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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


祟られ姫の初恋

 九条アリッサ、17歳。九条財閥のうら若き跡取り娘。実際は既に財閥を牛耳っているとも言われる才媛でもある彼女から、事もあろうに三下忠雄にラブコールが来た所から物語、いや、事件は始まった。幼い頃より関わる者も皆に不幸(もしくは死)をもたらしてきたと言われる災厄の姫君。『祟られ姫』などと称される彼女の招待を、編集長命令によって半ば強引に受けされられた三下は、虚ろな瞳で部屋の面々を振り向いた。
「誰か…どなたか一緒に行ってくれませんかね…」
 か細い声に皆がそれぞれに反応した。すいと視線を逸らしたりにやにやと笑ったままバイバイ、と手を振ったのは勿論、編集部の面々だ。だが幸運な事に、この時部屋には数人の来客及び臨時アルバイトが居た。

「あの…俺でよければ、行きましょうか?」
 まず手を上げたのは、大和嗣史(やまと・しふみ)。この優しげな面差しの好青年は、とあるバーの経営者で、時折碇や三下も訪れる事がある。散歩ついでに集金に訪れた所に、この話題が持ち上がっていたのだ。おずおずと手を上げた所を見ると、どうやら皆に見捨てられそうな三下を哀れに思ったらしい。性格も見た目通りで、三下にも無条件に親切にしてくれる、数少ない人材だ。次に勢い良く手を上げたのは、海原みあお(うなばら・みあお)だ。銀の髪に同じ色の瞳をした可愛らしい少女は、可哀想、と言うより興味津々と言った感じで目を輝かせている。
「みあおも行くよ?三下がお婿入りなんて見逃せないもん!!」
 みあお嬢がそう叫べば、臨時バイトで校正をしていた村上涼(むらかみ・りょう)もなるほど、と手を上げる。就職活動の合間の小遣い稼ぎには丁度良いとも思ったのだろう。
「いいよ、行ったげる。三下さんと一緒なら安全だし…私は」
 涼の台詞に苦笑しつつ、水城司(みなしろ・つかさ)も仕方ないなと呟きながら手を上げた。
「水城さんも来てくださるんですかっ」
 三下がちょっと嬉しそうな声を上げたのは、彼の本業が『トラブル・コンサルタント』だからだ。他の面々もそれぞれに頼れる所はあったが、プロが一緒ならば何となくきっちり守ってもらえそうな気がしたのだろう。三下らしいと思いつつ、彼、セレスティ・カーニンガムも名乗りを上げた。
「良いでしょう。私も参りますよ。三下がそれ以上怪我でもしては、可哀想ですから」
 笑みを浮かべつつ彼が言った通り、先週交通事故に遭った三下の右足は既に包帯ぐるぐる巻きだ。初めての慈愛に満ちた発言に、三下がうっと瞳を潤ませた。

「それにしても、三下さんがもてたなんてねえ。妙だわ」
 と言ってうーん、と首を傾げたのは涼だ。皆がそれぞれに頷く。
「怪奇雑誌の編集者をわざわざ呼びつけるってのも、何か不自然だしな。何か企んでたりするんじゃないのか?」
 司の意見に、隣で考え込んでいた大和嗣史も頷いた。
「確かに、そう言う可能性も捨て切れませんね…。事故が全て単なる事故なのか、と言う点も含めて、調べておいた方が良さそうですね」
「ええ。全部が、とは思いませんが、仕組まれたものもあるかも知れません」
 セレスティが同意すると、みあおがぴっと手を上げた。
「はーいっ!じゃあみあお、碇にちょっと聞いてくるね!事故の資料とか、きっと持ってると思うよ?」
「あ、俺も。事故にあった人の中で、生きている人が居たら話を聞いてみたいので」
 と、嗣史。
「じゃあ私はDBを当たろうかな。ちょっと気になる事もあるし」
と、涼。ざっと当日の段取りを打ち合わせた後、セレスティは編集部を後にした。仕事が入っていたのだ。職業柄、九条家の事はそこそこに知ってはいる。九条グループは、歴史は浅いがかなり有望な企業が多い。その実質的総帥が十代の少女、と言うのは財界では有名な話だった。『祟られ姫』の異称も、聞いた事があった。
「中々面白そうな縁談ですね」
 エレベータの中で、セレスティは楽しげに微笑んだ。

