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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:黎明の戦士たち  〜東京戦国伝〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 激戦が続いている。
 高く低く、爆発音が首相官邸の最深部まで響いてくる。
 横たえられた男女を見やって、嘘八百屋と呼ばれている和装の青年が溜息を吐いた。
 どちらも致命傷を負っている。
 このまま時間が経過すれば、怪奇探偵も北の魔女も死に至るだろう。予測ではなく既定の事実だ。
「わたくしの回復術でふたり同時に治療はできません‥‥」
 苦渋。
 もともと嘘八百屋は回復系の術を得意としていない。
 ヴァンパイアロードとの戦いで散った玉ちゃんがいれば、なんとかなったかもしれないが。
「選んでいただくしかありませんか‥‥やはり」
 草間武彦を救うか。
 新山綾を救うか。
 もちろん、選ばれなかった方は命を落とす。
 こんな苦痛に満ちた選択があるだろうか。
「決断しなくてはいけないときに決断しなくて良いなら、人はなんと幸福に生きられるだろう」
 とは、だれの言葉だったか。
「わたくしは‥‥おふたりに生きていてほしい。しかし‥‥」


 前庭の戦いも、劇的な変化を迎えていた。
 出現したバイクの集団。
 統率された動きで戦場に突入してくる。
「毘」一文字の軍旗を翻し。
 その数はおよそ一〇〇。
 信長軍団、護り手たち、双方が多大のダメージを被っているなかで、無視できぬ数である。
 夜を迎えようとする首相官邸に、排気音が轟き渡る。












※長々と続いてきました東京戦国伝。ついに完結編です。
 参加の際は、これまでのシリーズの精読をおすすめします。
※もちろんバトルシナリオです。
 前回から引き続き参加の方は、ダメージが持ち越されています。
 最後の戦いです。
 気を引き締めていきましょう。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
 受付開始は午後9時30分からです。


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黎明の戦士たち  〜東京戦国伝〜

 すっと動く切っ先。
 嘘八百屋の喉元に突きつけられる。
 室内の空気が凍結した。
 貞秀という銘のカタナ。持っているのは巫灰慈。
「綾を治療しろ。嘘八百屋」
 静かな声が紡がれる。
 黒髪赤瞳の青年の表情には一グラムの妥協も浮かんでいない。
 首相官邸の最深部。たんに司令室と呼ばれる場所である。
 草間武彦と新山綾の元に駆けつけたシュライン・エマと巫。聞かされたのは、絶望的な状況だった。
 二人のうち、一人しか救うことができないという。
 綾も草間も致命傷を負っており、絶命するのは時間の問題である。そして嘘八百屋の回復術では二人同時に治療することはできない。
 一方を治療している間に、他方は死んでしまうのだ。
 予測ではなく、外れようのない未来だ。
 それを知ったとき、巫は迷わなかった。
 一人しか助けられないなら、綾を助ける。
 草間が嫌いなわけではない。親友だと思っている。それでも綾と比較できるわけがない。 できるわけがないのだ。比較など。
 世界中の誰とも。
 おそらく、否、間違いなく恋人は巫の行動を喜ばないだろう。
 友人や教え子のことを何よりも大切に思う女性だから。
 もし彼女が助かり、自分を救うために巫が草間を見殺しにしたと知ったら、
「綾は俺を許さないだろう」
 それどころか、深刻な憎悪を抱かれるかもしれない。
「けど、それでも俺は綾を守る。治療しろ。嘘八百屋」
 淡々とした声。
 息を呑むシュライン。
 浄化屋の生の感情が、あまりにも哀しすぎて。
 シュラインだって、本当は同じ気持ちなのだ。最愛の夫を絶対に失いたくない。想いの強さは巫にいささかも劣らない。
「私は‥‥そこまでストレートになれない‥‥」
 内心で呟く。
 冷静すぎる頭脳が、ここで嘘八百屋を脅しても無駄だ、と判断してしまう。
 なんとか二人とも助ける方法はないか、と、模索してしまう。
 逃避かもしれない。
 現実と向き合う勇気がないのかもしれない。
「灰慈‥‥」
 呼びかけたきり、言葉を失う。
 まったく、なんと声をかければいいのか。
 赤い瞳と蒼い瞳から放たれた視線がからむ。
 決意と哀しみと、さまざまな感情をのせて。
「つまり、玉ちゃんというのがいれば解決するんだな?」
 突然、戸口から響く声。
 視線の集中砲火を浴びて立っていたのは、切断された左腕を抱えた少年だった。
 不動修羅という。
 治療のために後退したのだが、少年が見たのはあまりにも厳しい現実である。
 そしてその現実を認識したとき、彼の覚悟は決まった。
「玉ちゃんってのは、玉藻の前のことだな? 九尾の狐の」
 確認すると同時に瞳を閉じる。
 金色に変わってゆく不動の髪。
 四度目の降霊。
 しかも左腕を失った状態で。
 無茶という次元ですらない。最悪のギャンブルだ。場に出されるチップは少年の命そのものなのだから。
 だが不動は躊躇わなかった。
 おそらく自分はここで死ぬ。
 しかし、冥界の門をくぐる前に、草間と綾を治してやる。
「俺が死んでも護り手は戦える。だが、この二人が抜ければそれで終わりだ」
 それが理由だ。
 金色の髪が伸び、黒い瞳が青緑へと変わってゆく。
「玉ちゃん‥‥」
 万感の思いを込め、シュラインが呼びかけた。
 かつておこなわれたヴァンパイアロードとの戦い。蒼眸の美女の盾となって散った美しき妖狐。


