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<東京怪談・PCゲームノベル>


Track 15 featuring 近江蓮歌

 その日もまた彼女は静まりかえった夜の道を歩いていた。この東京は名だたる不夜城都市とは言え、時間帯や場所によっては――人気が少なくもなる事はやはりある訳で。
 …そんな場所であるからこそ、今彼女が一振りの日本刀などを持ち歩いていられる訳でもあり。
 更に言うなら、歩いていた彼女が立ち止まったそこは――人気の無い公園の、一角。それなりの年経た椎の木の側。『そこ』であるからこそ、人目に触れる事が無い――とも言い換えられるか。
 彼女――近江蓮歌が今ここに来たのは、昼間、バイト先からの帰り道に、ここで迷える霊の気配を感じたから。感じたその時その場所も簡単に確認している。木の根元に置かれた花束。…事故か事件か自殺か――とにかく、誰かが亡くなったのだろう事だけは確からしい場所。そんな曰くが付いた場所ともなれば、夜の夜中に人が近寄るとも考え難い場所。事実、今この公園には蓮歌の見る限り人の気配は無い。しんと静まり返っている。
 改めてそれを確認して、蓮歌は持っていた日本刀――霊刀『御鏡』をすらりと鞘から引き抜く。霊気を帯びた刀身。抜き身の刀を自分の前に翳すよう片手で構え、その刀身の峰に空けた側の手の揃えた指を当て、目を閉じる。何か、祈るような仕種。霊の姿が蓮歌の閉じている目に写る。具体的に『視』えてくる。
 鬱血し顔の膨れた、スーツ姿の――腐り掛けた身体。自殺者。怨念。どうして自分だけこんな目に。誰も助けてくれなかった。もう首が回らない。これ以外に方法は。
『…辛かったのでしょうね』
 蓮歌の『声』も、届かない。
 相手の霊はただ、怨嗟の声を漏らすだけ。
『この刀で貴方を斬ったなら、貴方の魂はその苦しみから解き放たれます』
 相手の霊には聞こえない。
 それどころか。
 丁寧に蓮歌が告げた――その途端。
 何も何も何も知らない癖に――お前も俺を殺すのかあ、と濁った声が飛んで来る。殺気に似た気配。同時に蓮歌は目を開いた。自分に向かってくる霊の姿。自覚して動かす前に、勝手に腕が動いていた。自分へ襲い掛かろうとしている、怨念に支配されたその霊へと蓮歌の持つ刀――霊刀『御鏡』の刀身が吸い込まれていた。蓮歌の側を見る限り剣術もへったくれもない刀の振るい方だが――何故かその太刀筋だけは達人の如き力強さと正確さで。
 …どうも、この蓮歌と『御鏡』を見ていると――『御鏡』の方が蓮歌を引き摺っているのでは、と疑いたくなる節がある。
 ともあれ、蓮歌の手に握られた霊刀『御鏡』によって、その霊は襲い掛かろうとする動きを止める。自我を取り戻す。襲い掛かられる代わりに、恨み言を言われる代わりに、すまんな、ねえちゃん――と、そんな声が蓮歌に掛けられる。
 その時既に、霊の気配から邪念は消え、浄化されている。
 そして――すぅ、と霊魂の気配からして、薄くなっていた。
「どうぞ、安らかにお眠り下さいね」
 蓮歌は消えようとするその霊へと声を掛け、ぺこりと一礼。
 深々と頭を下げたそこで、その霊は消えている。

 …何とか、除霊成功。

 その事実に、蓮歌はよし、と小さくガッツポーズ。祖父から譲り受けたこの霊刀、『御鏡』の力が凄まじい事はわかっている。だからこそ私でも、その力を借りて、このくらいの除霊は訳無く出来る。
 初めからわかっている事なのだが――結局、『御鏡』に頼り切りな自分がどうも情けない。
 それは私と『御鏡』で何とかなる事は多い。『御鏡』は信頼出来る霊刀である。…けれどそれでも。
 …自分でも、この『御鏡』に振り回されているだけで、使いこなせてはいない事は――わかるのだ。

 はぁ、と溜息。

 蓮歌はいつも、迷える霊、怨念に蝕まれ飛び立てなくなった魂を見付けては――自分の力を試そうと。
 目立たぬように『夜』と言う時間を狙い。
 霊刀『御鏡』を携え外出、それらの霊魂を浄化すると言う作業を続けていた。

