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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


黒い巨塔〜あやかし調査団(3)〜


 200X年、台風に乗り突如出現した【黒い巨塔】。
その不審な建造物、いや…生き物なのか…を調査すべく、調査団として入ったあやかし荘の面々は、
動物の内臓とも思えるような塔の内部を探索しながら上へ、上へと進んで行った。
 中ではひたすら階段が続き、いくつかのフロアが存在していて、
建物とも思える構造ではあるのだが…やはりどこか有機的な雰囲気だった。
お気楽のん気に楽しく調査?を進めていったあやかし調査団だったのだが、
突如として起こった”異変”により、それぞれは個々に分断されてしまう。
 仕方なく、個別に進み再会や新たな出会いを繰り返した後…たどり着いた先。
真ん中を壁に遮られた大きなフロアの向こう側に、同じく調査に入っていた草間調査団の存在を知り合流を試みる。
 しかし、彼らが合流するよりも先に…”それ”は接触をはじめたのだった。
”それ”…『塔』の意思である。少女の形を模した塔は、彼らに告げた。

”我は帰りたい我の世界へ 主らは我の旅を助ける者か
 我を助ける者ならば我と共に 我に害を成す者ならば我から出て行け
 我は帰りたい…我の世界へ…”

 彼女の”言葉”を聞き、助ける道を選んだ者達…
最上階と思われるフロアへと案内される。そこで少女は静かに語り始めた。
 昔、祖国に生じた大型台風が時限の歪みを発生させて自分たちが飲み込まれたのだと。
それ以来、台風に乗って色々な世界を移動する術を見つけたのだと。
しかし…どの世界の台風に乗っても祖国に帰ることは出来なかったと。
『塔』は思った。この世界の者達の力を借りて、祖国に戻る事は出来ないだろうかと。

”我を助ける者…我を祖国に帰してくれ”

