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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:おなかの虫が騒ぐので
執筆ライター  :階アトリ
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1〜3人

------<オープニング>--------------------------------------

「とにかく、おなかが空くんです」
 言って、依頼人は菓子箱を開けた。
「いくら食べても、足りないんです」
 依頼人は、制服を着た女子高生。新製品のチョコレート菓子の箱が、その手にはよく似合う。何の不自然もない光景のはずだった。興信所に来てものの10分で、彼女が平らげた量を見ていなければ。
 新しく開けた箱の中身が、瞬く間に消えてゆくのを、草間・武彦(くさま・たけひこ)は目を丸くして見ていた。
 依頼人と彼の間にある応接机一杯に、菓子の空箱や袋が散らかっている。
 草間も、これくらいの年頃には、いくら食べても足りないという経験はしたものだが、これは――。
「単に育ち盛りだから、というわけではなさそう、だな」
「当たり前でしょう!」
 どん、と依頼人は拳で机を叩いた。片手でそうする間にも、もう片方の手は休まずチョコレートを口に運んでいる。
「おかげで学校にも行けやしないんです!」
 依頼人はここ数日、異様な食欲に悩まされているのだという。
 最初は、いつもより頻繁におなかが空くな、程度のものだったのが、今では見ての通り、常に何か食べていないと、倒れそうなほどの空腹に襲われるそうだ。
「病院には?」
「行ったけど何もわからなかったから、ここに来たんでしょ!」
 それはそうだ、と草間は息を吐いた。
 制服のスカートから延びる脚は、すらりと細い。食べている量も異常だが、非常識的なカロリー摂取を続けているというのに体重の増加はないというのも異常だ。痩せの大食い、で済ませられるレベルではなかった。
「どう考えても、おかしいんだもの。ここなら、不思議な事件を扱ってるって聞いたから……」
 依頼人は、すがる目で草間を見ている。
「一つ言っておくが、うちは怪奇専門じゃない」
 草間はちらりと壁の張り紙を見た。『怪奇ノ類 禁止!!』と書いてある。噂が噂を呼び、その方面で有名になってしまった今、この張り紙も空しい限りだ。
「だが、本気で困ってるようだし、話は聞いてやろう」
 切羽詰ってやって来た人間を無下に追い返せる程、草間は冷淡ではない。そのせいで、怪奇探偵のレッテルが剥がれないのだということを、本人も少しは自覚している。
「噂を聞いて来たってことは、何か心当たりがあるんだろ? 怪奇事件だっていう、な」
 頷いて、依頼人は口を開いた。
「ちょっと前に、渋谷のゲーセンで……飲むだけで絶対ヤセるって噂の、薬を買ったんです」 

     ***

 あちこちで色とりどりの光が明滅し、雑音の溢れる場所、ゲームセンター。
「今日の売上はー。ニィ、四ィ、六、と。あはは、ボロいわ!」 
 ゲームの筐体に凭れて、札を数えている少女が居る。その手の中にあるのは、全て一万円札だ。十万の束が、見る見る内に複数出来上がってゆく。制服姿の女子高生が握っているにしては、いささか高額だろう。
「何買おっかなー。春物のジャケットは絶対でしょ。ちょっと美味しいものも食べに行きたいしー、美容院にも行きたいのよねー」
 笑いが止まらない顔で札束を仕舞った少女の足元に、真っ白い狐が心配げにまとわりついている。
「いいの? あんなに売っちゃって」
 鼻先を上げ、狐が口を利いた。少女が唇を尖らせる。
「何よ。欲しいって言ってる奴らに売ってやって、何が悪いの」
「でもさぁ。アレ、卵でしょ?」
「……痩身薬、と言いなさい」
「痩身薬ったって、痩せるのは、卵から孵った餓鬼虫が、おなかの中に寄生して、宿主が食べた物の栄養分を横取りするからで……ムガッ」
 少女に鼻面を握られて、白狐は黙った。
「いーい? シロウ。生活がかかってるのよ。商売にはイメージが重要なの。そんなキモいもんだってバレたら、誰も買わなくなるでしょう?」
「そ、それを黙って売ってるのが問題だと思うんだけど……」
 モガモガと、狐が呟いたが、少女は鼻で笑うだけだ。
「安全性なら、絶対に問題ないわ。ほんとなら呪殺に使う虫だけど、ちゃんと力を弱める処置をしてあるんだから。余分なカロリーだけ吸収するように、ね」
 ポケットから、少女は小さなピルケースを取り出した。100円ショップでよく売っているような、半透明のプラスチック製のもので、中には小指の先ほどの大きさの白い粒が一つだけ、入っている。
 ケースの蓋にはシールが貼ってあった。シールには女の子特有の丸っこい字で、『注意☆一人一粒。絶対、それ以上飲んじゃダメだょ☆』と書いてある。
「一匹おなかに飼うだけなら、一生仲良くやっていけるわよ。たかだか二万で太らない体が手に入るなんて、安いもんでしょ」
 ゲーム機の出すちらつく光を頬に映しながら、邪法使い伊吹・孝子(いぶき・たかこ)は笑った。 
「ま、用法用量を守らないバカのことは、知らないけどね」


