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<東京怪談・PCゲームノベル>


プリズン
 〜桐生・暁 編〜


 後頭部の鈍い痛みと眼を射る光の眩しさに、桐生・暁(きりゅう・あき)はなかば強引にその眠りを破られた。
 はっきりしない意識を引きずったまま半身を起こし、しょぼつく眼(まなこ)が捉えたのは、やけに明るい室内。
 その身に吸血鬼の血を引くからと言って、朝日を浴びてたちまち灰になるほどやわではないが、人並み程度に起き抜けの直射日光はツライ。
 とりあえずカーテンを引いてもう一度寝なおそうとベッドから一歩踏み出して、暁は自分の姿に気がついた。
 一糸まとわぬ丸裸。いや、厳密にはいつも身に着けているロケットペンダントだけはそのままだったが。

 えっ!? と、慌ててベッドに戻り、ついでソロリとあたりを見回す。意識は完全に覚醒した。
 よく見るまでもなく、そこは見知らぬ部屋。
「……何もされていない……よな? 」
仮にも男性の身なれば、何かしちゃった方を心配するのが先ではないのか? というツッコミはさておき、いやな汗とともに、思わずシーツをめくって自分の身体を検分する。さしあたって、衣類を剥ぎ取られてしまっている以外は、後ろ頭のたんこぶ以外特に傷つけられた形跡はないようである。しかし、己の貞操が守られたかどうかははてしなく不明だった。
「いや〜ん。俺、お婿にいけなくなっちゃってるかも〜」
 不安を紛らわすべく叩いた軽口も、だだっ広い室内に空しく響く。応える者がいなければ薄ら寒いだけである。

 とにかく、状況を把握しないことには。と、気を取り直し、改めて周囲を観察する。
 そこはもちろん見慣れた自分の部屋ではなく、さらには暁の友人、知人、知っているどの部屋とも趣が異なっていた。
 第一に、造りがやたら古風である。
 まず、暁が現在その身を預けているクイーンサイズのベッドは、年季の入ったオーク材のヘッドボードに真珠色の貝殻で象嵌細工が施され、ご丁寧にレースの天蓋までついた骨董級の代物だった。しかし、アンティークと言えば聞こえはいいが、手入れが全く行き届いておらず、掛けられていたベッドカバーなどのリネン類こそ新しいものの、優雅なラインで蓮の花を表現した象嵌細工には剥落が目立ち、天蓋のレースは黄ばみ、ところどころがほつれているありさまだった。
 壁紙やドアも同様で、金と年月だけは充分にかかっていそうだったが、あちらこちらに傷みが目立ち、結果、荒れた印象を受ける。
 次に、天井から床に向けて半分、四角い部屋の壁の一方。暁の居るベッド左側。
 そこは全てガラス張りになっていた。いわゆるサンルームとでもいう造りなのだろうか。どうりで眩しいわけである。暁はシーツを身体に巻きつけると、ソロリと窓に近寄った。
 窓の外にはさして広くはないものの、よく手入れをされた洋風の庭園が広がっていた。今の季節もあってか大小さまざまな種類の真紅の薔薇が、高い塀の上の方までみっしりと咲き乱れている。
 一瞬、その光景に眼を奪われた暁だったが、すぐに自分の置かれている状況を思い出し、外へ出られないものかと窓を調べはじめた。
 が、窓から外へと通じる扉には鍵がかかっていた。窓枠は金属製だったが、ひとつひとつの枠の大きさにはかなりゆとりがあったから、いざとなればガラスを叩き割るなどして無理やりに出られないわけでもないようだ。
 一応、念のため反対側にある、この部屋唯一のドアにも手をかけてみる。揺すったドアノブは案の定、ガチガチと硬い手応えを返すばかりで開いてはくれなかった。
 やはりガラスを破るしか、暁をここへ連れて来た者の意図を無視して出てゆく方法はなさそうだったが、衣類を取り上げられている上、状況がつかめないとあっては闇雲に行動を起こすのは得策ではないような気がする……というよりかったるい。
「まいったなぁ。ひょっとして俺、すっげー歓迎されちゃってる?」
 ため息混じりに苦笑するのは、その身に人ならぬ力を宿していることから来る余裕である。
 そうして少しだけ冷えた頭で、だんだんとここに来る前の出来事を思い出し始めていた。

