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<東京怪談ノベル(シングル)>


通り雨


 18歳。それが彼女の年齢。
 普段はなんでもない高校に通い、他の生徒とともに退屈な授業を受ける。
 声をかけられれば答えるし、課題だってこなす。
 そこだけを見れば、なんら普通の高校生と変わらない。

 しかし、それはあくまで彼女にとって裏の顔。
 表の顔は、魔を払いし存在。
 彼女がその手を一振りすれば、後に残るのは化物どもの断末魔か。
 鬼の血が流れるその身体は、天候すらも操ることを可能とし、そして、それ故に忌み嫌われる存在となった。
 頑なだった。姉と呼べる人が、親友と呼べる人たちがいなければ、今はどうなっていたのだろうか。
 そんなことは分からないが、それ故に彼女には近づきがたい雰囲気があった。

 学校での彼女の姿は出来すぎだった。
 休み時間、憂鬱そうな表情で一人静かに本を読む姿は、まるでそこだけ時間をとめたようにも感じられて。
 そんな雰囲気が、益々彼女を他の生徒から遠ざけていく。
 何時しか彼女に声をかける数も少なくなり、そして彼女もそれでいいと思っていた。
 一人でいるほうが何かと気楽でいい。色々な意味で、一人の方がいいのだ。
 今、この瞬間ですらも、やつらが襲ってくるかもしれない。そこに情をはさむのは愚の骨頂。
 一人は、色々な意味で都合がいいのだ。



 そうして、また一人で過ごす昼休み。操のいる教室のすぐ外の廊下に、男子の集団があった。
「なぁ、水上のことどう思うよ?」
 今日の話題は、どうやら女子の話らしい。校内を探せば、何人かは可愛い女子生徒はいるわけで、自然と話にあがるのだ。
「確かに綺麗だとは思うんだけどねぇ…なんつーか、硬すぎねぇ?」
「やっぱし? どうも近づき辛いっつーかなんつーか」
 そして、彼らが操に抱く印象は、やはりそんなものばかりだった。
 しかし、その中で一人だけ違うものがいた。
「そうかぁ? 俺は、なんていうかただ頑なで儚いって感じがするけどな」
 一人違うことを語る彼に、仲間は肘でつつく。
「んだよ、お前惚れてんのかー?」
「ばっ、そんなんじゃねぇよ」
 彼は、照れくさいのか思いっきりボディブローを返して同級生を黙らせた。

 しかし、操のことが気になるのは確かなこと。何時も憂鬱そうで儚げな彼女のことを、何時しか彼は視線で追うようになっていた。
 何でそんなに悲しそうな顔をしているのか。何で彼女は笑わないのか。
 視線が彼女と絡むことは終ぞなかったけれど、それでも彼の視線は彼女を追い続けた。
 気付けば、毎日彼女のことを思うようになっていた。
 ズキッと胸が痛む。
(…やっぱ、好きになっちまったのかなぁ…)
 彼女のその憂鬱そうな顔を見ているだけで、彼はいてもたってもいられなくなるようになっていた。



* * *



「えっとさ…帰るところ悪いんだけど、ちょっと話しあって…いい?」
 帰り支度を済ませ、神社へと帰ろうとしたそのとき、操は男子生徒から声をかけられた。
「…はい、別にいいですけど」
 少し苦笑する彼の後を、操は素直についていく。彼が歩みを止めたのは、小さな公園に入ってからだった。
 何か深呼吸のようなことをして、彼は操の方に振り向いた。
「えと、急でごめん。あーえーっと…時間、大丈夫?」
 『こんなことが言いたいんじゃねー!』などと、彼は心の中で叫んだ。しかし、それは彼にとって初めての体験。
「はい、少しなら」
 そんな彼に、操は一切表情を崩さず、何時もどおり淡々と答える。何時もと変わらない彼女に、彼はまた苦笑を浮かべた。
「えっと…」
 そこで、言葉が途切れた。
 彼は、今朝のことを思い出す。

 また何時ものように、朝練をやるもの以外誰もこないような時間に学校に着いた操。そして彼女は、決まったように席に座って本を広げるのだ。
 彼は、偶々早く学校に来ていた。やることもないのに、ただ何時もよりもかなり早く目が覚めてしまったからという理由で。
 そこに、操がやってくる。教室に入ったとき、彼を見つけて『おはよう』とただ一言言って、何時ものように本を広げた。
 二人きりの時間。彼女にはそんな気はないだろうが、彼にとっては惚れた人と一緒にいるのだから気が気ではない。
 極力意識をしないように、自然に自然にと思えば思うほど彼の動きはおかしくなっていく。
 ふと、操が窓の外を見ているのが目に入った。
「……」
 瞬間、彼の心は奪われた。
 何時も浮かべている憂鬱そうな顔。それが、今日はさらに憂いを帯びていた。
 時々、操はそういう表情を浮かべるときがある。何をそんなに憂っているのかは彼にはわからない。ただ、その顔は綺麗過ぎて、今すぐにでも消えそうな感じがした。

