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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


▲儚き念動▼


------<オープニング>--------------------------------------

 コツコツコツ。
 かかとを鳴らして響・カスミは昼休みの廊下を歩いていた。弁当だ購買パンだと教室から慌て出る生徒らに、廊下は走らないように、と注意して職員室へ向かう。中学・高校生といってもまだ子供っぽいところは多々ある。
「まぁそんなところが可愛くもあるんだけど」
 ふふふ、と笑って戸に手をかけた。そんなカスミを呼ぶ少女の声がする。
 学園の生徒で、見たことのある顔だった。音楽の授業にも熱心な模範的な生徒だ。どうしたの、と訊くと彼女は顔を俯かせた。
「相談なんですけど、最近恐い人達が学園の周りに多い気がして」
「恐い人?」
 首を傾げて、そういえば、と思った。近頃、この神聖都学園の近所で悪そうな不良青年がうろついているのだ。いままではたまにコンビニなんかで見かけていたぐらいだったのに、今朝の出勤途中では数え切れない人数を目撃していた。
「はい、私の友達とかカツアゲされたみたいで、それにクラスの男子は暴力を受けた人もいるみたいです」
「そうなの? 全然知らなかったわ」
 人それぞれ事情のあるコもいるのだろう、と見て見ぬフリをしてきたが学園生徒に被害が出ているのなら話は変わってくる。教師として、保護者から預かった大切な子供達を守らなくてはならない。
「それと……」
「それと?」
「これ、噂なんですけど、不良グループのリーダーは超能力が使えるらしいんです。念動力、ていうか」
「念動力って、あの手を触れずに物を動かしたりする?」
 カスミの問いに彼女は神妙な表情でコクコクと肯いた。からかおうとしている様子ではない。
 グループというのは不良であっても大抵はリーダーが指揮を執るものだ。この地域に不良が増えたように感じるのはその青年によるものなのであろうか。なににしてもこれ以上の被害を増やすのは得策ではない。一度調べてみようと思った。
 しかし女で尚且つなんの力もない自分では焼け石に水だと判断する。カスミは他力本願ながら心強い味方に頼むことにした。

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★夜崎・刀真Side
 昼も過ぎて喫茶店への客足も段々と減ってきた。埋まっているテーブルは2割程度でカップルにコーヒーをすすってノートパソコンをいじるサラリーマン、読書をする女子大生が主だった。お盆を片手に持った夜崎・刀真の腕は空いている。
 黒と白で整えられたウエイターの制服の裾を巻くって腕時計を出す。そろそろ昼夜担当のバイトが来るだろう。タイムカードを押しに行こうとすると何人かの若者が入店してきた。いらっしゃいませ、と普段は絶対に言わない言葉で出迎えてテーブルへ通す。
 水を出し、ご注文がお決まりになりましたら、という決まり文句を適当に投げつけて踵を返す。青年らは下品な笑い声を上げてくだらない雑談に花を咲かせていた。花は花でもラフレシアだ。無遠慮にテーブルへ足を載せだした。
 注意してやろうかと思っていると肩を叩かれる。バイトの後輩だ。なかなか飲みこみの早い男子高校生だった。神聖都学園に通っているらしい。
「交代か」
「あ、はい。それより夜崎さん、アイツらには変に関わらない方がいいですよ、最近ここらで幅きかせてる奴らですから。うちの学園でも被害に遭ってるのが多いんスよ。なんでも、いまのリーダーが念動力みたいなのを使うらしくて、下っ端連中も調子に乗ってるんです。近所に廃ビルがあるでしょ、あそこが溜まり場らしいんですけどね。警察も動いてくれないしなー」
「念動力、か。気をつけておくとしよう。――それじゃ、あとは頼んだぞ」
 はいお疲れ様です、という声を背に受ける。更衣室で着替えを済ませて関係者用出入り口を出た。太陽が高く昇っていてサンサンと照っている。眩しさで目の上に手をかざし、通りを歩いた。家とは逆の方向だ。
「ねーねーねー、トーマどこ行くの? おうち、こっちじゃないでしょ〜?」
「ガキの揉めごとにしゃしゃり出るのも大人げないが、異能者の類が絡んでるのならば放置するのも拙いからな」
 横に現れた少女――龍神・瑠宇へは目もくれないで嘆息する。彼女は首を傾げて刀真の周りをクルクルと回り、ポンと手を打った。
「分かった、悪者退治しに行くんでしょ〜。イジメは良くないよねー、うん。トーマが行くなら瑠宇もお手伝いする〜♪」
 特に頼んでもいないのにブンブンと両腕を回転させてやる気満々だ。刀真も拒みはしなかった。外見年齢13・4歳には見えても霊力は神霊や神仙と比べても桁外れに高く役に立つので、いて困ることはない。それに断ったところでついてくるだろう。
 問題の巣窟は近い。人々は存在しないかのように路地裏への入り口を横切っていく。
 瑠宇が再び姿を消していた。非実体化したのだ、バイトをしている間はそうさせている。離れようとしないのだから仕方がない。しかしいまは実体を出していても支障がないはずだ。なにを企んでいるのだろうか。
 足を踏み入れる。
 第一印象は暗い。昼ご飯の時間は過ぎていてもまだまだ光の恩恵がある日中だ。薄暗く陰気な空気が流れていた。こんなところにいたら3日で病気になりそうだ。"彼ら"は平気で地べたやポリバケツに座ってたむろしていた。明らかに未成年だと分かる10数人の青年達がタバコをふかしてこちらを睨んでくる。部外者を追放せんばかりの視線だ。
 構わずに歩を進める刀真が数メートルに迫るとダルそうな動作で立ち上がった。
 さてどうしたものか、と考える。
「うらめしや〜♪ ここから出ていけ〜タタリがあるぞ〜♪」
 いきなり宙にプカプカ浮いた瑠宇が出現する。飛びっきりのニコニコ顔で不良青年の前を漂った。彼らは少し驚き、それが可愛らしい少女だと分かると威勢を取り戻した。あまり効果はなかったようだ。
「俺らのトップはすげー力使えんだ、こんなことでビビるかよ!」
 先頭の青年が怒鳴りつけてくる。これで異能者の可能性はより高まってきた。トリックではこれだけの人数を従えるのは無理だ。バイトの後輩の忠告には確実に反することになるが関係しないわけにはいかなくなった。
「ちぇ〜、全然ビックリしないなんて、瑠宇つまんなーい。もぅ、ここはトーマに任せる〜」
 しょんぼりして肩を落とし、頬を膨らませた瑠宇が消えていく。一方的に任された刀真は散らばっていた不良の群れを見渡した。いまさら引き返すわけにもいかないようだ。
「だそうだ、俺が相手をしてやろう」
 腕を組み、上からの目線で放たれる言葉に不良は単純なほど怒りを露わにした。扱いやすくて助かる。彼らが殴りかかろうと2・3歩迫ってくる瞬間、衣服に仕込んでいたありとあらゆる武器を一遍に出してやった。ナイフや手裏剣に始まって刀やライフルの先端も敵に向いている。常人なら腕で抱えるのも精一杯なそれを刀真は両手にしっかりと構えていた。確かに十分な機能を発揮させるには不都合が多い。だが彼らにはハッタリとして効果てき面だった。
「先に言っとくが、命の保障はできないぞ」


