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<東京怪談・PCゲームノベル>


【---Border---】〜ファイル2、唄う童〜



□発端

 「かごめ、かごめ、かごのなかのとりは。」
 クルクルと手を繋いでまわる。
 少女はなぜ自分がまわっているのか、なぜ『かごめかごめ』を歌っているのか、覚えがなかった。
 そもそも、この真っ暗な空間が何処なのか・・それすらも覚えがなかった。
 「いついつでやる。夜明けの晩につるとかめがすべった。」
 ふと隣を見やると知った顔がいた。
 反対の隣も、知っている顔。
 ちょこりと真ん中にしゃがむ“誰か”を囲みながら、丁度“かごめかごめ”の要領で、クルクルと手を繋いでまわっている。
 「後の正面だぁれ。」
 歌が止み、歩を止める。
 真ん中にしゃがむ人物の背後には、これまた知った顔の少女。
 「・・・クスっ。」
 少女が小さく笑い声を漏らす。
 普段の彼女なら、絶対に漏らさないような笑い声・・。
 ゾクリと背筋が寒くなるのが分かる・・・。
 「華ちゃん。」
 少女の名前を呼び、立ち上がったのは見知らぬお爺さんだった。
 「あ〜たっちゃった。」
 周囲の少女達がそう言って、クスクスと笑い出し・・・。


 「・・っと、大丈夫?萌?萌っ??」
 「えっ・・?」
 はっと目を開くとそこは見慣れない町並みだった。
 ・・そうだ、修学旅行の最中だったんだ・・。
 そして思い出す、この町の事・・。
 「大丈夫、萌?じっと固まって動かなくなっちゃったんだもん。驚いたよ〜!」
 「う・・ん、ごめん。留美。ちょっと夢見てたみたいで・・。」
 「も〜、しっかりしてよ〜!立ったまま夢なんて見るの〜?」
 「そ・・みたい・・。」
 「は〜まったく、萌ってそう言う所がちょっと抜けてるのよね〜!」
 ブツブツと文句を言い、先を歩く留美の背を見つめながらそっと先ほどの事を思い起こす。
 真っ暗な空間、繋いだ手、かごめかごめ、真ん中に据わっていた老人、そして・・隣のクラスの華ちゃん。
 萌はいくらか先を歩く華の姿に目を留めた。
 右に大きな道路、そして・・その先に横断歩道。
 赤信号で止まる華。向こうからは大型トラック・・。
 トンと、誰かがその背中を押した・・・!
 フラリと道路に躍り出る華の姿。
 そして・・・!!!

 『後の正面だぁれ』

 「キャーーーーッ!!!」


 * * * * * * * * * * * * *


 京谷 律(きょうや りつ)は旧友からのSOSのメールを受け取ると、そっと携帯をたたんだ。
 「かごめかごめねぇ。随分昔の歌を・・・。」
 クスリと小さく微笑むと、そっとコンタクトをはずした。
 乾いた瞳に、コンタクトの刺激は強すぎた。
 真っ赤に光る左の瞳と、金に光る右の瞳。
 茶色のカラーコンタクトをゴミ箱に捨て、新しいものを探す。
 「かごめかごめの歌には様々な解釈があるけれども・・これは“間引き”の歌で間違いないかもな。」
 律は新しいコンタクトの箱を手に取ると、クルリと宙を一回転させる。

 「後の正面だぁれ・・・か。」

 律はクスリと小さく微笑むと、その言葉に確かに潜む“Border”を感じた。
 こちら側とあちら側の・・・“Border”
 携帯を開き、メモリーに登録してある番号にかける。

 「もしもし・・京谷 律ですけれども・・。お久しぶりです。明日って、何か予定とかあります??」


 * * * * * * *


 「【---Border---】を体験、読む時の注意事項が書いてあるから、以下をよく読んでね。」


 【---Border---】を体験するまたは読む時の注意事項
  1、体験もしくは読んでいる最中に寒気や悪寒、耳鳴り、その他何かしらを感じた場合“絶対に後を振り向かないで”下さい。
    また、同様に自身の“真上も見ないで”下さい。
  2、何らかの理由で席を立ったり、どうしても後を振り向かなくてはならなくなった場合、体験または読むのを止め、心を落ち着けて深呼吸をしてから振り向いたり、立ち上がったりしてください。