 苦しい戦いが続いている。
 啓斗と北斗の守崎兄弟。
 全身に傷を負いながらも、一歩も退かない。
 倒れるときは前のめりに。
 絶対に後ろには倒れない。
 そう決めている。
 不退転の決意という。
 一歩でも半歩でも退がったら、
「草間や綾さんはどうなる?」
 兄の言葉。
「それだけじゃねぇ。クミノや不動だっているんだ」
 弟が続く。
 もしもここを突破されたら、防御陣はほとんど残っていない。
 司令室は無防備な姿をさらけ出すだろう。
 そうなったおしまいだ。
 首相と榎本武揚は殺され、この国は織田信長の手に落ちてしまう。欠点だらけの日本だが護らなくてはならないのだ。
「いやっ! この国の事なんてどうでも良い!」
「仲間を、友達を護りたい。それだけだ!!」
 氷の妖剣と炎の魔剣が閃く。
 もちろん、気合いだけで劣勢を覆せるものではない。
 やはり、兵の質の差は大きい。もともとは護り手の方が数が多かったはずだが、いまは信長軍団が圧倒的大多数だ。
 正面玄関を突破されるのがはやいか、治療を終えた護り手たちが戦線に復帰するのがはやいか。
「他人事ならみものだけどな」
 屋根の上で呟くクミノ。
 持ってきた弾丸も残量があやしくなってきた。
 彼女の射撃技能はけっして低くはないが、なにしろ相手は飛来する銃弾を回避するような非常識な連中だ。
 雑魚ひとり倒すのに十数発の無駄玉を撃たなくてはいけない。
「対費用効率(コストパフォーマンス)なんて台詞を使うのも馬鹿馬鹿しくなる」
 ぼやきながら新しい弾倉をセットする。
 残りはこれを入れて三つ。
 ざっと計算して、支援攻撃をおこなえるのはあと一五分くらいだ。弾丸を使い尽くしたら下に降りて戦わなくてはいけなくなる。
 できればそれは避けたいところだ。
 あんなバケモノどもを相手に肉弾戦などやっていられない。
「さて、あれは敵か味方か」
 信長軍団の背後から接近するオートバイの集団。
 爆音がうなる。
 狂風に翻る毘の旗。