★桐生・暁Side
「オニーサン達ちょっと聞きたいことあんだけどいいかな?」
 桐生・暁は路地裏に顔を出し、いかにもな感じの不良青年に場違いな明るい調子で訊いた。
 ――昼休みのことだ。昼飯を食べ、空き教室でギターのチューニングをしていると響・カスミが訪ねてきた。彼女も音楽を担当しているということで多少は接点がある。最近悪さをしてるグループをなんとかしてくれないかという頼みごとだった。学園の生徒に頼むとは変わっている。そんな彼女を面白く思って暁は引き受けることにしたのだ。
 様子がおかしかった。青年らは地べたに座っているというより腰を落としたという感じで怯え混じりだ。誰かが、また来た、と言った。先客があったのだろうか。カスミは自分にしか頼んでいないと言っていたのに、1人では心配になったのかもしれない。大丈夫なのになぁ、と思いつつ気を取り直したらしい不良群へ目をはせる。
「おい、名誉挽回だ、今度こそ通すなよ」
「おう、さっきの奴は危なすぎだからな、しょうがねぇ」
「今度はマシっぽいしな、ぜってぇ通さねぇぞ」
 互いを励ますかの如く勝手なことをベラベラと言い合っている。その双眸は理性と本能で葛藤しているようだった。リーダーに従える気持ちと敵前逃亡したい恐怖。先に来た客はよほどトラウマになっているらしい。大した力もないくせに無理に強がる必要もないよ、と言ってあげたくなる。
 少し遅かった。自棄気味に突っこんでくる。やれやれ、と思いながら暁は妖しく笑んだ。赤い瞳が淫靡を孕んだ輝きを発する。青年らの焦点は合わなくなって視線は宙を巡った。振りかぶった拳がほどけていく。魅了の能力が成功した証だ。
「ぜんたーい、整列!」
 命令を与えられた不良全員が素直に一寸の乱れなく並んだ。昨今の小・中学生よりもずっと綺麗な整列だ。いまの彼らは思うがままにできる。死ねと言えば単純作業を行うように死ぬ。それが魅了の能力だった。
「んじゃ訊くけど、君らのリーダーはどこにいんの?」
「分かりません、俺ら下っ端だからビルにも入ったことないんです」
 魅了時には嘘をつく抵抗力はない、本当に知らないのだろう。知らないことを追求しても無駄だ、質問を変える。
「ビルにはどんな奴がいて、どんな危ないことがあんの?」
「巡回班の奴が何人かいて幹部の怪物部隊の人がいます。あと罠がいくつも仕掛けられてるらしいですけど詳しくは分かりません」
「さーんきゅ。じゃ、しばらく寝てな」
 指を鳴らし、全員が目を閉じて地に伏せる。彼らを跨いで廃ビルを悠々と目指した。
 怪物部隊がどんなものなのか気になりはしたが実際に目で見た方が早い。ビルといっても3階建てだ、いくらでも会える可能性がある。
 入り口の前まで来て止まった。建物を見上げ、脇に頃合いの高い木が植わっているのを気づく。敵地に真正面から突入する必要はない。入り口を外れて低い位置に生えた枝を掴んで跳ぶ。逆上がりをして腕を突っ張り、足をかけた。難なく昇っていき、頂上近くまで来る。そこはちょうど2階の窓に面していた。窓は枠ごと撤去されていて忍びこむには好都合だ。
 見回りらしき青年が背中を向けている。気配を消す暁には全然気づかない。軽い身のこなしで跳びつき、蹴りを打つ。無防備な体は床に転倒して足の下敷きになった。
「あ、ごっめーん、ちょっと勢いつきすぎちゃったよ。って、もう聞こえてないか」
 呻きもないままに動かなくなった不良Aの後頭部へわざとらしく笑いかける。傍にもう一つの影があった。不良Bは窓からの侵入者に至極驚いたようで、わけの分からない叫びをして通路を走った。途中にあるドアへ入って勢いよく閉める。
 慌てないで左右を見回した。右が下りる階段で左しか行く道はない。リーダーという称号がつく者は高い階数にいるに違いないと勝手に判断している。ゆっくりとした歩でドアに寄り、ノブを回す。開かない、鍵がかかっている。罠があると言っていたことから、安全な連絡用の通路だろう。
「ま、いっかぁ」
 ドアを通り過ぎて突き当たりを右へ折れる。真っ直ぐに続いた通路は中頃で曲がる道があり、奥の行き止まりは周囲の壁とは違う茶がかった色をしていた。疑問に思いながら進む。
 曲がる道を過ぎようとしたところ、頭上に圧迫感を感じた。瞬時に反応して素早く移動する。重々しい音が床に響いた。コンクリートを抉った鉄球が転がる。1つではない、次々に大小様々な鉄球の雨が降り注ぐ。そのどれもを人間を超越した身体能力で躱した。
 雨がやんだ。当たったら即死間違いなしのものに小石大のもの、いくつか拾って観察をする。これが罠なのだろう、なかなか凝っている仕掛けだ。掃除が大変そう、という呑気な感想を残して気になっていた行き止まりを見る。
 分厚い木の板張りになっていて、ノックをすると軽い音が帰ってきた。向こう側が空洞になっていると推測する。これも仕掛けのうちかもしれない。それ以外に変わったものはなく、来た通路を戻っていった。