 「え・・?これに何の意味があるのかって?・・・さぁ、ただの注意事項だから、理由なんてないんじゃない?」

 律はそう言って微笑むと、そっとカラーコンタクトを瞳にはめた・・・。



■考察

 律に電話で呼び出されたセレスティ カーニンガムは、夢幻館を訪れていた。
 何時も同様、待っていたかのように夢幻館の扉が開く・・・。
 「いらっしゃいませ、セレスティさん。律さんに御用・・ですよね?」
 「またBorderがらみだとお聞きしましたが・・。」
 「えぇ。まぁ、俺はよくわからないんですけどね。ただ、被害者が律さんのお友達のお友達だとか・・。」
 沖坂 奏都はそう言うと夢幻館の中を案内し始めた。
 「・・おや・・。律さんは自室にいるのでは・・?」
 「えぇ、自室にいますよ。どうしてです?」
 「この前はあちらではありませんでしたか?」
 セレスティはそう言うと、右の廊下を指差した。確か・・以前来た時は丁度この廊下の突き当りを右に曲がった所が律の部屋だった・・。
 もしかして、部屋を変えたのだろうか?
 「いいえ、今日はこちらです。」
 セレスティが小首をかしげたのと、今日の律の部屋に着いたのはほぼ同時だった。
 奏都がコンコンとノックをし・・扉を押し開ける。
 「律さん、セレスティさんがいらっしゃいましたよ。」
 トテトテとこちら側に走ってくる音がして・・セレスティよりもかなり小さい律が飛びついてきた。
 そもそもの体重が軽いため、後に体制を崩す事はなかったが・・・。
 「セレスティさん、お久しぶりです!」
 満面の笑みでセレスティに抱きつく律の頭を優しく撫ぜる。
 「お久しぶりです。・・・少し、おやせになりましたか?」
 腰に回された腕が、以前よりも幾分か細くなった印象を受ける。
 「えぇ・・でも、平気です。」
 律が力強く頷いたのと、奏都が扉を閉めたのはほぼ同時だった。
 「それで、今日はどうなさったんです?」
 「・・セレスティさんは『かごめかごめ』の歌を知ってますか?」
 「えぇ、知っていますが・・?」
 真ん中に1人がしゃがみこみ、目隠しをする。その周囲を手を繋いだ子供達が取り囲み・・・。
 律はセレスティを部屋の中に通した。
 大き目のソファーに座るように目で合図をして・・自分も長方形の小さなテーブルを挟んだ向かい側の席に座る。
 「日本には多くの童歌があります。その中でも、わけの分からない言葉が羅列してある童歌は結構あるんです。」
 「意味のなさない言葉の羅列・・ですか?」
 「えぇ。この『かごめかごめ』の歌もその一つなんです。」
 律はそう言うと、テーブルの片隅に置かれてあった紙を取り、胸ポケットからペンを取り出すと繊細な文字で何かを書きつけた。

 『かごめかごめ かごの中のとりは
  いついつ でやる
  よあけのばんに
  つるとかめが すべった
  うしろのしょうめん だあれ』

 あまりに有名すぎる童歌に、最初の“かごめかごめ”の文字を見ただけで諳んじる。
 「この歌には色々な解釈があるんです。妊娠した女性説、女郎説、徳川埋蔵金説、霊界との交信説、罪人の歌説、もっと沢山あります。」
 「そんなに・・・ですか?」
 「えぇ。まず、妊娠した女性説。これは結構有名ですね。」

 『かごめかごめ、かごの中のとりは→お腹の中の子供
  いついつでやる→いつ出てくるのか
  夜明けの晩に→夜明け近くで
  つるとかめがすべった→母子が階段から落っこちた
  後の正面だぁれ→突き飛ばしたのはだれ・・?』

 「つまりこれは、突き飛ばしたのはだれ?で姑となるんです。過激な嫁姑戦争・・ですかね?これは突き飛ばされた母親、ないしお腹の子供の歌ですね。」
 そう、あくまで主観は突き飛ばされた方にある。
 「また、鶴と亀を双子の子供だと仮定すると、最後はこうなるんです。後の正面だぁれで、双子の子供が見ているのだと・・。」
 こちらは主観は母親だ。流産してしまった子供が後で恨めしげに見ていると・・・。
 「次は、女郎説です。これも有名ですね。」

 『かごめかごめ、かごの中のとりは→女郎さん
  いついつでやる→いつ出られるのだろうか
  夜明けの晩に→夜明け近くで
  鶴と亀→遊女とその恋人が
  すべった→転んでしまった
  後の正面だぁれ→遊女を囲っていた男の人がすぐ後まで・・』