 …出来る事は、出来る。
 が、それでもやっぱり悩ましい。
 結果はどうあれそこに至る過程が問題だ。『御鏡』を振るい、ひやりとしたのは一度や二度では無い。勝手に動いている自分の腕。意識していない動きで怨念を切り裂く。僅かながら、不安。何処かの道場の門を叩いて改めて剣術の稽古をするべきか。…簡単にそんな訳にも行かないから、結局蓮歌は実践の方で経験を積んで行こうと、夜な夜な霊刀を振るっている事になる。
 生来の性格故かあまり深刻そうでは無いが、蓮歌にしてみれば――自分に託された霊刀『御鏡』を、自分の力量で使いこなせていないのは数少ない苦悩のひとつ。
 抜き身の『御鏡』の刀身を改めて見、ごめんなさいとぽつり謝りつつ蓮歌は納刀。
 …やっぱり溜息が出る。

 と。
 そこに。
 唐突に、黒い気配が飛び込んできた。
 闇の眷族の、魔力の気配。
 それも、強い。



 何事か。思い蓮歌は警戒し、改めて気配の源を探る。蓮歌の視界に入ったのは音も無く空を舞う人影――中世ヨーロッパ辺りに居そうな貴婦人風の妙齢の女性。…が、ここは現代日本のそれも東京だ。
 否、場所柄云々置いといたとしても――そもそも人間が空を飛ぶだろうか?
 はためく赤いドレスの裾。蓮歌は唐突な姿にやや面食らってしまい、目を瞬かせつつもそのまま彼女の姿を見送ってしまう。
 が。
 彼女を追って次に現れた――と思しき者を見、蓮歌はひとまず理解した。特徴的な黒衣――蓮歌は細かい宗派は知らないが、キリスト教の神父さんっぽい服装の、険しい顔をした男性の姿。向こうは蓮歌の存在を視界に入れてはいない。
 闇の眷族の気配と、神父。
 そうなれば――今の空を舞う女性の正体はわかりそうなもの。
 …こんなチャンス、滅多にないかも。
 蓮歌は『御鏡』を見下ろすとこくりと頷き、刀身を鞘から引き抜いた。
 そして、今見た彼らを追い掛ける。