★龍神・瑠宇Side
 ビルへ入ったすぐの場所に見張り役らしき青年が3人いた。1人はドアに逃げ、残りは刀真があっさりと倒した。驚かす暇もなくて少し残念な気分になる。路地裏でのことがまだ尾を引いていた。次こそは上手くやってみせようと張り切っているのだ。
 ドアが固く閉じられているのを確認して角を曲がることにした。先を歩いていると刀真に呼び止められる。強めの口調にビクリと体を震えさせて振り向いた。
「どーしたの〜?」
「不意打ち騙し打ちはこっちの土俵だからな、いいか見てろ」
 彼はふところから出した小型のナイフを通路に放った。床でバウンドする直前に壁から赤っぽい霧が噴き出てくる。催涙ガスだ。なにも知らないで通ればむせるわ痛みと涙で目は開かないわで大変なことになる。
 霧が晴れるのを待って実体を消失させた。念のために天井を飛んで越える。刀真は準備運動をして助走をつけて駆け抜けた。後方で罠が反応して再び赤い霧を生む。
「馬鹿め、かかった――な?」
 右手の通路から先程逃げた青年がバットを振り上げて跳び出てきた。彼の瞳に映ったのはのんびりと歩く刀真だ。先回りをして罠に苦しんでいるところを襲撃する計算だったのだろうが失敗したのを察して茫然としている。
「うらめしや〜♪ ここから出ていけ〜タタリがあるぞ〜♪」
 口を開ける彼の前で突如として現れてみせた。今度はちゃんと恐い顔も忘れない。とはいってもベロを出して頬を左右に伸ばしているだけだ。
「なんで、どうやって避けたんだ、お前ら」
 不良は罠を避けたことに対して驚いていてこちらは目に入っていない。催涙ガスに信頼を置いているのだろう、被害なく通ったことが衝撃的だったみたいだ。とてもつまらなかった。少しぐらいはビックリしてくれてもいいのに〜、と膨れっ面をする。
「トーマ、お仕置きしちゃっていいよ〜」
「人使いが荒いな」
「だってぇ〜」
 言われるまでもなく彼は不良へにじり寄る。壁を背にした標的を追い詰めていく。
 青年が自分を奮い立たせるように雄叫びを上げてバットで殴りかかってきた。刀真は容易く避け、3度目の攻撃を掴む。思わず得物を離す青年の腹部をキックした。打撃というより押し出す感じだ。よたよたと後退する彼が尻餅をついたのは罠の地点。
「え?」
 噴射した催涙ガスが容赦なく顔面に降りかかった。悲鳴と咳きこみで足掻く彼の皮膚に赤い斑点が作られていく。あーあ、と少し同情した。
「ビックリしてくれたらお仕置きなしで良かったのに〜、しょーがないよね〜」
 うんうん、と肯く。振り返ると刀真は既に先へ行っていて角を曲がるところだった。急いで追いかけると彼は左の壁にあったドアを開けている。
「念のため、入ってみるか」
「そーだね〜、トーマが入るなら瑠宇も入る〜」
 部屋は物置になっていた。イスやテーブル、野球道具やサッカーボールにポスト、薬局の大きなマスコット人形といったなにに使うのか不明なガラクタもある。人間は誰一人いなかった。
 ドアが閉じる。刀真が駆け寄ってノブを回すも開かないようだった。通路から喜びの笑いが聞こえてくる。閉じこめられたらしい。
「どーする〜?」
「今回は任せた」
「トーマ、人使い荒〜い」
 マネをしてやると彼は苦笑いをした。
 しょーがないなぁ、と言って壁を擦り抜ける。本質は霊体の瑠宇には朝飯前のことだった。
 ニヤニヤと笑む青年が2人いる。非実体化のこちらには一向に気づきはしない。彼らの真後ろに浮遊してポンと肩を叩く。
「うらめしや〜♪ ここから出ていけ〜タタリがあるぞ〜♪」
 3度目の正直とは正にこのことだ。心底驚いた様子で2人が腰を抜かす。へたりこむ彼らを前に視界が明るくなった。
「ビックリした? ビックリした?」
 堪らなく嬉しくて問うと何度もアゴを引いて肯いてくれた。やった〜、と飛び回ってはしゃぐ。
「おーい、早く開けてくれ」
「おっと〜忘れるとこだった〜♪」
 ドアにかかった簡単なロックを外す。出てきた刀真は2人の青年を見下ろした。
「トーマ、この人達いい人だから酷いことしないでね〜」
 腕に絡みつくと彼は、ふむ、と考えるようにした。