 『塔』は小さく呟き、一筋の涙を流した。
あやかし調査団、そして草間調査団、彼らは果たして無事に『塔』を祖国へ送る事が出来るのだろうか…
 
 異世界の住人から彼らが受けた『依頼』は今、始まった。




「♪ピぃ〜クニックピ〜クニック歩っけあっるけ〜」
「おいこらイタチっ子!のん気に歌ってんじゃねーよ…ったく…」
「まあそう怒るな雛太。人は怒ると早く老けると聞く」
「そうですよ雛太さん!せっかくこうして皆さんと出会えたんですからその運命を楽しまないと!」
「シオンさんの仰る通り、異世界の塔の中をピクニックとはなかなか貴重な経験ですよ雛太さん。この経験は生かさないと」
「迷子のオッサンや爆弾マニアに言われたかねぇっ!!」
 大声で叫ぶ雛太の肩に、ぽんと誰かが手を置く。振り返ると、無表情に雛太を見つめている直の姿。
慰めてでもくれるのかと思った雛太だったが…
「そんなに叫ぶと血管切れるぞー」
 単調なリズムで言われたツッコミに、雛太の堪忍袋の尾がはさらにぷちっと音を立てて切れる。
「おまえらいいかげんにしろー!!!真面目に探せー!!!」
 今まで以上の大声で叫んだ雛太の声は、廊下いっぱいどころか塔全体に響いたのではないかと言う程空気を揺らしたのだった。
彼等が、”少女”…会話の最中に、鎮が見た目が似ているからと言う理由で『フガシ』と名付けた”少女”…から話を聞いて、
最上階のフロアを出発したのは今から10分程前の話。
 最上階で、あやかし調査団、雪森 雛太(ゆきもり ひなた)、雪森 スイ(ゆきもり すい)、
そして鈴森 鎮(すずもり しず)、新開 直(しんかい ちょく)の面々は、草間興信所の調査団とまず合流の後、
他のルートでやってきていた神宮寺 旭(じんぐうじ あさひ)と出会い、共に行動をする事になった。
 これまでの調査と言う名の”塔内観光”の結果、あちこちで見た感じから来る雛太の推理と、
それなりに真面目に調査していたらしい旭の推理との結果、『塔のエネルギー不足』と言う点で見解が一致した。
 草間興信所の面々は別行動と言うことで、とりあえずあやかし調査団としてそちらの方面で調査する事になり、
とりあえず”動力室”らしき場所に向かう事になったのだった。
 その道中で、迷子になっていた貧乏おっさん…もとい、シオン・レ・ハイと遭遇したのがほんの5分ほど前。
よほど一人で迷っていた時間が長かったのが辛かったのかスラリと長身のそれなりに美形の男が、
汗と涙と鼻水を流しながら『雛太さーん!スイさーん!良かったあぁぁぁあ!!』と叫びながら突進してくる様子は、
思わずスイが反射的に攻撃をしかけてしまいそうになった程だ。
いや、実は実際、ソレを何かの攻撃か!?と判断した旭が、ポケットに仕舞っていたお手製の小型爆弾を放り投げたのだが。
運よく小規模爆発からは逃れたシオンだった。旭は『無造作に爆弾ポケットに突っ込んでんじゃねえ!』と言う雛太のツッコミに、
笑顔で『このまま持ち歩いてただけでもショートしたら危険なんですよね』などと言ってのけたものだから、
それ以来、旭は最重要要注意人物として雛太にチェックされていたりする。
旭本人いわく、『男はいつでも危険と爆弾が好きなものなんですよ』と言う事なのだが…
「ったくどいつもこいつも…」
 なんだかんだとギャーギャー騒いでいるうちに、最初歩いていた道を外れた事に気づいたのが3分前。
さっぱり現在地が不明で戻ることも出来ずに、仕方なくひたすら”動力室っぽい部屋”を探す事にして歩き始めたのだが…
「なんで問題解決前に疲れきってんだ…俺…」
 雛太は遠い目をしながら、壁に手をあてて「はーっ」と大きなため息をつく。
居候のスイ一人でさえツッコミを入れるのに手一杯と言ったところなのに、今回はそれが5人だ。
こんな状況で果たして『塔』の問題解決どころか、外に出る事すらできないんじゃないかと絶望的な気分になる。
しかし、何故かそんな状況下でも、幸運の女神は微笑んでくれるらしく…
「おーい!こっちになんか変な扉あるぞー!」
 スキップしながら楽しげに先頭を歩いていた鎮が、前方から大声で叫ぶ。
全員が急いでその扉の前に駆け寄ると、濃い灰色のどこか有機的な扉はシュッと音を立てて左右に開いた。
「おや、これは自動ドアだったんですね」
「え?でも俺がいたのに開かなかったじゃん」
「…それは…いわゆる体重の問題では?」
「カッチーン☆…旭、それ俺の事チビって言ってんのかー?!」
「ええっ?!そうは言ってませんよ!誤解しないで下さい!私はあくまで鎮君が子供なので体重が軽いからと…」
「俺は子供じゃねーっ!子供って言うなーっ!」
「うわっ!バカ!コイツを刺激すんじゃねえっ!爆発するぞ!」
「…雛太さん…そんな、人を爆弾魔みたいに…」
「雛太、漫才をしている場合ではないぞ。我々の目的はこの部屋ではないのか?」
「ま、漫才ってスイ、てめー…」
 人の苦労も知らないでと雛太は口元をひくっと引きつらせながら、しかし言われるままに部屋の中を覗き込む。
すると確かに、その部屋にはどーんと大きな電力装置のようなエンジンのような、
地球上では見たことも聞いたこともないが、とにかくなんとなく”それっぽい”雰囲気の機械?が置かれていた。
「これはこれは…凄い設備ですねえ…」
「何の機械かわからないけど」
「うーわー。でーかーいーなー」
ぞろぞろと、奈良の大仏を見上げる観光客のようにそれを見上げながら部屋に入って行くあやかし調査団。
警戒心と言うものまるで無しなその行動にも雛太は頭を抱えるのだった。
「うーん、見た感じこれは発電機のように見えますね…」
「旭、わかるのか?」
「異世界のものなので確実ではないですが、なんとなく地球のそれと似ている気がしまして」
「…なるほど!さすが神宮寺さん!ですが私が見た感じ、これは壊れてますね」
「誰がどう見ても壊れてるだろ」
 顎の髭をさすりながらシリアス顔で言うシオンに、あっさりと雛太がツッコミを入れる。
理由はわからないが、その機械らしきものは大きな亀裂が入っていたり崩れ落ちている箇所があったりと、
10人が見れば10人とも『壊れてる』と答えるような惨状になっていた。
「それでエネルギーが蓄えられずに移動することが出来なくなったのか…」
「よっし!だったら話は早いじゃん!充電切れって事なら充電すればいいんじゃね?」
「そうだな…この部屋にあるものとかとりあえず色々利用したら簡単な発電装置は作れそうだし…
直せそうな機械があれば直してみるってのも手だろうしな…」
「電力でいいんでしょうか?もしかしたら他のエネルギーが必要なのかもしれませんよ?」
「やってみなけりゃわからないだろ!とにかくやってみようぜ♪」
「いってみよー、やってみよー」
 気分もノリノリで「おー!」と腕を突き上げる鎮に反応して、直も相変わらずの棒読み声ながらも腕を突き上げる。
そして6人はとりあえず、それぞれ室内の機械で使えそうなものを集めたり修理してみたりする事にしたのだった。