 上杉謙信。戦国最強の男の一人とされる越後の龍。
 並び称されるのは、「甲斐の虎」武田信玄と「相模の獅子」北条氏康だろうか。
 いずれも優れた軍略家で有能な政治家である。
 ただ、他の二者と比較して上杉謙信は異彩を放つ。
 彼には領土欲がほとんどなかった。
 にもかかわらず、武田や北条と幾度も干戈を交えている。
 武田家との間におこなわれた川中島の戦いなどは、いくつもの著作を生んでいるほど有名だ。ちなみに川中島は現在の長野県にあり、上杉の領土である越後ではない。
 では、領土欲のない上杉謙信は、なぜそんな場所で戦ったのか。
 理由は簡単で、救援を求められたからだ。
 彼は野心のためには戦わぬ。
 戦うのは、ただひとつ、義のために。
 そういう男である。
 肉食をせず、妻帯をせず、生涯、女を抱くこともなかった。
 異常なまでのストイックさ。
 それが、上杉謙信という人物像を戦国時代に際だたせる。
「もし上杉謙信を反魂したとしても、信長には絶対に従わない」
 啓斗が旗を見つめる。
 榎本武揚よりさらに頑固で融通が利かないだろう。
 ならば、
「交渉してみる価値はあるっ!」
 言葉とともに突進する。
 激戦の靄を突いて。
「あ、こらっ! バカ兄貴っ!」
 慌てたように後を追う北斗。
 一か八かのギャンブル、という次元ではない。
 あのバイク軍団が敵だったら、文字通り切り刻まれるだけだ。
「無茶すぎるって!」
 グラムが作り出す氷で転ばせてでも止めなくては、と、北斗が考えて苦笑する。
 これではどちらがブレーキ役か判らない。
 常は冷静な啓斗が炎の剣。直情型の北斗が氷の剣。
 あるいはなにか意味があるだろうか。
 そんな想いがよぎる。
「これは‥‥」
 接近した啓斗がうめく。
 バイク集団は、すでに一戦交えた後のように傷ついていた。
 車体も乗っている者たちも。
「アンタ、護り手だな?」
 速度を落としたバイクが一台、近づいてくる。
 かけられた声は若く、まだ少年といっていいほどだ。
「上杉謙信‥‥?」
「違うってっ」
 啓斗の質問に、ヘルメットを脱いだ男が笑う。
 いまどき珍しいリーゼントは、たしかにあまり僧籍にあるような人物には見えなかった。
「おれは直江聡一郎。まあたしかに上杉の血はひいてるらしいがな」
「そうなのか‥‥」
「あんま和んでる時間はねぇぜ!」
 直江と名乗った若者が、反魂者たちを睨みつける。
「信長ぁ!! 頼みの綱の武田軍団は環七で全滅したぜ!! 次はてめぇを狩ってやるからよぅ! ヨロシクっ!!」
 宣言。
 堂々たる、というよりも、なんだかどこかの暴走族かヤンキーみたいだった。
 ぐらっとよろめいた啓斗だったが、状況は即座に理解する。
 ようするに、信長軍団がここまでしつこく攻撃していたのは援軍の到着を待っていたからなのだ。
 考えてみれば、かつて六角家の城塞群を陥落させたときも、この手を使っていた。
 進歩がない、とは言えない。
 防衛戦というものは、非常にストレスが溜まる。
 戦闘開始以後、士気が上がることなどほとんどないからだ。善戦を続けても少しずつ少しずつ士気は低下してゆく。
 そこに、攻める側の大規模な増援が到着したら、一気に戦線が崩壊してもおかしくない。
 むしろ心理学の問題である。
 だが、その計算は狂った。
 突然あらわれた所属不明の集団によって。
 IO2の虎の子の戦力であるバイク部隊はこいつらと戦って敗滅したというではないか。
「米沢暴走連合OZ! 義によって助太刀するぜっ!!」
 一〇〇台近いバイクが突入してゆく。
「俺たちもいくぞっ!」
「合点っ!!」
 啓斗と北斗も駆ける。
 後背を突かれる形になって、信長軍団の陣列は乱れる。
「迎えうて!」
 柔軟に変化する陣形。
 だが、
「せっかくの勝機だ。最大限に利用させてもらおう」
 クミノの言葉。
 スコープに映るのは真田幸村。
 ここで彼を討ち取れば、戦局は大きく動く。
「そろそろ終わりの時間だ。消えてくれ」
 残っている銃弾をすべて撃ち込む。
 指揮に集中していた天才軍師は、回避行動を取れなかった。
 身体の数カ所を穿たれ、崩れ落ちる。
 この瞬間、戦の神のもつ秤が、大きく傾いた。