------<原因究明>------------------------------

 事は急を要するということで、草間はとりあえず、事務所に居合わせた者を応接机の周囲にかき集めることにした。
 ……ちょっと室内を見回せば、事件解決できそうな人材が必ず見付かる、というあたりが、怪奇探偵なる望んでもいない呼び名を欲しいままにしてしまう所以でもある。草間本人にはあまり自覚がなかったけれども。
「それで、その痩身薬を購入して飲んだ、と」
 応接机で依頼人の女子高生と向き合っているのは、綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)。さらさらとメモを取っていた手を止め、軽くペンの尻を顎に当てて、ふむ、と汐耶は鼻を鳴らす。春らしい水色の七部袖ニットから伸びる二の腕が、すらりと滑らかに女性的なラインを見せていた。中性的な顔立ちとスレンダーな長身、ショートカットの髪形が相俟って男性と見誤られることのあることがある汐耶だが、ジャケットを着なくなる春夏には、その確率はぐっと下がる。
 眼鏡を軽く押し上げて、汐耶は依頼人に再度確認した。
「症状は、はっきりとその薬を飲んだ時から顕れているのね?」
「はい。そうです。最初のうちは、痩せて喜んだんですけど」
 ポテトチップスを忙しくつまみながら、女子高生が頷く。因みに、事務所を訪れてから10種類目のお菓子であった。
「確かにあんた、腹のあたりから妙な気配させてるぜ」
 汐耶の隣から、菱・賢(ひし・まさる)が言った。いかにもやんちゃそうな短髪の黒髪に、学ランの、見た目にはごく普通の高校生という風情の少年だ。ただ少し普通でないことと言えば、手首に数珠を嵌めていることと、肩の上に襟巻きよろしく、子狸を乗せているところ……だろうか。
 机の上に広げられたお菓子に興味津々の子狸を片手で押し留めながら、賢は訊ねた。
「何かその薬にまつわるものは持ってねえか? 容器とか」
「あるわ」
 依頼人はポケットから小さなピルケースを出した。半透明の、プラスチックのピルケース。
 手にとってためつすがめつしてから、賢はそれを机に戻した。高校生にして、一人前の僧兵として働いている彼にとって、呪法の残り香を感じ取ることなどは容易い。「薬」と称して売られていたものの正体が、賢にはそれだけでわかった。
「ビンゴだな。残滓が……、あんたの腹の中にいるモノと同じ気配が、残ってる」
「……いる? 私のおなかに……?」
 さて、どう説明したものか。考えるという作業が少々苦手な賢が、怪訝げな依頼人よりも深々と眉間に皺を寄せた時、コーヒーの良い香りが背後から近付いてきた。
「お飲み物をどうぞ」
 人数分のコーヒーカップを乗せたお盆を持ってやって来たのは、セヴンこと、マシンドール・セヴン。お茶くみからバトルまでこなせる、草間興信所専属の自動人形である。
「熱いのでお気をつけて」
 カップを置く動きも、注意をうながす声もなめらかで、人間そのもの。赤い髪から耳の代りに覗くアンテナや、手指の関節部分にのみ、彼女が自動人形であることが窺い知れる。
「それから綾和泉様。先ほど武彦様におっしゃっていたご本は、こちらでよろしいでしょうか」
 てきぱきとミルクと砂糖を整えてから、セヴンは棚から数冊の本を取り出し、汐耶に差し出した。全て、都立図書館の蔵書印とバーコードがついている。
「そう、これよ。全部で四冊、揃ってるわね。ありがとう」
 受け取って、汐耶はパンパンに本の詰まった書店の紙袋の中に、図書館の本をさらに詰め込んだ。今日は図書館の休館日。司書である汐耶も休日だったのだが、興信所を訪れたのはけして不思議な事件を調査しようとやって来たのではない。草間に貸出した図書が大幅に期限をオーバーしていたことを、趣味の書店巡りをしていた途中で思い出して回収に来たのだ。
