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<東京怪談ノベル(シングル)>


Never give up?

[あのな、話があるんだが]
 草間武彦の声を電話越しで聞いている、蒼王翼。
「どんな話だ?」
 コンクリート壁がむき出しで、殺風景、ベッドも家具も女の子らしさのぬいぐるみさえない“只寝るだけ”“休むため”に見える部屋にこれまた無機質な黒いプッシュ電話から草間の声が聞こえる。基本として備わっている留守電や番号通知、子機もある+スピーカ会話機能つきのものであるが。
 翼は丁度、風呂上がりで、質素な寝間着に着替えており、未だ乾かない髪の毛を乾かしている。
[ああ 『どうやってF1レーサーになれるか』と相談されたんで、心当たりのヤツとしてお前に相談したんだ]
 と、草間に言われた。

 その話で、翼は頭の中で思い出した。シーズンオフでは日常的なこと故考えることもなかったのだ。
 翼はよくカート仲間に草間と同じように「どうしたらF1レーサー」になれるかという質問を受ける。
 彼女はその時、素っ気なく、
「自覚、自信があれば、なれるよ」
 と、答えるのだ。

 元々、彼女は普通の人間もなければ超越した存在だ。年齢詐称を仮に出来たとして、16歳で特殊なレースライセンスなどを取れることはない。ましてやF1レーサーなど。戸籍上彼女がどうなのかわからないが(世の中巧く渡り歩くか、コネさえあれば)其れ相応の地位の基盤を得られる。あとは、彼女が言っているとおり、「自覚と自信」に「夢を諦めない」に行き立つ。其れを維持するには並大抵の努力は必須だ。肉体強化や運動能力、とりわけGに堪えうる事やトラブルにすぐに対処できる“何か”だ。翼自身の超常的肉体能力がF1に向いていることや、好きである事。一応その様々な“優遇”があるが、その関係を築くには、やはり彼女なりの苦労があったに違いない。それは、彼女自身が異世界の存在で、元は闇に生きる者だからだ。
 彼女の〈特例〉を除くのなら、「自信をもつ」、「自覚をもつ」、「夢を諦めない」などは本当であるだろう。ただ、カート仲間からの言葉の裏にある「その年齢でどうやってなれるのか?」なんて脇に避けている。それを考えたり、ばらしてしたりもしたら、“とんでもない事”になるのは目に見えて明らかなのだ。


「言うことは簡単だけど……。結構、難しいことだと思う」
[なんだ?]
「自覚や自信を持つことや、その夢に向かって突き進むだけだよ。もちろん好きでないと。義務感でなっていちゃ出来ないからね。『世界一になる為にレースをしている』ことを忘れちゃいけない」
 と、答える翼。
 しかし、心なしかいつもライバルの言う時の素っ気なさはない。
[ふむふむ]
 髪の毛も乾いたので、スピーカーモードをオフにし、子機に代える。ベッドに腰をかけてじっくり草間の相談事を聞いて、それに答えていった。先ほど言った『世界一になる為にレースをしている』以外、実際些細なことである。
「その人に言って。『世界一になる為にレースをしている』と思っていれば、何を成すべきかわかるからって。それだけの夢を持っている人というなら出来ます」
[断言しているな。なるほどな……]
「で、用件はそれだけ?」
[用件は……そうだな、それだけだな]
「そうか、ボクは寝るから」
[あ、そうか。時間すまんかった]
「なに、夢を目指す人の手助けが出来ればいいです」
[じゃあな お休み]
「おやすみなさい」
 と、翼は子機を充電器に置こうとしたとき、彼女は厳しい顔つきになった。
[と、言うわけか…… 当然……な?]
 草間の独り言が聞こえた。
 ……え?

――今
――聞き覚えのある“人物”の名前
――たしか

「一寸まて! 草…!」
 既に遅かった。電話の切れたあの音しか鳴っていない。

「くそっ! 草間さんが“怪奇探偵”って言うことをすっかり忘れていた!」
 と、翼は自分に苛立った。

 なぜなら……
 草間が独り言で言った、“人物”の名前は……
――先日、翼が新聞で読んだ、車でのトラブルによって事故死した者の名前なのだ。――
 浮かばれず、草間に相談してきたに違いない。
「死人にそんな希望持たれたら、厄介じゃないか……」
 溜息をつく翼。
 霊に“心残り”があれば、この世に留まる。“在るべき場所”に向かうことはない。
 かといって、今から出て行き、ソレを説得させたり叩き潰したりするのも、今は気が引けた。
 それに、草間のことだ、既に何らか手を打っているだろう。

 また溜息一つ吐いて、翼はベッドに寝転がり、“何もない”天井を見上げていた。


End