「お久しぶりです。シュラインさんも、巫さんも」
 ゆったりとした笑み。
 名を呼ばれたふたりが声を詰まらせる。
 不動が降霊した玉ちゃん。
 頼もしい癒し手だ。だが同時に、もはや世界のどこにもこの金髪の美女が存在ないのだという証明でもある。
 もちろんそのことを、巫もシュラインも知っている。
 玉ちゃんの最後は、彼らが見届けたのだから。
 それでも、どこかで生きていてくれるような、見守っていてくれるような、そんな思いが心の隅にあったのだ。
「玉ちゃん‥‥」
「ゆっくり久闊を叙したいところですが、そうもいっていられないようですね」
 ちらりと草間と綾に視線を走らせる。
 彼女の目から見ても、厳しい状態だ。
「時間がありません。さっそく治療に入りましょう。レラ・カムイさま」
「わかっております」
 聞き慣れない名前で呼びかけられた嘘八百屋が治療を始めようとする。
 もちろん二人同時にだ。
「しかし、それでは間に合わないかもしれません」
 戸口から響く声。
 慌てたように振り返った一同の目に映ったのは、
「函館以来です」
 和装の美女だった。
 天薙さくらという。
 護り手の一人で、稲積家とともに日本を影から守護する宮小路家の血縁だ。
 心霊治療師(ヒーラー)でもある。
「遅くなって申し訳ありません」
 挨拶もそこそこに定位置につく。
 その背後から、女が現れた。
「私も手伝おう」
 金の髪と緑の瞳をもつ白人だ。
 ほとんどのものにとっては初対面である。
「大丈夫。信用できる方です」
 疑問を呈される前に、さくらがフォローした。
 軽く頷く一同。
 いまは素性を探っている余裕はない。さくらが信用できるというのだから、信用するしかあるまい。
「‥‥頼む」
 さまざまな思いを込め、巫がいった。
 そして踵を返す。
 回復術を使えるものが四人。あとは彼らに任せるしかない。
 彼自身は、
「前線に戻る」
 短い一言。
 重傷を負っているのに。
 ふと、その横にシュラインが並んだ。
「私も」
「ついててやれよ。武さんに」
「私がここにいても、できることは何もないわ」
 それより最前線で戦う仲間の手助けをすべきだ。
 今現在、戦闘に参加している護り手たちも、誰かにとっての大切な人だ。そして、大切な人を護るために戦い続けているのだ。
 欠点だらけのニッポン。
 理想郷からはほど遠い。
 それでも護るために。
 愛する夫が、愛する妻が、大切な恋人が、かけがえのない友が暮らす国だから。
 一人でも多く生き残らなくてはいけない。
 否。
 一人も死んではいけない。
「武彦さんも戦ってるから」
「‥‥ああ。綾も戦っているからな」
 だから、彼らも戦わなくてはならない。
 指一本でも動く限り。
 肩を並べて廊下を進む。
 背後からは柔らかな回復魔法の光が付き従う。
 路を啓開するかのように。


