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<白銀の姫・PCクエストノベル>


Fairy Tales 〜完璧な愚者〜


 今日も酒場でジュースを煽る黒崎・潤の眼に、来たばかりの頃の草間・武彦のような風貌の青年が眼に入る。
 また新しい勇者が取り込まれたのか、と、別段興味も持たずコップを傾けると、青年がこちらへとずかずかと歩いてきた。
「キミが一番長いんだってね」
 何の事だ?と怪訝そうに眉を歪めると、青年は人懐っこそうな微笑を浮かべて、
「俺は、黛・慎之介。この世界が長い君に、この世界を案内してほしいんだ。ダメかな?」
 行き成り現れて、何を自分勝手なことを抜かしているのかと思ったが、普通にこの世界で暮らしている街の人に話しかけている自分も同じかもしれないと、潤はコップを机に置く。
「いいよ。僕は黒崎・潤。よろしく慎之介さん」
 嬉しそうに手を差し出す慎之介の手を取り、握手を交わす潤。
 そして、ふと慎之介は神妙な顔つきになると、
「そういえば君は、クロウ・クルーハにあったのかい?」
 この言葉に、潤はビクッと固まる。
 自分がこの世界に閉じ込められる事になったあの時の消滅は、もう思い出したくも無い。
「あ、そんな怖い顔しないでよ」
 へらへらとした笑顔を返して、平謝りで頭を垂れる。
「いや、慎之介さんが謝る事じゃない」
 そう、確かに『この世界が長い』なら、クロウ・クルーハに出会っているかもしれないと考えるのは道理。
 それでも、この食えない表情の慎之介に、潤は不信感を抱かずにはいられなかった。


【フラグ1:観光に行こう】

 この世界の勇者=冒険者としてこの世界に降り立っている草間興信所でもお馴染みの面々と、今自分が関っている事件との関連性が無いかとジャンゴの街中で話し込んでいたシュライン・エマは、見知らぬ青年を連れて酒場から出る潤の姿を見つけ声をかける。
「あら、潤くん。そちらの方は?」
 潤よりも少しだけ身長が高い青年を見、シュラインは尋ねた。
「黛・慎之介って言います。新人のえ〜っと…」
 勇者だよ。と、隣の潤からの助け舟にうんうんと頷く。
(黛…慎之介……)
 先日シュラインが現実世界に戻った際に出くわした開発チームの一人と同じ名前だ。二人には気付かれないように、ふと思案を巡らせる。
(でも、本当に本人かしら…?)
 開発チームの一人という的場・要が言っていた、消えた黛・慎之介。もし目の前の彼が本人だとしたら何かしらこのゲームを救う手立てが見つかるかもしれない。
(今は、まだ様子見ね)
 むやみやたらに情報を拡散する事は避けた方がいいだろう。と、シュラインは本当に彼が開発チームの一人である『黛・慎之介』と分かるまで潤と共に彼にこの世界を案内する事にした。
「あ、シュラインさ〜ん。潤く〜ん」
 ごそごそと腰のベルトにある道具入れにメモを押し込み、酒場の入り口で立ち話としゃれ込んでいる3人を見つけ声を上げたのは、来栖・琥珀。その背後には少し見覚えの無い少女。
 琥珀の後ろからペコリと頭を下げた少女は、
「仁科・星花と、言います」
「私が他の勇者さんたちに話を聞いていたら、逆にこっちに興味を持ったらしくて」
 琥珀はシュライン達にそう説明して、話に加わってもいいか?と促す。
「えぇ、大丈夫よ。ね?潤くん」
 言葉を振られた潤は、シュラインと顔を見合わせ、琥珀に振り向くと、慎之介を二人に紹介するように、
「彼、慎之介さんにこの世界を少し案内する。いわば観光に行こうと思ってたんだ」
「黛・慎之介23歳。宜しくお願いしま〜す」
 潤の言葉に、慎之介はニコニコと笑顔を浮かべて別に必要も無い情報を付け加えつつ、ペコリと頭を下げる。
「こちらこそ宜しくお願いします。私は、来栖・琥珀です」
 慎之介は、琥珀と星花の顔をゆっくりと見ると、
「よろしくね、琥珀ちゃん、星花ちゃん」
 またニッコリと笑顔を浮かべた。
 一同は、機骸市場を抜けて、街中の案内をしながらジャンゴの中を散策していく。
 ふと、潤は通り向こうのオープンカフェに見知った姿を見つけ、声を上げた。