 対峙する赤いドレスの貴婦人と、片手にロザリオを巻き付けクロス部分を握っている黒衣の神父。そこに――加勢しますと声を掛け、黒衣の神父側に付く形に蓮歌は割って入る。あら、と意外そうな顔をする貴婦人――恐らく、高位の魔物。そしてこちらもまた意外そうな顔をしている黒衣の神父。日本人とは違った彫りの深い顔立ち。彼は少し考えるよう黙り込んでいたが、やがて蓮歌の加勢を認めたか、何も言わぬまま頷き、貴婦人の方へと視線を向けた。そして――やはり日本語ではない言葉で何事か叫びながら、赤いドレスの貴婦人へと低い姿勢で突進。そんな姿をあやすような、挑発するような――余裕の笑みを浮かべる赤いドレスの貴婦人。その口端に牙が見えた――こちらもやはり、吸血鬼。
 蓮歌は黒衣の神父の攻撃を見、それをサポートする形で動こうと考える。…ロザリオを握る以上は素手なのに吸血鬼と互角に見える。いや、一手一手が軽くいなされてしまっているか。蓮歌は吸血鬼の隙を狙う。死角になるところを探し、『御鏡』片手に走り込む。黒衣の神父の手、翻る吸血鬼の姿、こちらを見ていない。行ける――。
 思ったところで、蓮歌は『御鏡』の切っ先を吸血鬼に向け、体当たりするように貫いた。
 瞬間、思わず目を閉じてしまったが、確かな手応え。ずっと感じていた闇の気配を捉えた。間違いない。
 が。
 浄化される、気配がない。
 恐る恐る、目を開ける。
 と。
 自分の握る『御鏡』の切っ先が貫いていたのは――黒い背中。
 吸血鬼が着ているのは、血のように赤い服。
 黒い服を着ているのは――神父の方。
「――!」
 何故今。
 …目の前に居たのはこの人なのか。
 殺してしまった――。
 内心で慌てながら蓮歌は『御鏡』を引き抜く。刀身には疑いようのない血脂。刀が抜かれるのに合わせ、傾ぐ身体。が――倒れない。
 それどころか黒衣の神父は難しそうな顔をして振り返り、蓮歌を見ている。
「何処を狙っている…」
 今度は確りと日本語で、だが辛そうでも何でもない口調でぼそりと呟かれる。
 …今の位置を刺し貫いてしまったら――普通、絶命する。
 俄かに混乱した。
「あ、あの、私は――闇の魔力を」
 そう、闇の気配を追った筈なのに。思いつつ、蓮歌は再び感覚を研ぎ澄まし周辺の気配を確認し直す。
 と。
 変な事に気が付いた。
 闇の魔力の気配は確かにある。
 が。
 …『自分以外に人間の気配が近くに一切無い』。
 そして。
『同一と言える闇の魔力の気配』が――『ふたつ』ある。
 更に。
 ふたつのうちひとつ、その片方は――目の前に居る、たった今刺し貫いてしまった黒衣の神父のもので。
 その時点で蓮歌の顔色が変わったのに気付いたか、はぁ、と黒衣の神父――いや、こちらも先程の吸血鬼らしい赤いドレスの貴婦人と同族、それも同一の気配と言う事は相当に近しい血族なのだろうと予想は付く――は疲れたように溜息。そして、額に手を当て、がくりと項垂れた。
「そうか…ならば気持ちは有難いがもういい、止めておけ…」
 常人ならば致命傷を受けた筈の黒衣の神父。
『御鏡』を握る蓮歌の腕から力が抜ける。闇の魔力を持つとは言え、悪いものでは無さそうとなれば傷付ける理由もない。蓮歌はあ、あの…と、申し訳無さそうに黒衣の神父を見上げ、大丈夫…じゃないですよね、と、どう対処していいものか混乱しつつも、気遣うだけは気遣っている。普通の人間だったら病院か医者かと思うが――そもそも普通の人間だったら今の時点で死んでいる。自分の使える力を考えても、治癒の力は持ち合わせていない。…どうしたらいいのやら。思いながらも蓮歌は自分の身を探り、ハンカチを取り出す。…それでどうも出来はしないがだからと言って放り出せる訳もない――と、すぐ側でおたおたしている蓮歌を一旦見てから、黒衣の神父は、ふ、と顔を背けた。
「気にするな。…放っておけばその内治る」
 それより汚れるぞ、と続け、蓮歌にハンカチを仕舞うように促す。
「でもあの…それは、治るもの、なんですか?」
「俺の場合はな。…忌まわしい事だが」
 ち、と舌打ちしつつ黒衣の神父はそう吐き捨てる。ついでにぺっと地面に吐き出された鮮血。…やはり内臓を傷付けている…のだろう。…吸血鬼が普通に生きているのかどうかはいまいち謎だが。
 蓮歌がそう思ったところで、ふわりと舞い下りる赤いドレス。
 赤いドレス――吸血鬼の彼女は黒衣の神父と蓮歌の前に下り立ち、無防備に――と言うか、蓮歌と黒衣の神父、ふたりを代わる代わる見て苦笑している。
「大丈夫? 結構ぐっさり行ったみたいだけど」
「貴様が言うか…エル…」
「だって貴方が動くの遅いし抵抗しないから」
 だから私が貴方を囮にしちゃったような形になってる訳で。
「――っ!」
「…あ、あの?」
 エルと呼ばれた吸血鬼の言葉に対し、心底悔しげに歯を食い縛り黙り込む黒衣の神父。その態度に蓮歌はまたどうしたものかと焦るが、そこにエルの方から声を掛けられた。
「貴方の狙いは正しかったわよ。あのまま動かなかったら私の方がぐっさり行ったわね」
 あっさりと言いつつ、エルは蓮歌に向け悪戯っぽく片目を閉じる。
「でも、やっぱり私としては大人しく刺されるのは楽しくないから咄嗟に避けたんだけど――そうしたらこのキリエの方がちょうど攻撃に来ちゃって位置関係が変わっちゃったから…ついでだからちょっと引っ張って私の代わりに貴方に刺されてもらった訳」
「…」
 あまりにあんまりな言いようにきょとんとした顔でエルを見る蓮歌。続けてふとキリエと呼ばれた黒衣の神父の方に目をやると、その視線に気付いたか、隠すように蓮歌から顔を逸らしている。
「だからこの子刺しちゃった事に関してはあんまり気にしなくていいわよ。私がやらせたようなもんだから。キリエって何処かで切っ掛け作らないといっつも止まってくれないし、ホントちょうど良かったわ貴方が割って入ってくれて」
「…はぁ」
「それに、貴方にすれば一番気になるだろう『刀で刺した』って件だけど、私たちにしてみれば実際大した事ないから本当に気にしなくて構わない話なの。そりゃ傷付けられれば活動し難くなったりはするけど、私たちって死なないから。霊的な攻撃でも神聖系の力浴びてもおんなじ。属性によっては面倒ではあるけど、致命傷ってのは有り得ないのよ」
「…」
 笑み混じりに一気に捲し立てられ、ふと考え込む蓮歌。
「あの…」
「? なに?」
「お伺いして良いものかどうか、迷うんですけれど…」
 …私には御二人の気が同様のものに感じられるのですが…でしたら、そんな貴方がたが争ってらっしゃったのは…何故、なんでしょうか?
 と。
 恐る恐る訊いた蓮歌のその科白に対し、堪え切れないとばかりにエルが爆笑した。
 そして一方のキリエはと言うと、不機嫌そうに顔を背けている。
 ただ、不機嫌そうではあるが別にそれだけで、改めてエルへ攻撃を仕掛けようともしていない。