「全くもう、借りた本人がどこにやったか忘れてるなんてね」
 汐耶が草間に向ける視線は厳しい。「スマン、無くした!」と先ほど平謝りしていた整理ベタの興信所所長は、デスクで居心地悪そうに咳払いした。
「あー、セヴン。それなら、今回の依頼の話も聞こえていただろう。お前も調査に参加してくれるかな」
「はい。うかがっております。では、調査業務に入らせて頂きます。依頼人様、綾和泉様、菱様。よろしくお願い致します」
 草間に一礼してから、セヴンは応接机の三人に向き直り、深々と頭を垂れた。
 調査に関わるのはこの三者となりそうだ。
 人手が増えたところで、汐耶は話題を戻すことにした。
「菱くん、さっき何か心当たりがあったようだけど」
「ああ、うん。多分そうだと思うんだけどよ。ちょっと、説明し辛いっつーか」
 歯切れが悪いことを言いながら、賢はちらりと依頼人を見た。憑き物の類について本人に説明する時は、言葉を選ぶのに苦労する。あまりストレートに言ってはショックを与えてしまうこともあるからだ。
「食べずにはいられなくなる、強烈な空腹感。食べても食べても肥満することはなし。このままでは、生ゴミでも何でも手当たり次第食べるようになってしまうのではないかという不安感あり……」
 メモを読み返して、汐耶は手帳から顔を上げた。
「……そういえば、うちの蔵書に確か、似たような症状に関する記述があったわ。餓鬼に関しての資料で」
「ガキ?」
 汐耶の口から出た、普段の生活ではあまり聞かない言葉に、依頼人が首を傾げる。セヴンが内臓辞書から情報を引き出した。
「餓える鬼、と書いて餓鬼です、依頼人様。生前の悪業の報いで、餓鬼道に落ちた亡者を示します。また、飢餓感から、常に食べ物を欲しがる病として、餓鬼病(がきやみ)という言葉もあります」
「ああ、ガキって、あの餓鬼なんだぁ。餓鬼病……餓鬼……餓鬼? って、もしかしてもしかしてっ!?」
 お腹を押さえて悲鳴を上げた依頼人を、賢が慌ててなだめる。
「性質は近いけどな、多分別物だ。人に仇を成す呪術に使う使鬼だろうが、そう強いものじゃねえ。祈祷で簡単に追い出せる。安心しろ。な!」
「追い出せるって……やっぱり、なんかヘンな生き物なんじゃないー!」
 半泣きになりつつも、依頼人は空腹に勝てず新しく板チョコのアルミホイルを剥いている。
「その餓鬼に似たものというのが、食べた物を横取りしているということかしらね」
 汐耶は息を吐いた。寄生虫によるダイエットなるものについての記録も、過去にある。恐らく、原理はそれと同じであろう。
「でも、少し不思議ね。絶対に痩せるって噂の薬でしょう? 噂になってるってことは、相当数の人が飲んでるってことよ。その皆にキミと同じような症状が出ていたら、新聞沙汰になっていると思うんだけど」
 首を傾げた汐耶の言葉に、板チョコを齧っていた依頼人がギクリと動きを止めた。
「それは……その……。ほんとは、一人につき一粒しか売ってもらえないんだけど、一つ飲んでみたらあんまり効いたから……友達の分だって、嘘ついて……」
 モゴモゴと口ごもりながら、女子高生は制服のポケットから、先ほどと同じピルケースをもう一つ、さらにもう二つ、さらにさらに、鞄の中からもう二つ、机の上に出した。
 普段は冷静で物事に動じることの少ない汐耶が、ぽかんと口を開く。
「待って。このケースのラベルにも、『一人一粒。絶対、それ以上飲んじゃダメ』って書いてあるわよね。それなのに、まさか」
 六つのピルケースを前に、依頼人はばつが悪そうに首をすくめた。