★夜崎・刀真Side
 通路が迷路のように曲がりくねっている。勝手に改築しているのだろう、壁をよく見ると仕事の粗さが目立った。不良青年2人を物置に閉じこめた暁は突き当たりを左へ曲がった。そこは壁で、また更に左へ通路が伸びている。行き止まり、かと思えば右側にドアがあった。罠がないのをチェックしてノブへ触れる。
 ちょっとしたホールになっていた。アップテンポの音楽が流れていて若者の間で流行っているクラブ風だ。部屋の隅に設置されたDJブースらしき場所を出てきたのはドレッドヘアーでサングラスの青年だった。リズムに乗って肩を上げ下げしている。
「Hey! Yo! ようこそっ、オレッチのクラブハウスへYo!」
 小麦色に焼けた腕を掲げてこれもメロディーのテンポに乗せた動きをさせる。理解し難い人物だ。一つ言えるのは、いままでの見回りとは一味違うということ。常にノリノリな動作をしていて、疲れないんだろうか、と他人事ながら心配になる。
「Yo! Yo! でもYo! 通りたきゃオレッチを倒してけYo!」
 乗っているのか乗っていないのか無理のある発言をした。普通に話せないようだった。不自由な人間もいたものだ。
 彼が背中に手を回し、戻した時に持っていたのはレコード。DJの実力を見せようというのか。倒すというのは、音楽勝負で、ということなのか。それは困るな、と思った。
 一陣の風が頬を掠める。熱い液体の垂れる感触があった。親指でこすると赤い生命の源。黒い円盤が皮膚を切り裂いたのだ。レコードの縁に特殊な加工を施しているらしい。感心できるぐらいの鋭さだった。
「Hey、Yo! 細切れバラ肉にしちゃうYo!」
 独特なステップと回転を織り交ぜてレコードがいくつも飛来する。身を屈めて頭上を通過させ、横へ跳躍して前転し、体を反って目前のところで躱す。直接のダメージがなくとも上手い具合に踊らされていた。間髪なく飛ばされては近づけもしない。玉切れならぬレコード切れを待つのも得策とはいえなかった。
 避けながら衣服に忍ばせた暗器の一つを取り出す。攻撃は最大の防御、ギリギリで躱して僅かな時間を作り、それを投げつけた。大気を裂いて飛行する刃は聞く者を震撼させる鋭利な音を発して青年の顔へ一直線に向かう。攻撃にばかり気を取られていた彼には回避不可だ。
 硬質な激突音をさせて青年の首が後ろへ流れる。真ん中で半分に両断されたサングラスが床を軽く跳ねた。刃に割られた眉間から出た血液が彼の顔を汚す。サングラスがなければ頭蓋までめりこんでいただろう。もちろん刀真は死なせないように狙っていた。
 直径10数センチの円盤の中央に人差し指を入れて回す。遠心力もかかって凶器は高速回転していた。古代インドで使われていた投てき武器の一種――チャクラム。輪の縁は刃物になっていて命中すればただでは済まない代物だ。ちょっとやそっと加工したレコードとはわけが違う。
 背筋に嫌な感覚を走らせる奇妙な音のチャクラムを青年はつぶらな瞳で凝視して両手を上げた。
「ま、参りました」
「なんだ、普通に喋れるじゃないか」
 使いこなせば敵を瞬殺できる武器を指で弄びながら刀真は笑ったのだった。


