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The Secret Garden V
春。
季節のうちで一番に美しい季節。
冬の訪れが終わりを告げ、緑は芽吹き、花は開き、鳥は歌い、風は薫る。
花の香りを、若草の匂いを、風は連れて来て、そして。
「セレ様、一人だけお茶を飲んでるのはずるいですよ!!」
――愛しい人の言葉も間違えることなく耳元に、届けてくれた。
庭師が、セレスティの願いを叶えるべく作った「秘密の花園」は、初めての春を迎え、益々美しい彩りに溢れていた。
緑は何処までも萌えるような緑となり、花々は色とりどりにセレスティの瞳を楽しませ――、更には其処に、愛しい人の存在も外す事は不可能で。
楽しそうに声をあげながら鈴蘭や水仙、チューリップなどが植えてある一角に水をあげているヴィヴィアン・マッカラン――ヴィヴィをセレスティは飽きることなく、ただ、見ていた。
其処に先ほどの「ずるい」の言葉だ。
セレスティとしても苦笑と言うか困ったような笑いを返すしかなくて。
「ずるい、と言うのではありませんよヴィヴィ。私は貴女が楽しそうな姿を見ているだけで幸せなのですから」
その言葉に、ヴィヴィは膨れる。
楽しそうなのを見るだけで幸せ、と言うがヴィヴィにとっての幸せは、
「もう! じゃあ、あたしの幸せはどうだって良いって、セレ様は言うんですね?」
詰め寄る言葉通りに形が違うものだ。
同じではない。
同じならばつまらない。
幸せすぎて死んじゃいそうになるけれど、それは、思いもよらぬことを、予想以上のことを彼がしてくれてるから。
そうして、出来る限り、そういうものを返していきたいと常日頃、ヴィヴィも考えていたのに。
なのに!
ああ、なのに!!
『見てるだけで幸せ』なんて、そんなの、どうにも太刀打ち出来ないではないか。
返すことが出来ないからせめて一緒に楽しんでいたい。
そう思うのは――……
(我が儘、じゃないですよね?)
視線を大好きな人へと向ける。
が、彼は相変わらずいつもの微笑を浮かべるばかりだ。
その微笑に、いつも、負ける。
果たして、これは良いことなのか悪いことなのか?
「むぅ………」
「あ、あの、ヴィヴィ? そんなに膨れずとも……ほら、折角の可愛い顔が台無しです」
触れようとする指、掌。
「あたしの幸せは?」
「勿論、大事ですとも。どうでも良いと私が言うと信じてるわけではないでしょう?」
「あら」
くすくす。
ヴィヴィは声を立てて微笑う。
言うと信じている訳ではない、ただ、聞きたかっただけ。
……それだけ。
「笑うだけで答えない気ですか?」
「セレ様だってちゃんとは答えてくださってないですよ?」
「おや……」
ふむ、とセレスティは顎に手をやり考えている表情を作る。
触れなくても触れているような不思議な気持ち。
近くに居れば益々近く、遠くに居ても確かに繋がっていると感じられる何か。
それは、こうして二人で居るときに尚更強く感じられて。
誰にも、この愛しい人を見せたくないのだと、そう、思っていると本人に告げたらどういう顔をするだろう?
