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●白昼の災難
此処は新宿、某書店。一人の眼鏡をかけた青年が探し物をしている。
彼の名は宇奈月慎一郎。現代に生きる召喚師である。
彼は事故で屋敷を失い、失った蔵書をかき集めようとしている最中なのである。この度、彼が探しているのは魔道書、「根暗な未婚」結婚願望を持ちつつも、結婚できなかった人達の情念と言うか怨念と言うかが詰まっているとかいないとか、呪われてるんだかいないんだか、兎にも角にも様々な謂れがあるらしき魔道書である。
とは言え、此処は普通の書店。魔道書なんて物のコーナーがある筈も無く、仕方ないので専門書コーナーを目の皿の様にして捜索している。次第に、熱も入り始め、ブツブツと探し物の名称を無意識に唱え始める。
「根暗な未婚、根暗な未婚、根暗な‥‥」
すれ違う女性達が厳しい視線を投げかけているが、探し物に没頭する彼は全く気付いていない。
「‥‥未婚、根暗な未婚、根暗な未婚‥‥‥フゥ」
探し物が中々見つからず、半ば諦めの表情で溜息を付いた瞬間。悲劇は起こった。
延髄に凄まじい衝撃を感じ、視界に星が舞う。何事かと振り向いて見れば、其処に居たのは‥‥。
「般若?」
思わず口走る宇奈月。
轟音。
その瞬間、視界は一回転し、気付いたら床を見つめている。顔中、特に顎が強く痛む。今度こそと、見上げてみれば、般若どころか、悪鬼羅刹でさえ逃げ出しそうな憤怒の鬼、不動明王の形相で、右足を足を高々と上げた碇麗香の姿があった。
「あ。此処からでは‥‥‥ギャンッ!」
皆まで言い終わる前に、ハイヒールが顔面に迫る。高々と上がった足が、迷い無く宇奈月の顔面目掛けて振り下ろされたのだ。この強烈な蹴りから察するに、先ほどの延髄への衝撃の正体も、彼女による物だったようだ。
「誰が!未婚!ですっ!て!」
「はふう!おふう!べふう!がふう!」
感嘆符一つごとに、彼女の右足が容赦なく宇奈月の顔に叩き込まれ、その顔は左に右に、下に上に弾かれる。その間、彼女の軸足である左足は微動だにせず、右足も一度も地に着けて居ない。見事な体バランスである。
その、テコンドウの達人もビックリな脅威のバランスから繰り出される、鞭のように唯でさえ強力な、さらに逆恨みと言う情念で威力を増した蹴りに、宇奈月はたった一言。
「ご‥‥ごか‥‥い‥‥」
と言うのがやっとであった。
その蚊の鳴くような声に我に帰ったのか、碇も自分が蹴った相手に気付いたらしい。
「あら?また貴方だったの?」
「ですから、誤解なんですよう‥‥シクシク」
何事も無かったかのような小奇麗な顔で、滝のような涙を流す宇奈月。
「でも、貴方さっき‥‥‥」
「ですから、其れは探している魔道書の名前なんですよう‥‥」
「あ、そ、そうなの、其れは悪かったわね。でも、あまり口に出して言わない方がいいわよ?おほほほほほほ‥‥」
ばつが悪そうに笑ってごまかそうとする碇。
「いいえ、解ってくださればいいんです、あははは‥‥」
力なく笑う宇奈月。
「あ、私も探し物があるから、失礼するわね?」
多少の後悔もあるのか、いそいそと立ち去る碇。
見送って暫くした後、こうしては居られない、とばかりに、探し物を再開する宇奈月。
「ええと‥‥根暗な未婚、根暗な未婚‥‥と‥‥」
またしても迫り来る不吉な予感。思わず振り返る宇奈月。
「誰が未婚だーーー!!!」
猛ダッシュで走りこんで来る碇。そして、そのまま勢いを利用した喧嘩キック。
「だから誤解なのにーーーーー!!!」
哀れ、宇奈月は遥か彼方へ蹴り飛ばされてしまった。今が夕方ならば、光り輝く星が一つ余計に見えたのに気付いたことだろう。
後日、都内の病院に、眼鏡を掛けたミイラ男が運び込まれ、
「なんで毎回こんな目にあうんでしょう?」
と漏らしていたとかいないとか。
了
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