★桐生・暁Side
 足止めをさせたのは床に突き立てられた1本のナイフだ。複数のナイフで大道芸人も感嘆もののジャグリングをした青年がいる。狙った位置に行ったのが嬉しいらしく、ニヤニヤとしていた。
「次は脚にぶっ刺すぞ」
「それより、リーダーの居場所教えてくんない?」
 鮮やかな受け流しに青年が1本のナイフを落とした。立て直せたのはナイフ使いのプライドだろう。怒気を露わに、食らえ、と言ってジャグリングの途中にあったナイフが飛んでくる。暁には軌道が見えていた。半歩分を横に動けば当たらない。今度は床には刺さらないで跳ねて無様に転がった。
「だからさ〜、リーダーどこにいんのか教えてよ」
 構わずにどんどん近づく。歯を食い縛ったナイフ使いが3本一緒に投げつけてきた。距離はほとんどない。それを最低限のステップで軽々と躱す。
「馬鹿な、俺のナイフが当たらないわけがない!」
「自信過剰なんじゃん? てか、ヘタっぴ」
 逆撫でする言葉に青年がワナワナと震える。死ねぇっ、と叫んで両手に触れたナイフから順に乱れ撃ちをしてくる。全身を網羅していて逃げ場はない。全てを放ち終えて息を切らす彼は歓喜の表情を見せ、停止した。
 暁に命中するはずだったナイフは手の中にある。ニコッと笑って上空に投げた。落下するナイフを片手に受け、再びもう片方の手に移して飛ばす。青年がやったのよりも早くて正確なジャグリングだ。あんぐりと口を開けた彼はひたすらに茫然としている。
「思ったより簡単だね。さぁ、リーダーはどこにいんのかな?」
 詰め寄ると青年は一方を指差した。ドアがある。さんきゅー、と言って礼代わりに足元へナイフを投げてやった。壁まで後退した彼は肩で息をする。堂々と前を通り、ドアを開けた。
 背中を押される。閉まるドア。
「調子に乗んなよ! 怪物部隊の皆さん、あとはお願いします!」
 見事に騙されたらしい。魅了して訊けば良かった、と頭を掻きつつ部屋を見渡す。割りと広いようだ。絨毯も敷かれていて部屋らしくなっている。テーブルや冷蔵庫、テレビもあって生活もできそうだった。
 動物や化け物のマスクをかぶった男が数人いる。
「じゃあアンタら、本当の居場所教えて♪」
「笑わせてくれる。下っ端にやられて追い出されてりゃいいものを、自分の不幸を呪うんだな」
「俺ら怪物部隊にかかってここを無事に出られると思うなよ」
 ライオンとトラが前に出た。プロレスラーに似たのがいたなぁ、と思い出す。
 揃って放たれた拳を受け止めた。表情はマスクで分からないが、警戒の色を強めたのは分かる。遅い。間に割りこむようにして2人の腹部に強烈なパンチを叩きこんだ。ぐぇ、と呻いた彼らは一撃の元に倒れる。
「なかなかやるようだな、しかしこのフランケンはそいつらよりも3倍の力が――ぶべしっ!」
 巨体を誇るフランケンシュタインの脇腹目掛けて長い脚が旋回し、横倒しになった彼は壁にぶつかって首をおかしな方向に曲げる。マスクがズレ、マスクと同じような顔が覗いた。かぶらなくても平気でしょ、というアドバイスは彼の耳には届かなかっただろう。
 幹部として位置しているのならどんなに手強いかと思えばてんで大したことがない。息をついて、しまった、と思う。全部倒してはリーダーのいるところを訊き出せない。
 焦りは1つの影によって安堵へ変わった。ドラキュラのマスクをした男だ。肘掛け付きのソファーに脚を組んで座っていた彼は余裕のある動きで立った。一見細い体型は隙のない歩みで引き締まっていると分かる。
「正直驚いてますよ、まさか私の手を煩わせることになるとは。まぁ、彼らは私の足元にも及びませんけど」
 どうやら怪物部隊でのリーダー的な存在らしい。両手の5指にはめたリングには鉄爪が付いている。それをぶつけ合わせて金属独特の高音を作った。
「あっそう、どうでもいいから早く居場所教えてくんない?」
「そうしてられるのもいまのうちですよ、血染めにしてあげましょう」
 間合いに入る寸前にドラキュラが跳んだ。速い、言うだけのことはある。左右の突きが残像を生んで放たれた。首を捻って躱し、跳び退く。ふぅ、と暁は一呼吸。そして首筋に生温いものが流れてくのを感じる。拭った手についた自分の血を見て微笑した。血液に勝るとも劣らない赤い舌を出して舐めあげる。
「ドラキュラ、ね」
 呟き、疾駆する。一瞬にして距離は縮まった。カウンターの突きを打たれる。しかしそこに暁はいない。高く跳んでドラキュラの真上を宙返りする。着地は彼の背後だ。動けぬ青年の耳元で囁く。
「本物の吸血鬼を体験させてあげるよ」
 2本の美しくも白い牙が唇を出る。首筋へ躊躇いなくかぶりついた。温かく新鮮な生き血が舌の上をまったりと転がる。喉を鳴らして飲みこんだ。血を吸われるドラキュラは、あっあっあっ、と漏らして放心するのみだった。彼の目に映るのは快楽の幻想だ。口を離すと膝をつき、うつ伏せになって崩れる。
 血の付着した口の周りを手の甲で無雑作に拭った。鉄爪につけられた首の傷は既に治っている。
「あ、これじゃこいつらのリーダーのところ行けないじゃん、失敗した〜」
 全滅した怪物部隊のメンバーを眺めて溜め息をする。つい飲み過ぎてしまったのがまずかった。外にナイフ使いがいてくれるのを祈った。
 その時だ。
「来てはダメです」
 女の声がした。不良青年らの巣窟にしては不似合いな優しい響きだ。室内には誰もいない。気のせいかな、と首を傾げる。もしくは罠の1つかもしれない。
 ドアを開けるとナイフ使いがそこにいてくれて一安心した。傍に男女ペアの姿もある。青年はこちらとそちらを交互に見て後ろへ退いた。仲間ではないようだ。誰だろう、と暁が考える隙を見計らったのか、彼が一目散に逃げていった。廃ビルだってそう広くはない、すぐに追いつくだろう。
「アンタら、誰?」
 男は刀真、少女は瑠宇と名乗った。経緯は違うものの目的は同じらしい。聞こえた女の声は瑠宇のものかと思ったが、感じからして全くの別物だ。自己紹介もそこそこに済ましてナイフ使いの青年を追うことにした。