 昨夜は暁がギターをつとめるバンドの練習があった。それが終わったのが8時ごろ。
 まだ宵の口だと言うことで、そのまま仲間とクラブへ流れた。
 どれくらい時間が経ったのかは定かではなかったが、そのうちに暁は一人手洗いに立った。そこで用を足し手を洗い、洗面所のドアを開け……。
 はっきり覚えているのはそこまでだった。後頭部で今もわずかに疼いている瘤の存在から察するに、不意を衝かれて気絶させられたらしい。
 誰が?何のために?
 言えるのは、さしあたって命の危険はないらしいということ。
 理由はどうあれ、身体に危害を加えるつもりであったなら、自分がぐっすり眠りこけている間に充分すぎるほど時間はあったはずである。
 そして、監禁に使われているこの部屋。
 施錠こそしっかりなされているものの、一階のこんな大きなガラス窓のある部屋では本気で閉じ込めようとしているようには見えない。衣服を根こそぎ奪ったのも、表を歩けないようにするためだろう。

 以上の事から、暁は状況がまだそれほど自分を追い詰めてはいないと判断した。と、同時に腹が情けない音をたてる。
「――腹減った……」
 丁度その時、目の前のドアが鍵の外れる音と共にすい、と開いた。
 チャンス! 何がどうなって自分がここに居るのかはわからないが、脱出の機会をを逃す手はない。人を勝手に拉致監禁するような奴に遠慮は無用! と、入ってきた人影の頭めがけて渾身のケリを放った。が。
「なっ!?」
 気づいたときには身体が宙を舞っていた。
 100%相手が昏倒するものと信じて放ったハイキックは、しかし、あっさりと片手で受け止められ、次の瞬間にはそのまま蹴り足を掴まれると人形のように放り投げられたのだ。
 ……と、暁が理解したのは硬い床に叩きつけられるのを覚悟してとった受身が、派手な軋み音と共に柔らかなベッドに吸収された後だった。
「なんだよ、あんたは!?」
 暁は侵入者の次のアクションに応えるべく、すぐさま身を起こして拳をかまえた。
 暁を片手で投げ飛ばし、部屋に入ってきたのは背の高い男だった。
 ついさっき、暁の攻撃を信じられないような腕力でかわした彼だったが、その体躯は意外にも特に筋骨逞しいというものではなかった。
 伸ばし放題にしているといった風情の銀髪に隠れて顔立ちはよくわからないが、その独特の肌の白さと髪の色から東洋人ではないことは確かなようだ。
 男は、暁を放り投げた方とは反対の手に、トーストやオレンジジュース、ベーコンエッグなどを載せたトレイを持っていた。
 それを黙ってベッド脇の小テーブルに置くと、暁の方に向き直ってそのままじっと立っている。
「……ああ?」
 このまま熾烈なバトルに突入することを覚悟していた暁は、男の行動に鼻白んだ。男は何も言わず、ただじっと暁を見つめている。
 前髪の間からちらりと覗いた薄氷のようなアイス・ブルーの瞳に気づいて、暁はシベリアンハスキーを連想した。暁より少し年上といったところか、意外に若い顔立ちだった。
「喰えってか?」
 肯定の意思表示か、男の頭がゆっくり上下した。食べ終えるまで見届けようとでも言うのか、彼はその場から動かない。
「あんたが俺をここに連れてきたわけ?」
 再び、かすかな肯定。言葉を発しないのは不気味ではあるが、男の雰囲気には凶悪さのかけらも感じられなかった。だが、相手は吸血鬼の力を持つ自分をラチるような奴である。先ほどの人間離れした身のこなしといい、油断は出来なかった。

