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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


<Rainy Cat>

人として最低だなと思わされる瞬間。
 自動販売機の釣り銭受けのところを”金を投入した覚えなどないにもかかわらず”指を入れてかちゃかちゃと探るとき……
「俺だけじゃなく世の中も不景気なのかね」
 あきらめの気持ちが生まれるよりも先に腰にそろそろ痛みが生じ始め、草間は頭を無造作に掻きながら空を見上げた。
 今にも降り出してしまいそうな、どんよりと煙った頭上。
 ふっ、と鼻をかすめた風に、砂っ気がまじっているアスファルトの湿った香りを感じて草間は慌てて事務所に向かって走り出した。
 今この服を濡らしてしまうわけにはいかない。
 天候の女神様に――ニヒルな男は神様は信じないが女神様は信じるものだ――どうかもうしばらくそのなめらかで透き通った白い手に雨をたたえていてくれ、と祈りながら息を切らせる。
「余計な洗濯物を増やしたかねぇんだよなぁ」 
 彼は今、とてもとても困ったことに……
――もうそろそろ水道が止められてしまいそうなのだった。
 どうにか雨が落ちてくる前に事務所に戻った草間は空腹でソファに倒れ込んでいた。
 食事を必要としない零は掃除しつくして――何も買うことも消費することもないため――暇を持てあまし、時々草間に水を運んでくる以外は彼女もぼんやりとしている。
 と、そのとき、
「あの〜すみませ〜ん」
 入り口の向こうから声が聞こえてきた。
(女神様ありがとうございます!)
 もはや叫ぶ気力もない草間は心の中で両手を組んで感謝の祈りを捧げた。
「は〜い。どうぞいらしてください。ただいま草間は席をはずせませんので〜」