★龍神・瑠宇Side
 刀真と共に2階へ上がると巡回係の青年が倒れ伏していた。床にも罠の作動後と思われる鉄球が落ちている。先に誰かが来た感じではなかったのに、不思議だねぇ〜、と話しながら通路を曲がると2人の青年がいた。1人は怯えの表情をし、1人はドアから出てきた。前者の逃げた青年はここの人間だろう。後者は――
「俺は桐生・暁だよ、よろしく♪」
 悪い人ではなさそうだった。あらかじめ不良青年らを倒したのは彼に違いない。口の端に赤いなにかが付いていたが敢えて訊かないことにした。正確には、刀真と暁が不良青年を追って駆けだしたからだ。慌てて瑠宇も後ろを滑走する。
 道なりに進んだところには階段があった。最上階へ通じるものだ。
「嫌な予感がするな」
「そう? じゃあ俺が先に行ってみるよ。食後の運動になりそうだし」
 刀真が階段を見上げている。暁はリズミカルな足取りで上がっていった。真ん中あたりまで行って振り返る。
「ほら、なんでもないって」
「わ、危ないよ〜!」
 瑠宇の叫びに彼が正面へ視線を移す。案の定、罠が仕掛けられていた。ヒモに吊るされたバーベルや鉄アレイが勢いよく接近する。ぶつかる、と思って目を覆おうとすると彼は難なく背を反らせて避けた。まだ来る。ジャンプをしてヒモを掴み、跳び乗った。ブランコのように揺れて、ちょっと楽しそー、と思う。並ならぬ身体能力を有した彼にかかっては遊び場も同然に見えてしまった。
「ありゃりゃ、もう打ち止め?」
「すご〜い、暁やるね!」
 素直に感嘆して拍手をする。
 彼はニッと笑った。
「楽勝♪ んじゃ、ちょっと捕まえてくる」
 バーベルを蹴って跳躍した。階段を介さずに上の階へ行ったようだ。吊り下がった罠に気をつけて刀真と階段を上がっていると間もなくして青年の悲鳴が聞こえた。捕まえたらしい。
 暁に首根っこを掴まれた彼は弱った猫を想像させる。3人が相手では敵わないと踏んだのだろう、先を歩かせて案内するよう言うと黙って従った。
 廊下は真っ直ぐに続いていて階下のフロアより大雑把だ。罠や迷路の時間稼ぎはないのだろうか、青年はどんどんと歩く。その歩が突き当たりを目前に止まった。振り返る。なにを思ったのか、いきなり殴りかかってきた。無警戒だった瑠宇は反応できない。隠し持っていたらしいナイフが顔面に肉薄する。
 蛍光灯で煌く刃を目と鼻の先で刀真がキャッチしてくれた。
「ビックリした〜、ありがと〜!」
「なにかやるだろうとは思ってたからな」
 青年の方は暁が追い詰めている。彼は後ろをチラチラと見てなにかを恐れていた。
「罠があるんでしょ?」
 ズバリ言って口端を持ち上げた暁に対し、青年は首を横に振る。それは、罠はないという意味か、近寄らないでくれという意味か。最後の反抗をしてなんとしても動くまいと突っ張った。
 暁のポケットから丸い物が転がる。2階にあった鉄球だ。無数にばら撒いて楽しげに微笑んだ。いきなり青年を横倒しにする。
「いっせーのー――」
「ま、まままま待って、待ってくれっ!」
 体を掴み、助走をつけさせる。拒否する声も聞かないで発射合図が口を出た。
「――せっ!」
「助けてえぇえええぇえぇ〜!!」
 伸びた語尾が遠ざかっていく。鉄球は見る見るうちに彼の体を突き当たりへ向けて運んだ。通路爆走の旅は誰にも止められない。壁への激突は免れないだろう。
 ぶつかる、と思った瞬間、青年は3階からいなくなった。床が抜けたのだ。そして水の弾ける音がする。宙を浮いた瑠宇は滑り台になった階下を見下ろした。落下地点は水溜めになっていて緑に濁っている。水面にダイブした青年は吐き気を催したような咳をして水滴を飛び散らせていた。
「怪しいと思ったんだよね、ここ」
 暁が明るく笑って溺れそうになっている青年を眺めている。下の階で行き止まりの壁が板張りになっていたのはこのためだったのだろう。瑠宇は合掌して、ナムアミダブツー、と唱えた。