 今日は仕事も休み。綾和泉・汐耶はカルッサをただの日傘を差すようにくるくる回しながら、ジャンゴを歩いて廻る。実際カルッサは凶器になりえるとはいえ、見た目は上品な日傘なのだから、この姿の汐耶はなんら不思議ではない。
「汐耶さん」
 突然の呼びかけに汐耶を辺りを見回すと、ジャンゴに作られているオープンカフェの一つをセレスティ・カーニンガムが陣取り、紅茶とスコーンを楽しんでいるところだった。
「こんにちは、セレスティさん」
 汐耶は傘をたたみながら、オープンカフェの大きなアンブレラの下に入る。
「お時間ありましたらご一緒にいかがですか?」
「そうね」
 先ほど酒場に顔を出してみたが、草間が酔いつぶれているかのように机に突っ伏していただけで、潤もどこかに行っているらしく、別段何かの動きがあったようには思えなかった。
 セレスティは汐耶の分の紅茶とスコーンをNPCに注文すると、振り返りニッコリと微笑む。
「ゲームの世界とはいえ、紅茶やお菓子は普通に美味しいのは不思議ですね」
 データの塊のはずなのに、痛覚も味覚も…五感が全てある不思議。これが、異界化…の、不思議なのだろうか。
 流石にこの世界独特の薬草を使った紅茶が多いために、メニューに目を通しても、いまいち味と名前が合致しなかったが、味は現実世界にあるものと変わらない。
 何もなくてもこうした楽しみがゲームの中にあるのだと見出したセレスティは、もうこのオープンカフェの常連に近い。行き交う人々の姿や表情を感じるだけのまったりとした時間も有意義に思えてくる。
 そして今日はもう何もないかもしれない、と汐耶も運ばれてきた紅茶に口をつけた。
「あら、本当に美味しい」
 草間がどれだけこの世界の酒場で酒を煽っていようとも、味に関してはやはり半信半疑ではあった汐耶も、この紅茶に口をつけ味覚が本当にある事にいたく驚かされた。
 ほんわかと和んだような時間が辺りを立ち込める。
「あ、セレスティさん、汐耶さん」
 汐耶は二度目、セレスティは今日始めての呼びかけに、二人は顔を上げる。
 通り向こう側で、潤が手を振っていた。そこにはシュラインと琥珀もいる。そして、知らない顔が二つ。
 セレスティは二人分の紅茶の代金をウェイターに手渡すと、汐耶と共に、一同へと合流した。