------<治療>--------------------------------------

「スキャンサイトを始動いたします。分析により得られた、本件に無関係な情報は依頼人様のプライバシーとして即時に破棄させていただきますので、ご安心下さい」
「は、はい」
 緊張気味の顔で頷いた依頼人の、頭のてっぺんから、ゆっくりとセヴンの視線が下へと辿った。セヴンに搭載されたスキャン機能は、下手な検査機器よりも精密である。爪先まで行ったところで、セヴンの視線は上に戻り、胸のあたりで止まった。
「スキャン完了です。胸部、胃底部から胃体部にかけての胃壁に、異物を発見しました。対象を狙撃いたします。動かれませんよう、ご注意ください」
 言って、セヴンは依頼人の胸部に掌を向ける。彼女が用意した装備品は「ソニックスマッシュ」、物を貫通して特定のものに物理的打撃を与える兵器だった。それで、依頼人の異常な食欲の原因であると思われる異物を、体外から打ち抜いてしまおうというのである。
 セヴンによる治療が行われている後ろで、賢は少々不貞腐れたような顔をしてソファに座っていた。
「拗ねないのよ、菱くん」
 応接机でノートパソコンを広げて、なにやら作業をしながら、汐耶がくすくす笑った。
 賢の子狸はちゃっかり汐耶の膝の上で、クッキーを貰って上機嫌だ。
「別に、拗ねてなんかいねぇよ」
 唇を尖らせながら、賢はコーヒーを啜った。
 賢の祈祷による分離か、セヴンの物理的外科的処置による治療か。どちらにするかと言われて、依頼人はあっさりと後者を選んだのだ。
 曰く、「ええー、祈祷で体の中から出すってさー、ホラー映画みたいに口からなんか吐いたりしちゃうの? それはヤダ!」……だそうである。いかにも現代を生きる女子高生らしい、といえばらしい。
 ピピ、という小さな電子音が、立て続けにセヴンの手許で鳴った。
「ソニックスマッシュは全て命中。――対象物六つの破砕、活動停止を確認中――」
 一瞬のことだった。よどみなく処理過程を報告するセヴンの前で、依頼人はほっと胸を撫で下ろしたのだが。
「んっ……!?」
 彼女の表情に変化が表れた。苦しんでいる、というのでもない。ただ何かひどく不思議がっているような顔で、依頼人は首許に手をやった。
「破砕片の一つが食道を遡っています。依頼人様、落ち着いて、じっとなさってください」
 セヴンが衝撃波の射出口を再び依頼人に向けたのと、喉にせり上がって来たものに耐えられず依頼人が口を開けたのとが、同時だった。
「きゃ……!」
 唇から飛び出し、床に落ちたものを見て、依頼人は悲鳴を上げる。
「チッ! 逃がすかよ!」
 カーペットを這い、見た目に似合わぬ俊敏さで物影に逃れようとしたそれに向かって、賢が金剛索を投げた。索とは、不動明王などが手にしている縄状の仏具である。
 光を帯びた金剛索は、あやまたず対象を捕らえ、賢の手の中に引き寄せた。
「こいつは……気味が悪ィなあ」
 賢は顔を顰めた。索に巻き取られて蠢くそれは、白い虫だった。もとは、恐らく蛭に似た細長い虫だったと思われる。三角形の頭から下がほとんど千切れて無くなっているのは、セヴンに打ち抜かれた結果であろう。それでも賢の手から逃れようともがいているところを見ると、相当に生命力が逞しいらしい。
「あ、あんなのがさっきまで六匹も私のお腹に居たの!?」
「もう居なくなったんだから、気にすんなって!」
 依頼人の声が完全に涙声なので、賢は慌てて虫を背中の後に隠した。
「ほ、ほんとに? もう私、大丈夫なの?」
 恐る恐る、依頼人はセヴンに訊ねる。
「――他の破砕片は全て溶解、消滅しました。再度のスキャンの結果、異物の存在は認められません。完全に除去されたものと判断いたします」
「……よかったあ」
 床にへたり込み、依頼人は深く息を吐いた。様子を見守っていた汐耶も、ほっと息を吐く。
「無事に退治できたみたいね。キミ、お腹はもう大丈夫なの?」
「あっ。はいっ、平気です。お腹、空いてないです!」
 汐耶に言われて初めて、依頼人は初めて自分を悩ませていた激しい空腹感がなくなったことに気付いたようだ。依頼人の表情は、半泣きから一気に笑顔になった。
「よかったわ。これで一件落着なら良いんだけど……。うーん、やっぱり無いわね」
 呟いて、汐耶はタッチパネルを操作を操作した。
「さっきから何してんだ?」
 汐耶の手許を、賢がヒョイと覗き込む。ノートパソコンの液晶画面には、ブラウザの窓が開いていた。
「ネットと、一応うちの図書館の蔵書データベースにも検索をかけてみたんだけど、お腹に何か住まわせて痩身効果を得る呪術、なんて見当たらないのよ」
「わたくしもデータを持ち合わせておりません」
 汐耶に答えて、セヴンが言う。
「俺もこの虫は初めて見た。どうも術者のオリジナルが入ってるみてえだ」
 二人に視線を向けられて、賢も頭を振った。
「正体がわからないんじゃ、宿主にどういった影響が出るのかもわからないでしょう。依頼人さんや、他にも薬を飲んだ人たちのためにも、後遺症の有無や対処法を知りたいところだわ。資料が無い以上は……」
「薬……いや、ニセ薬を扱ってる本人にあたるしかねえだろうな」
 ノートパソコンを畳んだ汐耶の言を、賢が継いだ。
「加えて、そう言う危ない商品を売るお馬鹿には、きわめてきついお説教を差し上げるべきだと思われます」
 セヴンが深く頷いて、彼らが次になすべきことが決定したのであった。
 