 OZと名乗ったバイク集団が突入し、真田幸村が滅んだことによって護り手たちが有利になった。
 それは事実である。
 だが同時に、もうひとつの事実も存在する。
 乱戦になってしまったことだ。
 首相官邸の前庭に、人とバイクがひしめき合い、敵味方の別を付けることすら容易ではない。
「こいつはだめだな」
 言ったクミノがライフル銃を投げ捨てる。
 こういう状況になってしまうと、狙って当てることなど不可能だ。
「実際、弾丸ももうあまり残っていないし」
 遠距離支援は捨てざるを得ない。
「あの兄弟の背中を護ってやるか。仕方ないから」
 ものすごく嫌そうに呟いて拳銃を抜く。
 こんなものではたいした戦力にならないだろうが、ないよりはマシだろう。
「よっと」
 屋根からのダイブ。
 もちろん飛び降り自殺ではないので、身体にロープを結んである。地面に激突する寸前に体勢を入れ替え、一転して跳ね起き、すぐに駆け出す。
 一瞬の遅滞もない。
 止まった瞬間に狙い撃ちされるのが目に見えているからだ。
 目指す先は、啓斗と北斗が戦うフィールド。
「助けにきてやった。感謝しろ」
「カタチのない感謝ならいくらでもっ!」
 秘剣グラムを操りながら、弟の方が答えた。
 兄は無言で雌雄一対の剣を振るっている。
 対照的な二人だった。
 数を減じてゆく信長軍団。
 一度傾いた秤は、容易には揺り戻せない。
「くそっ!」
 織田信長がうめく。
 彼の周囲には、なお三〇人ほどの配下がいるが、劣勢を覆せるほどの数ではない。
 ここは、一度退却するべきだろう。
 信長の右手が挙がり、兵力が集中してゆく。
「やばいっ! 集めさせるなっ!」
 啓斗が叫ぶが、護り手たちも限界だ。
 もう四時間近く戦い続けているのである。肉体が精神のコントロールを受け付けなくなってきている。
 しかし、ここで信長を逃がすわけにはいかないのだ。
 無類の逃げ上手だったこの男を逃がせば、すぐにまた再起するだろう。
 何度でも同様の戦いが発生してしまう。
「それだけはさせないっ!」
「過去の幻は大人しく眠っていてくれっ!」
 無謀なまでの突進をする啓斗と北斗。
 と、突然、二人が位置を変える。
 北斗が左に、啓斗が右に。
 ごく初歩のフェイントである。
 冷静に迎え撃つ信長。
 フェイントなどに翻弄されたりしない。
「あまり嘗めないでもらおうか」
 しかし、嘗めているのは信長の方だ!
 この程度のことでどうにかなる相手だなどと、最初から思っていないのだ!
 交差した際に一瞬の間だけできる死角。
 それを作ることが目的なのだ。
 信長の正面。
 真っ直ぐに腕を伸ばしたクミノ。
 構えた拳銃が正確に額をポインティングしている。
「消えろ」
 言葉とともに放たれた弾丸が信長の顔に吸い込まれた。
 のけぞる第六天魔王。
 とどめとばかりに、双子が左右から斬りつける。
 これで終わりのはずだ。
「そんな‥‥」
「ばかな‥‥」
「バケモノめ‥‥」
 だが、揺るぐことなく男は立っている。
 二振りのマジックソードを両手でがっしりと掴み、額に穴を穿たれながら。
 あり得ざる事態だった。
 いくら反魂者でも。
「不思議か? 小僧ども」
 なぜかくぐもって聞こえる声。
 薄い唇から突きだしているように見える犬歯は、目の錯覚だろうか。
 えもいわれぬ恐怖を感じ、北斗が一歩二歩と後退する。
 彼だけではない。クミノも啓斗も冷たい汗の流れを背中に感じていた。
 あのときと同じ恐怖。
「てめぇ‥‥とりこみやがったな?」
「吸血鬼の因子を」
 割り込んでくる男女の声。
 闇色の刀。不可視の弓。
 巫とシュラインだ。
 信長が不敵な笑いを浮かべる。
「それだけではないぞ。これまで護り手どもが戦ったすべての因子がオレの中には入っている」
「いいの? バラしちゃって」
 軽口を叩きながら、じりじりと距離を詰める蒼眸の美女。
「知ったからには死んでもらうしかないのでな。ついでに、お前らの因子も取り込んでやろう」
「‥‥ごめんこうむるわ」
 IO2が何のため反魂をおこなっていたか。
 結果はこうなったが、彼らはべつに日本を支配するために行動していたわけではない。
 七条家の陰陽師や白ロシア魔術師たちとの戦い。邪神やヴァンパイアロードとの死闘。それらで減った護り手たちを補うためだ。
 戦った相手を研究し尽くすのは、考えてみれば当然なのだ。
 そして、彼らの能力‥‥因子を反魂者に与えていても、なんら不思議ではない。
「ひとつだけ訊いていい? 他の反魂者たちは強敵だったけど特殊能力なんか持っていなかったわ。どうしてよ」
「簡単なことだ。異能はオレだけが持っていればいいからな」
「‥‥判ったわ」
「納得してくれたか」
「ええ‥‥アンタが生きている価値がないってことは充分に納得いったわ!!」
 瞬間。
 放たれる滅びの風。
「‥‥‥‥」
 さすがにこれをまともに受けるつもりはないらしく、信長が大きく右へ飛ぶ。
 だがそこには、
「この闇は黄泉平坂への道標」
 ゆらりと立つ巫。
 振りかざされる貞秀。
 これがヒットしていれば、あるいは終止符をうてたかもしれない。
「く‥‥」
 しかし無念の声は、浄化屋の唇から漏れた。
 黒い刀身が迸る水流を受け止める。
「ダゴンのウォーターシュートか‥‥っ!」