「や〜オニーサンみたいな人とお話すんのは歓迎したい所なんだけどちょっとこれは勘弁?みたいな」
 とりあえず相手の出方を見極めようと、軽い調子で話しかけながら、身体に巻きつけていたシーツの裾をちらりと捲って見せる。
 男は多少動揺したのか、わずかに身じろぎした。
「ね、俺外の空気吸いたい〜っ!だってもう呼吸困難で〜」
 これはいけると踏んだ暁は、ベッドを降りると男の鼻先まで顔を寄せて彼の周りの空気を思い切り吸ってみせた。
 男は、今度は明らかに動揺して、2〜3歩あとずさる。
「ホラ此処ってばなんか酸素足んないって!あ、トイレも行きたくなって来た。もしホントで漏らしでもしたら君も困るっしょ〜?てわけで一時的にでも解放してみよう!さぁLet's外へ!」
 相手の怯んだ隙に一気にたたみかけるべく、暁は男の手をとるとドアの方へぐいぐいと引っ張った。
 しかし、さすがにこれには素直に応じてはくれず、男は梃子でも動かない。
「……しゃあないなぁ」
 暁はぽそりとつぶやくと、男の目を見つめながらにこりと……妖しく微笑んだ。
 男はしばらくは抗うように額に脂汗を浮かべたまま、暁の瞳を見つめ返していたが、やがて力尽きたのか、その場にがくりと膝をついた。
「……っはぁ〜〜〜〜っ! なんてタフな野郎なんだよっ!?いったい何モン?」
 常人に行使するパワーの数倍をかけて、なんとか男を魅了することに成功した暁も、自分の膝に腕を張って上半身を支えながら荒い息を整えなくてはいけなかった。

「さってっと。じゃあ、まず俺の服かえしてくんない?」
 どこか夢見るような表情の男は、素直に暁を伴い部屋を出ると、少し離れた別の部屋に纏めてあった暁の服を手渡した。
「んじゃ、俺もう行くね」
 昨夜着ていたものを全て身につけると、暁はそう言って男に背を向けた。

「……って……」
 追いすがる、搾り出すような獣の呻り声。
 暁は驚いて振り返る。この状態で自由に動ける人間などいないはずなのに。

 男はその場に這ったまま、必死で暁に片手を差し伸べようとしていた。その指から到底人のものとは思えない長く曲がった鉤爪を伸ばし、泣きそうにゆがんだ口元からは尖った犬歯を覗かせながら。
「……あんた……」
 人狼(ワーウルフ)。男はそう呼ばれる存在だった。
 暁は彼がそれ以上は動けないことを見て取ると、改めて問いかける。
「――あんた、俺をさらってどうするつもりだったんだ?」
 暁の力に全力で抗おうとした結果、獣化しかかってしゃべりにくくなっている口元。そこからしゅうしゅうと獣めいた吐息をまじえながらも、男はぽつぽつと語りだした。

 彼ははるかな昔、ある主人に仕えていた。
 主人は強く、気高く、そして美しかった。それは何年、何十年時が過ぎようとも変わることなく……その為、彼らはひとつ所に留まるわけにはいかず、世界中を旅していた。
 ある時、彼らは日本にやってくると、郊外のこの屋敷に唯人には見つからないように結界を張って住みついた。
 おだやかに日々は流れ、男はこの先もずっとかわらず、愛してやまない主人と共にこの生活が続くのだと信じていた。
 そして……ある日を境に主人はこの屋敷に帰ってこなくなった。
 男は、待って待って待ち続けた。
 いつかはきっと帰ってきてくれる。そう信じて、主人の部屋を整え、彼の好きだった薔薇の花を育てながらずっと。
「……でも、もう疲れた……」
 男はそう言って俯いた。
 長い長い命でも、主人と一緒なら辛くはなかった。だが、一人で生きてゆくにはこの身に与えられた時間はあまりにも長すぎる。
 そんな時、ふらりと降りた街の中で懐かしい匂いを嗅いだ。
 主人ではない、だが主人にとてもよく似た匂い。もう、一人は嫌だった。

