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□■□■ 探し物は誰ですか？ ■□■□
電柱に貼り紙をするためには市区町村からの許可を貰わなければならない。
子供以外。
んしょんしょ、と少女は背伸びをして、電柱に画用紙を貼り付けていた。ビニール加工もしていないそれには、サインペンで書かれた落書き――否、人相書きがある。字は達筆だが絵は海の沈黙だった。毛筆で書かれた『探し人』の文字が、どうにも不釣合いで不似合いである――思わず笑みが零れるが、相手はそれに気付く気配も無い。
後姿は、小さな子供だった。青い髪を二つ結いにして、ちまちまとした三つ編みを幾つも作っている。白いブラウスにチェックのキュロット、ローファー。背のリュックには小さな翼の飾りがついて、身体が動くたびにぴよぴよと揺れる。
どうにか貼り終えた画用紙、もといポスターを見て一息吐いた彼女は、次の電柱に向かって駆け出す。
そして、派手にすっ転ぶ。
見れば、その膝には絆創膏の山が出来ていた。
「う、うぬ、うぬー……」
立ち上がってぎゅぅぅっと拳を握り、数秒。彼女はまた駆け出す。どうやら泣き出さずにいることに成功したらしい、なんとも、微笑ましいことだ――身体を屈ませ、貼られたポスターを覗き込む。背伸びをしても子供が貼ったポスターでは、やはり位置が低い。
探し人。名前、古殻志戯。見た目は二十代前半。髪の色は薄く乱れている。黒装束。身の丈は五尺五寸程度。蒼い鴉を連れ、言霊を繰る男。
……。
…………。
………………。
「あ、あの」
「うぬ？ 知っておられるのか、貴人。ならば案内して頂きたいのだが」
「……えぇと。君、一体？」
「ああ、失礼した。手前咤任羽蘇月と申す――その男をひっ捕らえに参ったものだ」
■□■□■
「…………」
「…………」
「…………」
オーケーここは冷静に判断しよう。まずは材料の点検だ。少女の探し人が、こちらの知る『古殻志戯』であるかどうかを推論してみよう。七枷誠は腕を組み、空を見上げた。青い。綺麗だなあ、良い天気だ。電柱は灰色だ。そこに貼られたポスターは絵が下手だ。
茶色い髪に黒い装束の人間の姿が描かれてある、どうにかそれは読み取れるのだが、それ以上のデータとなると横に付けられている毛筆達筆の人相書きに頼るしかない。ジャストミートで記憶に合致する。蒼羽鴉を連れた言霊使い、黒装束ぼけぼけ。
「……シュラインさん、私今とても迷っているのですけれど、どう思います？」
「私もとっても迷っているのだけれど、いまいち判断のしようがないわね。取り敢えず詳しい事情を聞いてから、かしら……誠君、何か異存はある？」
「無い。現状それが妥当だと、思う、ような」
ひそひそと肩を寄せ合いながら、あからさまな『内緒話』を交わすシュライン・エマと初瀬日和の言葉に、誠は頷く。とてとてとスニーカーを鳴らしながら近付いてくる少女にはこちらの会話など聞こえていないだろう、とにかく今は誤魔化すことを優先としなければならない。小学生ぐらいか、中学生には少し見えない。背も低く童顔だ――その顔ががくん、と落ちる。
誠は大股で一歩踏み出し、ブラウスの首根っこを反射的に掴んだ。
「……何故。何故何も無い道でこけるんだ」
「う、うぬーうぬー！」
「ま、誠さん、首は駄目です首は！」
あわあわと慌て、日和は羽蘇月の身体を起こさせる。ぱたぱたと一応服を叩けば、膝には大量の絆創膏が山になっていた。色気の無い、よくある肌色のそれ。見れば服も所々ほつれがあるのだから、よほど転びやすい体質なのだろう。否、性質と言うのかもしれないが。
不意に声が聞こえ、シュラインは耳を澄ます。甘ったるい女声、誰かを探しているような声が、角の向こうから聞こえていた。呼ばれている名前は、どうやら羽蘇月らしいが――ひょん、と角から派手な着物姿の女性が顔を出し、羽蘇月を見付けて笑う。
「嬢ちゃん、こないなとこにおってんなぁー？ うち置いてくんやもん、寂しなってしもたわぁ……っと、こちらのお人らぁは？」