「これで大丈夫です」
 玉ちゃんが言い、頷いたさくらとレイベルが額の汗をぬぐった。
 怪奇探偵と北の魔女は、なんとか危機を脱した。
 もちろん完治したわけではないが、命の危険はもうないだろう。
「それでは、わたくしはこれで‥‥」
 美しい声が告げ、金色だった髪が黒へと変わってゆく。
 変身が解け、がっくりと膝から崩れ落ちる不動。
 切断されたはずの左腕が復元していた。
「再会の記念です、と、シュラインさんたちにお伝えくださいね‥‥」
 柔らかな声が何処からか聞こえた。
 深々と頭を下げるさくら。
 その肩を、レイベルが軽く叩いた。
「まだ私たちの仕事は終わりじゃないよ」
「‥‥そうですね」
 次々と負傷者が官邸内に運び込まれているのだ。
 一人でも多く助けたい。
 助けなくてはならない。
 皮肉な見方をすれば、ふたたび死地へと送り出すために。
 だが、死なせるために治すのではないのだ。
 戦って、生き抜いてほしいから。
 その願いを込めて癒す。
 それが彼女たちの戦い。
 かつて、クリミア戦争におけるナイチンゲールがそうだったように。
「私たちには戦う力などないが」
「頑張ってくださいね‥‥皆さん‥‥」
 祈り。
 支援者たちの静かな戦いは続く。