 「かごめは、囲うの命令形だと言う説もあるんです。女郎さんは“かこわれる”と良く言うし・・。つまり、女郎さんが“かこわれて”いた屋敷を抜け出して他の男性と逃げようとした所、転んでしまって・・・って話ですね。」
 律は途中で言葉を切ったが・・その先は言わずとも知れた事だった。
 2人の命の行き先なんて、セレスティにも分かっていた。
 「また、この説では“よあけのばん”を“夜明けの番”とし、見張りがいるとする説もあります。」
 どちらにせよ、最後は決まっているのだ。
 後の正面によって・・・。
 「次の徳川埋蔵金説ですけど、これは『かごめかごめ』の歌が暗号なっていて・・。これには色々な暗号読解の解釈があるし、今説明する必要もないですが、とにかく東照宮に最後は行き着くんです。コレと似たような説で、ソロモン王の財宝の隠し場所だとする説もあります。次は霊界との交信説。」
 律はそこまで言うと、部屋の隅に置いてあったコップをひっくり返すと、ポットから温かい紅茶を注いだ。
 それを一つ、セレスティの方に差し出し、自分もコクリと一口だけ飲んだ。
 「これも沢山あるんです。霊界との交信手段を表したものだとか、自分の守護霊を見るためだとか、あとは・・霊感のある子供を見つけるためだとか・・。他には輪廻転生を現しているんだって言う説もあります。この説になると宗教が絡んだりして来るんですけど・・。それで、次は・・罪人説ですね。これもかなり一般的です。」

 『かごめかごめ かごの中のとりは→罪人の女の人
  いついつでやる→いつ出てこられるのだろうか
  夜明けの晩に→夜明けが来ない=釈放されない
  つるとかめがすべった→長寿の象徴でもある鶴と亀が滑る=死んでしまう
  (つるりとこうべがつうべった→頭が滑る=斬首された)
  後の正面だぁれ→首を切った役人はだれ?』


 「これは凄く・・なんと言うか、グロテスクですよね。切られた首が転がって、自身の胴を見つめている。すなわち、体からすれば後でも、首からすれば正面。だから後の正面だぁれで、首切り役人と首が向き合うんです。」
 淡々と話す律に、セレスティは少々寒気を覚えた。
 あんなにいつもは儚そうな律が、この時ばかりは酷くしたたかに見える・・・。
 「でも、今回は今まで言ったものじゃないんです。人が亡くなっている以上、今までの例から行くと『妊娠した女性説』『女郎説』『罪人説』となります。けど、これは主観が違います。」
 「どう言う事ですか?」
 「3つの説は、所謂・・殺された人達の歌でしょう?後の正面だぁれは、加害者を指す。つまり、歌った人を殺した人です。」
 確かにそうだ。
 妊娠した女性を突き飛ばした後の正面は姑、女郎説では“かこって”いた男、罪人説では首切り役人。
 「でも、今回は後の正面だった子が殺されているでしょう?」
 暗闇で行われた『かごめかごめ』。後の正面をあてたお爺さん。お爺さんの後の正面だった女の子・・・。
 「他にはないのですか?後ろの正面が被害者になる歌は・・・。」
 「あります。間引きの歌です・・・。」

 『かごめかごめ→囲め囲め
  かごのなかのとりは→村の村長
  いういつでやる→いつ出る事が出来るのか
  夜明けの晩に→ありえない時間に
  鶴と亀が滑った→悪い事の象徴
  後の正面だぁれ→神様に捧げられる子供はだぁれ?』


 「これだと後の正面が被害者になります。だけど、他のとは違って物語性がないと思いませんか?」
 「えぇ、確かに・・。籠の中の鳥は良いとして、つぎのいついついでやるが、ちょっと繋がってないですよね。」
 「多分これは、文脈がおかしいからです。一つの話の流れを作るためには・・。」

