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<東京怪談・PCゲームノベル>


All seasons 【幸せな一時】



■本日の扉■


 桐生 暁は、夢幻館に入るなり、ダイニングに集まった面々を見つめて高らかにこう言った。
 「行ける人皆でカラオケ行こ♪」
 その言葉に一番最初に乗ったのは、他でもない片桐 もなだった。
 「はいはい!あたし行くっ!」
 「んじゃ、俺も行くかな。モチロン冬弥も行くよな〜?」
 神埼 魅琴はそう言うと、隣で新聞を読んでいた梶原 冬弥の首根っこを掴んだ。
 「あ〜あ〜、わぁってるよ。行くよ。」
 この数ヶ月の間に、この人達に逆らえないという事を悟った冬弥は、案外素直に頷いた。
 人の学習能力と言うものは素晴らしい。
 同じ痛い目にはもう二度とあうまいとする自己防衛の本能こそが、ここで言う学習能力なのだ。
 「冬弥ちゃんともなちゃんと魅琴ちゃんだけ?」
 「・・それじゃぁ、俺も行きましょうか・・・?」
 すっと細い手を上げたのは、ここの総支配人である沖坂 奏都だった。
 一番この話にのりそうもなかった者の挙手に、暁は思わずパチパチと、いつもより多めに瞬きをした。
 「奏都さんも来てくれるの??」
 「お邪魔ですか?」
 「ん〜ん、全然!それじゃぁ、レッツゴーカラオケっ☆」
 そう言って夢幻館から出ようとする暁の肩を、魅琴がむんずと掴んだ。
 「なぁに、魅琴ちゃん?」
 「暁、お前はまだここの事をよく分かってねぇな。」
 ここの事とは、無論夢幻館のことだろう。
 「ここはね、いっぱい扉があるのよ!それもね、も〜い〜〜〜っぱい!その扉はね、どこかしらに続いているの!それこそ、いろ〜〜んなところにっ!」
 「つまり、そのなかにはカラオケに繋がってる所があるっつー事だよ。」
 冬弥はそう言うと、奏都を振り返った。
 「んで、ここの総支配人さん。案内よろしく〜。」
 「はいはい、畏まりました。」
 奏都はそう言うとツカツカと歩き始めた。
 ダイニングから出て、左に折れて、幾つかの扉の前を過ぎ、右に折れ、突き当たりにあった階段を上り、更に右に折れ、左に折れ、突き当りの階段を・・・・。
 そうして着いたのは1つの扉の前だった。
 ここに来るまでに腐るほど見てきた扉と、何ら変わりのない扉ではあったが・・・。
 「さぁ、ここがカラオケに通じる扉です。どうぞ。」
 ガチャリと、開いた扉の先は真っ白に光っていた。
 恐る恐る、その光の中へと身を投じる・・・。


□カラオケ大会□


 そこはカラオケルームの一室だった。
 大きなテレビ画面に、馴染み深いリモコン。
 ソファーはふかふかとしていて気持ち良い。
 「おぉ〜!本当にカラオケだっ!」
 「そりゃぁなぁ・・・。」
 「んじゃぁ、まずなんか頼もう!んっとぉ、カシスソーダ・・・っと、今日は酒も見逃すって事でヨロシクw」
 暁はそう言うと、奏都に向かって微笑んだ。
 「わかりました。」
 「よっし、んじゃぁ、俺はカシスソーダとジンライムと、ローズベルベットと・・・。」
 「あたしは、から揚げと、ピザと、抹茶パフェと、イチゴショートと、ティラミスと・・・。」
 「それじゃぁ、注文しますね。」
 奏都が壁にかかっている受話器を取り上げて、注文を告げる。
 「って言うかさぁ、急にカラオケルームの中にいたけど時間とかお金とか、いーの??」
 「いーんだよ。ここはうちなんだから。」
 「夢幻館の扉で繋がる所はたくさんあるけど・・・こーゆー所はVIP待遇なのっ!」
 ・・・なんともめちゃくちゃな話である。
 「どーせ後でひかれっからいーんだよ。」
 「夢幻館からどこかに行く時は、直で繋がってるんだけど、こっちから帰る時は繋がってないから厄介なんだけどね〜。」
 「・・・つまり?」
 もなのボヤキに、暁が小首をかしげる。
 「行きは良い良い、帰りは・・・」
 「メンドクサイの。」
 つまり、夢幻館から何処かへ通じるのは通じるが、帰る時は通じていない・・・そんな一方的な関係らしい。
 「ま、いっかぁ。さぁ、歌うべ歌うべっ!」
 暁はそう言うとリモコンを手に取り、慣れた調子で番号を入れた。
 「んじゃ、まずは流行の曲からっ!振り付け付きでいっちゃうよん♪」

