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<東京怪談ノベル(シングル)>


我が力に……
●点と点の接触
「ああ、草間さん……」
「お前何やってるんだ、こんな所で?」
 すっきりと晴れ渡った空が広がっていたその日――河川も程近い街を歩いていた浅井竜也が草間武彦と出会ったのは、朝から昼へと差しかかろうとする午前11時を結構回った頃のことであった。
「何って……。そういう草間さんこそ」
 答えるのを途中で止めて竜也が尋ね返すと、草間は苦笑して答えた。
「俺は仕事だよ、仕事。ちょっと人を探しててな。しかし、そっちの本分はどうなんだ。今日は大学の講義ないのか、ん?」
「……いや。講義はあるけど」
 草間から視線を少し外し、静かに答える竜也。大学生、4月とはいえとっくに講義は始まっている。取っている講義があるならなおさらだ。
「俺行く所あるから……じゃあ草間さん、また」
 と言い、左手で何気なく前髪を掻き揚げて、竜也がこの場から離れようとした時だった。草間の視線が、竜也の左手に注がれたのは。
「待った」
 草間に呼び止められ、足を止める竜也。訝し気に草間の方を見る。
「どうしたんだよ、その左手」
「え?」
 草間に言われ左手に目をやった竜也がはっとした。衣服の袖から覗く左手首には、まだ真新しい包帯が巻かれていたのである。
「怪我でもしたのか」
「……草間さんには関係ないさ」
 左手首の包帯を隠し、竜也が素っ気無く答えた。素っ気無くとはいっても邪険にする感じではなく、むしろ草間を関わらせないようにしようという感じがした。
「関係ないと言われてもな。お前のあれだ、力ってのを目の前で見てるだけになあ……」
 思案顔でぽりぽりと頬を掻く草間。そして――おもむろに竜也の肩をつかんだ。
「とりあえず、急ぐ必要がないんならちょっと俺の休憩に付き合え。俺1人だと、この気候でチョコが溶ける」
 草間がポケットから板チョコを数枚取り出した。
「どこで買ったのさ、それ」
「んー? そりゃ、パチンコで……ちょうど新台入替の店が近くにな」
「……さっき仕事って言ってなかったっけ」
 竜也に薄い笑みが浮かんだ。
「馬鹿、聞き込みのついでだよ。……大勝ちしたことは内緒だぞ」
 草間がニヤッと笑った。

●点を結ぶ線
 竜也と草間はそのまま川の土手に行き、草生えるその場所に並んで腰を降ろしていた。
「ほれ、おごりだ」
 途中で買った冷たい缶コーヒー1本と、板チョコを1枚竜也に手渡す草間。
「甘いのは女子供が食べる物だろう、草間さん? 一応、ありがたくいただくけど」
 そう言って受け取る竜也だったが、実の所は甘党。格好付けて言っただけで、板チョコなどは嫌いではなかったりする。
「知ってるか。甘い物食べると疲れがとれるんだぞ」
 板チョコの銀紙を剥き、さっそく食べ始める草間。竜也もそれに倣って食べ始める。暖かい気候のためか、歯ごたえは軟らかめであった。
 しばらく缶コーヒー片手に黙々と板チョコを食べていた2人だったが、そのうちに草間が竜也に尋ねた。
「調べてた途中でか」
 草間の声に、竜也が板チョコを食べる手を止めて振り向く。
「……何が」
「さっきの包帯だよ。左手首の」
 少しの間、竜也は草間の質問に答えなかったが、やがて観念してそれを認めた。
「ああ。一昨日から調査で……ね」
 ぽつりつぶやく竜也。そう、竜也は一昨日から、とある調査のために東京中を探索していた。自らに命令を与える存在――東京の地下に棲む黄龍の言葉に従って。
 けれども、黄龍の存在を草間は知らない。竜也が話していないからだ。草間も、それに対しては深く聞いてこなかった。ただ、誰かから依頼を受けて動いているのだと解釈しているようだった。
「昨日、1人だと思ったら5人も居て……」
 竜也がふうと小さな溜息を吐く。この左手首の包帯は、その時に出来た怪我を隠す物であった。
「逃げられたって訳か」
 草間がそう言うと、竜也はこくっと頷いた。
「そりゃ災難だったな。けどな、そういう経験を何度もして成長するんだよ。俺だってそうさ、駆け出しの頃なんか何度失敗したか」
 昔話を始める草間。励ましてくれているのだろう、と竜也は思った。しかし……。
「成長出来るのかな」
 ぼそっと竜也が漏らした。草間は竜也の方に振り向く。
「草間さんあの時見ただろ、俺の力」
「ああ……」
 2人の脳裏に同じ光景が広がる。ある事件の犯人をともに追いかけていた夜、犯人の行く手を阻むように背丈ほどもある炎が出現した時の――。
「あれは凄かったな」
 感想を口にし、缶コーヒーを飲み干す草間。だが、竜也はゆっくりと頭を振った。
「違うんだよ、草間さん。本当はあの時、膝くらいまでにしたかったんだ」
「……そうだったのか?」
「そうさ。俺には力がある。草間さんも見た通りだよ。でも……上手く制御が出来ない。訓練しても、まるで上達しない。いい加減嫌になってくるよ、俺。昨日だって……」
 ぎりと奥歯を噛み締める竜也。昨日、上手く力を操ることが出来たなら、怪我なんてしなかったかもしれない。それどころか、相手を捕まえることも不可能ではなかっただろう。だからこそ……自分自身に苛立たしい。
「……正直言ってさ、こういう力がなければいいって思ったこともあるよ」
 遠くの川面を見つめ、竜也がつぶやく。そして、残っていた缶コーヒーを飲み干した。
「でもな」
 黙って聞いていた草間が口を開いた。
「あの時、お前の力で犯人を捕まえることが出来たのは事実だろ。そんなに自分を卑下する必要はない、と俺は思うぞ」
 その通りだ。竜也本人としては納得ゆかない結果だったのかもしれないが、あの炎のおかげで草間が犯人を確保出来たのはまぎれもない事実である。誰もそれは否定出来ない。
「…………」
「…………」
 しばし黙り込む2人。少しして、竜也が草間を呼んだ。
「草間さん」
「何だ」
「俺の力でも役に立つのかなあ」
 竜也は川面をじっと見つめたまま、草間に尋ねた。
「違うぞ。お前の力も、役に立つんだ」
 草間はそう竜也に答えた。

●交わる線
 しばしの休憩を終え、土手から立ち上がる2人。何気なく、草間が竜也に尋ねた。
「そういや、怪我したのってどこでなんだ?」
 草間の質問に竜也はだいたいの場所を答えた。すると、何故か草間の表情が変わった。
「念のために聞くけどな、その時居た奴の中に頬にこう傷のある奴は居なかったか?」
「……何で知ってるのさ、草間さん」
 顔を見合わせる草間と竜也。これはもしや、ひょっとして……?
「言ったろ、人を探してるって」
 苦笑する草間。どうやら、草間の追いかけていた者と、竜也の調べていたことは何か関係しているらしい。
 こうして、成り行き上一緒に調べることになった2人。土手を離れ、別の場所へ向かってゆく。その最中、竜也が何気なく草間に尋ねた。
「草間さん。俺、知的で落ち着いた人になれると思うかな」
 その質問には、草間は笑って答えなかった。

【了】