 作業すること15分程度。果たして真面目に全員作業したかと言えば疑わしいのだが、
それでも、彼等の目の前にはそれなりの”充電装置”がいくつか並んでいた。
 まず『自転車型』が2台。自転車をこぐ事で電力が充填されるというアレである。
二つ目は『回し車型』ハムスターがカラカラ回すアレである。
三つ目に『ファミリートレーナー型』今で言うところの、ダンスダンスレボリューションのようなものである。
とりあえず、この短時間で用意できたのはこの三つだった。
「よーっし!妖怪は根性だ!やるぞ充電、目指せ栄光っ!」
 鎮はやたら元気よく腕を振り回して問答無用で『回し車型』の前へと進み出る。
そして全員が見守る中、ポンッと音を立てて、人型からイタチ型へと姿を変えてもそもそと回し車に乗り込んだ。
「可愛い…」
 その様子を見ていた直がぼそっと呟く。
「鎮、一人で大丈夫なのか?」
「だーいじょうぶ大丈夫!俺には活力剤にハバネロもあるしっ!相棒のくーちゃんもいるしっ!」
 そして見ると、いつの間にか鎮の相棒であるイズナのくーちゃんが鎮の隣に控えている。
二人ともやる気満々でウォームアップを開始していた。
「若いというのはいいですねぇ…」
「シオン、私に言わせればお前もまだまだ若いではないか。あれをやるか?」
「えっ?!自転車?!わ、私がですかっ!?いえ、ええ…はい…いいでしょう!やりましょうとも!!
今日はこうして私のエネルギー源もたーんとあることですし!財布の中身は穴のあいた銀貨と銅貨一枚ですがっ!」
 シオンはそう言って、お菓子の山をどさっとその場に広げた。
どこに隠していたんだというくらいのお菓子の山だが、鎮が回し車の中から飛び出して目を輝かせている。
小学生と財布の中身60円の四十代のおっさ…いや、紳士が二人並んでにこにこ笑顔でお菓子を頬張る。
「し、思考回路が子供と同じかよ…」
「いいではないか。それより雛太、私はどうすれば良いのだ?」
「そ…そうだ…とっとと役割分担決めとかないと俺がやるハメになる…」
「ん?何か言ったか?」
「いや、何も。よーし、じゃあ鎮が回し車担当で、シオンさんと直は自転車担当で…
それからスイと爆弾マニアはファミトレ型で…」
「わかった」
「あっ…急に眩暈が…悪いけれど雛太さん、私は見ての通り運動には向かないタイプなんだ…頭を使うことなら得意なのだけれど…」
 すっかり爆弾マニアと呼ばれている事にツッコミを入れることを忘れた旭は、
白々しいリアクションでその場に座り込む。ひくっと頬が引きつりその頭をしばきたくなるのを、雛太はぐっと堪えた。
「と、とりあえず今決めた通りでやるぞ!俺の支持に従ってリズム良くテンポ良くだ!あまりやりすぎると壊れる可能性があるからな…」
『了解!』
 雛太の声に、とりあえず各々素直に頷いて各自担当する配置につく。
「よーし、それじゃあ…はじめっ!!」
 掛け声と共に、シオンと直は自転車をこぎ始め、鎮とくーちゃんはカラカラカラカラと車輪を回す。
「雛太、これはどうすれば良いのだ?踏むだけではいけないのか?」
「画面に出てくるアスレチック通りに動けばいいんだよ」
「……よくわからないが…やってみよう」
 スイもシステムの理解は出来ないものの、言われるとおりに身体を動かすことにした。
雛太はこのまま電力が蓄えられるのを待っていればいいと、やっと気楽に休めると近くにある突起物に腰を下ろす。
その瞬間、ゴゴゴッと地響きがすると共に今まで見えなかった場所に太陽電池のような物体が、彼の座っていた背後に出現した。
「ま、まだあったのか…?!でもこれ…室内で太陽電池ってはっきり言って意味無じゃ…」
「ふふっ…太陽が必要ならば、太陽の光を差し込む窓を作れば良いということ!」
「ま、待て旭っ…何を考えて…」
「神宮寺特製ハンドメイド・ボム、サンライズ]-1、]-2、]-3行け―――っ!」
「部屋ン中で爆弾投げてんじゃねぇ―――――っ!」
 雛太の制止も僅かに遅く、旭の投じたお手製爆弾は真っ直ぐに壁に向かって弧を描き、着弾と共に盛大な音を立てて炸裂する。
砂煙と熱風と共に、パラパラパラと破片が降り注ぐのだが、自転車班、回し車班、ファミトレ班共に気にもしていない。
むしろ自分の担当に必死で、どうでもいいといった感じだ。
「ほら見て雛太さん!太陽光がまぶしく降り注いで…ソーラーパネルも動き出したみたいだよ」
「……あ、あんたさ…前々から思ってたんだけど、本当に俺より年上…?本っ当ーに、神父?」
「何を仰ってるんです?さ、私の役目は終わりましたから…皆さんの為にマヨネーズ鍋でも用意して応援する事にしましょう」
 もはやどこに突っ込みを入れればいいのかわからず、口をぱくぱく開いたままでがくっとうなだれる雛太。
手段は荒々しいがソーラーパネルに太陽光があたるようになった事は事実ではあるのだし…
「まあいい…他の連中の様子でも見…」
 見ようか、と呟く言葉はしかしそこからさきには声になって出ない。
向けた視線の先、自転車班の二人の光景があまりにも異質で雛太にとっては恐ろしいものに見えたから、だ。
 「もう少しだ!頑張れ!頑張るんだ俺っ!そうだ…その調子!もっと早く、もっと早く!!」
 いつもなら、無表情な上に喋ると棒読みな直が、まるで人が変わったかのように声をあげながら自分に気合いを入れている。
意外にも頑張ってるじゃねーか!などと感動しつつ雛太が近寄ってみれば、