「凄いじゃん、ほんと皆いろんな服着てるし」
 慎之介は新に加わったセレスティと汐耶の服装を見て、感嘆の声を上げる。
「誰もが変わるって訳じゃないみたいよ。武彦さんも最初はあなたみたいに普通の格好でこの世界に来たみたいだし」
 シュラインの言葉に、慎之介はうんうんと頷きながら「そうなんだ」と、いたく感心する。
「そちらの方と、彼女は?」
 シュラインと普通に話している慎之介と、皆よりも少しだけ小さい身長のせいか隠れてしまう星花に首を傾げるセレスティ。
「あ…俺、黛・慎之介です。初心者ですよろしく〜」
 ヒラヒラと手を振る慎之介の姿。
 どこか、胡散臭い。
「私は、仁科・星花です」
 ぺこりと頭を下げた姿さえ、まるで小動物のようでどこか可愛らしい。
 名前を述べた二人に答えるように、汐耶とセレスティも完結に自己紹介を交わす。
「とりあえず今日の目的は観光なので、どうです?お二方もご一緒に」
 アクセサリーが輝く銀の狼耳をぴくぴくっと動かしながら、琥珀は二人に問いかける。
「そうね、たまにはいいかもしれないわね」
 潤や草間と関るときは、いつも戦っていたような気がする。だから汐耶も一度のんびりと話してみたいと思っていた。
「観光…ですか、楽しそうですね。ガイドは潤くんですか?」
「え…えぇ、まぁ、最初に頼まれたのが僕だったんで」
「潤くんはこの世界の事には詳しそうですしね、私も便乗いたします」
「え、セ…セレスティさん!?」
 にっこりとそう宣言したセレスティに、潤は明らかに狼狽したような言葉を発し、照れ困るように手で空を仰いだ。
 セレスティはそんな潤の反応が御気に召したようで、優雅にクスクスと笑っている。
「とりあえず、何処行きましょうか?」
 機骸市場は一通り見尽くしてしまったから、後は各女神達の元へ出向くか、ジャンゴ以外の街へ出かけるか。琥珀は意気揚々と皆に問いかける。
「女神?」
 琥珀の言葉に首をかしげたのは、やはり慎之介だ。
「この世界には、4人の女神様がいらっしゃるのよ」
 この問いに、汐耶が完結に答える。
「へぇ〜」
 納得したような、考えるような、そんなトーンで答えを返し、納得するように数回頷く。
「帰るためには、女神様達に会う必要があるから、会っておいてもいいかもしれないわね」
 恥ずかしがりやのネヴァンや、三下を勇者に見立てて四苦八苦しているモリガンはどうか分からないが、マッハはきっと酒場で待っていれば出会えるだろうし、アリアンロッドもきっとすんなりと会ってくれるだろう。
「女神…会ってみたいな」
 ボソッと呟いた慎之介の一言で、一同がこれから向かう先が決まった。