 そうだ、彼女は何処かへ消えてしまいそうなんだ。
 そんなのは嫌だと、彼は一つ頬を叩いて気合を入れた。
「お、俺さ…水上のこと、好きなんだけど、さ…」

 そして、一瞬の沈黙。
 いきなりの告白に、操は戸惑う。
 しかし、それも一瞬。わずかな逡巡の後、
「…気持ちは嬉しいですけど、ごめんなさい」
 それだけ言って、操は歩き始めた。



* * *



 断られ、しかし彼は諦めなかった。
「水上、あのさ」
「…なんでしょうか、私は用事があるので」
 冷たくあしらわれても、
「水上ー」
「……」
 無視をされようとも、
「いい加減にしてください。なんなんですか貴方は」
 剣呑な態度で睨まれようとも、
「だって、水上って…なんか放っておけないんだよ」
 彼は全く諦めなかった。

「なんかさ…そのうちに消えちゃいそうで…そういうのって、嫌だろ」
 また、彼が操の前にやってきて、言った。
 彼の言葉が、少しずつ操の中へと入っていく。
「…何が分かるんですか」
 でも、それに甘えるのは違う、操はそう思った。
 彼は普通の人、私はこちら側の人間。住む世界が違うのだから。
「まだ分かんねぇけど…知りたいって思うのは、ダメなのかな?」
 彼は、本気でそんなことを言った。
 ただ真剣に、真っ直ぐに。ただ操のことを見つめていた。



 ドクン。胸が鳴る。
 彼なら、もしかしたら…。
「…なんで、そんなに私のことを?」
 そんなことを言わなくても、答えは分かっている。でも、思わず聞いてしまった。
「…好きになっちまったんだからしょうがねぇだろ。あんな寂しそうな顔、もうしてほしくねぇよ」
 彼はいい人だ。とても真剣に、その答えを言っているのだから。
「…貴方は馬鹿です」
 本当は、私が、だけど。
 もしかしたら、いや、きっと。
 それでも、首は横にしか振れなかった。





○雨の匂い



 操は彼に首を縦には振らなかった。それでも、その態度は確実に変わっていった。
 学校での態度も、以前の剣呑としたものはなくなり、少しずつだが軟化していった。
 操は、冗談を言えば少しだが笑うし、そんな顔が見たくて、彼はわざとおどけて見せたりした。
 そして、数日。



「「…あ」」
 世界が紅く染まる頃。二人は、街中でばったりと出くわした。
「あ、水上も帰り…?」
「えぇ。貴方も?」
 そう言えば、水上の住所ってこっちのほうだったっけ、などと彼は思い出しながら頷いた。

 帰り道が一緒ならば、自然と並んで歩くことになる。
 もし、操が前のままならば、すぐに彼を置いて歩いていってしまっただろう。
 しかし、今それはない。以前あった拒絶の意思は、全く感じられなかった。

 言葉もなく、肩を並べて歩く。
 彼はチラッと操のほうを見る。彼女は背筋をピンと伸ばし、ただ前を見ていた。悔しいくらいにカッコよくて、綺麗だった。
(あぁ、こりゃ惚れるのもしょうがないよな)
「…どうかしましたか?」
「いや、何でも」
 彼は思わず苦笑を浮かべてしまい、『あぁしょうがないよ』とボソッと呟いた。



 二人は住宅地を歩いていた。逢魔ヶ刻、誰彼。彼ら以外には、誰一人として歩いていなかった。
 しばらく歩き、操は何かに気付く。
(…何か、いる)
 暗くなり始めたその中で、それでも確かに何かの気配を感じる。隣を歩く彼は、一切気付いていない。
 感じるのは、明確なる悪意。咽返りそうな息遣いと、殺意。
 何時もどおりの操ならば、そのまま一瞬にしてそれを滅ぼすことが出来ただろう。
 しかし、今は隣に彼がいる。

 一瞬の迷いが、確かな隙を生んだ。呼吸が弾ける――。
「ちっ…」
 操は少し舌打ちしながら、一瞬でも迷った自分に後悔する。
 身体は自然と動き、その手は彼を突き飛ばしていた。同時に、彼女を衝撃が襲う――。