声とは裏腹…だーらだーらと自転車をこいで、と言うかペダルを回しているだけのその足の動きにガクリと肩を落とす。
その前には目を閉じて自転車をこぎながら…楽しそうに微笑んだり、険しい顔をして身を反らせたり前かがみになったりのシオン。
「シオンさん…何やって…」
「はっ?!あ、ああ雛太さん…いえ、ただ自転車をこぐだけではつまらないと思いまして…イメージを膨らませていたんですよ」
「イメージ?!」
「緑の中を走り抜ける真っ赤なポルシェに乗ったイメージです…先ほどはスペースバイクに乗って宇宙人と戦っていたところでした…
いや〜実に危ないところを声をかけてもらって助かりましたよ!次は花畑の中を電動自転車で爽快にお散歩をしようかと思いまして」
 むしろ花畑はあんたの頭だろうと雛太は喉まで出かかったツッコミを唾と共に飲み込む。
心なしか、胃がキリキリ痛んできたような気もする。
「おい、雛太」
「スイ?なんだ…終わったのか?」
「いや、画面が動かなくなったのだ」
「は?」
 スイに言われて雛太が急いで画面を確認する。
画面は妙な砂嵐とテスト画面が一緒になったような荒れ画像で、すでに何の表示もされていない。
「ば、バグりやがった…こんなときに…」
「修理を頼む。私が他の者達を見ていてやろう」
 雛太の肩にポンとスイは手を乗せると、後は頼んだとばかりに頷いて自転車班の元へ移動する。
「頑張っているか?…直、それではまだ回転率が足りないだろう。私が手助けしてやろう」
 スイは善意から、あくまで善意から、精神の精霊へと呼びかけて直の精神高揚の魔法をかける。
それは要するに脳内ドーピングのようで、直は一気に気持ちを興奮させて身体の動きも活発になっていく。
「うむ…それでいい」
「スイさん!私のお菓子の中に唐辛子煎餅が入っていますので休憩にしませんか?」
「何?それは本当か?」
 満足そうに腕を組んでいたスイに、シオンが自転車を下りながら誘いをかける。
本来なら、次のターゲットはシオンだったのだろうが、スイの感心ごとは上手く唐辛子煎餅へと流れたのだった。
「おっ菓子〜!俺も俺も休憩〜っと!」
 二人が座り込んだのを見て、ひたすらカラカラコロコロちまちまわさわさ回し車を回転させていた鎮とくーちゃんが、
弾む足取りで二人の下へやってきて、スイの肩と頭の上にそれぞれひょいと飛び乗る。
「俺のハバネロもあるから食べようぜ♪」
「うむ。実は私も特性ブレンドの唐辛子茶を用意して来たのだ」
「皆さん、良かったら私のマヨネーズ鍋も召し上がってください」
 そこへ鍋を抱えてやってきたのは旭。
クリーム色の妖しげな色合いではあるが、それなりに香り的にはなんとなくおいしそうだ。
「あ、いいですか?鍋を食べるときには順番がありますからね。それから…」
「細かいことはいいって!いっただっきまーすっ!」
「シオン、唐辛子煎餅を貰おう」
「どうぞどうぞ!では私はうまい棒のサラミ味でも…」
 発電そっちのけで、休憩と銘打ってちょっとした宴会が開始される一角。
ファミトレマシンの修理に集中していた雛太は、ふと我に返ってその光景を目にしてぴしっと固まる。
やたら必死で自転車をこいでいるのは直だけで…後は和気藹々とお菓子を食しながら談笑しているのだ。
「お、おまえらな…ここへ何しに…」
 わなわなと、怒りで腕を振るわせる雛太。
しかし、その腕はちょうどマシンの配線を握っていたために…ぶちっと音を立ててそれを切ってしまう。
はっと気づいた時にはすでに遅く、ファミトレマシンの電源は完全に落ちてしまっていた。
「あらー、いけませんねえ雛太さん…」
「うわっ!あ、旭っ…いや、これはその…」
「あーらら、せっかく俺たち頑張ってんのに雛太にーちゃんがそんな事しちゃいけねーよなぁ…」
「皆さん、雛太さんを責めちゃあいけません!誰にだって失敗の一つや二つくらいあるんですから!」
「そうだぞ雛太。私は私がやったことが無駄になった事などは微塵も気にしていないからな」
 遠まわしに責めているとしか思えない…いや実際に旭と鎮は責めていたりするその発言に、雛太の堪忍袋の尾が再び切れそうになる。
しかしここで切れてしまっては元も子もない。
「ま、まあなんだ…この遅れはソーラーで補えるしな…あとは自転車と回し車で頑張れば…」
「そのことなんですけどね、雛太さん。私の記憶が正しければ雛太さんだけまだ何もしてらっしゃいませんよね?」
「言われてみればそうだった!ずりぃぞ!!自分だけ!!」
「あ…いやそれは…」
「ではでは雛太さん!あちらで頑張っている直さんとご一緒に自転車を回してみたらどうでしょう?私の変わりにお花畑を疾走して下さい」な
「いや、それは遠慮し…」
「なるほど。そういうことならばわかった。私も協力するぞ、雛太」
 えっ?と聞き返す間もなく、スイは先ほど直にかけたのと同じ魔法を雛太へとかける。
次第に、身体の中が熱くなるような感覚と、何かしなければという感情に突き動かされてしまう。
「頑張って下さいね、雛太さん」
 シオンに背中を押されるように、自転車にまたがった雛太。目の前では必死に自転車をこぎ続けている直の姿。
「…わかった…やればいいんだろやればっ!」
 どうせ充電しないことにはここから出られないんだチクショー!と、雛太は力をこめて自転車をこぎ始める。
「頑張れ雛太、まだまだこれからだぞ!!」
「直、てめー…」
 必死でこぐ雛太の声色を真似て言う直を、雛太は睨みつけながらも足は止めずに動かし続けるのだった。