 
    『Fairy tale』

  目がくらんだ一瞬 そっと開いたそこ
  今までとは違う  花の楽園
  目の前にいる   羽の生えた天使
  その唇にそっと  優しいKISS
リアルな感触   暖かな吐息
  夢ではないと   囁く声
  甘い香りの中で  全てが淡くぼやける


  温かな日差しに照らされて微笑む女神
  ここが楽園と言う場所なのか?
  もしもこれが現実と言う名の場所なら
  夢とはどんなに汚い物なのか
  きっとここはFairy tale


  気ままな妖精   微笑む花達
  平和な日々に   とろけそう
  ふっと思い出す  懐かしい顔
  今まで忘れていた 愛しいの君の声
  何処にいるの?  私の声が聞こえない?
  どうかお願い   戻ってきて
  全てが崩れる   この世界


  この世の終わりへと走り出す
  甘い夢物語を壊すために
  温かな世界なんて要らない
  今ほしいのはたった一つだけなのだから
  きっとここはFairy tale
  何でも叶う不思議の国
  だけど今ほしいのはそれじゃない
  君と現実での甘く切ないKISS


 「お〜!流石暁!良い声だなっ!」
 歌い終わると、魅琴がパチパチと拍手をしながら迎えてくれた。
 「暁ちゃんってさぁ、結構、声高い方だよね〜?」
 「ん〜そうかなぁ?」
 「ってか、この曲ってフリついてたんだ・・・?」
 「えぇっ!?冬弥ちゃん、知らなかったの!?」
 その言葉に、冬弥が少々落ち込む・・・。
 「でもさぁ、その声の高さだったら女の人の曲とかも歌えるんじゃない??」
 もなの発言に、暁はくいっと口の端を持ち上げた。
 「フッ、女性曲もお手の物さ☆」
 リモコンを素早く操作して、暁は立ち上がった。
 「貴方のために歌います!」
 そう言って魅琴を指し・・・すぐに冬弥に移し、ウインクをする。
 「・・・俺かっ!!!??」
 「ってか、俺はフェイントか・・・?」
 もなが隣でキャッキャとはしゃぎ・・・それはすぐに甘いピアノの曲にかき消された。


    『思いの数だけ』

  あの日から     幾つ月日が流れたの?
  あの頃から     今でも変わらない夢を見る
  貴方と一緒に歩いた あの桜並木は
  未だにそこで    笑っているのかな?

  会えない時間が辛いとか
  触れ合えない瞬間が痛いとか
  いつもそんな事ばかり言ってたね
  貴方を困らせようとした言葉
  貴方を傷つけていたなんて・・・

   
  思い 伝えたいよ 今すぐに
  消えない罪悪感を消すためじゃなく
  あの日誓い合ったあの言葉達
  嘘なんかじゃないよ
  貴方が思っていたのと同じように
  私も貴方を思っていた
  今ではそれを伝える術はないけれど・・・


  消えてゆく     貴方との思い出達
  些細な言葉     もう記憶の底に眠る    
  決して忘れないと  誓ったはずなのに
  その誓いは     淡く霞んでくね

  思い出す事はないでしょう
  貴方はもう遠い人
  けれどふと思い出す事があったなら
  私の笑顔を思い出してほしい
  泣き顔なんかじゃなく・・・


  通り 過ぎてゆく 儚い時
  淡く滲んでゆく記憶のページ
  もしもあの時にかえれるなら
  伝えたいよ
  私が思っていた事全て・・・


  思い 伝えたいよ 今すぐに
  消えない罪悪感を消すためじゃなく
  あの日誓い合ったあの言葉達
  嘘なんかじゃないよ
  貴方が思っていたのと同じように
  私も貴方を思っていた
  今ではそれを伝える術はないけれど・・・