「ん、んぬっ、志戯を知っているらしい――と言うか、手前を置いていったのは妓音の方だっ！ 貼り紙している間にすたすたとーっ！」
「いやぁん嬢ちゃん、そないなこと気にせんとぉ♪ あ、うちなぁ、繰唐妓音ちゃんゆいますのん。あんじょうよろしゅうなぁ」
にっこりと笑った妓音に苦笑を向け、シュラインは羽蘇月を見下ろす。
「取り敢えずは、膝の消毒をした方が良いわね。他にお連れさんはいないのかしら？」
「うむ、妓音だけだ。かたじけない、えぇと」
「私はシュライン、その子は日和ちゃん。そっちの男の子は誠君ね。よろしく、羽蘇月ちゃん」
「応。こちらこそよろしくお願い申し上げる、お三方」
■□■□■
「んー、せやなぁ。うちも歩いててあの嬢ちゃんと行きおうただけやから、ようわからんのやけど」
「でも、何か事情を聞くぐらいのことは――」
「ぜぇんぜん。一人で歩いとうのも暇やったから、引っ掛けただけやもの」
「そ、そうですか」
公園のベンチに腰掛け、日和は妓音の言葉に苦笑した。ころころと鳴らすような声で肩を揺らせ笑う彼女の様子からするに、本当に『面白そうだから引っ掛けた』以外の理由はなさそうだし――何も問うている気配も、ない。
視線を向ければ、水飲み場の近くで羽蘇月が膝の傷口を洗われていた。シュラインの呆気に取られた様子から察するに、どうやらかなりの傷があるらしい。それはそうだろう、何も無い道であれだけ転ぶのだから。公園に移動する間、何度も誠に支えられていたのを思い出せば、それは有り得ない想像でもない。
「ほんに、あの嬢ちゃんようこけはるのんなぁ。うちと一緒に歩いとう間にも、こけこけぽてぽて……手ぇ繋いどうのに、器用な子やわぁ」
「それは不器用と言うのだと思いますけれど……。妓音さんは、羽蘇月さんと何をしていたんですか？」
「んー、観光♪」
「……はい？」
「あいす食うたり、お饅頭食うたりなぁ。やっぱり東京はおもろいなぁ、物の怪も仰山おるし、可愛ぇ子らぁにも不自由せんわぁ♪ 日和ちゃん言うたなぁ、嬢ちゃんも可愛い顔したはるし、楽しいとこやんなぁーv」
「は、はあ、えっと、そう、です、か」
……。
反応、激しく困ッ。
「もう……傷の上からただ絆創膏を貼ったって駄目なものなのよ、羽蘇月ちゃん。洗って消毒しないと雑菌が入って、最悪破傷風、足切断も在り得るんだからね」
「う、うぬぅ」
「大体どうして何も無い道で豪快に転ぶんだ……。お前、もう少し足を上げて歩け」
呆れ顔のシュラインと誠の言葉に、羽蘇月は恥ずかしそうに俯く。どうやら自分が転びやすいと言うのは一応理解しているらしいが、それだけでは意味が無い。転ばないように努力をしなければ解決はしない。バランス感覚が悪いのか歩き方が悪いのか――ふぅ、と溜息を吐き、誠はぺしぺしと羽蘇月の頭を叩く。中々叩きやすい身長だった。
シュラインは羽蘇月の膝へと傾けていた水のペットボトルを置き、最寄の薬局で買った消毒を掛ける。うひゃっと肩を竦め涙眼になるが、安全のためには仕方が無い。軽く脱脂綿で拭いてから、ぽん、と頭を撫でる。ふるふると堪えている様子が中々に可愛らしい。
「取り敢えずは足が乾くまで、ここで休みましょうね。ずっと探し回っていたのだったら疲れているだろうし……そうだ、羽蘇月ちゃん、甘いものは好きかしら？」
「んむ？」
「丁度監獄に差し入れに行こうと思っていたの。道明寺の桜餅、食べながら、少しお話聞いても良いかしら。私達も少し、気になることがあるものだから」
「気になる、とは？ 貴人らが彼奴を知っているのならば、必然手前の言葉にも納得が行くものと思うが」
「いや、正直わからんぞ。だから、確認もしておきたいんだ。俺達の思う志戯と、お前さんが思う志戯が、本当に同一の存在なのか――な」
■□■□■
「こことは異なる時、異なる場所が、私や志戯が本来在った軸だ」
桜はそろそろ葉桜になりつつある東京では、花見の客も大分引けている。ベンチに腰掛けながら茶と桜餅を膝に乗せ、羽蘇月は呟いた。甘味を嗜む振りをしながらもそれに耳を向け、誠は首を傾げる。以前に相対した時を思い出す――志戯。廃癲狂院を庵とし、戯言を流す言霊使い。究極的に引き篭もってはいるが現代に馴染んではいた、ような、気がする。少なくとも羽蘇月のように時代掛かった言葉遣いはしなかったし。