 全員で一丸となって、充電作業を行った結果、充電のゲージは満タンになった。
しかし、肝心要のエンジンと言うか、本体は動く気配を見せずにうんともすんとも言わないまま沈黙している。
疲労困憊でその場に倒れこんでいる雛太を尻目に、5人はそれぞれあちこちを見てまわっていた。
「おかしいですね…充電は出来ているはずなんですが」
「なんかスイッチでも押さなきゃ駄目なんじゃねえの?」
「ですがそれらしいスイッチは見当たりませんよ?」
「うむ…最後の可能性にかけて精霊の力を借りてみるとするか」
 スイはエネルギーに足りないものがあれば精霊かもしれないと、精霊の力を集めて、それを塔へと分け与えていく。
しかし、それでも何の反応も無かった。
「ちぇーっ!なんだよ、駄目なのかよー!」
「せっかくここまで来たんですが…」
「何かが足りないんですよ、何かが!」
「シオン、何が足りないかわかるか?」
「いえ、そこまでは…」
 うーんと腕を組んで頭を捻りあう面々。
そんな中、ふと、直はエンジンらしき機械に開いている直径十センチくらいの小さな穴に気づく。
別に何があるわけでも、そこから何か出てきそうな雰囲気も無いのだが…
「………」
 なんとなく、ほんの出来心で…お菓子休憩中に貰ったものの、食べずに残していた『ハバネロ』をその中に放り込んでみる。
辛いものを食べると、やたらカーッとなって行動的になるような気がするから…と言う思いもあるのだが、
まさか機械にそれが通用するなどと言う事は…
ガタン!!
「何?!」
「うわっ、み、見ろっ!動いてる!動いてるよ!!」
「私は何もしていないぞ?誰が何をやったんだ?」
「でも動いてますよ…それは事実ですっ…」
 動き出した機械から、じりじりと後ずさって離れていく面々。
直はなんとなく、自分がハバネロを放り込んだとは言えずに、黙ったままで同じように後ずさった。