【フラグ2:女神に会いに行こう】

 女神に会うこともいいのだが、この世界を知りたいという慎之介の意見を尊重するならば、まずは知恵の環でお勉強…もといこの世界の知識を仕入れる事が重要だろうと、ネヴァンに会えるかもしれないと期待しながら、当座の目的地は知恵の環となった。
「黛くんは、この世界に来た時、どう思ったの?」
 歩きながら、汐耶が開口一番問いかける。
「んーあぁジャンゴ?だなぁって」
「あら、あなたもこのゲーム『白銀の姫』のベータテスター?」
 汐耶の口から出た『ベータテスター』の言葉に、慎之介は少しあさっての方向を向いて、
「まぁそんなトコです」
 明らかにおのぼりさんのような、物珍しいといった感じで辺りを見回している慎之介だったが、ふと思いついたように、
「汐耶さんこそ、どうしてこのゲームに?」
 と、逆に質問されてしまい、現状を話すべきかと迷っていると、シュラインが言葉を続けた。
「白銀の姫が“人を取り込む”って都市伝説になってるのは、黛くんも知ってるでしょう?あなたも私たちも“取り込まれた人”だと言えば納得行くかしら」
 この答えに、慎之介はなるほど。と、手をポンと叩く。
「どうせですから、知恵の環に付くまでに露店とかもいろいろ見ていきませんか?ほら、観光ですし!」
 手をヒラヒラ振りながら、一つの露店を見つけかけていく。
 そう、今日は観光なのだ。
 この世界を、この街を堪能しようと決めた日なのだから、楽しまなくては損な気もしなくもない。
「綺麗ですね」
 どうやら、琥珀が見つけたのはアクセサリー(と、いっても飾るものではなくパラメーター補正の為のものだが)ショップ。琥珀の隣で商品を眺める星花が、瞳を輝かせながら一つのアミュレットを手に取っていた。
 そしてその姿を少しと置くから見つめている潤と慎之介。
「女の子ってやっぱり華があってかわいいなぁ」
 などと、琥珀と星花の姿にどこか親父臭いような感想をもらしつつ、腕を組む。そして、その表情と姿のまま、
「潤。クロウ・クルーハは強かった?」
「……まぁ」
「そうだろうねぇ」
 一体この人は何が言いたいんだ?と、潤が顔を歪め振り返ると、慎之介はお店ではしゃぐ琥珀と星花元へ走っていく。
「………」
 その背中をただ見つめる潤の肩に、シュラインは苦笑を浮かべながら軽く肩に手をかける。
 苦笑顔のシュラインを見て、潤は眉を寄せつつも笑顔を浮かべた。
 汐耶はカルッサを杖のように付きながら、慎之介の姿を見つめ口を開く。
「彼、潤くんに最初に話しかけたんですってね」
「たぶん僕が最初だと思いますよ」
 飄々とした風貌と口調で、ここまで自分の事を何一つ語らない慎之介。交わすでも、隠すでもなく、ただ話しを聞き頷く。
「どうして潤くんに最初に話しかけたのかしら」
 この世界には沢山の勇者がいて、潤よりも精通している人だって沢山いるはずだ。そのいい例があの中学生一行に思える。
「彼は、ゲームというものをやった事がないのでしょうか」
 今までだって、自分達は潤や草間が仕入れてきた情報を元に行動してきた。周りから情報を集め、答えを探り当てていく。そういった行動があの慎之介からは感じられない。
 まるで答えを始から知っていて、それを確認するために動いているような――そんな、違和感。
「彼が本当の黛くんなら、ありえない話でもないかもしれないわ」
 シュラインが神妙な顔つきで、彼を見ながら呟く。
「丁度蓮さんの所へ行った時、この白銀の姫の開発チームの方々に会う事ができたの」
 振り返り表情を和らげると、シュラインは語り始める。
 交通事故で亡くなった、浅葱・孝太郎。
 システムの不具合で謎の意識不明に陥っている、都波・璃亜。シュラインは彼女がこの妖精事件の核心だと考えている。
 そして、研究所から消えた――黛・慎之介。
「開発…者……?」
 シュラインの言葉を聞いた瞬間、潤の顔つきが明らかに凍りついた。そして、ぎゅっと口元を引き締める。微かに眉が寄っていた。
「シュラインさんは、彼がその『黛・慎之介』であると証明できる何かを持っているのですか?」
「核心はないけど…」
 セレスティはこの答えを聞き、シュラインたちと同じようにお店で笑っている慎之介に顔を向けた。
「慎之介さんは、この世界初めてだと言ってましたけど、詳しいんですね」
 次に細かく装飾が施された指輪を手に取り、そっと微笑む星花。
「確かに、俺はこの世界は初めてだけど、画面の前からいつも見てたしね」
 だから、この世界の基本的なアイテムやその効果、街、フィールドの名前まで一応は熟知している。
 そんな姿を怪しそうな眼差しで見つめているのは、買い物に加わっていない潤達だけではない。
 露店に誘った琥珀も、どこかこの男はうさんくさいと感じていた。
琥珀が説明するよりも、慎之介の方が表面上のこの世界に詳しく、琥珀の説明をまるで自分の中にあるデータとこの世界に実際にいる人からのデータから照らし合わせているようにしか見えなかったから。
「星花ちゃんも、引き込まれた人なのかな?」
 自分と比べると明らかに低い場所にある星花の頭に小さなティアラを置きながら、慎之介は問いかける。
「私は、自分の意思でこの世界に来ました。この世界を調べるために。できるなら、知らずに引き込まれてしまった人を、私は救いたい…」
「……偉いんだね」
 ティアラを外し、他のネックレスを手にとって慎之介はニッコリと微笑んだ。