★夜崎・刀真Side
 抜けた床を跳び越えて通路を曲がった。シンプルな通路を進み、天井を見る。包丁やナイフといった刃物がセッティングされていた。左右の壁も不自然な穴が空いていて槍か弓矢が飛んでくる仕掛けだろう。厳重さからしてもグループのリーダーがこのフロアにいるのは間違いなさそうだ。
 拾っていた鉄球を投げつけて罠を発動させる。狂ったように凶器が飛び交った。念のために再び何個か投げつけて無事に通っていく。角を左に折れると通路に面した壁にドアがあった。
 開ける。
 フロアのほとんどを占めるのではないかと思われる一室が視界に広がった。1階にあったクラブルームとは比べものにならない。家具、調度品などは洋風にまとめられていて豪華さを演出していた。廃ビルに思えない内装だ。
 ベッド代わりにもなり得る大きなソファーに一人の青年が座っている。黒髪を整髪料で逆立たせていた。他の不良青年と違ってどこか不似合いな感じがする。
「アンタが神聖都学園の生徒に絡んだりここらで悪さしてる奴らのリーダーか?」
「ああ、そうだよ。僕がリーダーになってからここまで来たのは君達が初めてだ」
 彼が、よっ、と声を出して立ち上がった。
 暁が前に出る。
「単刀直入に言うけど神聖都の生徒には手ぇ出さないでくんないかな。どーしても衝動抑えらんないっていうなら俺んとこ来なよ、いつでも相手してやるからさ。あ、喧嘩相手じゃなくて俺の胸に飛びこんで来てもオッケー、かも〜ん♪ 今なら俺の手料理付きだし君ってば超ラッキーだね! ちゃ〜んと甘い物も用意しとくからさ」
 軽い口調と内容が癇に障ったらしい、青年は眉間にシワを作る。
「僕を舐めるなよ」
「なにイラついてんの? カルシウムと糖分が足りてないんじゃない? ダメだよー、ちゃんとバランス考えて食べないと」
 ヘラヘラと笑う暁は余程相手を逆上させるらしい。ますますに眉根へ力を込めて、閉まれ、と怒鳴った。開け放っていたドアがひとりでに閉じる。噂の念動力だ。
 どうだ、と言わんばかりに青年が睨みつけてくる。
「うらめしや〜♪ ここから出ていけ〜タタリがあるぞ〜♪」
 姿を消していた瑠宇が間に入って出現する。
 驚きの「お」の字もなかった。彼女は冷たく見据えられる。
「吹き飛べっ!」
 触れもしないで瑠宇の小柄な体が宙を舞う。ふざけているわけでもなさそうだ。刀真が受け止められないスピードで壁に叩きつけられる。きゃぅ、と小さく呻いて落下した彼女は痛そうに背中をさすった。
「ひどーい! ぼーりょく、はんたーい!」
 顔をしかめて訴える。
 青年は愉快そうに笑った。
「僕にできないことはない、何人でもどこからでもかかってこい!」
 刀真は、やれやれ、と溜め息をついて青龍刀を出して構えた。少々痛い目に合わせなくてはならないようだ。
「その前に、1つ訊いていい? ここに女のコいる?」
 水を差したのは暁だ。
 見れば分かるだろ、と青年は怪訝な表情をした。そっか、と肯いて暁はなにかを考えこみ始める。彼には彼の考えがあるのだろう。
 改めて青年へ構えた。早々に決着をつけた方がいい。先手必勝で突進する。左から飛んできた花瓶を打ち落とした。ロウソク立てが脚を狙ってくる。横薙ぎにして弾いた。小手先の技など通用しない。青年に接近して得物を振り上げる。
「止まれ!」
 かけ声と同時に急に体が動かなくなった。青年に近づこうとしても障害物があるようで一歩も進めない。これが念動力の効果か。想像していたよりも厄介な能力だ。動こうにも動けない。
「無駄無駄。僕に不可能はない、神に魅入られてるんだからな。きっかけは部屋で勉強してる時だった。鼻をかんだティッシュをゴミ箱に投げたら縁に当たって入らなかったんだ。大学受験に2浪してて疲れが溜まってたんだと思う、入れって呟いて念じてみた。我ながら苦笑ものだよ、でもティッシュは勝手に浮いてゴミ箱に吸いこまれた。それが能力覚醒の瞬間さ」
 自己陶酔している相手は力を過信していてなかなか攻撃をしてこない。いまのうちに反撃したいところだが、やはり体は動かなかった。瑠宇の手を借りようか、と考える。彼女と一体化すれば能力が飛躍的に上がる。念動力ぐらいは楽に解けるはずだ。
 瑠宇を呼ぼうとすると、いつの間にか暁が青年の後ろに立っていた。