 『囲め囲め、村の村長を。悪い事の象徴からいつ出る事が出来るのか分からない。だから、神様に誰かを捧げよう。さぁ、その子供は誰?』
 
 「ありえない時間を、分からない時間と置き換えれば・・ですが・・。」
 律はそう言うと、すっと微笑んだ。
 「しかしそうすると、後にいた女の子は間引かれてしまったと言う事ですか?」
 「・・この歌にもいくつか解釈があるんです。さっき言ったのは、間引きでも、生贄です。後は、飢饉だった時の口減らしの歌だとか・・。どちらにしても、捧げられるのは後の子供ですが・・・。」
 セレスティはふっと息を吐くと、小さく言った。
 「不思議な唄ですよね・・・。」
 「かごめかごめがですか?」
 「えぇ・・・。」
 何故だか耳に残る不思議な旋律、不思議な言葉・・・。
 恐ろしいほどに、甘美な唄・・・。
 「俺は羨ましかったんですよね。この唄が・・・。」
 「羨ましかった・・とは?」
 「硝子を隔てたすぐ向こう、本当に触れ合えそうな場所で、聞こえてくるんです。楽しそうな歌声が・・・。」
 かごめかごめ、かごの中の鳥は・・。
 けれど、誰もかこってくれる人なんていなかった。広い部屋で、ただ1人・・・。
 「・・・そうですか・・・。」
 セレスティは小さくそう呟くと、紅茶を一口口に含んだ。
 「これはあちら側のモノが起こした事件です。つまり・・話し合いでの解決はありえません。あちら側のモノを消滅させない限り・・。」
 「人にあらざる者・・の、仕業・・と言う事ですか?」 
 「えぇ。きっと・・過去の儀式を未だに続けているあちら側のモノがこちら側に侵食して来たんでしょう。」
 「捕らわれているのでしょうね。」
 過去の因習に。
 「明日、連絡をくれた子と会う約束をしているのですが・・。」
 「私もお逢いして宜しいのでしょうか?」
 「えぇ、ぜひ。。」
 律はそう笑顔で言うと、ヘラリと微笑んだ。
 先ほどまでの凛とした強さはもう微塵も感じ取れない。ただ・・・普段どおり、儚く壊れそうな律が微笑んでいた。


□捜索


 ここは東京の下町・・。
 修学旅行に来ていた律の旧友を襲った『かごめかごめ』の唄の犯人・・すなわち、あちら側のモノを抹殺するためにここに来ていた。
 小さなファミレスでの待ち合わせに、少女は5分遅れて到着した。
 「久しぶり。京谷君・・相変わらずだね。」
 「萌ちゃんは・・ちょっと大人っぽくなったね。」
 律の言葉に、萌は一緒に来ていた2人の女の子を紹介した。
 「私のほかに、華ちゃんを押した手を見たって人・・。こっちが、留美。」
 「初めまして。武藤 留美(むとう るみ)です。」
 ペコリと頭を下げる、ボーイッシュな少女に、こちらも頭を下げる。
 「こっちが有川 芽久実(ありかわ めくみ)。」
 「・・どうも・・。」
 こちらの少女は少々暗い印象を受けた。真っ直ぐな黒髪が、そう見せるのかもしれないが・・。
 3人とも、あちら側の雰囲気を引き連れている・・。つまり、あちら側に少なからず関わっていると言う証拠だ・・。
 「まず、萌ちゃんが見た夢の話をしてくれる?」
 「うん。真っ暗な場所で・・・。」

  皆で輪になって手を繋いで
  唄うの。楽しそうに、かごめかごめを
  真ん中には知らないお爺さんが座ってて
  あとは普通のかごめかごめの遊びと同じ
  後に立った子がクスっと笑って・・・