「なっ…水上!?」
 急に突き飛ばされ、彼は混乱しながら壁にその背中を打ちつけた。
 痛みに一瞬目を閉じ開いたとき、彼の目の前には、左腕から血を流す彼女の姿があった。



『グルルル…』
 唸り声。一切の虚飾をなくした殺意の塊がそこにいた。
「…犬にでも何か憑いた、か…」
 操がボソッと呟く。しかし、彼女の目の前にいるのは犬などという生易しいものではなかった。
 確かに、形だけならば犬なのかもしれない。しかし、その身体はおそらく彼女以上はあるだろうし、何よりも、筋肉をむき出しにしたようなその異様な姿は、犬と呼ばれるものとは遠くかけ離れていた。
「な、なんだよあれ…」
 少年の震えた声が、操の耳に届く。
 しかし、それに答えている暇はない。殺らなければ殺られる、そういう存在なのだ。

 操は彼のほうを見た。震えてはいたが、怪我はないらしい。
 その事実に、ホッと息を一つ吐き…その目が細くなった。
『チリン』
 何かが鳴る音が、彼の耳にはっきりと聞こえた。
「……」
 そして、一足。音すらも上げず踏み込み、少し遅れてその化物の姿が綺麗に縦に真っ二つとなった。
 断末魔すら上げることの出来ない一瞬。その一瞬に、彼女の両手に真っ白な二本の刀が握られ、そして、それを染め上げるかのように血飛沫が舞った。

 操は言葉もなく符を取り出し、綺麗に断たれた二つの肉片にそれを落とし、短く呪を呟き印を切る。二つの肉片へと青白い炎が広がり、そこに何もなかったかのように、それを微塵へと帰した。
 自分の傷が大したことのないものだと確認し、操は振り返った。そこには、何も言うこともできず、ただ立ちすくむ少年の姿があった。

 それは、普通の人間からすれば当然のことだろう。
 少し苦笑を浮かべて、操は返り血に染まったままの姿で、彼の前に立った。

 何か言おうと、彼は必死に口を動かそうとして、出来なかった。
 頭が混乱している。今、目の前で起こったことが全く信じられなかった。
 何よりも、自分の好きな操が。その事実が、彼をさらに混乱させる。

 ふと、操が笑った。
「大丈夫」
 彼女の手が動く。
「全部、夢だから」
 まるで、泣き笑いのような、そんな顔で。彼女は、彼の額に一枚の符を押し付けた。
「貴方が、私に好きだと言ってくれたことも」
(そして、私が憧れた普通の高校生の日常も、全ては泡沫の夢)
 あまりにも悲しい笑みを浮かべながら、彼女は短く呪を呟いた。

(あぁ、そうか)
 ふっと、符が少し輝いた瞬間、彼の意識が遠のいていく。
(彼女は、ずっと一人でそんな悲しみを抱えていたんだ)
 まるで、泣いている様なその顔が。
(俺は嫌で、だから…)
 最後に、意識が完全に消える一瞬。
(泣くなよ一人で…お願いだから…)
 彼は操を掴もうとして、出来なかった。



* * *



 完全に気を失った彼を、アパートの階段に座らせて、操は一人歩き始めた。
 既に夜の帳が降りている。返り血は見えないだろう。
 静まり返った路地を歩く。隣を歩いてくれる彼は、もういない。
 操はふと足を止めた。空を見上げる。
 空が香る。それは、天候を操ることが出来る彼女にとって、とても馴染みの深い香りだった。
 ポツリポツリと、雫が落ちる。程なくして、激しい雨が彼女の身体を叩いた。
 それでも、彼女はそこに立ち尽くした。

(…泣いてるん?)
 そんな声が、聞こえた。でも、それに操は答えられなかった。
 彼女はただ、空を見上げていた。雨が全てを洗い流していく。
 彼女を染める返り血も、彼女の瞳から流れるものも、彼女が一瞬でも憧れたものも。
「…全ては泡沫の夢…」
 全てが流れ消え去るまで、彼女はただ立ち尽くした。



 しくりしくりと通り雨…。



<END>

――――――――――



 初めまして、ライターのEEEです。今回は発注ありがとうございました。

 凄く切ないですね、操さん。どう言葉にすればいいのか分からないんですが…。
 ただ、彼女にも何時かは平穏な日々がくることを祈るばかりで。

 それでは今回はこのあたりで。本当にありがとうございました。