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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


プールサイドで御主人様と。

 ぱしゃり、と水音が響く。
 リンスター財閥総帥、セレスティ・カーニンガムの日本での屋敷。そこにある広い室内プールの設備。満たされているのはセレスティにとっては適切な温度が保たれた水。普通の人にしてみれば多少冷たいと思うかもしれない程度。セレスティは自分が泳ごうと思う場合、いつもこの程度の水温に設定している。…故郷の海を思わせる程度。そんな中で、セレスティは水面に顔を出していた。水の滴る銀髪を掻き上げ、息を吐く。その場所はプールのちょうど半程。つい今し方、プールの縁に近い方に居たと思ったのだが――もうそこまで移動している。
 …まぁ、セレスティにしてみれば水の中の方が活動がし易いと言うのは当然の事。顔を上げたそこで辺りを見渡し、コック服姿に、黒と見紛う深く青い髪を上げて額を出している青年――リンスター財閥御付きの料理人、池田屋兎月の姿が歩いて来るのをそれとなく確認。…そう言えば甘いデザートを何か、と兎月君に頼んでいましたっけ。思いながら、セレスティは再び水の中に沈む。水中を流れるように進む白い影は、普段水から離れている時の不自由な姿が嘘のように伸びやかで、比較にならないくらい、優雅でもある。
 やはり、水の中に居る事こそが――自然な、存在なのだろう。

 季節はそろそろ暖かくなって来ている。
 が。
 そうなって来ると嬉しい反面――これから暖かいを通り越して、もっと気温が高くなり、暑くなるのだろう、と――嬉しくない季節が近付いて来る訳でもあり。
 複雑な気分にもなる訳で。
 気晴らし…と言うのでもないけれど、そんな訳でセレスティは今、屋敷のプールで気分の赴くままに泳いでいる。それは――このまま、ひとりで楽しむのも良い。
 が。
 誰かにお相手して欲しいなあ、とも考えてみる訳で。
 そこで目に入ったのが、デザートを持ってきてくれた、兎月君。
 だから、セレスティは彼の居るプールサイドに向かっていた。

 …呼ばれるよりも、前に。



 お待たせ致しましたと丁寧に告げる兎月の声。有難う御座います、そちらに置いといて頂けますか――と、水の中から顔だけ出して、プールの縁に腕を置き寄り掛かった格好でセレスティはお願い。了解で御座います、といつも通り低姿勢に受け答え、言われた通りにする兎月。一歩下がると、ぺこりと頭を下げている。そのまま下がろうか――と言った様子の兎月に対し、セレスティはこいこいと微笑みながら手招いて。
 その招きに、兎月は無防備に従い、てこてこと歩み寄ってくる。プールサイド。セレスティの前。
「何用で御座いましょうや、主様」
「いえ、あのですね」
 と、何かとっておきの内緒話でもするように、小さな小さな――プールサイドで立っている今の兎月の位置では、聞こえ難いだろう、声で。
 話し掛ける。
 主様? と、改めて確り聞こうと兎月はセレスティに近寄る。
 と。
 待っていたのは満面の笑顔。
 兎月はかぁっと白い顔を染める。
 セレスティの腕が兎月に向けて伸ばされる。
 兎月は、途惑いながらも更に近付こうと、膝を折り、座り込む。
 …今のお話は何か、話してくれるものと信じ。
 何も、疑わない。

 その実。
 ………………兎月君であれば、他の人が寒いと思うような水温でも関係ありませんしね?
 セレスティがひっそりと頭の中で考えていたのはそんな事。
 ちょっとばかり、悪戯を、考えていた訳で。

 兎月がそんな風にセレスティに近寄り、しゃがみ込んだ――途端。
 体勢が崩れる。
 …が、それは別に兎月が足を滑らせたと言う訳でもなく。
 水の中からセレスティに引っ張られたから、であって。