”我、力を得た…我は帰れる…我は帰れる!”

 そんな彼等の目の前に、”少女”が姿を見せる。
「おっ!フガシちゃんだ!」
「帰れると言う事は、成功したって事ですね!」

”我、言葉を知りたい…この世界で…我が今伝えたい言葉…”

「言葉ですか?今知りたいというのは…どういうことでしょうか?」
「うーん、もしかしてあれかな…”ありがとう”ってやつ?」
「そうですね!おそらく今のこの気持ちを伝えるこの世界での言葉を知りたいんでしょう!答えはズバリ”ありがとう”ですよ」

”ありがとう…。……ありがとう……我は世界へ帰る…”

「良かったですね…私もお手伝いした甲斐がありました」
「俺も♪フガシちゃん、気をつけて帰ってくれよ!また迷ったりしないようにさ!」
「見届けることが出来ればよいんですが流石にそういうわけにはいきませんものねえ…」
「戻ってこられなくなっても良いのならシオンがついて行けば良いだろう?」
「す、スイさん…そんな事言わないで下さいよ〜」

”ありがとう…我は帰る…お前たちも…”

 塔の声が聞こえたかと思うと、彼等の立っていた地面がぐにゃりと動きはじめる。
以前、確かこんな現象に陥ったようなと思ったと同時に、壁や地面が有機的な動きを始めて周囲の景色が変わっていく。
全員離れてしまわないように一塊になった状態で、数分その状態のまま酔いそうになりながら身を任せる。
やがて、薄暗かった視界が明るくなりはじめたと同時に…ペッと吐き出されるような形で、彼等の体は塔の外へと投げ出された。
腰や背中、顔面や尻で地面に着地して、それぞれ痛みに顔をしかめる。
 雛太がはっと顔を上げると、周囲には同じように外に吐き出された人たちの姿が見えていた。
草間興信所の調査団の姿もその中に見える。
「痛って〜!!どうせならもっと優しく出してくれよフガシちゃーん!!」
 イタチ姿の鎮は、両手でぶつけた鼻の先を涙目で押さえながら塔に向かって叫んだのだった。
すると、その声に答えるかのように…”少女”が彼等の前に姿を見せる。

”我の感謝の印…”

 何の事かと首を傾げている彼等に向かい、”少女”は手を差し出す。
反射的に、同じようにその手を差し出した彼等の手の平に、ゴルフボールくらいの大きさの黒い球体が現れた。
それは今しがたいた塔の壁の見た目や感触に似ている。
「これ…私たちにくれるということでしょうか?」
「一宿一飯の恩義ってやつですね」
「とうとう帰れるんだな…ま、苦労したけど良かった…かな」
「………」
 疲れた顔ながらも笑みを浮かべている雛太の隣で、スイは塔を見上げながら一人物思いにふける。
もしかしたら、この塔と一緒に行けば、自分が元いた世界に戻ることが出来るかもしれないと言う思いが脳裏を過る。
しかし、この東京に来てからの出会いや…自分のいた世界では経験する事の出来ない出来事の数々を思うと…