 「実はさ・・私も見たんだ。まったく同じ夢。萌みたいに白昼夢じゃなかったんだけど・・。」
 留美が苦々しい表情でそう言った。
 「・・私も・・・。」
 芽久実がもそっと留美の言葉に繋げる。
 「と言う事は、3人とも時間はずれていたけれども同じ夢を見ていたって事で良いの?」
 律の問いかけに、3人は戸惑ったように頷いた。
 気まずい沈黙が場を支配し、テーブルの上にちょこりと乗っている水の入ったグラスがカチリと小さな音を立てる。
 中の氷が徐々に溶けて行く・・・。
 「うん。大体分かった。」
 「それじゃぁ、どうにかできるの!?」
 「・・それは結構簡単。だけど、また萌ちゃん達に夢を見てもらわなくちゃ・・。夢を見た、その時なら・・なんとか出来るかも知れない。」
 「そっか。」
 萌はそう言うとほっと息をついた。
 「どう言う事ですか?」
 セレスティは萌達を気にしながら、律に小声で囁いた。
 まるで吐息のような言葉だった。
 「大丈夫ですよ、セレスティさん。萌ちゃんは全部知って・・知ってて、友達でいてくれてるんです。」
 察した律が小さく微笑んだ。
 「貴方も、不思議な血が混じってる人なんでしょ?」
 萌はそう言うと、セレスティを正面から見据えた。
 女の子女の子した外見とは違い、性格の方はいたってしっかりした子のようだ。
 「今回は、夢がBorderなんです。」
 「夢がですか?」
 「そう。あちら側の世界は、日々どこかで構築され、崩れて行くんです・・。それは場所を問いません。この世界の空気が流れる場所の近くでなら、あちら側の世界は何処だって出現します。例え夢の中でも・・こちらの世界に属する場所なら・・。」
 「つまり、夢を通ってあちら側の世界に行くという事なのですか?」
 「はい。萌ちゃんを始め、3人はあちら側の世界に少なからず侵食されています。もちろん、命に関わるような濃度ではないけれど・・。」
 律は一旦言葉を切ると、すっと瞳を細めた。
 「もし俺の考えが正しく、間引きの唄だった場合・・これはまだまだ続きます。狙われているのは萌ちゃんの学校の生徒。比較的あちら側の世界に依存できる子を使ってBorderを出現させ、あちら側の世界にこちら側の人を引っ張り込んでいます。」
 こんがらがる頭の中に気がついたのか、律が少しだけ言葉を探すために宙を見やる。
 「Borderって言うのは、こちら側とあちら側の境界線の事ですよね?つまり、必ずしもどこかで接点を持たなくてはBorderはできないわけなんです。今回はあちら側の世界がこちら側の夢と言う領域に出現したんです。けれど、夢はこちら側の世界と密接に関わっているものじゃないんです。つまり、誰かがその夢を見なければ夢はこちら側の世界に引き込まれないんんです。夢は確かにこちら側の領域ですが、完全にこちら側の領域じゃないんです。いわば不純物が混じっているこちら側なんです。」
 「夢って言うものが、こちら側に属する固体であるという事ですか?」
 「えぇ。こちら側を地面に例えるとすると、地面から数センチ浮いているけれども、地面の上には確かにある固体って感じですかね?」
 こちら側という場所から、少しばかり離れた位置に存在する夢の領域。
 しかしそれは確かにこちら側の領域も含んでいて・・・。
 「Borderは明確なあちら側とこちら側の境界だから、浮いている場所ではダメなんです。だから、夢に現れるあちら側の世界はこちら側の世界との濃いかかわりを持つべく、人にその夢を見せる。人と言うものは、確かに純粋なこちら側の世界のものだから・・・。」
 「あちら側の世界に侵された夢が、こちら側の世界に属する人に見られた時・・確かな接点が現れ、Borderが出現するという事ですか?」
 「そう言う事です。」
 セレスティは頷くと、コップの水を飲んだ。
 冷たいものが食道を通り、胃へと流れ込む・・・。
 「先ほど“比較的あちら側の世界に依存できる子を使って”とおっしゃってましたが、・・それってどういう事なんです?」
 「セレスティさんは、適性検査をやったのを覚えてますよね?あちら側とのかかわりを持つためには、適性か否かが問われるんです。あちら側の世界をほんの僅かでも感知できる人は、あちら側の世界からの呼びかけに答える事が出来る。つまり、あちら側を知る事が出来るんです。これは理論でも、理屈でもなんでもなお。感じるものだから、感じられない人だって沢山いるんです。むしろ、感じる人の方が少ないんですよ。」
 「それでは、彼女達もBorderを通ってあちら側に行けるという事ですか?」
 「それはどうでしょう・・・。あちら側を知る事が出来る人と、あちら側に行く事が出来る人は全然違うんです。知る事が出来る人は結構いるかも知れないけれども・・・。それは、いわば本能の問題ですから。けれど、行くとなると結構大変なんです。何度も言いますが、Borderは無方向空間です。こちら側の世界やあちら側の世界とはまったく違う場所。常に方向に支配されているこの場所からすれば、無の世界なんです。そこで頼りになるのは魂の強さです。魂の弱い人は、Borderの無方向空間に耐えられず、消滅します。」
 律はそう言うと、萌に向き直った。
 「お父さんにお願いできるかな?」
 「京谷君だったら任せられるって、実はもうオッケー貰ってんだ。」
 「ありがとう。」
 「何ですか?」
 「萌ちゃんのお父さんは萌ちゃんの学校の理事長なんです。それで・・・今日は萌ちゃん達の部屋に泊まろうと思います。その・・いつあちら側の夢が来ても大丈夫なように・・・。」