花と、緑と、光。
傍らには大事で、愛しい人。
ちゃんと答えてなくても答えていても、それだけあれば充分。
「答えだけ、欲しいですか?」
「示されるものがあれば欲しいですよぅ〜〜」
「私はね、ヴィヴィ」
「? はい?」
「大事なものしか視界に入れたくはないのです」
その言葉に瞬時にヴィヴィの顔が朱に染まる。
明るい光の下で見るから尚更なのか、その色は、色づく花の色を思わせ、セレスティはその色を表現できる顔料がないのを悔やんだ。
もし、その顔料があったならどんな事をしても絵にしてもらうのだが……
(中々、上手くはいかないものですね)
だからこそ、楽しいのかもしれないけれど。
「あ……は、はい!!」
「ふふ、解ってくださったなら嬉しいですよ」
「あう……あ、そうだ。セレ様、あの花……前に来たときはありませんでしたよね?」
と、ヴィヴィが指さす先には、色とりどりに植えられたビオラやパンジーがあり、「ああ」とセレスティも頷く。
「庭師がね、春から初夏は花がとても美しい時期だと言って色々持ってきてくれるのですよ。エリカや、マーガレット、連翹(れんぎょう)……この時期に咲かない花も中にはあるのでしょうが美しい時期に植える花はどれも美しいのだと」
「そうなんですか……庭師の割には、たまには良い事も言うんですね……」
「庭師ですからねえ」
ぽそっと呟くヴィヴィの言葉の意味には気付かず、うんうん頷くセレスティに、ヴィヴィは聞こえぬようにため息を一つ、吐く。
この場所は、庭師がセレスティの望みを聞き、セレスティとヴィヴィの為にと作ってくれた花園だ。
彼の物語のように再現して作られた花園は、美しく、二人きりの話と、共に過ごすのに丁度良くて。
ただ、何処にも庭師の影があって切り離すことは不可能である、この場所。
時折、二人きりで居るのに何故か、此処の場所に三人居るような気がしてしまい複雑な気もする。
庭師へと言ってしまえば「これが私の嫌がらせですよ」と言われそうで、むぅ、と頬を膨らませてしまいそうになるが……
(でも、此処に居る時のセレ様はちゃんとあたしを見てくれるもの)
そうして、ヴィヴィはセレスティの掌に触れ、
「あのですね、セレ様?」
「はい?」
「今度、何処か……行きませんか? 黄金週間に入りますし、少しなら、あたし、お休みが取れそうなんです」
「良いですね、たまには花園でない場所も…とは言え、黄金週間は何処も混んでいるでしょうし……マイナーな所にでも行きましょうか」
「例えば?」
「東京から離れ、江ノ島水族館、油壷マリンパーク……伊豆のガラス工芸館、箱根彫刻の森とか……人が少ない分、じっくりゆっくり過ごせます」
「…………えっと、待ってくださいね、考えてみます〜」
「ごゆっくりどうぞ。ヴィヴィの考えてる表情を見るのも私は大好きですから」
「あ、ありがとうございますぅ……ええと……」
何処に行こう?
二人にとって海は生まれた場所であり特別な場所だ。
そこでのんびり魚たちを見ながら過ごすのもいい。
青い色で覆われた水族館はとても美しく優しい時を約束してくれるだろう。
けれど、ガラス工芸を見ると言うのも捨てがたいし……また山の中、静かに鳥の囀りを聞きながら彫刻を見てまわるのもいい……帰りに細工物を見て何かセレスティに贈り物をするというのも良いかもしれないし……
「うぅ、どれも捨てがたくてあたしには選べませんですぅ……」
「ふむ……まとまった休みが三、四日ほど取れるのでしたら……今行った所を制覇してみましょうか? 無論、ヴィヴィが良ければですが……」
「え、ええ!? いいんですか…? それなら、あたし、嬉しいです!」
「貴女が嬉しいことが私にとって一番の幸せですよ」
喜ぶ顔が、見れたらそれで。
更に、その中に自分自身の存在が入っていたら、益々嬉しくも幸せ。
セレスティは手に触れているヴィヴィの手を取り、その腕と身体ごと、そっと、抱きしめた。
秘密の花園にある樹では謳うように鳥が鳴いている。
―End―
+ライター通信+
セレスティ・カーニンガム様、ヴィヴィアン・マッカラン様、こんにちは。
今回書かせていただきましたライターの秋月 奏です。
前回の話からの続きと言う感じで、また書かせていただけた事、嬉しく思います。
有難うございます(^^)
今回は花園デート、と言うことで会話と、触れ合う場面を少し出してみました。
とってもお似合いのお二人ですから、もう少しいちゃいちゃさせたりするのも
楽しいかも、と思いつつ…一緒に過ごせることでの嬉しさやら感情やらの方が
らしいかなあと思いまして……ご発注、本当に感謝なのです。
それでは、この辺にて失礼させていただきますね。
また、何処かで逢える事を祈りつつ……
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