 グラスになみなみと注がれた”水”が二つ、テーブルに置かれている。
 依頼者はどう反応していいか戸惑った様子でそれを眺めていたが気を取り直したように草間の方に顔をむき直すと――どうやら持つとこぼしてしまいそうなので飲むのを控えたらしい――思い詰めたような口調でこういった。
「猫を”ひとり”探して欲しいんです」
 依頼者は確かに”一匹”とはいわず”ひとり”といった。表情から察するに言い間違いでも精神不安定な状態というわけでもなさそうである。
 今にも空腹で卒倒しそうな草間であったが、今まで培ってきた”カン”が鋭く反応していた。
――これはオカルトの類だな
 と。
 いつもの草間ならば一蹴に伏してしまうところなのだが、いかんせん現状打破が優先で早急で”ひっぱく”だった。
 つまり返答は依頼者が詳細を話すよりも先に決まっている。
「その猫というのは」
「ご依頼をお受けいたします」
「え?」
 拍子抜けした依頼者に草間はさらに間の抜けた声を出させるために――もちろんそんなつもりはまったくもってないのだが――こう続けたのだった。
「とりあえず……何かくわせてくれ……」 
「おごってやる金はあいもかわらずないが報酬を見込んでの前借りくらいはしてやれるぞ」
 思いもよらぬ方向から声が聞こえ、
「いいかげん常識範囲内での出没はできねぇのか、おまえはよ……」
 いつの間にか背後に立っていた金髪碧眼の美女に草間は驚くどころかげんなりしたふうにぼやいた。
「私の存在自体が世の中にとってみれば非常識だろうからな。そのほうが不自然というものだろう?」
「はいはい、おまえさんに説法を聞かせた俺が考えたらずでございましたよ……はぁ……」
 いつもより多めに蓄えられた息を腹の底からたっぷりと吐き出す草間。
 レイベル・ラブ。神出鬼没、住所不定で神秘のかたまりな借金女。外見は草間とそうかわらぬ年齢に見えるが実のところ御年400間近の世の一般的な常識では不可解極まりない女性である。
 しかしながら彼女の知識量や洞察力は草間も舌を巻く。協力者としてはその能力だけを考えればとても心強い。この一筋縄ではいかないちょうちょ結びを何十回も繰り返した性格を別にすればの話しではあったが。
「レイベルさんもどうぞ」
 零が彼女にもなみなみと注がれた水を持ってくる。どうやら零自身はわりとこの女性が好きらしい。それもまぁ無下にできない理由のひとつではあった。
「ありがとう」
 零からグラスを受け取り、彼女が再び話の邪魔にならないようにレイベルたちと距離を置くのを見計らい、
「おい」
 にこやかな顔にありったけの怒気を込めて草間にヘッドロックを”かます”レイベル。それからできうるかぎりのドスをきかせた声で、
「彼女に人としてまっとうな生活をさせてやることができないというのなら、他の人間のところに連れていってやろうか?」
「そのまっとうな生活ができてないおまえがそういう偉そうなことをいうかね」
「少なくともここよりはマシなところを紹介してやることくらいはできるな」
「……ウチが毎度火の車なのは俺のせいじゃねぇよ。世の中が不況すぎるんだ」
 どこかすねたようにふいっ、と横を向く草間。レイベルはヘッドロックを解除して水を一口飲み、ソファに深く腰かけると、
「不況の方が探偵稼業というのは儲かるんじゃなかったかな?」
「っぐ……」
 ごもっともだった。
「あ〜っと、それでご依頼の内容なのですが」
「都合が悪くなるとすぐ話を逸らすなぁおまえさんは」
「だまらっしゃい。現状打破のために目の前の仕事に集中してんだろうが」
 こめかみにぶっとい青筋を浮かべつつも依頼者に最高の営業スマイルをお届けする草間だが、そんなものを向けられた依頼者の男はいささか顔をひきつらせて――それでも人が良いのか――笑顔を返していた。
「で、その猫というのは家猫? それとも野良?」
「……野良……だと思います」
「? じゃぁどのあたりでよく見かけました?」
「ええっと……あの、まだ、会ったことはないんです」
「は? それじゃ外見の特徴とかは……」
「わからない……ですね」
「…………」
 おかしな依頼だと最初から思ってはいたが、こうも意味不明なものだとは。草間は問題の入り口に足を踏みいれる前につまづきそうな男の回答に内心頭を抱えた。
 探して欲しいといっておきながらその対象物がどんなものなのかがわからない。空を指さしてこれから”どんな形をした”雲がくるのか”正確に”当ててくださいといわれているのと同じだ。
「すみません……でも、その猫に会わなければいけないんです……」
 深々と頭を下げる男。その様子は切実で、無理難題だということを自身も重々承知しているようだ。
「まいったな……なんでもいいから手がかりはないの?」
 営業口調からいつものおおざっぱなそれにもどった草間はソファの背にどっかりともたれて頭を掻く。
「その猫を実際に見さえすればすぐにわかると思うんです。なんというか……それは間違いないんです」
「そういわれてもねぇ……」
「このあたりだということはなんとなく確信みたいなものがあるんですが……自分でもいろいろと探してみたんですが、どうしてもみつからなくて」
「…………地図、あるか?」
 ふと、それまで黙って話しに耳を傾けていたレイベルが口をはさんだ。その顔は何かしら気づいたようだった。
 彼女の言葉を受けて零が近辺の地図を持ってくる。それをテーブルに拡げ、適当なマーカーを取り出してそれを男に渡す。
「この地図と実際に探してみた場所を照らし合わせられるかな?」
「あ、はい」
「ふむ。それではそこをマーキングしてもらえるだろうか」
 いわれて男はこれまでを思い返しながら次々と地図を塗りつぶしていく。
「おい、レイベル。これで何が……」
「黙ってできあがりを見ておけ」
 不満そうに従う草間だったが、そのできあがりを見て彼女のいった意味を理解した。
「こいつは……」
 地図上のほとんどが塗りつぶされている中、明らかにデッドスポットとなっているまっさらな空間があった。別段入り口がないわけではない。そのあたりが工事しているような覚えもなければほんの数日前に草間は抜け道として使った覚えすらある。
「まぁ、まず間違いはないだろう」
 確信に満ちた顔でレイベルはいった。
「なんでここだけいってないんだ?」
「はて? どうしてなんでしょう?」
 草間の問いかけに男は自分でも皆目見当がつかないらしくしきりに首を傾げていた。
 なんにせよ、この場所が怪しいのは確かだった。
「よし。まずはいってみてやろうじゃないか」
 どうやら目処がたち始めて俄然やる気を湧かせる草間。
「おぉ、そういやぁ」
 ふと依頼者の名前を聞いていないことに気づく。
「あんた名前は?」
「え? あぁ……」
「あぁ、そうだ」
 そこでふとレイベルがぽむっ、と手を打つ。
「なぁ、今の活躍っぷりは報酬の取り分が増えるよな、草間?」
「う……」
 意気揚々として席を立つ草間にレイベルがぼそりと呟いた。
「ま、まぁそれは追々……」
「楽しみにしていよう」
 思わぬテンプルパンチをくらった草間の足取りは、なんだかやたらと重たくなっていた。

 零をのぞいた三人は目的地にてさっそく猫探しを始めていた。
 そこは大通りから数本奥にある公園のためか人があまり利用しておらず、今日のような雨の日にはなおのこと人がやってくる気配はない。確かに猫が生息するにはもってこいの場所だ。
 ほどなくして、
「お!?」
 低木の間をしゃがみ込んで探していた草間が声をあげた。
 薄暗いその木の下で一匹の小さな黒猫がうずくまっている。草間は一旦その場を離れて他を探している二人を呼んだ。
「どうだ?」
「あ……あ……」
 男は猫を見て声を無くしたかと思うとおずおずと手を伸ばし、
「あぁぁぁぁぁ……」
「な!?」
「ふむ……」
 その猫を抱いた瞬間――霞のように消えた。
「ちょっとまてぇ! 金よこせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 人の通らぬさびれた公園に草間の悲痛な叫びがそのあと数分間にわたってこだまし続けたのはいうまでもなかった。加えて残念なことに、その叫びも雨に吸い込まれて誰の耳にも届くことはなかった。