”………ありがとう…我は帰る……”

「あの、これって一体なんに使うものなのでしょ…」
「あっ!」
 疑問に思った旭が、”少女”へと質問を投げかける前に、『塔』そのものが一瞬にして消え去る。
「もしかして、帰ってしまわれたんでしょうか…?」
「そうみたいですね…」
「えーっ!?もう?!カウントダウンとかやんねぇのー?!」
移動するというくらいだから、ロケットの発射のようなものを想像していた鎮は少し拍子抜けする。
「帰ったのか…」
 そして、スイも僅かに気持ちが揺らぐ。
帰りたかったという気持ちと、これで良かったのだという気持ちが混ざり、何とも言えない心境に……
「おいっ!」
「!!」
 そんなスイの背中を、問答無用で雛太が後ろから蹴りを入れる。
「何をする?!」
「なにをじゃねーよてめーっ!チャリ発電で俺に何したか忘れたとは言わせねーぞ!」
「……あ、あれは皆の為だ」
「なにが皆の為だ!お陰で足パンパンになっちまったじゃねーか!!おまえ、帰ったらマッサージしろよ!」
 びしっと指差して言う雛太。
スイは、蹴られた箇所の痛みも、雛太の言葉もどれもこれもがこの東京でしか感じられないものなのだと改めて思う。
先ほど少しだけ感じた望郷の念は、今はその思いの奥へとそっと仕舞いこむことにしたのだった。
「スーイーっ!雛太ーっ!腹減ったし帰ろうぜ!」
 そんな彼等の間に、イタチ姿のままの鎮がひょいとやって来る。
「それならせっかくですからあやかし荘にでも寄ってお茶でもしませんか?」
 シオンの提案に、その場に居る者はとりあえず反対する理由は無い。
わいわいとにぎやかに、ピクニック気分のあやかし調査団は来た時と同様マイペースにあやかし荘への道を進む。
「ちょっ…ちょっとみんな待ってよー!!」
 その背後を、取り残されて忘れられていた神城 由紀が慌てて追いかけて行くのを…
草間興信所の調査団の面々が笑いながら見送っていたのだった。





■おわり■


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2254/雪森・雛太(ゆきもり・ひなた)/男性/23歳/大学生】
【2320/鈴森・鎮(すずもり・しず)/男性/467歳/鎌鼬三番手】
【3055/新開・直(しんかい・ちょく)/男性/18歳/予備校生】
【3304/雪森・スイ(ゆきもり・すい)/女性/128歳/シャーマン・シーフ】
【3356/シオン・レ・ハイ/男性/42歳/びんぼーにん(食住)+α】
【3383/神宮寺・旭(じんぐうじ・あさひ)/男性/27歳/悪魔祓い師】
NPC
【***/神城・由紀(かみしろ・ゆき)/女性/23歳/巫女・便利屋主人】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ。この度は「黒い巨塔〜あやかし調査団3〜」に参加いただきありがとうございました。
前回から長期間開いてしまったにも関わらず、多くの方に参加していただけて感激しております。
あやかし調査団では、ギャグパート全開で事件解決に関わっていただいたのですが、
皆さんコメディながらも見事に事件を解決に運んで下さり、書かせていただきながら楽しませていただきました。
 今回新たに加わって下さったシオン様と神宮寺様も魅力的なキャラクターで、
雪森のお二方や鈴森様、新開様方との絡みを書いていて、非常に楽しかったです。(笑)
 このエピソードはこれで終了となりますが、最後に塔が残したカケラを利用して、
今後何かエピソードをご用意できればな…と思っております。

 このたびは本当にご参加くださりありがとうございました。
またどこかでお会いできるのを楽しみにしております…


:::::安曇あずみ:::::

※他のライター執筆の物語の中での関係と少し違うかもしれませんがご了承下さいませ。
※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますが、もしありましたら申し訳ありません。
※ご意見・ご感想等お待ちしております。<(_ _)>