  
 「ってぇぇぇっ!その曲を俺に歌ってなんの意味があるんだっ!」
 「いや、これは俺の気持ちだか・・・」
 「今の歌は過去の歌じゃねぇかよっ!」
 「・・・んじゃぁ、これの現在進行形って事で☆」
 「適当だ・・・適当すぎる・・・。」
 「いーじゃんいーじゃん!っつー事で、冬弥ちゃん、デュエットしよw」
 「はぁぁぁ〜???」
 「ほらほら、早く、立った立った!」
 暁が手早く操作をして・・・。


     『Snow Story』

  ☆淡い粉雪が舞い散る丘で 貴方に出会えたこの奇跡
  ★なんでもない日常が   ふわり、ほんの少し変わる
  ☆貴方が触れる度に    温かく痺れるココロ
  ★言われなくても     分かってる
  ☆これを恋って言うんでしょう?

  ☆★
   雨が雪へと変わる
   舞い落ちる速度が遅くなる
   それでも早まる恋心
   貴方に出会えたのが
   偶然じゃなく必然だったなら
   私のこのココロも必然だから・・・

  ★肌を切り裂くような風  あまりにも冷たすぎて
  ☆寒すぎるこんな日は   温かいココアがあれば良い
  ★ふわりと香る      甘いココア
  ☆空から雪が舞い落ち   貴方がこちらにやってくる
  ★全てはココアの香りの中で

  ☆★
   ふわりと落ちてくる
   真っ白な妖精達が
   温かいこの時を祝福してくれる
   貴方に出会えたのが
   全ての始まりだったから
   あの時を大事にしたい・・・

  ☆淡い粉雪が舞い散る丘で 貴方に出会えたこの奇跡
  ★なんでもない日常が   ふわり、ほんの少し変わる
 
  ☆★
   雨が雪へと変わる
   舞い落ちる速度が遅くなる
   それでも早まる恋心・・・

   あの丘の上で伝えたいよ・・・


 「どーでもいーけど、冬弥ちゃんこの歌よく歌えたね!」
 「これって女の人の曲だよね?」
 もなが小首を可愛らしくかしげる。
 「そうそう、冬弥ちゃんって結構声低いのに、ちゃんと高い声も出せるんだね〜!」
 「るっせぇっ!」
 冬弥はそう言うと、プイっとそっぽを向いてしまった。