------<遭遇>--------------------------------------

 依頼人の案内で、三人は薬の売人が居るというゲームセンターへと向かった。
「女の子なの。私と同じくらいの、全然普通の子だったなあ」
 今思ったらそんな子が薬を売ってるって時点で怪しいんだけど、と道すがら話しながら、依頼人は苦笑している。
 女の子と聞いて、賢は嫌な予感を覚えていた。思い出すのは、以前とある事件で関わった邪法使いの少女のことだ。怪しい術を使う。行動に問題がある。そんな条件をそろえた少女が、この東京に二人も三人も居るほうがおかしいような気がする。以前の一件で、賢がきつくお仕置きをしたのが効いたのか、このところ大人しくしているようだったが……。
 駅を出て歩くこと数分。見えてきたネオンの看板を、依頼人が指さした。
「ここよ。今日も居るといいんだけど」
 放課後の時間帯、ゲームセンターの中は平日とはいえそれなりに込んでいる。
 怪しい少女はUFOキャッチャーの箱にもたれ、ふんぞり返って立っていた。足元にはうろちょろと、白い狐が居る。
「居ました!」
 依頼人が指さして声を上げた。ゲームセンターの常として、あちらこちらから大きな音がしているので、大きな声を出しても相手には気付かれない。まずは体感ゲームの大きな機体の影に隠れて、様子を覗う。
「伊吹孝子だ」
 やっぱり、という顔で言った賢を、汐耶が振り向いた。
「菱くん、お知り合い?」
「ああ、まあ……そうなるかな」
 嫌そうに唇を曲げた賢の肩の上で、子狸が目を瞬いている。
「一体どのようなお知り合いなのですか。データをお願いします」
 セヴンの問いに、賢は苦虫をかんだような顔で答えた。
「前に、事件がらみで。色々と。……とりあえず、大人しく話を聞く奴じゃねえのは確かだ。逃げるようなら、有無を言わさずとっ捕まえるしかねえ」
 それだけの説明で、初遭遇の二人にもどういう相手であるかは充分伝わった。 
「分かったわ」
「了解いたしました」
 頷き合って、三人は少女――孝子の前へと進み出る。
「何よ、あんたたち」
 気配に気付いて、孝子が顔を上げた。
「よう。またロクでもねえことやってんだな」
 まず声をかけてきた賢の顔に目を止めて、孝子は嫌そうに片眉を上げた。
「あら、僧兵さんじゃないの。ほんと、お久しぶりねーえ。元気だった?」
 嫌味たっぷりの挨拶の後、孝子は素早く残りの二人の顔を覗った。相手がどういうつもりで自分の前に現れたのか、どれほどの力量を持っているのか測っているのだ。脛に傷を持つからこその反応である。
「私たち、少しキミとお話をしたいの。いいかしら?」
 穏やか、かつ冷静な声音で話を切り出した汐耶に、孝子は鼻で笑った。
「別に。話すことなんて何もないわよ。悪いことしてお金を儲けてるつもりもないし」
 わざとらしく肩を竦めて見せる孝子に、セヴンの目は厳しい。
「薬物の無断販売は犯罪です。また呪物を一般人に売りつけることについては、現在関連する法律がありませんが、人道上道徳上、大いに問題があります。即刻の販売停止を要求します」
