コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


双子鬼〜炎貌鬼〜

 その鬼は双子の鬼だった。共に作られた二本の刀を分け合い、いつも一緒に行動した。
 遊ぶ時も、食べる時も、寝る時も、人を殺す時も――。
 耐えられないその本能に、理性が壊されたのは極最近のことだった。
 一度味わったその恍惚ともなる味わいを、再び求めるのは当然のことで、彼らは殺戮を繰り返す。
 彼は炎の力を宿したその刀で。
 片割れは、氷の力を宿したその刀で。
 獲物を追い詰め、嬲り、その切っ先で肉を裂き、骨を断ち、そして鮮血にまみれたその肉を喰らうのだ。
 自分達は鬼だ――たかが人…獲物に自分達を御することなど出来るわけが無い。そう思いながら、彼らは二人で今日も街を彷徨うのだ。自分の胃を満たす獲物を求めながら――。

++

 翼は道路を駆けた。マントを翻しながら、とても素早く走っているというのに、その姿は優雅、そして華麗だ。眉目秀麗のその姿、青い瞳にその金髪でただでさえ人の目を惹くというのに、剣を片手に走るその姿は、却って人の眼をひきつけていた。
 短く切りそろえられたその髪と、物腰と、少年のような容姿で男性に間違われることが多いが、れっきとした女性だ。
 人ごみを掻き分けながらも、その青い瞳は確実に「敵」を捉えていた。
 口の端から血を流し、鮮血を浴び、そして血臭のするその敵は、前方百メートル先を走っている。人が自然とその姿を見て、避けてくれているのは追う方としては幸いだった。
 相手もかなり速く走っている。だが翼にとってそれは対して「速い」うちには入らなかった。
 F1レーサーである彼女にとって、『走る』速度など、止まっているようなものでもあるし、何よりも彼女に流れる血がそうさせる。ヴァンパイアと戦女神の血を引いたその身には、それこそ神の域を超える素早さで走ることさえ可能なのだから。
 片手に母の形見である神剣を握り締めながら、翼は冷酷な眼差しでその敵を追った。

++

 気が付けば、弟とははぐれていた。

 くそぉこの野郎――いや、男だか女だかわからねぇが、こんなのに追われているだなんて…――時たま後ろを振り返りながら、彼は駆けた。獲物が回りにたっぷりいるというのに、手にした刀を抜くこともできない。
 必死で走っているというのに、あいつ――表情さえも変えやしねぇ。
 獲物だ、全部獲物だ。あいつも、この刀であの細い首を、腕を、足を落としてやる。さぞかし美味いだろう。
 そう思いながら、彼は勝手知ったる自分の街を駆けた。速度を上げる。
 ――確かあっちに路地裏が――そう思って彼は跳んだ。
 人の山を、道路を飛び越え、細い路地裏の方に駆けてゆく。


 もちろん、翼もその後を追った。

++

 「いつまで鬼ごっこを続けるつもりだい?」
 透き通る声がその場にこだまする。
 建物と建物の間を潜り抜けて、たどり着いたのは三方を高いビルに囲まれた袋小路だった。薄汚れた建物の裏に、不法投棄されたゴミ、日の光の届かないその場の空気はどこかどんよりと翳っていた。
 相手の気配は確かにここにある。だが、姿が見えない。
 「それとも、『鬼さんこちら、手のなる方へ』――とでも言わないと姿をみせないつもりかい?ああ、今は僕が追う方か」
 そう言いながら、翼は神剣の柄に手をかける。今は姿の見えない敵が、いつ姿を現してもいいように。
 さて、どこから来る?――と、神経を周囲に張り巡らせる。

 ――上だ!