★桐生・暁Side
 頭の奥でなにかが引っかかっていた。喉に詰まる小骨みたいでスッキリしない感覚。それがいま刀真との戦い方を見て閃いた。
「もうやめとけば? アンタの負けだよ」
 クッ、と呻いた青年が肩越しにこちらを睨む。
「挟みうちにしたぐらいで勝った気になるな! 2人とも止まれ!」
 念動力がかけられる。刀真は青龍刀を持ったまま動けないようだ。
 ゲンコツを落とす。れっきとした暁の拳だ。念動力などは作用していなく、自由に動ける。
「やっぱね」
「どういうことだ、僕の念動力はなんでもできるはずだ!」
「じゃあさ、四方八方の物を一遍に動かしたことってある?」
 問いに青年は表情を曇らせ、ハッと息を呑むことで応えた。図星だったようだ。
「嘘だ、僕はなんでもできる! バット、コップ、テレビ、ナイフ、靴、ダーツ、全部動け! 動いてコイツを叩きのめせ!」
 部屋のあちこちに置かれている物だ。まずバットが浮いた。彼の表情が僅かに明るい兆しを見せる。バットが浮遊してコップのあるところへ移動した。コップが浮く。彼の表情は暗く沈んだ。バットとコップが揃ってテレビのところまで行く。同じようにナイフへ、靴へ、ダーツへ――1まとまりになったそれらがようやく向かってくる。
 一度に同時に四方八方で動きはしなかった。
 青年がガックリと膝を折る。
「嘘、だ……」
「だから言ったじゃん。もう出てきなよ、そこの彼女」
 呼びかけに反応し、浮いていた物が音を立てて落下した。現れたのは女子高生ぐらいの少女の霊体だ。目を伏せて立っている。
「必ず喋って動かしてたし、一方向にしか力が働いてないからおかしいと思ったんだ。君が動かしてたんでしょ?」
 一拍のあと、申し訳なさそうに彼女は肯いた。
「ごめんなさい、私、彼のためになにかしてあげたくて。初めは親切のつもりでゴミを捨ててあげたんですけど、念動力と勘違いしたみたいで。でも彼が望むならそのフリをしようと思って――それが段々とエスカレートしてこんなことに……」
 自分の能力ではなかったと知った青年は少女を見つめて立ち尽くす。彼女が顔を上げて苦笑いするのも見えていないだろう。
「生前、マンションのベランダから落ちてきた植木鉢に当たりそうだったところ、身をていして助けてもらったことがあるんです。私、いつもドジばっかで全然気づかなくて。ケガをしたのに名前も言わずにただ笑って去っていって、とても優しい人でした。いえ、いまでも私は彼が優しい人だと思ってます。だけど、もう――」
「こういうことはしてほしくない、て?」
 彼女は黙って肯いた。
 青年が笑う。狂ったのではない、本来の姿であろう笑い声だ。哀れみと自嘲を多分に含んだものだった。
「馬鹿だな、僕はただ徹夜の疲労でつまずいて、たまたまそこに君がいたんだ。人助けとか、そんな立派なもんじゃない。ケガも掠り傷だったし、意図せず人助けみたいになっちゃってて恥ずかしくて逃げたんだ。だからもう、僕についてこなくていい。浪人で希望をなくしかけてた僕に君は夢を見せてくれた」
 ありがとう、と言ってドアへ足を向ける。実物大よりも背中が小さく見えた。先程の自信に満ちた姿は微塵もない。
 少女が呼び止めた。彼の歩みが止まる。
「偶然でも私の命が助かったのはアナタのおかげです。こちらこそ、ありがとうございました!」
 深々と頭を下げた。青年はキョトンとし、軽く手を上げて微笑むと部屋を出ていった。不良グループ解散の声が廃ビル周辺に響き渡った。
「ねーねー、一緒にうらめしやしない?」
 少女の服の裾を引っ張った瑠宇が典型的な幽霊のポーズをする。その腕を掴んだのは刀真だ。
「やめろ。問題解決だ、さっさと帰るぞ。明日のバイトに差し障る」
 彼に引きずられるようにした瑠宇が手を振ってドアを出ていく。
 さてと俺も帰ろう、と大きく伸びをした暁は少女の霊を見つめた。
「そんな若いのになんで死んだの?」
 少女は言う。
「ドジで、正月におモチを喉に詰まらせちゃったんです」
 もはやドジの度を超している、笑わずにはいられなかった。彼女も一緒に笑い、やがて天へと昇っていった。
 見送りを済ませ、部屋を出る。窓から見える空は自分の瞳のように赤く染まろうとしていた。


<了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4782/桐生・暁(きりゅう・あき)/男性/17歳/高校生アルバイター、トランスのギター担当】

【4425/夜崎・刀真(やざき・とうま)/男性/180歳/尸解仙(フリーター?)】

【4431/龍神・瑠宇(りゅうじん・るう)/女性/320歳/守護龍(居候?)】


<※発注順>

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■         ライター通信          ■
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「儚き念動」へのご参加、ありがとうございます!

少々お待たせしました〜。

主に2階のイベントを進めていただきました^^

吸血鬼の血が混ざっているようなので、

ぜひ血を吸うシーンを入れたいと思っていました。

生憎相手は純潔の美女ではありませんが(w

個性でもある独特な感じは出たのではないかと思います。

このような出来になりましたが、いかがでしたでしょうか。

少しでも楽しんでいただけたら幸いです☆

もしまたの機会がありましたらご参加ください^^

それでは、今後もよろしくお願い致します♪