■Border

 夜、萌と留美、そして芽久実が寝ている部屋でセレスティと律は待機していた。
 寝息を立てる3人の表情が、月明かりに照らされて黄色く光る。
 「少し引っかかるのですが・・・。」
 「なんですか?」
 声を抑えながら囁くセレスティに、律が小さく首をかしげる。
 「彼女達はBorderを出現させるための鍵なのでしょう?しかし、彼女達は確かにあちら側の世界に行ってる・・。それはBorderを通っての事ではないのですか?」
 彼女達が見た夢は、あちら側の世界の夢だ。
 あちら側に行くと言う事は、すなわちBorderを通る事ではないのか・・・?
 「Borderは、世界と世界の明確な境界の事です。つまり、対立する真の世界を繋ぐラインの事です。萌ちゃん達が見たのは、真の世界じゃないんです。あちら側の世界が見せるあちら側の幻想です。萌ちゃん達は、自分達がどうしてその場にいるのか分からないと言っていたでしょう?それは真の世界じゃないからです。真の世界では、自我は見失わないから・・・。」
 「そうですか。」
 「あちら側の世界に行って、自我がなくなるのは2つのケースのみなんです。1つは、あちら側の世界が見せる幻想の世界の時、もう1つは、あちら側の世界に飲まれようとしている時。」
 飲まれる・・それは、あちら側の世界に属すと言う事。
 「俺も、何度も呼ばれてるんだけどね。」
 自嘲気味な微笑を浮かべ、律はそっと瞳を閉じた。
 「・・律さん・・。」
 セレスティは思わず律の名を呼んでいた。
 ・・見つめる先・・3人の枕元・・・見える、確かな歪み。そして感じる、あちら側の空気・・。
 「Borderの出現です。・・・行きましょう。」
 律の言葉に、セレスティは立ち上がった。
 まず最初に律が入り、そしてセレスティが入る。
 体がバラバラになりそうなほどに、なにもない無の世界・・・。
 抜ければそこはあちら側の真の世界。
 2人は真っ暗な中を進んで行った・・・。

□人にあらざる者

 どこからか聞こえてくる『かごめかごめ』の唄は、少女達の声だった。
 『かごめかごめ かごの中のとりは』
 「あそこ・・なにか光ってますよ・・。」
 『いついつでやる』
 「輪になって・・・あれは・・彼女達じゃないですか・・?」
 『よあけのばんに』
 「・・・あの真ん中の人物が今回の事を起こした元凶です。」
 『つるとかめがすべった』
 律がその人物の真後ろに立つ・・・。
 『後の正面だぁれ』
 少女達の輪が崩れ、律以外には誰も彼の後に立っていない。
 「・・律君。」
 『あ〜たっちゃった。』
 少女達はクスクスと笑い出し・・・。
 「・・っ・・いやぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあああぁぁぁっ!!!!!」
 律が叫びだし、その場に膝を折る。
 真ん中にいた人物が振り向き、律へと手を・・・。
 「やめなさいっ!!!」
 セレスティは律の腕を引っ張り、腕の中に抱いた。
 律の発作・・それは、異界に呼ばれている証拠・・・。
 「落ち着いてください・・。大丈夫です。大丈夫ですから・・・。」
 「だめぇっ。いや・・ごめんなさい・・ごめんなさいっ・・。やぁぁ・・。俺・・おれ・・・。ヤメテ・・お願い。いやっ・・。」
 「大丈夫です。何もいませんよ・・・。大丈夫ですよ・・・?」 
 「やぁっ・・・。来ないで・・。おねがいっ。」
 クタリと、律の体から力が抜け、その軽い体重をセレスティに預ける。
 セレスティは掌に意識を集中させた。
 直ぐに薄い膜が広がり、セレスティと律を包み込む。
 これはほんの一時の時間稼ぎだった。
 ほんの少し、冷静になる時間稼ぎ・・。
 腕の中でグッタリと瞳を瞑り、細い喉をさらけ出す律。
 「このままでは律さんの体力が・・・。」
 老人とは思えないスピードで、走り来る。しかしそれは薄い水のバリアによって跳ね返される。
 何度も、何度も、あたっては飛び、あたっては飛び・・・。
 はっと気がついた時、セレスティと律は少女達に囲まれていた。
 無表情で、冷たい瞳を暁に向ける。
 『かごめかごめ かごのなかのとりは』
 冷たい声。
 『いついつでやる』
 暗く響く言葉。
 『夜明けの晩に』
 胸を締め付ける、威圧感・・。
 『つるとかめがすべった』
 それは確実に大きくなっていく・・・。
 『後の正面だぁれ?』
 ガクンと、全身から力が抜けてゆくのを感じた。
 暗く、冷たく、混沌とした意識の中で、聞こえてくるのはかごめかごめの唄。
 『かごめかごめ・・かごのなかのとりは・・いるいるでやる・・よあけのばんに・・つるとかめがすべった・・後ろの正面・・』
 「セレスティさん!!!」
 聞き覚えのある少女の声がセレスティを呼び、そしてその頬に熱い痛みが走る。
 薄く開いた瞳が、くっきりと少女の輪郭を浮かび上がらせる・・・。
 「萌・・さん・・・?」
 セレスティの頬を叩いたのは、萌だった。酷く心配しきった表情で、セレスティを見つめる瞳瞳瞳瞳瞳瞳・・。
 そこには芽久実も留美もいた。他の少女達は・・いない。
 「どうして・・?」
 「起きたんです!みんな、元の世界で何か、もしくは誰かによって起こされたんです!!」
 夢は、本体が起きてしまえば終わる。
 夢に引き込むことは、夢の住人ならば可能だ。それも、なにか特別な事をしなければ良いわけではない。呼べば良いのだ、夢と言う、甘美な世界に・・。
 けれどその夢は儚い。
 結局は宙に浮いた不安定な世界だ。強いあちら側、ないしこちら側の世界に呼ばれてしまえば終わってしまう。
 確固たる世界に、不安定な世界は敵わない。
 「私達が京谷君を見てるから、セレスティさんはあいつを・・・。」
 萌の言葉にはっと顔を向けた先、膜の消えた向こうから迫り来る影・・。
 「お願いします!」
 セレスティはそう言って萌に律を預けると、彼と対峙した。
 『間引き・・飢饉が・・・。子供を・・・殺せ・・!殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!!』
 襲い掛かる、あちら側のモノを避ける。
 そして、掌から一直線に彼の背中へと力を放った。
 徐々に徐々に、彼を傷つけてゆく。
 散る飛沫、飛ぶ赤い雨。赤い、赤い・・・けれどそれはどこか異質な色彩だった。
 方向が違う赤は、こちらでは認識が難しい。赤だけれど赤ではない。反対方向の赤・・・。
 断末魔が闇を切り裂く。
 かごめかごめの唄が、何処からともなく聞こえてくる。