「‥‥北斗」
 兄が呼びかける。
「なんだよ?」
「どのくらいいけそうだ?」
「‥‥でかいのは、あと一発が限度だな」
 抽象的な会話。
 あとどれだけ戦えるかということである。
 二人は強力な武器をもっている。雌雄一対の剣と秘剣グラムだ。
 だがそれらは、常に彼らの魔力を吸い続ける。
 というよりむしろ、魔力がなければただの棒に過ぎない。刃は潰されているし先は丸められているのだから。
 これは貞秀なども同じである。
 違うのはシルフィードくらいだろうか。あれは武器に内蔵された魔力によって発動するから。
「それじゃ‥‥最後のギャンブルといくか」
「兄貴らしくねぇな。慎重なのがウリじゃねぇのか?」
「時と場合によるさ」
 静かに応えて、雌雄一対の剣を構える。
 賭に出るのは、余力があるうちでないとできない。
 これは常識だ。
 追いつめられてから一か八かの勝負に出たところで、それここそ失敗したら後がなくなるだけだ。
 戦術の常道というものである。
「まったく。しょーがねえ兄貴だ」
 にやりと笑った弟もグラムを構えなおした。
 失敗したときのことは考えるまい。
「いくぜっ!」
 振り下ろす。
 遙かに間合いの外だが、北斗は斬撃を狙ったわけではない。
 グラムの刀身が高速で飛んでゆく。否、刀身ではなく剥離した氷だ。
「破ぁっ!!」
 啓斗も炎の塊を撃ち出す。
 正反対のチカラ。
 これがぶつかるとき、何事が生じるか。
 双子はそのことを知っていた。
「ぐぁぁぁぁぁぁ!?」
 信長の絶叫が爆音に掻き消される。
 巨大な爆発。
 濛々たる白煙。
 水蒸気爆発という。
「邪神ども相手に使ったもんだけど、その記憶までは受け継げなかったようだな。信長っ!!」
 即席の霧の中を突進した巫が貞秀を縦横に振るう。
 幾度も切り裂かれる信長の身体。
 閃光が閃くのは、クミノが援護射撃をしているからだ。
「‥‥さよなら。哀れな魔王」
 呟くシュライン。
 風が、第六天魔王と名乗っていた男の身体を吹き消してゆく。
 終わりだった。
 中野区の恨み坂から始まった一年越しの争乱の。
 もちろん、生者にとっては何一つ終わっていない。
 負傷者を治療し、IO2の残党と交渉し、死者を弔い、破壊されたすべてのものを復興する。
 多くの金銭と時間が費やされるだろう。
 それでも、
「命が消えていくよりは、ずっとずっとマシさ」
 地面に座り込んだ啓斗が呟く。
「まったくだな」
 横に座った直江聡一郎。
 彼のOZも大打撃を受けている。環七で戦ったときに二〇名近い犠牲を出し、首相官邸での戦いで、さらに五〇名以上を永遠に失った。
 啓斗は知るよしもないことだが、彼と同世代の少年ばかりである。
「‥‥動機ってなんだったと思う? 灰慈」
 不意に、シュラインが訊ねた。
「私怨だった、かもしれねぇな」
 血の味のするタバコから立ち上る煙。
 信長は、自ら望んで魔王めいたチカラを身につけたのだろうか。
 あるいは、血迷ったIO2が無理に封入したのではないか。
 だとしたら‥‥。
「だとしても、俺たちは負けるわけにはいかなかった」
 感傷を振り切るような言葉。
 視線の先には、かろうじて破壊を免れた首相官邸がたたずんでいる。
 夜明け前の風が、護り手たちの髪をなぶっていた。














                      おわり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
2592/ 不動・修羅    /男  / 17 / 高校生
  (ふどう・しゅら)
0568/ 守崎・北斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・ほくと)
0554/ 守崎・啓斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・けいと)
0606/ レイベル・ラブ  /女  /395 / ストリートドクター
  (れいべる・らぶ)
2336/ 天薙・さくら   /女  / 43 / 主婦 退魔師
  (あまなぎ・さくら)
1166/ ササキビ・クミノ /女  / 13 / 学生?
  (ささきび・くみの)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「黎明の戦士たち 〜東京戦国伝〜」お届けいたします。

ついに完結です。
いやぁ。ホントに長かったですねぇ。
全10回に渡ってお送りした東京戦国伝、いかがでしたか?
終わってみると、語り尽くせなかった部分がかなり残っているような気がします。
あ、でも、エピローグのようなエピソードをやる予定ですので、その中で残った謎を解明できるかもしれません。
さて、この東京戦国伝は、単品のシリーズとしては2番目の長さです。
ご参加くださった皆様は厚く御礼もうしあげます。
無事、キャラクターたちは生還しましたよ☆
楽しんで頂けたら幸いです。
ご感想などがあれば、お待ちしております。
最近、感想をいただけない水上雪乃でした(笑)。

それでは、またお会いできることを祈って。