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碇麗香の百合な夜
○泥酔、碇麗香さん(28)
日曜、夜。都内の洒落たバー店内。月刊アトラス編集長碇・麗香(いかり・れいか)はかなり飲んでいた。と言うかほとんど「泥酔」に近い状態だった。
「だからぁ、私だって人恋しい夜もあるのよ! 私もう28よ!?」
バーテンダーの男性はなんとか笑顔を保ってグラスを拭いていた。麗香の「私だって人恋しい夜もあるのよ!」は、もう3度目だ。
「もうお酒は止めといたほうが良いんじゃないですか?」
バーテンダーは遠慮がちに言った。
しかし――
「まぁだ私ぜんぜん酔ってなぁいの!」
ダダをこねる子供のように言った。大抵の酔っ払いが言うセリフである。
「ふー、なんか暑くなってきちゃった」
麗香はそう言って胸元のボタンをひとつ、ふたつと外していった。豊満な胸が左右に揺れ、胸の谷間が大きく露出し、バーテンダーは目のやり場に困った。
「次、ジン・ライムね」
「あの、本当にもうお酒は……」
「ジン・ライム!」
バーテンダーは説得を諦めた。夜遅く、他に客もいない。麗香が気分が悪くなったら自分が介抱すれば良いと思っていた。
「ジン・ライムです」
コトリ、と置かれたグラス。麗香はそれを一気に飲み干した。
「ふー……暑いわ。上脱いじゃっていいかしら?」
「それは勘弁して下さい、お客様」
バーテンダーは何とか麗香を止めた。
「つまーんない。私もう帰る! お金置いとくわよ」
麗香はフラフラと立ち上がった。
「タクシーは呼ばなくていいわよ。歩いて帰るから」
麗香はよろけながら帰途についた。
○シオン・レ・ハイ
桜の舞う東京都内、一般にはあまり知られていない見事な桜の咲く公園。シオン・レ・ハイは青い瞳で桜を見ていた……当初は。
先ほどから桜ではなく、公園外の歩道を歩く「ある女性」の姿に目が釘付けになっていた。胸元を大きく広げた豊満な胸の、遠目にも分かる「キャリア・ウーマン」のオーラを振りまいている女性。
どうやら泥酔しているようだ。ここは騎士(ナイト)として女性を無事に家に連れ帰る――ぐらいはしなくては。
そう思ってベンチを立った瞬間、誰か人影がキャリア・ウーマンに駆け寄るのが見えた。
ちょっと遅かったか。酔った女性の介抱に2人もいらない。そう思い、再びベンチに背を預けた。晴れた夜空に桜吹雪が舞っていた。
○雨柳・凪紗(うりゅう・なぎさ)
仕事帰りの凪紗は、しばし桜に見とれ、それからふと前方を見て「えぇっ!?」と大声を上げそうになった。
ブラウスのボタンを外し、胸元を大きくはだけた色っぽい女性がフラフラと歩いている。ほとんど半裸と言ってもいいのではないか?
凪紗は慌ててその色っぽい女性――碇麗香に駆け寄った。
「ちょっとすいません! 大丈夫ですか? 何かあったんですか!?」
「あらぁ……あなたちょっと可愛いじゃない。私と……“いいこと”する?」
麗香は人の話を全然聴いていなかった。
しかし凪紗は悟った。もの凄いアルコールの匂い。酔っ払って前後不覚になっているのだ。
「勝手ですが胸元のボタンははめさせていただきますよ」
「あっ、変な所触っちゃイヤよ!」
「ボタンをはめてるだけです!」
凪紗は頬を赤らめて強調し、麗香の胸元に手を伸ばし、パチン・パチン、とボタンをはめていった。
数秒後、
「はい、終わりました」
冷静に言ったつもりだが、麗香の胸の大きさにかなりの憧れを感じていた。
「家はこの近くですか? 歩いて帰れますか?」
心配そうに凪紗が訊くと、麗香はその場にぺたんと座り込んでしまった。
「ど、どうしました?」
驚く凪紗。麗香は座ったまま言った。
「も……ダメ。飲み過ぎて立てないわ」
「じゃ、じゃあタクシー呼びましょうか?」
麗香は数秒凪紗を見つめ、訊いた。
「タクシーは遠慮しとくわ。もうちょっと夜風にあたりたいし。ところであなた、名前はなんて言うの? 私は碇麗香よ」
「え、あたしですか。凪紗、雨柳凪紗です」
「そっか。じゃあ凪紗ちゃん、私、あなたにおんぶしてもらいたいなー」
嬉しそうに言う麗香とは裏腹に、凪紗は困った顔をした。
「おんぶ、ですか?」
「そう!」
凪紗は迷った。自分の“力”を使えば成人女性1人をおぶって歩くことは可能だが、この碇麗香と名乗った女性には何か本能的恐怖を感じる。
「うーん……」
「してくれるの? してくれないの!?」
麗香の催促に凪紗は根負けした。
「分かりましたよ!」
そう言ってしゃがんだ。
「あたしの背中に乗って下さい。手を前に回して貰ったらすぐ家に向かいますから」
「ありがと、ではお言葉に甘えて」
麗香は凪紗の背に体を預け、両手を前に回した。それを確認して立ち上がる凪紗。
背中にピッタリ密着する麗香の大きな胸を意識して凪紗の顔が真っ赤になった。
「じゃ、じゃあ行きますよ! 最初はどっちですか?」
照れを隠して道を確認する凪紗。
「最初はそこの角を右よ。フー」