 そして、とりあえず、やってきました知恵の環。
 現実世界でいうなれば大きな図書館とも言えるこの知恵の環には、ネヴァンがいる確立が高い。
 基礎知識として、シュラインは慎之介に4人の女神の名前を伝える。そんな姿をシュラインは見定めるように見つめるが、慎之介はそんなシュラインの心など何処吹く風、やはり納得するように何度か軽く頷く。
「凄いなぁ、本当に見るとかなり壮観だ」
 知恵の環の中心で鎖に繋がれた剣の真下から360度見渡すように見上げる。
「黛くんは、この世界のベータテスターだって言ってたけど、他のゲームは、やった事あるのかしら?」
「他のゲームですかぁ?」
 慎之介はしばし考え込み、有名所はある程度網羅しているらしい事を口にする。
 要するに、ゲーム初心者ではないと言う事だ。
「それにしても、慎之介くんは最初に潤くんの元へ話しかけるなんて、凄い確立ですね」
 シュラインの考えが正しければ、もしかしたら彼は現実世界とゲーム世界の架け橋になってくれはしないだろうかと、セレスティは考える。
「最初って訳じゃないんですよ」
 手で扇を作りながら、剣を見上げる慎之介。
「クロウ・クルーハにあって生き残ったのは、彼だけだっていうのは案外有名ですよ?」
 瞳に少しだけ力を込めた目線で、口元をうっすらと吊り上げ、振り返る。
「僕が有名?」
 ぽかんと口を開けたのは、潤。
「そう誰に聞いても、必ずキミの名前が出る」
 にかっと笑顔でポンポンと潤の肩を叩き、
「ま、仲良くしてよ」
 曖昧な笑顔で、苦笑を浮かべる潤はさておき、
「もしかして、皆も星花ちゃんと一緒で、知らずに引き込まれた人を助けたいと思って、ゲームしてるとか?」
「あなたは最初から勇者としてこの世界に降り立ったから知らないかもしれないけど、そうね…勇者としてこの世界に来れなかった人達は、この世界の住人になってしまってるの」
 汐耶は本を読んだり話し合ったりするならばきっと便利だろうと机や椅子を探しながら慎之介の問いに答える。
「慎之介さんも勇者としてこの世界に降り立ったって事は、何かしら力とか持ってたりするんです?」
 私達みたいに。と、琥珀は銀の狼耳をピクピクっと動かして、現実世界とはまったく違った服装を誇示するように見せる。
「何かしらの力って言われてもな。もしかして俺自身気が付いてない隠し能力があったりして」
 琥珀の顔を覗きこむようにして、にっと笑う。そして、顔を上げると、
「住人になってしまった人を、どうにかできる方法を探してるって事だよね。それってやっぱり何かしら手掛かりがあったから始めたの?」
「えぇ。私たちは潤くんが言っていた。クロウ・クルーハを倒した後にいけるっていう場所・アヴァロンに何かあるんじゃないかと思ってるの」
「アヴァロンかぁ。それで、有力な手掛かりはつかめた?」
 多少考えるように顎に手をあてて宙を仰ぎ、先を問いかける。
「妖精さんが、怪しいんですよねぇ」
 偶然とはいえ、今までの全ての事柄に関ってきた琥珀は、頷きながらしみじみと答える。
「妖精?妖精魔法を与える妖精がなんで?」
 さすが自称ベータテスター。やはりイベントには詳しいらしい。
「やっぱり妖精の本当のイベントは違うのね」
 今まで皆の会話を静聴していたシュラインは、此処に来てぼそりと呟いた。





 知恵の環で本を読むためにしつらえられた机と椅子を見つけ、一同はそこへ腰を降ろす。
「…こん…にちは……」
 自分が丸々隠れてしまいそうな大きな本を抱えて、扉の隅から小さく顔を出しているあの姿は――ネヴァンだ。
「……本…読む…?」
「こんにちは、ネヴァン」
 セレスティは机の隅のネヴァンに笑顔を向け、軽く手を振る。此処にも良く立ち寄る一同は何度かネヴァンと面識があったため、ネヴァンも完全に姿を隠すという事をしなかったのだ。
 そっと扉の隅から出てきたネヴァンを、慎之介は凝視している。
 もし彼が開発チームの一員だったら、ネヴァン…いや、女神達は『本当は存在しないNPC』と言う事になる。慎之介にとってはこれ以上のイレギュラーは無いはずだ。
「キミが、哀のネヴァンかぁ」
 見上げるネヴァンをニコニコ顔で見つめて、よろしく〜と手を振る。

