃんは私の声をね、綺麗な声だ――なぁんて脈絡無くいきなり言うんだよ。
 唐突な話だろぅ?
 …そりゃあね、私は『唄う』為の家の生まれさ。ちぃっちゃい頃から色々訓練もさせられて来た。言わば商売道具だからねぇ。当然っちゃ当然だとも思うんだよ。
 けどね。
 今はもう――軽々しく唄って見せる訳には行かないよ。

 私の唄は『忌唄』だから。
 ヒトを穢して堕とす唄。
 …私の唄を聴かせたなら、嬢ちゃんが壊れちまう。

 そう言って聞かせたんだけどねぇ…嬢ちゃんはぶんぶん頭を振る訳さ。
 聴きたいって。
 私の説明を聞いたら――だったら、余計って。
 是が非でも聴きたいってね、頑張られちまえば――こっちで駄目だって言い張る理由もないよ。
 …それでどうなろうと、知ったこっちゃないしねぇ。
 もしそれで嬢ちゃんが彼岸に行っちまっても、自業自得って奴になるだけ。
 私はちゃあんと説明はしたよ。

 唄って。
 …それこそ鈴を振るみたいな綺麗な声で嬢ちゃんはそう乞うのさ。

 そうさね…嬢ちゃんなら、構わないかもしれないねぇ。
 結局、私の唇はそう動く。



 …違和。
 声の出し方からして、既に違っている。
 何か重い暗い泥みたいな何かが腹ん中に落っこちる。
 目の前が真っ黒に塗り潰される。
 どろどろの澱みの縁に誘われる――引き摺り込まれる。
 逃げられない。
 …そんな感覚に陥る音の連なり。

 紡がれる旋律は、予定調和を壊す音。
 それでいて、厳かな。
 神に捧げる祝詞――否、忌唄。

 倣い憶えた狂気の旋律。
 ひととおり、唄い終えて。

 有難う。小さくそう呟いた嬢ちゃんの声は――何処か震えていたように感じられたのは気のせいだったかねぇ。いやね、あんまり気になったからさ、本っ当に大丈夫かい? って…そう声を掛けようと嬢ちゃんの顔を覗き込んでみたんだよ。
 でもね――その時点で、安堵したさ。
 嬢ちゃんの瞳の中にあったのは、昏い昏い――真っ黒な歓喜だったからねぇ。
 ああ、大丈夫だね、ってすぐわかったさ。

 だって狂気は、その瞳に初めっからあったもの。
 今私の唄を聴いて――発狂した訳じゃない。
 この嬢ちゃんは初めの初めっから奈落の底に居る。
 ならば私の忌唄は格好の子守唄だろうさ。

 自然、微笑みが浮かんだね。

 だって、私に出来るのは忌唄を唄う事だけじゃないか?
 お役に立てたのならそれで良いのさ。

 …少ししてね。
 嬢ちゃんは何かに気付いたみたいな顔をしたんだ。
 遠くを見てね、あの女が来る――って呟いた。
 あの女って何者さ? そう嬢ちゃんに訊き返した時には。

 何処も見てない真っ黒な瞳は、私の目の前から、消えちまったのさ。



 おやおや。
 …いつの間に何処に行っちまったんだか。

 華子の視界には既にパジャマ姿の少女の姿は無い。

 そう言えばあの嬢ちゃんが居るのに気付いてから――奇妙なくらい何の音もしなかったねぇ?
 それに、嬢ちゃん以外の誰の姿も見えやしなかった。
 と、なると――さっき感じた違和感は、あの嬢ちゃんの術中だったから、って事なのかもしれないねぇ。
 何処か、隔離された『別の場所』。
 だって――私が唄って、今ここに居る周辺の皆々様になぁんの影響も無かったようだものねぇ。

 華子は視線を巡らせる。
 雑踏は素知らぬ顔でそこに在る。
 人々は、人込みの中歩いている。
 都会の夜の、普通の姿。
 華子の事など気に留めてもいない。

 見れば見る程――よくこんなところで唄う気になったもんだねぇ、私も。
 まったく、奇妙な嬢ちゃんだよ。

 …ばいばい、ってさ。
 その声だけ残して、嬢ちゃんの姿は――消えちまったんだよねぇ。
 人込みに紛れて見えなくなった、ってんじゃない。
 言葉通り、ぱっ、て消えちまったんだ。
 なのに、それが当然って思えたのは、変だなぁとは思ったねぇ。

 本当に、刹那の事だったよ。
 雑音が耳に戻って来たのは。都会のざわめき。重なり過ぎて意味を取れない人の声。自動車の音。店先の有線。他愛もない歌が流れる。軽い歌。
 気付いた時には、少女の姿は見えない。
 掻き消えてしまったように、居た筈の場所に居ない――。

 さて。
 …このまま歩いてっちまって、なぁんにもなかった事にして――いいのかねぇ。

 考える。

 と。

 雑踏の向こう。
 少し離れた場所。
 自分と同じくらい長く細い裾。
 何故か、人の波に紛れない姿の女性。

 目を閉じた姿が佇んでいる。
 …なのに、視線が感じられる。
 その胸元に抱かれている黒猫の目が――華子を見ている。

 気になった。

「………………貴方が、原因かい?」

 何の、とは訊かない。
 …ただ、それを問うだけでわかる相手に見えたから。
 貴方こそがパジャマ姿の少女が逃げるように消えた――その原因なのか、と。
 華子はそこまでは言わないで、訊いている。
 目的の相手に聞こえているかもわからない。
 夜は夜でも人込みが決してなくならないその場所。
 大きな声を出した訳でも無い。
 わからなくて、当然な。