 …いったい、なんなんだ。



 あの場から少し離れた――やっぱりそれでも公園の中。
 ブランコを椅子代わりにのほほんと座っている蓮歌とエル、ブランコの囲いのパイプに沈鬱そうな表情で腰掛けているキリエの姿があった。
 彼らの手にはコンビニの袋が下げられている。曰くエルの発案でちょっとお茶でもしましょと言う話になり、近場のコンビニに買い出しに行って来たらしい。終夜営業のファミレス等もある事はあるがそんな店へ向かうにはキリエの怪我が少々目立ってしまいそうである。そんな訳で蓮歌とエルでキリエを置いてコンビニに行って来た。…ちなみに戻って来てもキリエの姿は消えてはいなかった。

「…いつもの事、なんですか」
「そう。…私に同族にされたから、私が憎い仇で殺したい、って事なのよね?」
 科白の最後でエルはキリエ当人に振る。
 と、毛を逆立てた猫の如き反応でキリエはぎろりとエルを睨んでいる。が、それだけで何も言わない。苦さが売りのブラック缶珈琲を自棄気味に呷っている。
「…の割にはどうあってもとどめ刺しに来ないんだけど」
「…それは貴様に隙が無いだけだろうが」
「…だって手を抜いたら失礼でしょ? こっちが手を抜いたところで勝ったって、貴方だって納得行かないんじゃない?」
 にこりと微笑み、エル。
 そこに、はい、と発言を求めるように蓮歌が小さく手を上げた。
「はい、近江さん」
「…あの、仇とか殺したいとかとどめとか物騒な事言っても…そもそも死なないってさっき仰ってませんでしたっけ?」
「ええ」
「…やっぱり聞き間違いじゃなかったんですよね」
「だから、いつもの事だ、って軽く流せる話な訳。ところでこっちも気になってたんだけど…貴方はどうしてこんなところに?」
 女の子ひとりでこんな時間にこんなところに居るなんて、それこそ物騒よ? それはそんな物持っててもね、と霊刀『御鏡』をちらと見つつ、エルは紙コップ入りのミルクティをのほほんと啜っている。
 それは――と、蓮歌は少し言葉を濁した。

