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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜小噺・演目〜



「お人好しなんだな、意外と」
 箒にすがるようにして、黒崎狼はそう言う。言った相手は長い髪の少女・遠逆月乃だ。
「そうですか?」
「そうだよ。だって、劇に出てもいいって返事したんだろ?」
「……あそこまで必死に頼まれたら、当然だと思いますが。それとも、黒崎さんは断るんですか? 薄情なんですね」
「…………断るなんて言ってないだろ」
「そうですか? そういう言い方に聞こえましたけど」
「そうじゃなくて、遠逆がそういうことを引き受けるのが意外っつーか……」
「なるほど。黒崎さんから見て、私はそういう冷酷な女に見えるということですね」
「そ、そうじゃねえって……」
 埒があかない。
 店先でこういう会話を延々と続けていても意味はないし、足が痛くなる。掃除の途中で彼女が来たからそのまま話していたのだ。
「とりあえず店の中に入れよ。そこじゃ暑いだろ?」
「結構です。今日は買い物に来たわけではありませんから」
 月乃の言葉に狼はきょとんとした。てっきり買い物に来たのかと思ったのだ。
 だが、まあ。
(確かに若い女の子が骨董の店にわざわざやって来るのも……考えにくいよな)
「黒崎さん、お暇ですか?」
 えっ?
 仰天して姿勢を正す狼は、月乃を凝視した。
「え? な、なんだって?」
「ですから、お暇ですかとお訊きしました」
 それはなんだ? デートのお誘いなんだろうか?
 いや、それはない。月乃と自分は出会って今日が三度目の対面だ。彼女の態度からして、そういう艶めいた誘いではないだろう。
 疑う狼に、月乃は鞄から何かを取り出して渡す。
 受け取った狼はそれを眺めて疑問符を浮かべた。
「これは?」
「私がお手伝いすることになった劇の台本です」
「へえ……」
 ぱらぱらと捲る狼は、途端に眉間に皺を寄せる。
「……これ、シンデレラとか、白雪姫とか、そういうありがちなのじゃないんだな」
「そうですよ」
「なるほど……オリジナルってことか」
 流し読みをしていた狼は、出てくる人物の設定に表情を曇らせた。
(常花の姫? 死神の獣?)
 なんだよ、そりゃ。
 そう思わずにはいられない。
 いやいやいや。
(……そんなまさかなあ)
 はは、は。と、乾いた笑いを洩らす狼を、月乃は眉を吊り上げて眺める。確かに今の狼の行動は不気味に映ったことだろう。
「どうかしたんですか? いきなり笑い出して……」
「え? あー……ちょっと、な」
 まさか自分と似ている、自分の知り合いと似ている、などとは言えない。
「遠逆はどれをやるんだ?」
「…………その、常花の姫君です」
 眉間に皺を寄せる月乃に、狼は不思議そうにした。
「なんだ。ヒロインなのか? 嬉しそうじゃないな、遠逆」
「私は、そういうふうに生まれたわけではありません。感情が理解できません」
 難しい表情になる月乃である。
 狼は店に入るように月乃を促す。そして月乃と自分用に、店に置いてある丸イスを引っ張り出してきて座った。
「そんなに難しく考えるなよ。劇なんだからさ」
「……黒崎さんは何も感じないと?」
「え? あ、いや……そういうのとは違うっつーか」
 実はなんだか設定が俺に似ていてあんまり読みたくない。というのが本音であった。
 なにしろ常花の君と聞いても、浮かぶのは狼の知り合いの少女だ。月乃とあまりのも違いすぎる。
(そうなんだよなぁ……。遠逆とは、全然違うもんなー)
 いつも日の光の中で微笑み、誰をも癒すような印象がある知り合いの少女と、いつも闇の中で静かに鎌を掲げてうかがっているような月乃とでは月とスッポンである。
「あ、お茶」
 慌ててお茶を入れて戻ってくる狼。
「悪いな。ティーバッグで」
「気にしないでください」
 感情のない声で言われて、自分の例えがひどく合っているような気がして狼は口元を引きつらせた。
(確かになぁ……恵みのお姫さんとかじゃなくて、死神っぽいもんな)
「あ。そうだった。俺が暇かどうか訊いてたっけ」
「はい。実はもう一人いるんです」
「……いるって、何に?」
「劇にです。足りないんです」
「……それで、俺に何をしろと?」
「暇ならと思って誘いに来ました」
 思わず狼はイスから滑り落ちてしまった。