「貴方がそう思うのなら」

 なのに。
 やっぱり答えが返ってくる。
 やっぱり、わからなくて当然な声がわかる姐さん、って事なんだねぇ。

「…そう来るかい。ま、姐さんが何なのかは知らないが――嬢ちゃんにとっては会いたくない相手って事か」

「ええ」

 静かに唇から言葉が紡がれる。

「怖がる必要などないのに、彼女は私を懼れる。…話を聞いてもくれないわ」

「ふぅん。…私はなぁんとなくわかる気がするけどねぇ」

 その答えに、胸に抱かれた黒猫の目が華子へと問い掛ける。
 現れた女性の――彼女が連れた猫のその態度に、艶やかな唇がくすりと笑った。

「姐さんにはどうしてもわかりそうにないからね」

 あの子の思い。

「…そうかしら?」

「ああ。だからって私が本当にわかってるかって言うと…それもどうだか知らないけどね。
 …けどねぇ。あの嬢ちゃん、可哀想だけど同時に…羨ましいとも思えるんだよねぇ、私には」

 …だってもう、気が触れちまってる訳だろぅ?
 じゃあ、あの嬢ちゃんはもう、どうやって『幸せ』になったらいいのか――自分でわかってる訳じゃないか。
 私みたいなのから見りゃあさ、その方が――生きながら死ぬよりずっといいかもしれないよ。

 そんな華子の言葉に対し、ただ――静かに微笑む唇。
 憐れむと言うより――仕方なさそうな、それでいて何処か、優しげな。
 黒猫の瞳は華子から視線を外さない。

「それでも貴方は…ただ絶望しているだけではないようね」

「さぁ? どうだかねぇ。ああ、だからこそここで羨ましいって言葉が出てくるのかもしれないねぇ?」

 己は決して彼岸に行けないから。

「…そうね、貴方は狂えそうにないわ」

「…姐さんにもそっくりそのまま返してあげるよ」

 華子はさくりとそう告げる。
 黒猫の目は静かに笑う。

「…それでも彼女を放っては置けないのよ。遥か遠く行く末の為に」

「…そう思うなら好きにしたらいいだろぅよ。別に私の知ったこっちゃない」

 貴方が思うように動けばいいだろぅ? 私に確かめる事ぁない。
 嬢ちゃんは嬢ちゃんの、姐さんは姐さんの、私は私の道を行くだけさ。
 違うかい?

 華子はそこまで告げると豊かに流れ落ちる髪を掻き上げ、ふ、と黒猫から視線を逸らす。…もう興味はない。元々、向かっていた方向へと意識を戻す。大した目的では無いがそれでも目的の場所がある。こんな道端よりはまだ居心地の悪くない場所へ。何事も無かったように、足を進める。道を歩き始める。
 もう、黒猫を抱く女の事は華子の意識にも入っていない。
 人込みの中すれ違っても、気にならない。

 そう。…誰かが狂おうが堕ちようが、別に構いはしない事。
 私はただ、忌唄を抱いて何の意味も無く永遠を歩くだけ。

【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■2991/大徳寺・華子(だいとくじ・はなこ)
 女/111歳/忌唄の唄い手

■NPC
 □パジャマ姿の謎の少女/阿部・ヒミコ
 □黒猫を抱いた謎の女性/高峰・沙耶

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          ライター通信
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 初の発注、有難う御座いました。
 …とは言えいきなりこのシナリオとも言えないようなシナリオ(?)に発注下さると言うのは…果たして本当に構わないものなのだろうかとどぎまぎしております。ここで初めましての方の場合、毎度です…。
 PC様の性格や口調に雰囲気等、掴めているのかどうかもいまいち謎ですし(汗)
 確り掴めていればよいのですが…。
 ともあれ、漸くのお渡しになります。
 完全おまかせとの事でしたが、結果、過去のオフィシャル企画である「誰もいない街」…を意識したような作りになりました。
 また、内容にわかりにくいところが多いかも、と言う懸念が実はかなりあったりします…(汗)

 それと、色々お気遣い頂き有難う御座いました(礼)
 クトゥルフ系は苦手と言うか…どうもそちら独特の「名称のある様々な要素」を具体的に本気で使おうと試みると…難解に考え過ぎて身動き取れなくなってしまう傾向があるのです(汗)。なので商品として提供するには…現時点では少し責任持ち切れないかも…と弱気な事思いまして、個室の方ではあんな書き方がしてあります。
 それだけなんですけどね。
 …ちなみに「そちら」独特の空気感とか雰囲気だけなら現時点でも問題ありません。
 嫌いと言う訳では無いので。

 如何だったでしょうか?
 少なくとも対価分は楽しんで頂ければ幸いで御座います。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 ※この「Extra Track」内での人間関係や設定、出来事の類は、今後、当方の他依頼系に参加下さる場合には引き摺らないでやって下さい。どうぞ宜しくお願いします。
 それと、タイトル内にある数字は、こちらで「Extra Track」に発注頂いた順番で振っているだけの通し番号のようなものですので特にお気になさらず。14とあるからと言って続きものではありません。それぞれ単品は単品です。

 深海残月 拝