 わ。

 空中で、そんな形に兎月の口が開いたかと思ったら。
 ばしゃんと。
 コック服姿の彼は水の中へ、落下。

 …。
 暫し静寂。

 水をたゆたい、ゆーっくりと時間を掛け、プールの底に柔らかく落ちる――落ち掛かったそこで、セレスティの手にすかさず拾われたのは――コック服姿の青年では無く、一枚の絵皿。
 白地に藍で描かれた、月を見上げる兎の絵柄のあるその絵皿。
 コック服姿の彼――池田屋兎月の、本体である。
 セレスティは絵皿を取る為一度潜った水面から再び顔を出し、くすくすと笑っている。
「おやおや。『戻って』しまいましたか、兎月君」
『あああああ、あのっ、主様?』
 何をされたのかわからず、驚き慌てる兎月の声。本体の絵皿なので表情も何も見えないが、どれだけあたふたしているかは接触で直接送られる『声』だけでもわかるもの。
「水は、お嫌いでしたか?」
『い、いえその…わたくしめは絵皿で御座います故…嫌、と言う事は…』
 好きか嫌いか――そう問われるなら、兎月にすれば別に水が苦手でも何でもない。
 それは――仕方の無い理由で泳げはしないが、水に浸かったからと言って問題が起きる訳でも無い。そもそも兎月は料理を生業としている。料理するには水が不可欠。…獣身――白兎の身ではちと問題になるやもしれませぬが…と問われるまま素直に内心でぽつりと思う。が、問われた事柄から直接引っ掛かるのはその程度。
 思いながら、兎月はその場で人身へと戻る――と言うか、変じる。水の中なのに先程同様、コック服。…それも、普通なら当然そうなるべきだろう状態――ぐっしょりと濡れて身体に貼り付き、水にたゆたい空気を抱き――そんな感じで重くなっていたりはしていない。陸上で普通にいる状態のまま。…それは兎月は服込みで変化している訳なので。
 ともあれ、セレスティの目の前で、情けなさそうな顔をし、くすんとしょげている。

 …わたくしめは何か主様の御不興をかってしまったので御座いましょうか。

 水の中に引き擦り込まれた事それ自体より、その不安で兎月の心は沈んでいる。人身では無く本性もしくは獣身であったなら――その長い耳はへにゃりと下がってしまっているだろうと思える表情。
 そんな表情を、セレスティは間近からじーっと見ている。数秒のタイムラグを置いてからそれに気付いた兎月はまたあたふたと慌て出す。が、そんな兎月の肩にセレスティは安心させるよう両手を置き、悪戯っぽくその耳許に告げてみる。
「…たまにはプールで遊ぶのも良いでしょう? …と、思っただけなのですけれど」
「あ、あの、では――わたくしめの事をお嫌いになってしまったのでは…ないのですか」
「そんな訳ありませんよ。兎月君は私にとって大切な存在のひとつ、ですからね」
「そ、そうで御座いましたか、良かった――」
 …と、言った途端。

 ぶくぶくぶくぶくぶく。

 …。
 安堵したそこで、身体から力が抜けたのか――兎月の身体はいきなり水の中に沈んでいる。
 あらら、とセレスティは苦笑。自分も潜り、兎月の腕を取ってその場に立ち上がらせる。
「お、お手を煩わせまして…」
「いえいえ。兎月君が水には浮けない事は承知しておりますから――ところで」
「はい」
「水の中でその格好は――あまり適しませんよ?」
 コック服。
 言われ、兎月は自分の姿を見下ろす。
「は、そうで御座いますか。では――」
「…着物ではもっと適さないと思いますよ」
「…」
 先回りされ、悩む。
 …兎月にはプールでは水着を着る、軽装になる――と言う頭が無い。
 その姿を見たセレスティは、またくすくす笑っている。
 可愛らしくて。



 …とっても大らかで人を疑う事のない兎月君は、主様――に限らず色々な方に――こんな感じで、遊ばれてしまう事が結構多かったりしました。
 が。
 それでも決してめげません。
 非行にも走りません。
 …と、言うか、悪意からの行為で無い事は――当然過ぎるくらい当然の事として、わかっているので。
 いつでも真面目に真剣に、考えます。

 とっても素直で可愛い、いい子なのです。

【了】