 いつもどおりの事務所内でテーブルに突っ伏した草間。彼の向かいで水をすするレイベル。零は”定位置”で窓を打つ雨を、もしくは雨が打つ窓を眺めていた。
「んで……どういうことよ? こりゃぁ……」
 空腹がすでに限界を超えつつある草間はそれでも最後の力を怒りと疑問に費やしてレイベルに問いかけた。
「最後の晩餐を知ってるかな?」
「あれか? コジモ・ロッセリとかヤコーモ・バッサノとかのやつ?」
「ほぅ、意外と知ってるな。そうだ」
 意外で悪かったなと草間はいったがレイベルは気にとめることもなく話を続けた。
「ではその中に猫が描かれているのは知っているかな?」
「ほぅ? そこまでは気づかなかったが……」
「中でも一番”不思議”なのはドメニコ・ギルランダイオの最後の晩餐で描かれている猫だ。今挙げた二枚では猫はありきたりなポーズで描かれているのだが彼の絵では”こちらを向いて”描かれている」
「観ている側に、ってことか」
「そうだ。いかにも象徴的だと思わんか?」
 絵画とはそもそもある一場面を”客観的な視点”で描くものなのだがその猫は”外の世界に”視線を向けていることになるのである。
 そう、例えるならそれは”神”を見ていることになりはしないだろうか。
「キリスト教では主に猫は魔や悪、死の象徴とされているそうだよ」
 魔女には猫の使い魔という”常識”はそこからきているのだろうな、とレイベルはいった。
「しかし逆にエジプトではバステトという猫神として太陽神ラーやオシリス系の神とよく結びつけられる。まぁキリスト教は多神教と仲が悪いという現れかもしれん」
「つまるところ?」
「生と死の象徴ってことだな。別の言い方をすれば魂の使者といったところか」
 そういえば、と草間は思い出す。確か猫は九つの魂を持ち、九回生まれ変わるという”いわれ”もあった。
「ん? ちょっと待て。それじゃあの男は……」
「ユーレイ、というやつだったのだろうな」
「マジかよ……それじゃ金は」
「当然。支払われるはずも、ない」
「…………」
 長い長い沈黙。
 最後の話題に先に口を開いたのは草間だった。
「そういやおまえ、俺があいつに名前聞こうとしたとき、邪魔したよな? ありゃぁなんでだ?」
「あぁ、もっともあの者が名前をいえるかどうかはわからなかったんだが、念のために、な」
「?」
「あの者は自分がユーレイだということに気づいていなかった。うまく成仏できずに彷徨っていたのさ。だから導き手である猫を、この場合も本能というべきかどうかはわからぬが探していたのだろう」
 死者は名前を持たなくなるのだそうだ。名前とは現世に魂をつないでおく鎖のようなものだとレイベルはいった。
「なるほどな。万が一名前を思い出した場合」
「正しく成仏できぬやもしれんと思ったのさ」
 さて、とレイベルは席を立つ。
「残念だったな。報酬をもらえなくて」
 彼女の言葉に肩をすくめ、
「しかたないだろう? 俺は三途の川のカロンじゃないんでね」
 とはいえ現状の打破ができなかったのは正直痛い。
「やっぱ最後の力を振り絞ってバイトでもすっかなぁ……」
「魂の救済はできんが骨くらいは拾ってやろう。零のことも心配するな」
 切実な草間のつぶやきにいたずらな笑みを浮かべてレイベル。
「そりゃくたばれねぇな」
 生きていても問題は山積みだが、死んだほうが”やっかい”ならなんとかするしかないんだろうなぁ、と草間は頭をガリガリ、と無造作に掻きながら今後の対策に今度は労力を費やすのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ CAST DATE ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【0606/レイベル・ラブ (れいべる・らぶ)/女/395才/ストリートドクター】

【NPC/草間・武彦(くさま・たけひこ)/男/30/私立探偵】
【NPC/草間・零 (くさま・れい)/女/不明/探偵見習い】

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ writer note ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
猫って本当に象徴的な生き物ですよね。
今回はそんな猫の象徴性を前に出してみたつもり……なんです。はい。
しかし何百年も生きるってどんな気持ちなんでしょうねぇ。
頭が良くなりすぎるとこういう性格になってしまうんでしょうか(笑)
それにしても貧乏人が手を組むとやっぱり貧乏な話になってしまい、
少しは助けてあげればよかったかなぁとも思ったのですが、結局は
こういうオチになりました。
いかがでしたでしょうか?