 『かごめかごめ』

 「セレスティさん!何かがおかしいんです!」

 『籠の中の鳥は』

 「これは・・・早く脱出した方が良さそうですね!!」

 『いついつでやる』

 「でも、出るってどうやって!?」

 『夜明けの晩に』

 「私達には何も・・・。」

 『鶴と亀が滑った』

 「あっちで誰かが引き戻してくれない事には、私にはどうする事も・・・。」

 『後ろの正面・・・』

 「セレスティさんっ・・・!!!」

 『だあれ・・・?』

 目の前で光がスパークする。息も出来ないほど激しく、過激に・・。
 それは方向の崩壊だった。
 夢と言う空間に巣食ったあちら側が、主をなくしてこちら側の世界の方向に押しつぶされる。
 方向性の崩壊。それ、即ち、あちら側の世界の消滅・・・。

 「セレスティさん・・・??」
 ふっと瞳を開けたそこは、眩しいまでに光り輝く世界だった。
 ・・違う。ただ電気がつけられただけの、あの部屋だった。
 奏都の顔が直ぐ目の前に迫り、その隣には少女と律の顔・・。
 「良かった・・。間に合って・・。」。
 「私は・・・」
 「あちら側の世界の崩壊の前に、沖坂さんが私達全員を起こしてくれたんですよ。」
 「それにしても間に合って良かったです。みなさん・・・。」
 奏都がにっこりと微笑むと、ほっと胸を撫で下ろした。
 律が真っ青な顔で、セレスティの胸にしがみ付く・・・。
 「良かった・・。無事で・・。」
 「律さん・・?」
 「貧血です。・・・発作の後の貧血は・・。」
 奏都が心配そうに眉根を寄せる。
 セレスティは小さく息を吐き出すと、律の身体に手をあてた。
 体内の血液を、正常に・・・。
 すぅっと、律の意識が離れ・・・その華奢な身体をセレスティに預けた。
 「律さ・・」
 「疲れただけですよ。ぐっすり寝れば、おきます。」
 奏都の言葉に、萌と留美がほっと息をついた。
 

■後ろの正面だぁれ?