「……何よ。勝手でしょ」
 反省の色ゼロで舌を出して、孝子はじりじりと後ろに下がった。この三人相手では分が悪いこと判断したのだ。
 孝子を庇うように、白狐が前に出て尻尾の毛を逆立てる。
「シロウ、逃げるよ!」
 その狐に声をかけると、孝子は一気に踵を返し、反対側の出入り口に向かって駆け出した。
「タヌ、行け!」
 孝子に一歩遅れたシロウに向かって、賢が肩の子狸を嗾ける。
 ケンッ!と獣の悲鳴が上がった。子狸がシロウの尻尾に食いついたのだ。
「このバカ!」
 舌打ちして、孝子が戻って来た。捕まえようとするが、パニックを起こしたシロウは、尻尾に子狸をぶら下げたまま走り回っている。
「そんなものくっつけたままでもいいわよ、逃げるのよ!」
 癇癪を起こした孝子の背後に、賢が歩み寄った。
 手の中に摘み上げているものは、依頼人の体から出てきた白い虫。それを、孝子のシャツの襟をグイとひっぱって、ぽい、と。
 服の中に放り込んだ。
「キャア! ア、ハハハハハ!」
 虫は、背中の上を這いまわる。異様な感触と、くすぐったさに悲鳴を上げて、孝子はじたばたと身を捩りながらジャケットを脱ぎ捨てた。シャツの中に手を突っ込んで、背中のあたりに張り付いていた虫を引き剥がそうとすれば、次の瞬間にまた悲鳴を上げる。
「いたたたたた! ちょ……っ、何よ、何してくれたのよ!!」
「ああ。お前が売ってた虫をな、俺の言うことを聞くように、法力でチョイと調教したんだよ。ついでに強化したからな。無理矢理取ろうとすると……」
「いたた!」
 引き剥がそうとした手と、虫の張り付いた背中に電撃に似た痺れが走り、孝子は再度悲鳴を上げた。
「な、痛いだろ。大人しく俺たちの話を聞くんなら、外してやるよ」
「この……っ! だ、誰があんたたちの言うことなんか聞くもんですか!! くっ……ア、ハハハハ!」
 からからと、豪快に笑った賢を、孝子が目を真っ赤にして、笑いながら睨みつけた。異様な光景だ。
 孝子の足許に落ちたジャケットのポケットから、依頼人が持っていたのと同じピルケースが数個と、薬瓶が一本転がり出ている。
 ピルケースの中に入っている白い丸い粒と同じ物が、薬瓶の中には山ほど詰まっていた。
「反省の色がありませんね」
 瓶を拾い上げると、セヴンはその中から白い粒を六つ――ちょうど、依頼人が飲んでいた数――手の中に出す。そして、強い力でがっしと、孝子の顎を掴んで上向けさせた。孝子は目を見開いた。
「あっ。ちょ、待ちなさ……! 駄目、やめて! お願い! それは……!!」
「“返品”致します」
 冷たく言い放ち、セヴンは手の中の白い粒を、孝子の口の中に一気に放り込んだ。ごくん、と孝子の喉が上下する。
「!!!! ……餓鬼虫……飲んじゃった……」
 しばらく激しく喉をかきむしった後、孝子はへたへたと床に座り込んだ。
「そう。あの虫、餓鬼虫というのね。それにしても……自分で飲むのは泣くほど嫌なものを他人に売るなんて、ちょっとどうかしてると思うわよ」
 涙目になっている孝子を見下ろして、汐耶が深く息を吐いて、苦笑した。

