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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜小噺・演目〜



 公園のベンチに座って何か読んでいる、その人物は。
「…………」
 橘穂乃香は足を止めて、それを見遣った。
(あの人は……)
 雨の日。あの、日。
(あ……)
 黒髪の、冷たい横顔。
 穂乃香はたっ、と駆け出して少年に近づいていく。
 少年は穂乃香に気づき、顔をこちらに向けた。明るい太陽の下だと、彼の美貌がはっきりと見える。
「…………」
 無言で軽く目を見開いた少年は、穂乃香が自分の前に来るまでそこから動かなかった。
「あ、の」
 穂乃香は走ってきたせいで乱れた呼吸をなおそうとしつつ、少年を見上げる。ベンチから動かない少年はやたらと存在が希薄であった。
「この間の雨の日は、どうもありがとうございました」
 丁寧に頭をさげた穂乃香は、胸の前で両の拳を握りしめる。
 ちら、と見遣ると少年は目を細めて「ああ」と気のない返事をした。
「あの時の子供か。なるほど」
「あの……?」
「大事ないか?」
 淡々と言われて穂乃香は戸惑う。あの雨の日とはまた印象が変わって見えたからだ。
「え……?」
「ケガはないか? 風邪をひいたのか?」
「いえ。それはないです」
「そうか。ならいい。あんたを迎えに来たヤツ……随分と俺を怒ってたが、あんたは幸せ者だな」
 少年は読んでいたものに視線を戻すや、そう言う。穂乃香はすぐに合点がいって、なんとも言えない気持ちを感じた。
「あの……すみませんでした。彼も、わたくしを心配して……」
「だろうな。あれほど心配されているんだ。あんたは、好かれてるんだな」
 感情のこもっていない声音で彼は言う。穂乃香は途端に不安になり始めた。
 この人は何かおかしい。どこか、何かがズレている。
「あの……横、よろしいですか?」
 ちょい、と指差す。それを視線だけで見て彼は頷いた。穂乃香は彼の横に腰掛ける。
 自分たちは、周囲からどう見えているだろう。あまりにもアンバランスな二人だ。
 彼は制服ではなく私服だが――それでもやはり、目立つ。違和感が。
「お名前をお訊きしてよろしいですか? あ、わたくしは橘穂乃香と申します」
「遠逆……遠逆、和彦」
「トオサカさん」
 かずひこ、と口の中で反芻する穂乃香。彼にぴったりの名前だ。
 穂乃香は和彦が眺めている本を見遣り、尋ねた。
「なにをお読みになっているんですか?」
「……台本」
「台本……劇の、ですか?」
「ああ」
 穂乃香のほうを見ないが、質問には応えてくれている。
(……やはり、お優しい方なんでしょうか……)
 素っ気ないが、そこまで冷たくはない。無論、穂乃香がそう思うのも当然と言える。彼は実は、かなり穂乃香を気遣っていたのだ。
(劇をしているようには、ちょっと思えないですわ)
「いつ、公演されるんですか? わたくし、ぜひお伺いします!」
 明るく笑顔で言う穂乃香を、彼はゆっくりと見遣る。
「いや……俺は裏方なんだが」
「えっ!?」
「たぶん……」
 彼は台本を閉じた。
「よくわからない話だ。恋愛なのか……これは」
「どんな話なんですか?」
「…………創作ものなんだが、別々の種族の男女の孤独を描いた……ような、恋愛話か」
 嘆息する和彦。
「まあ最後には、世界そのものが滅ぶんだがな」
「え……ほ、滅ぶって……悲劇なんですか?」
「さてなあ」
 彼は面倒そうに言うや、台本を自分の横に置いて何か考え始めた。
「孤独ね……互いの傷を舐め合っているようにしか思えないんだがな……」
「そう、なんですの?」
「うぅん……まあ互いに立場が違うからどうとも言えないんだが、まあ恋愛ってのは実際のところそういうものかもしれないな。俺には経験がないからよくわからないんだが」
「お互いに共感できるものがあるから、とかではないんですか? やはり、同じ趣味を持つと話が弾みますし」
「……優しくされたら、誰だって気持ちが揺らぐものだ」
 それまで冷たくされていたのなら、なおさら。
 彼は台本を一瞥し、それから立ち上がる。面倒そうに台本を掴み、棒状に丸める。
「……一人で帰れるか?」
 そう尋ねた和彦に、穂乃香は一瞬きょとんとするものの、頬を少し膨らませた。
「それほど幼くはありません!」
「…………」
 無言になる少年であったが、穂乃香に手を差し出す。
「送っていこう。やはり心配だ」
「ですから、一人で……」
「ついでに寄っていくところもある」
 穂乃香の意見を彼は全く聞いていないようだ。仕方なく、穂乃香はおずおずと手を出して彼のそれに重ねた。
(…………)
 穂乃香が会ったことのある人間の誰とも、彼は似ていない。どこか無気力に見える瞳で、彼は歩き出す。
(あの敵のこととか……訊いても答えてくださるかしら……)
「あの」
「なんだ」
 穂乃香のほうを見もせずに、手を引いて歩く少年はすぐさま声を返してくる。
「この間の雨の……戦っていたのはなんだったんですか?」
「憑物」
「つきもの?」
「妖魔、妖怪、悪霊……人間に害を成す悪しきモノだ。それを倒すのが俺の仕事」
「……妖怪退治屋さん、ですか?」
 ふ、と彼は笑みを浮かべる。呆れたようなものであったが、穂乃香はそれでも驚いた。今日出会って、初めて彼が人間らしい表情を見せてくれたからだ。
「そう言われたのは初めてだ。退魔士をしている。そして……俺は少し特殊でな」
「?」
「呪われてるんだ」
 穂乃香は目を見開いた。それは、さらりと言っていいようなものではない気がする。
「憑物が寄ってくる体質なんだ。それを治すために憑物を封じている」
「大変ですね」
「大変か……。まあ、そうかもな」
 ふと、気づいた。彼の態度は明らかに小さな子供相手のものであったが、会話を誤魔化さないのだ。対等とはいかないだろうが、それでもきちんと会話をしてくれている。
 子供だから教えないとか、子供だから適当でいいとか、そういう雰囲気がないのだ。自分のことをほとんど知らないのに、珍しいことであった。
 しかし穂乃香は不思議でならない。呪いを解くためと言いつつも、確かにあの雨の中の彼はそうだったかもしれないが――使命感などないように思う。むしろ成り行きのような……。