「万物の根源が『言葉』である世界。『言葉』を制するものが何をも許される世界。四つの家が政を司り、世を保っている、世界だ」
「四つの家、ですか？」
「うむ。元は一つであったらしいのだが、今は四家に分断され分担している。その内の一つが咤任、手前の生家だ。これは言霊に関する罪を犯した者を捕らえることを司っている。私が志戯を追うのは、彼奴が罪人で、ここへと逃げ込んだ輩であるが故だ」
言って羽蘇月は茶を口に含む。
罪人、と言う言葉を考える。それは罪を犯した人間で、咎人だ。人を傷付け、或いはその財を奪った者。裁かれるべき者ではあると、思う。道徳と倫理観はそれを単純に導き出しては、来る。
それでも。シュラインは羽蘇月の様子を眺めながら、ぼんやりと思考を続ける。
罪を犯すに至る経路と言うのは、重要な因子だ。情状酌量と言う言葉があるのだから、それは軽視できない。そして、罪と言われる行為の詳細。そこが判らなければ、判断はし辛いし――それに、どうにも言葉と印象がちぐはぐだ。罪と言う言葉は、志戯の性格にそぐわない。あれは何かを能動的にすると言うよりは、何もかもを傍観する、そういう性質で――性格だ。
「具体的なことがわからんなぁ、それやと……結局その、志戯言わはるお人、何しはったのん？」
「そう、ですね。それに、どうして羽蘇月さんが志戯さんを追ってくるのかも判りません。お家のお仕事とは言っても、羽蘇月さんはまだ幼いのですし」
「彼奴の罪状に関しては詳しいことを言えぬ、が――そうさな。理を乱した、ようなものだ。それに私は幼く無いぞ、日和氏。もう十三だ、嫁に行ってもおかしくはない」
「いやそれはおかしいから。何時の時代だよ一体……それにしても、理を乱すねぇ。あいつがそんな積極的なことをするようには、正直見えないんだがな」
理を乱す。
どうして？
どうして、そうせずに、いられなかったのか。
「何か、理由はあるのでしょうか。やむにやまれぬ事情とか、誰かに脅された、とか……誰かのため、とか。どれもあまり志戯さんには合わない言葉みたいですけれど」
「そうね。志戯君ってなんて言うか、自分のために何かをするタイプには見えない。他人のために何かをする、と言う性質でもなさそうだけれど……なんて言うか、掴みどころが無くて」
「そうですよね。少なくとも、今この時代では、何も悪い事はして――」
「ッあれは！」
羽蘇月の表情が曇る。手の中の紙コップは握り潰されていた。幸い中身は無かったようだが、彼女の手はぶるぶると震えている。何かを軽蔑するような、それでいて憤るような様子に、日和は息を呑んだ。空気が変わるような錯覚――否、錯覚ではない。事実、羽蘇月の纏う空気は、一変していた。
「アレは、忌むべき、『モノ』だ。半端な先祖返りなど有害以外の何ものでもない、力を持ちながらもその精神がまるで役に立たぬ。ズタボロでツギハギで、どうしようもない。だからこそ、あれは、父上達が進めた計略の何もかもを破綻させ――」
「ツギハギだとかズタボロだとか」
ぺし、と誠が羽蘇月の頭を叩く。
「言葉が万物の根源だと言うのなら、そんな言葉を作るな。押し付けるな。言うな。それは、間違いだ。罪と言うかもしれない」
「せやなぁ……あんま棘棘した言葉ばっかつかわんと、嬢ちゃん、もーちょっと余裕持たなかんえ？」
「ッ、しかし」
「半日一緒におってんけど、嬢ちゃんひとっつも笑わんもん。棘棘ちくちく、そんな言葉ばーっか。まあ、うちが色々連れ回した所為もあるんやろけど、それでも気張りすぎとちゃうのん？ 日向ぼっこしてお花見して、お菓子もあって、ええ陽気なのに――今もそうやんなぁ」
妓音の言葉に、羽蘇月が黙る。
日和は立ち上がり、彼女の手を引いた。
「ッ、ひ、日和殿っ」
「この近く、可愛いお店があるんですよ」
「え？」
「そこにちょっと寄り道しましょう。絆創膏、可愛いものも売っていますから、好きなもの選んでくださいね。いつも使うものなのですし」
「あら、それは良いわね。監獄は逃げないんだし、色々と寄り道して行きましょうか」