(俺のお人好し)
 ひとのこと言えないじゃねーか。
「どーして俺なんだ? 遠逆」
「…………」
 ちら、と月乃は狼を見遣る。相変わらずぼんやりとした、感情のない瞳だ。
「それは、東京での知り合いがあなたしかいないからです」
「……………………は?」
「誰か心当たりがないかと言われて、咄嗟に思い出したのがあなたでした」
 それは、嬉しいことなのかどうか。
 狼は奇妙な顔をしてしまう。
 一緒に、劇の練習をする近くの幼稚園に向かう途中で、彼らはこんな会話をしていた。
「でも、さ……この話って悲恋なんだろ? 世界が最後には滅ぶし」
「破滅に向かうからこそ、そういう無茶もできるのでは?」
「は?」
 思わず訊き返す狼に視線も向けず、月乃は歩きながら続ける。
「何もかも捨ててしまうという決意は、ひどく重いものです。捨てるものがない場合も考えられますが、なにもないというなら、それはおかしな話ですよ」
「そうか? でも、この姫さんと獣は、互いに好き合ってたから逃げたんだろ? 獣は姫さんを救いたかったんだ」
「救う? なにからですか? 孤独から?」
 冷たい月乃の言葉に、狼はどうしていいかわからない。
「孤独は追いかけてくるものでも、留まるものでもありません。各々が感じているだけです」
「……遠逆は、なにかそういう経験があるのか?」
 ぴくり、と月乃の指先が微かに反応を示した。
「……まあ、はい。ないとは言えませんね」
「寂しくなかったのか?」
「寂しいというのは、他人と比べるからですよ、黒崎さん」
 やけに悟ったようなことを言う月乃が、薄い笑みを浮かべている。
「比べる相手がいなければ、寂しいなどとは思いません。違いますか?」
「うーん、そうかもな」
「何がどう恵まれているかなど、あまり重要だとは思いません。結局」
 月乃がその顔を狼に向けた。狼はどきりとして目を見開く。
「他人は他人ですから。自分にはないものを持っているのは当然です」
「……結構ドライなんだなあ、遠逆って」
「甘ったれたことを言われるのが我慢ならないだけです」
「…………もしかして、怒ってんのか?」
 思い至る。
 彼女は、もしかして怒っている?
「そうかもしれませんね」
 つん、とした声が返ってきた。
(……やっぱ、怒ってんじゃん)



(うーん……)
 狼は衣装を着て唸る。
 真っ黒だ。
(いや、黒は好きだからいいんだけど……)
 真横に立つ月乃は、淡い黄色のドレス姿だ。太陽の少女、ということなのだろう。
(……この話は獣と姫の悲恋だ。立場も違うがそれぞれ畏怖され、孤独を感じていた二人の物語)
 物語がラストに近づくと、獣は姫をさらって逃げてしまうのだ。無理にではない。姫はさらわれることを了承していた。
 逃げてどうするんですか、と一度、練習の最中に月乃が言ったのを思い出す。
(逃げる……か)
 逃げるしかない場合だってある。
 どうにもできないとか、力が不足しているとか。理由は様々だろう。
「遠逆」
 声をかけた。
 彼女が横目で見てくる。
「今日、絶対成功させような」
「…………」
 無言で視線を前に戻す月乃に、狼は少なからずショックを受けた。
 そこまで冷たくしなくてもいいと思うのだが……。
「出会ってまだ少しですが」
 月乃の小さな声に、狼は「え」となる。
「私はあなたのことを、信用していますよ」
「えっ?」
 劇が始まる――――。



 想うこころというのはなんなのだろう。
 月乃は狼が傷だらけでこちらに向かってくるのを眺めてそう思っていた。
 どうせ世界は滅ぶのだ。
(……ロマンチックな恋愛話なんでしょうね)
 だが月乃はそれにひたれない。
 月乃は狼に近づいていく。
 傷つき倒れた彼の手をとる。彼女は眉をひそめた。
(素敵ですね、と言えません)
 悲恋だからではない。
 月乃にはわかっている。
(そうだ…………)
 なぜこの話にそこまで感情を向けてしまうのか、わかっている。
 呪いを受けている月乃は、その呪いを解くためにここにいる。そういう努力をしている。
 狼が顔をあげる。
 視線が合う。
 月乃は強張った顔を消した。今は劇の最中だ。
 二人はかたく、手を握る。
(世界が終わって、その先に何もないとしても――――)
 果たして、逃げるというエネルギーのいる行動など、とれるだろうか?
 月乃は内心首を横に振る。
 目の前の狼に、微笑む。
 月乃は逃げないだろう。きっとそう。
(私は諦めてしまいますね)
 狼は、きっと前のように怒るだろうが。



 不覚だ、と狼は思ってしまう。
 逃げる直前の月乃の哀しげな微笑に、正直胸がときめいてしまったのだ。
(反則だよな……。まあ普段が無表情だから不可抗力っていうかさ)
 言い訳を心の中でし、着替えて出てきた月乃に片手を挙げた。
「一緒に帰ろうぜ〜、遠逆〜!」
 月乃はぷい、とあからさまに顔をそむけた。狼がぎょっとしてしまうが、月乃はこちらに近づいてくる。
「あなたって、もしかしてかなりのお人好しなんじゃないですか?」
 呆れたように言う月乃に、狼はムッとしてしまう。
「遠逆はけっこう薄情だよな!」
「否定はしません。
 そうだ、黒崎さんは……あの獣の役に何か思い入れでもあったんですか?」
「えっ? あ、い、いや……」
「まるでロミオとジュリエットですね……」
 ぼんやりと言う月乃は歩き出す。狼はその横に並んだ。
「ああいう大恋愛って、でもいつか、経験してみたい気もするな」
「……意外にロマンチストなんですね」
「な、なんだよその目!」
 呆れる月乃に、狼は気づいたように言う。
「そ、そうだ。言うの忘れてた」
「どうかしましたか」
「黒崎っていつも呼ぶだろ?」
「それがあなたの名前では?」
「……東京での唯一の知り合いなんだし、下の名前でいいぜ」
 無言になる月乃。
「下の名前……というと、狼さんですか? べつにどうでもいいと思いますけど、あなたがそう言うなら今度からそう呼ぶことにします」
「……遠逆ってさ、結構酷いよな」
 月乃は苦笑してみせ、意地悪そうに笑った。
「さて。それはあなたが相手だからかもしれませんよ?」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/流浪の少年(『逸品堂』の居候)】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 二度目のご参加ありがとうございます、黒崎様。ライターのともやいずみです。
 前回よりは月乃が少し歩み寄った形にさせていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!