「ちょ、ちょっと! み、耳に息を吹きかけないで下さい!!」
「あら」
麗香はことさら驚いた様な口調で言った。
「私はただ『フー』ってため息ついただけよ? あなた何かエッチなこと考えてるの?」
「あ、ただのため息ですか。その……私、同性にエッチなことなんて考えてませんから」
「なら何も問題ないわね」
2人は――否、麗香を背負った凪紗は歩き出した。
「あなた……綺麗な髪してるわね」
「あ、ありがとうございます。でもクンクンて髪の匂いかぐのやめて下さい……」
「匂いなんてかいでないわよ。私おんぶされてるんだから、鼻が髪に触れるのは当然でしょ?」
「おんぶしてるから……そ、そうですね。変なこと言ってすみません」
「いいのよ、分かってくれれば」
さっきから――全部あたしの思い込み? あたし1人で変なこと考えてたの? でも今更そんなことを訊くのは恥ずかしいし……。凪紗は悩み、ひとつだけ訊いておきたいことがあったので、それを尋ねた。
「どうして――そこまで飲んだんですか? 何かイヤなことでもあったんですか?」
麗香はしばらく沈黙した後、一言だけ言った。
「……子供には分からないことよ……」
「あたし大人ですよ! 24才ですけど?」
「……」
「麗香さん!?」
「次も右……」
凪紗はそれ以上追及するのを諦めた。
○グルグル
30分後――。
「麗香さん……何かここ見覚えあるんですけど……」
「うん。私も見覚えある」
「……」
桜が舞う歩道でしばらく押し黙る2人。
「って、麗香さんが『右に曲がって』って4回言うから元の場所に戻ってきちゃったじゃないですか!!」
「あはは! あなたの背中、寝心地良かったわよ」
「や、やっぱり“そーゆーこと”考えてたんですね! 降りて下さい!」
「降りませーん。“子泣きじじい”ならぬ“子泣き麗香さん”ほーら重くな〜る重くな〜る」
「あーもう! これだから酔っ払いは!」
その時、もめる2人に近付く人影があった。
「どうしました?」
シオン・レ・ハイだった。
「誰よあんた」
まだ酔いの覚めていない麗香が尋ねた。酔いのせいで目がすわっている。
「私、シオンと申します。30分ほど前に公園からあなた方を見ていたんですが、戻って来たんですか?」
麗香は値踏みするようにシオンを眺め、それから
「あなた結構イイ男じゃない! シオンさん?」
笑顔で凪紗の背中からあっさり降りた。
「私は碇麗香。こっちの可愛い子が雨柳凪紗ちゃん。私……あなたに送ってもらおうかしら……」
「碇麗香……」
どこかで聞いた名前だと思った。それもそのはず、シオンは麗香が編集長を務める月刊アトラスの創刊号を持っているのだ。それを思い出せれば会話は発展して麗香との関係を深めることが出来たかもしれない。
しかし目の前の「酔っ払い」が「月刊アトラス編集長、碇麗香」だとは気付かなかった。
「私が家まで送ります。背中に乗って下さい」
そう言ったものの、凪紗が反論した。
「待って下さい! 酔った女性を男性が運ぶのには危険を感じます!」
「私を疑っているんですか。私は誓って不埒なマネはしません」
2人の言い争いを、麗香はぼんやりと聞いていた。そこへ一際大きな声が響いた。
「お客さん!」
○真実
「お客さん! もうカンバンですよ!」
「へ?」
顔を上げると目の前にバーテンダーがいた。
「あれ? 私……」
「何か長々と寝言いってましたよ」
「え、寝言って……まさか“夢オチ”!?」
「なんですか? 夢オチって」
「いえ、こっちの話。なーんか妙な夢を見た気がするんだけど、内容が全然思い出せないわ」
「タクシー呼んでおきましたから、もう来ると思います」
「そう、ありがと」
麗香は立ち上がって大きく伸びをした。
「う〜ん! また飲みに来たいわね! 今度は“シオンさんみたいなイイ男と”!」
「え?」
言ってから気付いた。
シオンさんって誰だっけ……。
タクシーのクラクションが聞こえてきた。
「もう行くわ。お釣りはいらないわ」
麗香は1万円札を2枚置き、バーテンダーは笑顔で答えた。
「毎度ありがとうございます」
「また来るわ」
麗香は確かな足取りで、クツの音を響かせてバーを出て行った。
目の前の公園では見事な桜吹雪が舞っていた――。
おわり。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1847/雨柳・凪紗(うりゅう・なぎさ)/女性/24才/好事家(自称)
3356/シオン・レ・ハイ/男性/42才/びんぼーにん(食住)+α
NPC 碇・麗香
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■ ライター通信 ■
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物書き人生初の夢オチです(^^;)。
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