■飲んで飲んで、酔って酔って■


 ガチャリと、扉が開き、黒のズボンに白のワイシャツを羽織った1人の青年が、お盆に沢山のグラスとお皿を持って入ってきた。
 「お待たせいたしました〜。」
 そう言って、一つ一つ丁寧にコップを置き、更に大皿をドンとテーブルの上に置いた。
 「うわぁっ!おいしそうっ!」
 もなが瞳をキラキラさせながら、大皿の中に所狭しと盛られているから揚げを見つめる。
 「それでは、また何かありましたらお呼びください。」
 ペコリと軽く頭を下げると、青年は扉の向こうへと消えて行った。
 「いっただっきまぁ〜っすっ!」
 もなが元気良くそう言い、元気良く割り箸を2つに割り、元気良くから揚げに箸を突き刺した。
 ・・・少々元気すぎる気がするのは、気のせいというものなのであろうか・・・。
 「んじゃ、俺らは乾杯しよ〜よ!」
 暁の言葉に、もなに集中していた視線がグラスへと注がれる。
 各々が、頼んだグラスを取り、カチリと乾いた音を立てながらグラス同士を合わせた。
 暁はまず、カシスソーダに口をつけた。
 軽いアルコールが、ゆっくりと身体の隅々にまわる・・・。
 「・・・それにしても、もな・・・お前、それ全部食う気か?」
 「あたしは偉いからっ!」
 「いや、わけわかんねーから!」
 もなに軽く突っ込みを入れると、冬弥はため息をついた。
 何を言っても無駄だという事が分かったのだろう。
 その先は何も言わない。
 例え、もながお腹を壊したとして、その処理をするのが冬弥であったとしても・・・。
 これは全て天の定め。
 冬弥にはどうしようもない事だった。
 暁は、そんな二人の姿を見て、ほんの少しだけ微笑むと次のグラスを手にとり、一気に飲んだ。
 ・・・なんだか、今日はお酒が進む気がする。
 このメンバーだからだろうか?
 ゴクゴクゴク・・・ゴクゴクゴク・・・。
 ゴクゴク・・・クラクラ・・・?
 ・・・あれぇ・・・??
 暁の正常な意識が、だんだんと霞んで行く・・・。
 しかしそれは見た目には分からないものであって・・・。
 「ねぇ〜、飲んでるぅ?冬弥〜。」
 普段と変わらない口調。
 しかし、それは僅かにどこかポヤンとしていた。
 「ん?あぁ、飲んでるけど、このメンバーで酔ったら後が大変な気がするから、多少セーブしながら・・・」
 「ダメだよぅ、ほらほら、飲んでっ!」
 暁が、傍らにあったビールの瓶を掴み、勢い良く冬弥のグラスに注いだ。
 「・・おいおい・・・。」
 「ほらほら、飲んで飲んでっ!」
 暁がヘロンと微笑み、冬弥も思わず微笑み返す。
 仕方がない。
 冬弥はそう思うと、グラスを一気にあおった。
 ほんの少しだけ、くらりとした気がしたが・・・なんとか持ちこたえたようだった。
 「おお〜!それじゃぁ、一番!桐生暁っ!」
 暁がすっくと立ち上がる。
 そのついでに右手を高々と突き上げている。
 「脱ぎますっ!」
 高らかに宣言し、暁はTシャツを脱いだ。
 白く細い上半身は、まるで精巧に作られた人形のように美しかった。
 「・・・だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!あきぃぃぃぃぃぃ〜〜〜!!!??」
 冬弥が物凄いスピードで立ち上がり、暁の手からTシャツをひったくると、スポリとその頭にかぶせた。
 そして、無理やり両方の腕を袖に通させた。
 「お・ま・え・は・っ!!!なぁぁぁぁにしてんだよっ!!!???」
 「え〜・・暑いのに、ダメなの〜?」
 「ダメもクソもねぇんだよ!なんなんだ!?なんで脱ぐんだ!?そもそも、一番って事は二番がいるのか!?」
 「冬弥ちゃん、きっとそこは論点じゃないと思うの。」
 もなが結構シビアな意見を飛ばす。
 「あ〜、きっと暁さん、酔ってらっしゃいますね。」
 奏都がのほほんと言い、ワインに軽く口をつけた。
 「酔ってる!?はっ!!??」
 「なぁんか、のど渇いた〜。」
 暁が、目の前にあったワインのグラスを飲み干す。
 「おいっ!!お前止めとけよっ!!?」
 「やぁ〜!のど渇いたのぉ〜!!」
 静止する冬弥の腕を振り解くと、暁はゴクゴクとテーブルの上にあったグラスを全てからにした。
 「おいっ!ちょっ・・・暁っ!?」
 「あ〜、飲み物がなくなってしまいましたね。それじゃぁ追加しましょうか。」
 奏都はそう言うと、立ち上がり、部屋の隅に取り付けられている受話器を取った。
 「なんでそうなるんだってか・・・おい!魅琴!お前、どうにかしろよっ!」
 「酔っちゃった人は、どーする事もできませぇ〜ん。」
 魅琴はそう言って肩をすくめると、1つだけから揚げをつまんで口に放り込んだ。
 「えへへへ〜〜。」
 にこにこと、無垢な笑いを見せる暁。
 これはもう完全に酔っている・・・。
 たらりと、冬弥は嫌な汗をかいた。
 「ギュ〜〜〜っ!」
 暁がおもむろに、魅琴に抱きついた。
 それを魅琴が抱きつき返す。
 「ちょっ・・・おい、魅琴!離れろっ・・・!!」
 冬弥がそれを引き剥がしにかかる。
 「暁が俺を選んだんだから仕方ないだろう?それとも何か?お前としては自分を選んで欲しかったとかなのか?」
 「バカ言えっ!」
 冬弥が渾身の思いで魅琴と暁を引き剥がした瞬間、ガチャリと扉が開いて先ほどの青年がお盆に沢山のワインとビール、そしてサンドイッチを乗せてやってきた。
 「失礼しま・・・」
 暁がその腰に飛びつく。
 「えへへwギュ〜〜〜っ!」
 「わっ!バカっ・・!暁っ!ちょっ・・・す、すみませんっ・・・!!」
 冬弥が暁を引き剥がし、抱きかかえる。
 「あぁ、いいっすよ。はい、ご注文の品をお届けに参りました〜。」
 こう言う事はよくあるのだろうか?
 青年は顔色1つ変えずに、テーブルの上の空になったグラスやお皿を引き取り、代わりに持って来たものを置いて、扉の向こうへと姿を消した。
 「ね〜、頭撫でて〜!」
 ほっと一息ついたのもつかの間、腕の中の暁が甘えるように冬弥に顔を押し付けてきた。
 「あぁ・・・??」
 わけがわからないものの、とりあえず言う通りに頭を撫ぜてやる。
 「えへへ☆」
 暁が嬉しそうに微笑み、ほにゃっとした表情を向ける。
 「あらあらまぁ、懐かれちゃって。」
 サンドイッチをぱくつきながら、もながニヤニヤとこちらを見る。
 「うっせーっ!好きで懐かれてるわけじゃ・・・」
 「好きじゃなかったら、そこまで構わないと思うけどな。」
 魅琴はそう言うと、小さく肩をすくめた。
 「・・・うっせぇよ・・・。」
 ばつが悪そうに、冬弥は小さくそう言うと、プイと顔を背けた。
 その姿を奏都が優しい瞳で見つめている。
 「ねぇ、あと、チューしてw」
 「あぁ・・・。・・・???」
 ほんの少しだけ、冬弥の動きが止まる。
 「・・・チュー!!??」
 「うん、ね、早く。」
 暁が瞳を閉じる。
 おろおろする冬弥。
 それを面白そうな顔で見守る周囲。
 タラタラタラ・・・。
 冷や汗が大量に出てくる。
 「ほら、早くしろよ!」
 魅琴にせっつかれ、冬弥は覚悟を決めた。