 哀のネヴァン――

 シュラインは、ネヴァンにも元へ歩き出し知恵の環に大量に保管されている書物の方へと向かう慎之介を止める。
「黛くん、聞いてもいいかしら?」
「なんですか?」
「的場さんと、都波さん…聞き覚え、ある?」
 小さく確かめるように問いかけたシュラインの言葉に、慎之介は一瞬瞳を瞬かせると、肩をすくめて、ふんわりと微笑んだ。
「あぁ、シュラインさんは、俺が誰だか疑ってたわけですね」
「ごめんなさい。安易に信じてしまうほど、小さな出来事ではないと思ったから」
「もしかして、皆さんも?」
 星花がきょとんとして、今ここにいる他のメンバーの顔を見回すと、汐耶や琥珀は肩をすくめて笑い、セレスティだけはそんな事は最初から興味なかったかのように、にっこり微笑んでいる。
「どうかしたの…?」
 少しずつだがネヴァンが机に近づいてくる。
「んじゃまぁ改めまして。俺は、神聖都学園大学部電子工学部所属の大学院生、黛・慎之介。白銀の姫のゲームマスターやってました」
「…いなくなったはずの、創造主様?」
「違うよ」
 ネヴァンの問いかけに、今まで見せた事がないくらい俯いて慎之介は答えた。
「当事者が何も知らないって洒落にならないじゃん?だからさ、俺はこの世界の入り口を見つけて、来てみたって訳です」
「杏子さんは、凄く心配してるみたいよ」
 シュラインは慎之介の言葉に苦笑して答える。
「なんで…なんで……」
 椅子に座って俯いていた潤の拳が微かに戦慄いている。
「この世界は…なんで、僕は戻れないんだ!」
「潤くん!?」
 がたっと椅子を立ち上がり、潤は慎之介の胸倉を掴み、そのまま本棚へと打ち付ける。
「止めてください!」
 星花は立ち上がり、掴みかかる潤の手にしがみ付く。
「何か…何か、方法があるはずです!慎之介さんは、それを知っている…そうですよね!」
 一縷の望みを託し、星花は慎之介を見つめる。
「ご…ごめん……」
 小さな慎之介の言葉に、星花と潤の手から力が抜ける。
「完全な答えを持っていなくとも、それに繋がる何かを知っている。それだけでも大きな前進ではありませんか?」
 気を落としてしまった3人に助け舟を出したのは、諭すように微笑むセレスティだった。
「聞かせてもらえないかしら?白銀の姫の事」
 開発者側からの情報から、何かこのゲームを解き放つ手立てが見つかるかもしれない。
「俺が知ってることなら」
 慎之介は、ゲームマスターという立場上、今実装されていないゲームのシナリオ部分にも足を踏み入れていた。だから、アヴァロンが何処にあるのかまでは分からなくても、今現在からその場所が存在している事は知っている。そして、その行き方も。
「慎之介さんは、妖精さんがアヴァロンに関っている事に首を傾げてましたけど、何かあるんですか?」
 琥珀は、先ほどの慎之介の反応を思い出し、疑問を口に出す。
「妖精は、妖精魔法をPCに与えるための隠しキャラクターなんだ」
 だから、アヴァロンイベントに直接関ってくるわけが無い。
 それでもシュラインを始め、今この場に居るセレスティも汐耶も、ましてやこの質問を浴びせた琥珀だけじゃない、あの紅の街エベルでのイベントをこなした誰もが謎の妖精に出会っている。
 直接そのイベントに関ってこなかった星花は、ただ慎之介が話すことを、椅子に座って真剣な表情で聞いていた。
「私が見た妖精の顔は、あなたたち開発チームの一人、都波・璃亜さんと同じだったの」
「え…?」
 シュラインだけでなく、慎之介ならば、璃亜が現在意識不明で病院に入院している事は知っているはずだ。
「都波さんは、この世界が出来る場に立会い、魂を取り込まれてしまった……だから、現在意識不明なのではないかって考えているの」
 この言葉になにやら考え込んでしまった慎之介は、
「人間を取り込むなら、魂だけが取り込まれたって、なんら不思議はないって事ですよね……」
「私たちが見たその妖精は、妖精の眼<グラムサイト>を覚えるための一連のイベントに姿を現しているみたいなのよ」
 現実世界からのシュラインの言葉を、この世界での状況として保管するように汐耶が答える。
「黛くんから見て、後から比較的組み込みやすいイベントがあったら教えてもらえないかしら」
「プログラムは弄ってなかったんで、そこら辺は全然」
「ゲームマスターってどういったお仕事だったんですか?」
 だったら、慎之介に何ができるのだろう?と、琥珀は疑問に思いながら問いかける。
「俺と杏子の仕事は、不正キャラクターの発見と排除。今後実装予定イベントのバランステスト。それから、不正ツールに対する耐性テスト」
 今だベータテスト中のゲームなだけに、テストしなければいけない事は山済みだった。
「だから、俺が出来るとすれば、潤たちが立ち上げたイベントフラグの行く先を示す事くらいかな」
「それだけでも充分でしょう」
「そうね」
 行く先さえ分かるならば、自分達の力でどうにか出来ない事も無い。今までだって手に入れた確証の無い微かな情報でもどうにかなってきた。無闇に情報を一つずつ潰していくより多少効率がよくなっただけの話。
「黛くんは勇者としてこの世界に来る事が出来たんだもの、現実世界でがんばってる的場さん達に、この世界の現状を話してあげてもらえるかしら」
「帰る事が出来るってわかったし、そうしますよ」
 シュラインの言葉に、慎之介は頷きそう答えた。