 「それにしても、童謡は不思議ですね。」
 セレスティはそう言うと、ソファーに身体をうずめた。
 「他にも色々と怖い童謡があるんですけど・・ききますか?」
 「いえ、遠慮しておきます。」
 セレスティはそう言うと苦笑いを浮かべた。
 暖かな昼下がり、出された紅茶は今日も薫り高い。
 「・・・1つだけ・・納得できない事があるんですが・・。今回の事件の事なんですけど・・。」
 「なんですか?」
 「確かに、夢の中に巣食ったあちら側の世界は人に見てもらう事でしかBorderを出現させられないのかも知れません。Borderがない限りは人を引き込むことが出来ませんから。今回は、萌ちゃん達がその、Borderを出現させる足がかりにされてしまったわけですが・・。」
 「あちら側の世界を知る事が出来る人だから良かったのではないのですか?」
 「違うんです。確かに、萌ちゃん達には素質があった。だから、あちら側の世界とこちら側の世界を繋ぐBorderを出現させる能力を持っていたんですが・・。・・・それには人を脱した者の介入が必要なんです。」
 「どう言う事ですか?」
 「萌ちゃん達くらいの能力で、Borderを出現させるのは・・無理なんじゃないかと思って・・・。」
 「と言う事は?」
 「萌ちゃん達にあの夢を見せた張本人がいるんじゃないかと思うんです。あちら側の世界と、こちら側の世界を結び付けようとした、どちらの世界にも属している、人を脱した者の存在が・・。幾ら素質を持っていると言っても、純粋なこちら側の世界の人間ですから、萌ちゃん達は。」
 素質があるものには、知る自由が与えられる。けれどそれは所詮自由であり、義務ではない。
 けれど素質だけでは知るものの本質は理解し得ない。そのものの本質を理解する者の介入が必要不可欠になる。
 「人を脱した者がいたという事・・ですよね?」
 「そうだと思うんですけど、俺が見た限りでは2人以外に素質のある人はいませんでした。」
 「萌さんと留美さんですね?」
 そう言った時、ツキリと頭が痛んだ。
 ・・なにかが引っかかり・・すっと消えて行く・・。
 「良いのではないですか?・・とりあえず、事件は解決しましたし・・・。」
 「そうですね。」
 律は頷くと、困ったような微笑を見せた。
 



 『かごめかごめ』
 夢幻館からの帰り道、暗い暗い道
 『籠の中の鳥は』
 何かを忘れている・・何か・・いや?・・・誰か・・?
 『いついつでやる』
 その背後に立つ、1人の少女。
 『夜明けの晩に』
 足音もさせずに、ついて行く・・・。
 『鶴と亀が滑った』
 ふっと歩を止め、振り返る。
 『後ろの正面』
 1人の少女と目が合い・・そして、少女が歩き去って行く。
 「おや?今の人は・・どこかでお逢いしたような・・・。」

 『後ろの正面だ あ れ ?』


        〈END〉


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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  1883/セレスティ カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥、占い師、水霊使い


  NPC/京谷 律/男性/17歳/神聖都学園の学生&怪奇探偵
  NPC/沖坂 奏都/男性/23歳/夢幻館の支配人

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 ■         ライター通信          ■
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 この度は『【---Border---】〜ファイル2、唄う童〜』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。

 こちらの諸事情で納品が大変遅れてしまいました事を深くお詫び申し上げます。

 最後に出て来た少女は・・作中で急に姿を消してしまったあの女の子です。誰?と思った方は、『捜索』から読み直していただければ・・と思います。
 さて、この度唄う童を執筆するにあたって、かごめかごめの唄について色々と調べました。
 本当に解釈が色々とあり、作中で触れられなかったものも多々あります。有名所は触れてありますが・・・。
 そう言えば、『かごめかごめ』と『とうりゃんせ』って出だしの音が同じように聞こえませんか?
 “か〜ごめ、かごめ”と“と〜りゃんせ、とうりゃんせ”です。とうりゃんせの方は“りゃ”が高くなりますが・・。


 ファイル1、ファイル2と続けてご参加いただきまして、まことにありがとう御座いました。
 この【---Border---】シリーズは1が『人を脱した者』の仕業で、2が『人にあらざる者』の仕業になっています。
 そのため、1は推理が入り、2では戦闘が入っています。
 1話完結物のシリーズですが、今後もゆるりとお付き合い願えればと思います。


 それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。