   チュっ・・・

 額に、軽くキスをする。
 「・・・って、おでこなのっ!?」
 ガッカリ顔のもなが、興ざめよね、と言うようにため息をつく。
 そんな事言われたって、こっちだっていっぱいいっぱいだ。
 「えへへww」
 とりあえず、周囲は置いといて・・・当の本人は嬉しそうなのでなんとか救われた。
 冬弥がほっと胸を撫ぜ下ろした時・・・暁の瞳が急に潤み始めた。
 ・・・今度は何だ!!??
 冬弥は心の中で思いっきり叫んだ。
 「なんでぎゅってしてくんないの?ひどいよ・・・。」
 うるうると、次第に潤みは増してゆく。
 そうして一筋の涙が頬を伝い、ぱたりと床に落ちた。
 それは止め処もなく次から次へと溢れては床に落ち、暁の頬を染めて行く。
 「あ・・おい、ちょっ・・・」
 「父さんの馬鹿ーっ!!」
 「馬鹿って何だってか、俺はお前なんか生んだ覚えはねぇーっ!!」
 暁の言葉に、思わず冬弥が反論する。
 「それはそうでしょう。冬弥さんは生物学上では男性ですから、子供を生めないのは当たり前です。」
 「冬弥ちゃんのオバカさん。」
 奏都の冷たい指摘と、更に傷を抉るかのようなもなの言葉。
 ダブルパンチだ。
 冬弥は、ガックリと膝を折った。
 再起不能とまでは行っていないが、流石にちょっとこれは泣けてくる。
 暁と一緒になって泣いてしまおうか?
 途方に暮れる冬弥の脇から、一本の腕が伸び・・・暁の身体を優しく抱きとめる。
 魅琴だ。
 「よしよし。」
 甘く優しい声で、暁を抱きしめる。
 激しく上下していた肩が穏やかになり、やがて止まった。
 そして少し恥ずかしそうな笑顔を向けた後・・・魅琴の頬に軽くキスをした。
 「・・・あきぃぃっ!!??」
 「お、ラッキー☆」
 「ラッキーじゃねぇよっ!」
 「え〜!!あたしも、あたしもっ!」
 もながそう言い、暁をぎゅっと抱きしめる。
 暁は、先ほどと同じように恥ずかしそうな笑顔を向けて、もなの頬に軽くキスをした。
 「ってか、お前もためすなっ!!」
 「なぁによぉ、いーじゃないっ!ほっぺにちゅーくらいっ!」
 「そーゆー問題じゃっ・・・あぁっ!暁っ!こっちに来いっ!」
 苦々しい顔をしながらも、冬弥は暁の腕を引っ張り、その胸に抱いた。
 深くため息をつき、頭を柔らかく撫ぜる。
 「・・へへ、父さんだ〜い好きっw」
 暁が恥ずかしそうに蕩けそうな笑顔を冬弥に向ける。
 くすぐったそうな、それでも嬉しそうな・・・。
 冬弥は、ふっと優しく穏やかに微笑むと、ぎゅっと暁の身体を抱きしめた。
 そうして耳元で甘く囁く。
 「俺も好きだよ。」
 その言葉に満足したのか、暁は極上の笑顔を向けた後で、くたりと、全身の力を抜いた。
 全ての意識を闇に蕩けさせる・・・。
 「なんか、冬弥ちゃんが好かれる理由がわかった気がする。」
 もなはそう言うと、にこりと、甘く微笑んだ。