「…使いこなせない、ねぇ…?」
 呟きながら小首を傾げるエル。
 ええ、と蓮歌は頷いた。
「ですから…こうやって、目立たない時間帯に、目立たない場所を見付けて――それでいて浮かばれない霊の居るところを狙って、自分を磨こうと――思っているんです」
 霊刀『御鏡』を携えて。
 こっちなら…まだ自信があるんですけど。そう告げつつ、蓮歌はまだ開けていないメロンパンの袋をふわりとその場に浮かせる。そのまま、するすると不自然な平行移動をさせて何も無い空中を小さく一周。自分の手の中に戻す。念動力。
「使い慣れてるみたいね」
「ええ。こちらは。ですが霊刀の方は…」
「だろうな。…実際に突こうと言う時に目を閉じているようではどうしようもないだろう」
 最低限の心得だと思うぞ。
「…ですよね」
 キリエに言われ、しゅん、と落ち込みつつ蓮歌はメロンパンの袋を開け、中身を頬張る。コンビニとしても力を入れているらしいコンビニブランドのメロンパン。美味しい。…が、霊刀に関しては少々寂しい。
 蓮歌がそう思ったところで、こちらも何か思い付いたかエルが小さく声を上げた。
「ねぇ」
「はい」
「キリエにお付き合いしてもらったら? 霊刀の修行の相手ならちょうどいいかも」
「え?」
「…俺がか!?」
「そう。ほら今みたいに悪いところちゃんと指摘してくれるし、私の眷族になるから魔物としては適度に強いし。霊刀の効果があるかどうかも一応闇属性だから浄化の力がどの程度発揮されてるかそれなりにわかりやすいと思うし、キリエの方は最悪でも生気不足で冬眠状態になるだけだから遠慮無くやっちゃっても大して問題無いし。…まぁいざとなったら私が補給してあげるから細かいダメージは気にしなくていいし。それにキリエって元の職業からして人に頼られるの慣れてるでしょ?」
「…貴様」
「あの、本当にいいんですか」
「いいわよ。どうせこいつ暇人だし」
「何を言っている。俺は貴様を殺す為に――」
「って、それは無理だと先程…」
 さくりと蓮歌。
「何だかんだ言ってもキリエって結局優しいから近江さんへのダメージも心配ないしね」
 エルの駄目押し。
「――」
 キリエ、停止。
「そうなんですか?」
 キリエのその姿を見、エルに振る蓮歌。
「そうじゃなかったらもっと本気で私を殺しに――って言うか本気で甚大なダメージ与えに来てるわよ。周囲に居る人の事なんか少しも気にしないでね。本気で復讐の為に手段を選ばないのなら、そのくらい可能な筈だもの」
 当然のようにさらりと返すエル。
「…それに、自分を刺した貴方に対する態度、どう思う?」
 優しいどころかお人好しの範疇に入れても当人以外からは文句は出ないと思うわよ。
 そこまでエルが言った時点でキリエは、がし、と持っていた缶を握り潰し、直後――いつの間にそこに移動したのか、憤怒の形相でエルの首を正面から無遠慮に掴んでいる。
 が。
「いいわよ。どうぞ?」
 エルはあっさり目を閉じる。
 抵抗しない。
 実行に移さないと思っているのか。いや、エルの場合――このまま力尽くで首をへし折ったとしても、死なない事は予測が付く。
 こんな方法ではどうしようもない。
 …それに、蓮歌が見ている。
 キリエの手から力が抜けた。
 それを見届けてから、ほっとしたように蓮歌が口を開く。
「…あの…そんな、無理にとは言いませんけれど…もし宜しければ修行の相手、お願い出来ませんか?」
 キリエさん。
 恐る恐るキリエの様子を窺いながら、それでも言ってみる蓮歌。
 その科白を認めてから、ほらほらとキリエを促し、たった今自分の首をへし折ろうとした当の相手のその額を指で軽ーく小突くエル。
 キリエはエルに小突かれても抵抗しない。

 …どうやら結果、キリエの負け。

【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■1713/近江・蓮歌(おうみ・れんか)
 女/19歳/フリーター

■NPC
 ■エル・レイ/吸血鬼(?)の『親』
 ■キリエ・グレゴリオ/吸血鬼(?)の『子』、元聖職者なので格好がそのまんま…。

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          ライター通信
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 今回は発注有難う御座います。草間興信所の依頼でありました某おこさまの襲撃時にはお世話になりました。
 …まともにライター通信を書くのは初になりますね(いつぞやは某NPCに任せましたから…)
 再びの発注を頂けたと言う事は…呆れられていなかったようで安堵しました(汗)
 ともあれ、漸くのお渡しになります。

 完全おまかせとの事でしたが、随分と勝手にやらせて頂きました(汗)
 まず、夜な夜な霊刀を振るって…と言うのがとても気になり(笑)、当方の吸血鬼親子の喧嘩に噛んで頂きました次第です。…好物がメロンパンともあったので、そちらも絡めて後にのんびり和んだりもしてますが。甘味好きお茶好きな奴でもありますので(特に親)。…また、この親子ってつっこみどころ満載(特に子)だと思うので(笑)そこもちょこっとやって頂きました。

 如何だったでしょうか?
 少なくとも対価分は楽しんで頂ければ幸いで御座います。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 ※この「Extra Track」内での人間関係や設定、出来事の類は、当方の他依頼系では引き摺らないでやって下さい。どうぞ宜しくお願いします。
 それと、タイトル内にある数字は、こちらで「Extra Track」に発注頂いた順番で振っているだけの通し番号のようなものですので特にお気になさらず。15とあるからと言って続きものではありません。それぞれ単品は単品です。

 深海残月 拝