【フラグ3:それぞれの時間】

 螺旋状に広がる書庫の一角で、役に立ちそうな本をシュラインは物色していた。
「ねぇ……」
 ネヴァンが一冊の本を手渡しながら、シュラインを見上げる。
「創造主様は、この世界を助けてくれないの…?」
 おずおずと遠慮がちにネヴァンは小さく問いかける。だが、その瞳は期待を含みながらも、どこか否定の言葉を受ける事を確信しているような、諦めの瞳。
「いいえ」
 シュラインは屈みこみ、ネヴァンの顔を真正面から見つめる。
「この世界の創造主は、あなた達が知っているよりも沢山いるの」
 だから、大丈夫。と、微笑んだシュラインの言葉に、ネヴァンは驚きに瞳を大きくする。
「創造主さん達は、この世界を救おうと今がんばってるわ」
 そう、サブプログラマーを勤めていた的場・要が、きっと浅葱・孝太郎に変わるプログラマーを見つけ出し、この世界の終わりを救ってくれる。
「本当…?」
「えぇ」
「この世界に不正終了がなくなっても、創造主様はボクとクロウ・クルーハを友達にしてくれるかな……」
 ネヴァンの目的は、クロウ・クルーハと友達になり、世界の不正終了となるジャンゴ陥落イベントを起こさせない事。
 だから、この世界が命を吹き返し、終わりの無い世界へと戻って、クロウ・クルーハは“倒される”存在だと定義されても、友達になることは可能だろうか?と……
「それは、彼に直接言った方がいいわね」
 この世界を司る4人の女神という存在が、開発側となんらかかわりが無いとは思えない。
「哀の、ネヴァン……」
 シュラインは慎之介が口にした一言を思い出し、そっと思いを馳せる。
 哀という呼び方で思いつくとすれば、人の感情を表す「喜怒哀楽」。
 なにか、関係があるだろうか?
(黛くんに直接聞いてみないとね)
 シュラインは、手ごろな本を数冊手にすると、ゆっくりと皆が居るであろう机へと階段を下りた。









next 〜美しい手〜
or  〜吠える獣〜


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■   獲得アイテムとイベントフラグ詳細      ■
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シュライン・エマ
セレスティ・カーニンガム
綾和泉・汐耶
来栖・琥珀

以上4名に〜美しい手〜のイベントフラグが立ちました。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/魔法使い】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い/魔法使い】
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女性/23歳/都立図書館司書/戦士】
【3962/来栖・琥珀(くるす・こはく)/女性/21歳/古書店経営者/格闘家】
【5020/仁科・星花 (にしな・せいか)/女性/16歳/高校生兼巫女/戦士】

【整理番号/PC名/性別/年齢/職業/今回のゲーム内職付け】
*ゲーム内職付けとは、扱う武器や能力によって付けられる職です。


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■         ライター通信          ■
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 Fairy Tales 〜完璧な愚者〜にご参加くださりありがとうございました。ライターの紺碧です。本当に黛氏が完璧に愚者を演じていたが為にかなり情報を引き出すのに時間が掛かってしまいました……。プレイングに沿えるほどの活躍をさせられなかった事大変申し訳ありません。
 毎回のご参加ありがとうございます。シュライン様が前回現実世界編の方へご参加くださったおかげでなんとかスムーズに話を聞き出せたと思います(聞き出すまでが長かったですが…)。まだまだ謎が多いですが、今後とも宜しくお願いします。
 それではまた、シュライン様に出会える事を祈りつつ……