「イメージにぴったりだよ!」
 そう、言われて穂乃香は戸惑う。横に立つ和彦を見上げた。
「遠逆くん、君には相手役をお願いしていいかな?」
 松葉杖をついて言う男の言葉に、和彦は戸惑いの色を浮かべる。
「だが、俺は演技など……」
「セリフは少ないし、だめかな?」
 和彦は彼の足を一瞥し、嘆息した。
「わかった。引き受けたのは俺だ。責任をもってやる」
「そっちの君はどう? お姫さまの役なんだけど」
「やめろ。彼女は関係ない。俺について来ただけだ」
 和彦はすぐさま男の視界から穂乃香を隠すようにする。その姿を見上げる穂乃香だったが、男が残念そうに肩を落として訴えるように和彦を見ていたので可哀想になってしまった。
「わたくし、やります」
「はあ!?」
 仰天する和彦の後ろから顔を覗かせて、穂乃香は微笑んで男にそう言った。
「やらせてくださいませ」

「物好き」
 ぼそっと和彦が言ったのが耳に入る。穂乃香の屋敷までの道のり、彼はずっと無言だった。怒っていたのかもしれない。
 屋敷の数メートル手前、門が見える場所で彼は足を止めた。
「ここでいいだろう。練習の日は迎えに来る」
「? 一人で行けますけど」
「……迎えに来る。そうだな――あの雨の日、あんた、何か気づかなかったか?」
 尋ねられて穂乃香は記憶を辿る。たしか……。
「鈴の音がしたような……」
「なるほど。感じるのは確かなんだな。では、屋敷を出る直前に俺を呼べ」
「は……? ええっと、あの、どういう意味ですか?」
 わけがわからなくて疑問符を浮かべる穂乃香に、彼は続ける。
「声に出さなくてもいい。その『呼び声』を、俺は嗅ぎ付けるだけだ」



 自室で台本を読んでいた穂乃香は、想像する。
「この、光神の寵愛を受けているのがわたくしで……死を招く、呪われた一族が遠逆さん……」
 死を、招く。
 強い闇のニオイをさせる和彦の姿を思い出す。
 内容はファンタジーだ。光神の寵愛を受けた恵みの姫と、黒き翼を持つ死神の獣の話。
 互いに立場は違えど、あるところは同じ。人々に忌み嫌われ、畏怖される存在。
 傷の舐め合いだ、と和彦が言った言葉を思い出す。
(遠逆さんは……この話が嫌いなんでしょうか?)
 素敵な話だと思うのに。
 呼べ、と彼は言っていた。試しにやってみようか。
 ベッドから起き上がると、穂乃香は窓を開けてみる。夜空には月がぽつんと浮かんでいた。
(遠逆和彦さん……)
 しかし、彼は姿を現さない。穂乃香は肩を落とす。
(そうですよね……そんな魔法みたいなことがあるわけないですし)
 彼は魔法使いというよりは――。
(死神……ですよね)

 だが次の日。屋敷を出た穂乃香の前に彼は姿を現した。昨日別れた場所で、屋敷の塀に背中を預けて穂乃香を待っていたのだ。
「あ、遠逆さん……」
「…………」
 彼は穂乃香を視線だけで見遣り、塀から背中を離す。
「早いですね」
 笑顔で駆け寄る穂乃香の額を、指先で軽く弾いた。
「いっ……!」
「用もないのに呼ぶんじゃない」
「え……?」
 無言になった和彦が穂乃香の手を引いて歩き出す。穂乃香は歩きながら彼を見上げた。
(もしかして……昨日の晩のことでしょうか……)
「あ、あの、練習場に着くまでお話してもいいですか?」
「どうぞ」
 和彦はあっさり頷く。だがその声は全く感情がこもっていなかった。
「昨日台本を読みました」
「それで?」
「あの……遠逆さんはこの話、お嫌いなんですか?」
 繋いでいた手がぴくりと反応する。和彦の無表情は動いていない。
「興味がないだけだ」
「どうしてですか? 素敵なお話だと思いますが……」
「俺は恋愛感情がよくわからないからな……」
「…………」
「安心しろ。ちゃんと演じるさ」

 数日後、劇は無事に終わった。
「お似合いですよ、その姿」
 真っ黒で。
 と、心の中で付け足す穂乃香。黒い衣装は彼によく似合っていた。
 和彦は嘆息して穂乃香を眺める。
「あんたもかわいいぞ。お人形みたいで」
「……遠逆さん、もしかして嫌味を言われてますか?」
 苦笑する和彦が、「お疲れ様」と穂乃香に言った。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0405/橘・穂乃香(たちばな・ほのか)/女/10/「常花の館」の主】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 二度目のご参加ありがとうございます、橘様。ライターのともやいずみです。
 かなりひねくれた和彦と初の会話ですが、いかがでしたでしょうか? 少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!