------<シメは説教大会で>--------------------------------------

 数十分後。
 一行は何故か、カラオケボックスに居た。
 孝子が「もう餓鬼虫を痩身薬と偽って売ることはしません」「薬を売った子たち一人一人にアフターケアを施します」と二つのことを約束し、一応の反省を示したところで、賢が提案したのだ。
 じゃあ、孝子のオゴリでカラオケに行くことを条件に許してやらねえか、と。
 ちゃっかりついてきた依頼人は、今、元気一杯にマイクを握っている。孝子によれば、餓鬼虫を宿したことで、胃袋の消化能力などに悪影響がでることはないという。
 また、白状したところによると、宿主が丸一日も食事を我慢すれば、腹の中の餓鬼虫は餓えて死ぬということだった。生命力は逞しいが、栄養不足に極端に弱いのだそうだ。
 隣で子狸と一緒にタンバリンを振っている賢を、孝子は不貞腐れた顔で横目に見た。
「……ちょっと。私は邪法使いよ。善良な僧侶にとっちゃ、敵でしょ。どういうことよ」
「いや、偶には俺だって青春をエンジョイしたいだろ。女の子とカラオケってシュチュエーションにあこがれてたんだ。相手がお前でも」
「私でも、って何よ」
 賢の返事に、孝子は頬を膨らませてそっぽを向いた。
 そして、カラオケボックスの理由はもう一つある。ここは、ゆっくり座って話ができる場所、でもあるのだ。
「……あのね」
 汐耶が、孝子の前に座った。
「お金が欲しいのなら、もっとまっとうな方法があるでしょう? アルバイトとか。キミはいくつ?」
「……じゅうなな」
「それなら、いくらでも働き口があるはずよ」
 何なら、図書館でたまに募集する、閉鎖書架整理のアルバイトを紹介してあげてもいい。勉強しながら生活費を稼ぐ必要があるというのなら、奨学金制度もある。汐耶の表情は真剣そのものだ。
 不貞腐れた顔で頬を赤くして、孝子は黙っている。罵倒も怒声も平気な彼女だが、実はこんな風に親身になって諭されるのにはとても弱い。
 一方、歌い終わった依頼人の前に座ったのは、セヴンだった。
「依頼人様。あなたの体脂肪率は現在正常範囲内です。健康的な視点からのダイエットは不要です」
「ええー。でもぉー」
「美容的な観点からダイエットをなさるのならば、食事制限はせずに運動をなさることをお勧めいたします。それに、お薬というものは用い方を誤れば毒となることもあります。今回のことを肝に銘じて、これからは用法用量を守られますよう――」
 優秀な自動人形であるセヴンは、依頼人たる女子高生に正しい医療知識を伝授することに余念が無い。

 
「「ううう〜!」」
 狭い室内に、説教を食らう二人の少女の呻き声が響いた。
 元はといえば、彼女たちそれぞれの不心得から生じた事件である。
 それに非常に相応しい幕切れと、言えるかもしれなかった――。
 
  
 

                               END

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/23歳/女性/都立図書館司書】
【3070/菱・賢(ひし・まさる)/16歳/男性/高校生兼僧兵】
【4410/マシンドール・セヴン(ましんどーる・せぶん)/28歳/女性/スタンダート機構体(マスターグレード)】

異界NPC(全て  http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=1080  より)
【NPC1761/伊吹・孝子(いぶき・たかこ)/17歳/女/邪法使い】
【NPC1722/シロウ(しろう)/350歳/男/邪法使いの下僕】

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          ライター通信         
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 担当させていただきましたライターの階アトリです。
 毎回、「こういう展開も考えられるのか!」と新鮮な驚きを覚えながら楽しく書かせて頂いています。
 この依頼は募集時OPに書いておりましたとおり、2度目の募集とだったのですが、やはり参加PC様により雰囲気が全く違ったものになり、そういった意味でも楽しんで書かせてて頂きました。
 今回は別行動を取っている参加者様がいらっしゃいませんので、ごく一部の視点調整以外、全て同一の文章での納品となっております。

>綾和泉・汐耶さま
 はじめまして! 
 汐耶さんには主に、物語の流れを作っていただいております。
 本を愛する司書さんであり、またクールなキャラクターを生かせていればと思うのですが……。

>菱・賢さま
 いつもお世話になっております。子狸を可愛がって下さってありがとうございます!
 今回は、賢さんが「普段から退魔をお仕事にしているということ」を意識して書かせていただいています。

>マシンドール・セヴンさま
 はじめまして!
 自動人形、というキャラクターを色々な部分で意識して書かせていただきました。
 表情と口調は硬いめに、しかし人間くさい温か味もあるようなイメージを出すよう努力してみたのですが、如何でしたでしょうか。


 イメージにそぐわなかったというご意見など、あられましたらファンメールにてお知らせいただけますと幸いです。今後の参考にさせていただきますので……。
 では、今回はご参加ありがとうございました。
 またの機会がありましたら、是非よろしくお願い致します。