「それで、俺のことさらって来たのか」
 男は、力なく頷いた。
 暁には、男の抱える孤独が少しだけわかってしまった。
 衣服を剥ぐときもこれを残しておいてくれたのは、中を見たからだろう。そう思いながら暁はそっと服の上から胸のペンダントを押さえ、けれどきっぱりと言い放った。
「でも、俺はあんたの主人にはなれないよ」
 俯いたまま顔をあげない男の傍らに屈みこみ、その顎に手を掛けると、ぐい、と自分の方を向かせ、薄青の瞳を覗き込む。
 語るだけ語って落ち着いてきたのか、男の容貌に獣めいたものをうかがわせるのは、もはやわずかに口元から覗く尖った犬歯だけだった。
「……だから、かわりに夢を見せてやるよ。ほんのひと時だけ」
 そう言ってもう一度あでやかに微笑んでみせると、すい……と男の方に顔を寄せた。
 男も、まるで口付けを受けるかのように目を閉じると、黙って顔を仰向ける。露になる白い喉元。そこへ暁の唇がおちた。

「やさしい夢はいつか終わるんだよ。それが、……現実だから」
 血を吸われ、ひと時の眠りを貪る男にそう語りかけると、暁は今度こそ部屋をあとにした。


                 ■■■


 とにかく街に戻るべくろくに舗装のされていない山道を歩いていると、ほどなく地元の農家の軽トラが拾ってくれた。
「しかし、あんたの彼女もきっつい娘だね〜。あんた、かわいい顔してんだから、もっといい子さがしなさいよ」
 暁のひとなつこさも手伝ってか、運転していた農家のおばちゃんは暁の「年上の彼女とドライブに来てケンカして、置き去りにされた」という言い訳をすんなり信じてくれた。
「しっかし、よくあんなとこで道に迷って無事だったねぇ。あのあたりはお化けが出るって有名なんだよ」
「へぇ。お化けってどんな?」
 どうせあの狼男が結界を出入りするところを、地元の人間にでも見られたのだろうと思いながら、暁は軽い調子で問い返す。
「あたしらが子供の時分なんだが、ものすごい大雨が降ったことがあってねぇ。その翌日にあのあたりで崖崩れがあってさ。そんとき、あたしゃすぐそばで遊んでたもんだから逃げ遅れて、崩れてくる土砂に巻き込まれそうになったのよ。でも、あー、もうだめだ〜と思ってその場にしゃがみこんだあたしを、いきなり現れた外人さんがものすごい力で突き飛ばして助けてくれたの」
「へー、外人さんが」
 つとめて明るく相槌をうちながらも、暁の胸にざわつくものがあった。
「そそ。ちょうどあんたくらいの年恰好の若い子でね。その人がどこからともなく現れるとあたしをぽーんと突き飛ばして……そのまま崩れてきた崖の下敷きになっちゃったのよ。でもね、そのあといっくらそこを掘り返しても、あたしを助けてくれた人は出てこなかったし、誰もそんな人は見たことないって言うのよ。不思議だよねぇ。でも、それ以来、たまぁーにだけど、夜とか銀色の髪の毛の背の高い男の幽霊があのあたりをうろつくって噂になったのよー。……あれ?どうしたの、蒼い顔しちゃって。おばさん、そんなに怖い話しちゃったかね〜……って、ちょっと、あんた!」
 暁にはもう、彼女の声は耳に入っていなかった。
 さっとウィンドウを開けると、運転手の止めるのもきかずに首を突き出し、今来た道を振り返る。
 結界は完全だった。男が彼の主人と暮らした屋敷は肉眼で捉えることはできない。あるのはただ、鬱蒼とした針葉樹の森だけだった。

                               (終わり)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4782/桐生・暁(きりゅう・あき)/男性/17歳/高校生アルバイター、トランスのギター担当】

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■         ライター通信          ■
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桐生・暁さま。当方の能力不足から大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
まずはお詫び申し上げます。
ほとんどのシチュはお任せとのことでしたので、まだ使われたことのない「武装解除されて」
「明るい部屋で」「青年に拉致される」コースで書かせていただきました。
ほとんど裸で大立ち回りさせてしまったり、狼男の血を吸わせてしまったり(お腹こわさないといいのですが・汗)あげく、なんだか妙に耽美モードになったりして申し訳ありませんです。
暁さまの今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。
今回はご参加いただき、本当にありがとうございました。

※誤字脱字、用法の間違いなど、注意して点検しているつもりではありますが、お気づきの点がございましたらどうかご遠慮なくリテイクをおかけくださいませ。