「ええなぁ、うちも遊びたいし♪ 嬢ちゃん、転ばんようにみんなと手ぇ繋いどきー？ うちは右足キープでなぁ」
「四肢掴んで御輿にするつもりか！ ……まあ、取り敢えず、気を付けて歩けよ」
「う……うむ！」
■□■□■
いつもの場所にいつものように、それは佇んでいた。
山手線を下りて墓場を抜けて、神社の裏道を通って、そんな場所にある廃墟。何があっても何も無くてもただそこにあるくせに、たまに扉をどこか別の場所に繋げることはあるが、ここからいなくなることはない。ただ、ある。元は癲狂院であったと言うそこは、現在監獄とされている。
羽蘇月の首根っこにいつでも手を伸ばせるようスタンバイしながら、誠は軽く息を吸い込んだ。淀んではいないが埃っぽく、少しだけ感覚を狂わせる音が溢れた場所。考えれば、『罪人』が『監獄』で『看守』をしている――それは随分な矛盾なのかもしれない。少し気持ちの悪い感覚があるが、詳しいことは判らないのだし、今は放っておいて良い言葉だろう。あくまで今は、の話だが。
「なんや、埃っぽいところやんなぁ……嬢ちゃんの探し人、こないなところにおらはるのん？」
「廃墟だから仕方ないわよ、妓音さん。色々といるみたいだから一応気を付けてね……羽蘇月ちゃんも、なるべくなら手荒なことにはしないでほしい、かな」
「それは、彼奴次第だ」
幾分上ずった声から察するに、彼女も緊張しているらしい。シュラインは小さく笑い、いつものように志戯がいるだろう院長室へと向かう。心なしかいつもよりも音霊達が静かなようだった。もしかしたら眠っているのかもしれないが、それならそれで、出直させれば良い。何か危害を加えることはないだろうが、それでもどこか、二人を会わせるのに気は引けた。
ドアに辿り着き、ノックをする。返事は待たずに開ければ、やはり、志戯はソファーの上で眠りこけていた。
薄っすらと開けられた眼が、ドアへと向けられる。
羽蘇月は、一歩踏み出した。
「古殻の忌み子志戯！ 咤任の権限にて其方ひっ捕らえに参った、我が名は咤任羽蘇月――神妙に縄を、」
「……んむ？」
んむー。
志戯が小首を傾げる仕種に、羽蘇月の口上が止まる。
「……あれ？ な、何故もう喉に封印帯、が？ え？ な、なんで？」
「咤任……んー。千年ぐらい前に、喉の施錠ならされたんだけどー？」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「転移先の時間間違えたぁあぁぁああああ！！」
のぉぉおお！！
悶える羽蘇月の様子に、一同が溜息を吐いた。
「なんや、おもろいようになって来たなぁ♪」
「と、取り敢えず、何も無くて良かったです……」
「そうね、羽蘇月ちゃんが打ちひしがれているだけ――で、良かった、のかしら」
「んむー。誠君、今日は随分ハーレムしてるんだねぇー……こんなちっちゃい子まで射程範囲、すごいすごーい。若さだねー」
「ああ、まあころころ可愛い子はそれなりに好き、ッて……俺はロリコンじゃねぇええ！！」
■□■□■ 参加ＰＬ一覧 ■□■□■
００８６ ／ シュライン・エマ ／ 二十六歳 ／ 女性 ／ 翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員
３５２４ ／ 初瀬日和 ／ 十六歳 ／ 女性 ／ 高校生
３５９０ ／ 七枷誠 ／ 十七歳 ／ 男性 ／ 高校二年生・ワードマスター
５１５１ ／ 繰唐妓音 ／ 二十七歳 ／ 女性 ／ 人畜有害な遊び人
■□■□■ ライター戯言 ■□■□■
初めまして、またはお久し振りですこんにちは、ライターの哉色と申します。この度はのほほん時々彼岸警報（らしい）異界に発注頂きありがとうございました、早速納品させて頂きますっ。ぼっけー兄さんと対になるようなこしゃまっくれた子供も登場話…餌付け傾向が強かったのがちょっと面白かったです(笑) ともあれ、少しでもお楽しみ頂けて居れば幸いです。それでは失礼をば。
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