 一気に剣を抜く――と同時に、自らの能力を全発動させる。
 カキィィン…と金属と金属のぶつかる音が響いた。
 鬼の全体重と引力による加重が加わり、かなりの負担が彼女の神剣に集中する。能力を発動させなければその重みに耐えられなかっただろう。
 「くっ…」
 ――なんなんだこいつは。そう思いながら、彼は一旦後方に飛んだ。そしてその刀を構えなおし、上下に振った。炎の力の宿ったその刀から、炎が渦となって翼に向かう。が、それは彼女に到達する寸前で立ち消えた。
 「なんだって…?」
 「無駄だよ。風が僕を守ってくれるから」
 そう言いながら、彼女は剣を構えた。
 鬼が再び炎を彼女に向けても、それは意味を成さず、彼女にその熱を与えることもなくその赤を消してしまった。
 何故なら、風が翼のことを思って、自ら彼女の周囲を空気の無い状態にしているのだ。酸素の無いところで炎は燃えない。
 風の支配能力を継承した若き風の王である彼女に対し、それは至極同然のことだ。
 「くそぉっ!」
 そんな理由などわからずに、鬼は炎を再び翼に向ける。渦巻く炎の中を、翼は神剣片手に駆け抜けた。そして鬼の間合いに入り、上から袈裟懸けに斬る――
 キィィン……と金属のぶつかる音。
 が、構わず、上から、横から、下から――幾度もの剣戟を繰り返す。もちろん、相手もそれに素早く対応して、打ち返しては来る――が、翼と違って、やはりどこか必死だ。横からの薙ぎも、斜め上からの袈裟斬りも、切り上げてくる剣戟も全て、必死で受け止めているように思える。やはりそこがただの鬼とヴァンパイアの差なのだろうか。全て受けに回っている時点で、力の差が見えたようなものなのかもしれないが。
 翼からの剣戟を受けるのに必死で、自分から攻撃を中々仕掛けられずに彼は焦っていた。
 「やられるか!」
 またもや、彼は炎を操った。ごぉぉ…とその場に炎が舞い上がる。風の力でそれが全部消え失せた時には、翼の前方に鬼の姿は無かった。
 ――何処に行った?
 青い瞳がそれに映った風景から再び鬼を捕捉すべく右往左往する。見つけた――それは彼女の左方のビルの壁に足をつけていた。その瞬間、彼は壁を大きく蹴った。
 両手で握った刀の刀身からは炎が舞い上がり、彼の進んだ軌跡に炎を散らしていく。ぐわぁぁ、と風を切るように唸りをあげ、その刀を横から大きく翼に向けて薙いだ――が、その刀身に肉を切る感覚は伝わってこず、それは虚しく空を切った。
 「く…」
 と、体勢を整え、相手の姿を追った。何処に行った?何処へ?早く、早く、その肉を、その血を、喰わせろ、喰わせろ、喰わせろ――!
 ぎり…と歯軋りをして血走った赤い瞳で翼の姿を探す。だが、その瞳に翼の姿は映らない。
 「何処に行ったぁぁぁぁ!!」
 咆哮。覗く歯には赤い血がこびりついている。
 「こっちだよ、手のなる方へ――」
 その声は――背後からした。
 唸る風に、慌てて鬼は背後に刀身を持って行く。
 かろうじて、後ろ手で彼女の剣戟を受けるが、それが本命ではなかったようで――左方から先ほどよりも強い勢いで剣が迫る。それを――なんとか鬼は両手で握った刀で受けてこらえた。そして、その刀身は彼女の剣を受けた後、彼女の頬をかろうじて皮一枚切り裂いた――。が、翼はそんなことなど気にせずに、再びその剣を振り下ろした。
 カキィィン……。
 打ち合わさる刃と刃の間から、きちきちと、小気味悪い金属同士の擦り合う音が聞こえてくる。翼は涼しい顔で、鬼は必死の形相で、互いの力を受けていた。青い瞳と赤い瞳が交差する。
 その時だった。すぅぅ…と彼女の頬の赤い一文字が、跡さえ残さず消え去ったのは。
 「――貴様…人では無いな?!」
 鬼が驚愕の表情を浮かべ、その刀身から再び炎を舞い上がらせ――翼の間合いから離れた。
 「なんだ、貴様だって人ではないじゃないか!」
 鬼の指摘に、
 「そう、僕は人ではない」
 今まで、無表情に戦闘を続けていた翼の瞳が翳る。
 「だけど――」
 翼は右手に剣を握ったまま、左手を鬼に向けた。風を操り超音波を作り出す。
 「そんなもの効くものか!」
 鬼はそれを一瞬で打ち消すが――先ほどまで翼がいたところに、彼女の姿は無かった。
 「もう、鬼ごっこは終わりにしよう」
 彼女は宙を飛んでいた。太陽を背にしたまま、翼は華麗に、優雅に、その神剣を両手に握り、ふわりと地に降り、大地を蹴り一気に鬼に向かう。
 その速さは、まさに神速。
 それは、鬼の赤い瞳に映ることは無く、彼女の剣は鬼の刀をその手から打ち飛ばす。虚しく空を舞う炎を宿したその刀は、主人の手から離れ、手の届かぬ地にからからと転がった。
 翼に剣の切っ先を向けられて、武器を失い、じりじりと下がりながら
 「貴様…貴様も人ならざる身ではないのか?!お前は…」
 「…そう、僕は人じゃない。ヴァンパイアの血がまじっている」
 「なら…ならどうしてだ!鬼は人の血を吸い、肉を食らって当然だろう!?」
 「…知ってる」
 壁ギリギリまで――これ以上下がれないところまで下がり、翼の向けた剣の切っ先が鬼の首筋ぎりぎりに向けられる。
 「……更正の余地はあるかい?人の血を、肉を――喰らわない、と約束ができるかい?」
 「……」
 首をのけぞらせつつ、その赤い瞳は翼の向けた剣を見つめていた。そして一言――わかった、と呟いた。
 「約束を破ったら…承知しない」
 す…と翼の剣が下ろされ、鞘に収められる。そして、彼女はその背を鬼に向ける――が、
 「馬鹿言うな!喰らわずして何が鬼だ!お前だって人の血が吸いたくてたまらないんじゃないのか?!」
 そう叫び、彼は自分の刀目掛けて跳んだ。
 「――約束を破ったら承知しないと言ったはずだ!」
 翼も、鬼に向かって跳んだ。そして鞘から神剣を一気に抜いた。


++


 鬼退治の仲介の駄菓子屋店主に連絡をした。じきに来るだろう――そう思いながら、翼は先ほどまでは『鬼』と呼ばれていた肉塊を見下ろした。
 大きく見開かれた赤い眼。断末魔の叫びを上げた大きく開かれたままの唇から覗く血のこびりつく歯。 そして、その腹部から流れる血――。
 「…そう、知ってる」
 自らに流れるヴァンパイアの血の性を。そして、それに相反する血も、彼女は受け継いでいた。
 同胞を狩る苦しみと、敵を狩る喜びと――……。
 車の走る音が聞こえてきた。
 思ったより早い。

 これで、新しい被害は出ないだろうそう思いながら、彼女は空を仰いだ。
 透き通るような青い空だった。
 


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【2863/ 蒼王・翼 / 女性 / 16 /】



□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


 はじめまして。へっぽこライターの皇緋色です。
 「双子鬼〜炎貌鬼〜」へのご参加ありがとうございます。
 タイマンバトルということで、色々制約のある中、戦っていただきましたが…いかがでしたでしょうか?うまくアクションが表現できていれば…と思います。能力もうまく使いこなせていれば、とちょっと心配です。
 
 また機会がありましたら、お会いしましょう。ありがとうございました。