□全ては遠い意識の中□


 ズキン
 目が覚めた時、一番最初に感じたのは頭の痛みだった。
 身体がだるく、頭が痛い。
 ズキン・・ズキン・・・
 等間隔に襲ってくるその痛みに、暁は顔をしかめた。
 見慣れない風景。
 柔らかいベッド、窓からさしてくる日差しはもう強い。
 暁はふらつく身体を起こすと、立ち上がった。
 痛む頭で考える。
 ここが・・・どこなのか・・・。
 そう、どこか見覚えがある。
 ここは・・・夢幻館?
 そうだ、夢幻館だ。
 でも、どうしてここに?
 確か・・・カラオケに来て・・・それで・・・。
 ズキン・・・ズキン・・・。
 ダメだ、何も思い出せない。
 暁は記憶の捜索を諦めると、扉を開けた。
 真っ直ぐに伸びる廊下。
 その先からは話し声が聞こえてくる。
 暁はそちらに歩いた。
 丸いテーブルを囲むようにして、ソファーに並んだ面々を、順々に見つめる。
 冬弥→魅琴→もな→奏都
 「おはようございます。昨夜は良く眠れましたか?」
 奏都が穏やかな微笑で、そうきいてきた。
 「うん。なんか頭が痛いけど・・・」
 「それは二日酔いだ。」
 魅琴がそう言い、水差しからコップに水を入れる。
 「ほら。」
 「ありがとう。」
 暁はそれを受け取ると、くいっと飲み込んだ。
 冷たい水が体中に沁み渡り、痛みをやわらげてくれる。
 「・・んで、昨日のアレはなんだったんだ?」
 ニヤニヤと笑いながら、魅琴が冬弥と暁を見比べる。
 「昨日のアレ?」
 「あぁ。ほら、抱きついたり・・ちゅーしてって言ったり・・・。」
 ・・・抱きつき?
 ・・・チュー・・・?
 暁の記憶の中に、そのようなページはなかった。
 「は?俺そんな事したっけ?」
 キョトリと首をかしげる暁。
 その瞬間、暁は滅多に見られない物を見た。
 いつもはポーカーフェイスの夢幻館一同が、それを崩す瞬間。
 なんとも言えない表情をした後で、同情の瞳を冬弥に向ける。


 ・・・・・・チーン・・・(合掌)。



          〈END〉 

 

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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  4782/桐生 暁/男性/17歳/高校生アルバイター、トランスのギター担当


  NPC/梶原 冬弥/男性/19歳/夢の世界の案内人兼ボディーガード
  NPC/片桐 もな/女性/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー
  NPC/神崎 魅琴/男性/19歳/夢幻館の雇われボディーガード
  NPC/沖坂 奏都/男性/23歳/夢幻館の支配人

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 ■         ライター通信          ■
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  この度は『All seasons』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
  そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 
  この度はこちらの諸事情により、納品が大変遅れまして、心よりお詫び申し上げます。


  さて、如何でしたでしょうか?
  今回はとことん冬弥をやられキャラにしてみました。人一倍世話焼きで、多分一番良心的で常識的なキャラですが・・・。
  夢幻館に住まう人々のほとんどが“個人の常識”しかもたない連中なので、一番貧乏くじを引いています。
  作中の詩は全て私が作った物ですが、お気に召されれば光栄です。
  

  それでは、またどこかでお逢いいたしましたらよろしくお願いいたします。