「うっわあ、大きな家〜」
 涼が思わず歓声を上げたのも無理は無い。九条家の屋敷は一瞬公園かと思うほどの広さで、今時見かけない見事な洋館だ。セレスティ以外は皆、涼と大差の無い表情をしている。6人が門を潜ると、すぐに執事らしき人物が出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました。執事の仁藤です」
「あの、三下です」
 ガチガチな三下に続いてそれぞれ自己紹介をすると、執事はにこやかに5人を案内してくれた。みあおだけは、前日に一人で九条家を訪問していたが、後は皆初めてだ。門から玄関までは少しあって、薔薇が植え込まれている。セレスティが、
「見事ですね」
 と褒めると、嗣史も頷いていた。彼の背後から覗き込もうとした三下の頬を、薔薇の陰から飛び立った蜂が掠める。ひい、と悲鳴を上げる三下の背を、涼とみあおがばんばん!と叩いた。大丈夫、あんたなら何があっても死なないから。多分、そう言う意味だろう。
何かあれば守ってやるつもりで居るセレスティではあったが、その必要は無いのかも知れないと思い始めていた。この屋敷は確かに古いが、不穏な気配は感じられない。と言う事は…。と、その時、うひゃあ、と情けない声がして、三下が地面に激突していた。一応、彼の運命には少し手を加えておいたのだけど、とセレスティは心の中で溜息を吐きつつ、以前、先代の妻が使っていたという車椅子用のスロープを進んた。

 応接室は広かった。20畳はあるのではないだろうか。飾り棚の壷には薔薇が活けてあり、大きめのソファは3人がけどころか5人は座れそうで、その右端から三下、みあお、涼の順に座り、嗣史と司の男性コンビは彼らの両側に置かれた二人掛けに、セレスティは車椅子に掛けたままだ。右足の包帯も痛々しい三下は、ここへ来るまでに数個のかすり傷を負っていた。門を入ってすぐに蹴躓き、重厚なドアには挟まれ、壁に激突したお陰だ。右足の包帯も痛々しい三下は、ここへ来るまでに数個のかすり傷を負っていた。門を入ってすぐに蹴躓き、重厚なドアには挟まれ、壁に激突したお陰だ。どれも大した怪我ではないが、とどめに出された紅茶をひっくり返してソーサーとテーブルをびしょびしょにしてくれた。
「さすが」
 皆の気持ちを代弁した司が、ハンカチでさっと紅茶をふき取ってやる。すぐに代わりを、と言う年配の女中に、三下が力なく首を振り、
「僕はもう、何もしない方が良いみたいですから」
と言ったその時、ドアが開いた。現れたのは九条財閥の実質当主、九条アリッサ嬢だ。長い黒髪を腰までたらし、淡い緑のワンピースからはほっそりとした手足が伸びている。顔立ちは清楚で可憐。ぱっちりとした黒目勝ちの瞳には、十年間屋敷に引きこもったままとは信じられないような生き生きとした光があった。評判どおりの美少女だ。ちらとみあおに微笑みかけた後、ソファの片隅で小さくなっている三下を見つけた彼女は、ぱっと表情を輝かせた。
「三下様っ、三下様ですのね?」
 どうやら三下を気に入っている、と言う話は嘘ではないらしい。はい、三下です、などと気の聞かない返事をしつつ、月間アトラスの最新号を差し出す三下を横目に、涼が首を傾げて呟いた。
「事実は小説より奇なり、って奴?」
「まあいいや、三下がこんなすごいお屋敷にもらってもらえるなら。幸せになってねっ」
 と、何故か嬉しそうなみあおに続いて、皆も自己紹介をした後、アリッサが話し出した。
「今日は、碇さんからお話は聞いてます。皆さんは、この家・・・いえ、私にまつわる怪異を解いて下さると」
「まあ、そのつもりでは居るけど」
 涼が言うと、みあおも
「だって三下死んじゃったら可哀想だし?」
 と頷いた。
「祟りってのは、色々とありましてね。現場を調べないとわからない事もあるんですよ」
 司が言い、皆の様子を見渡したセレスティが、にこやかに提案した。
「申し訳ないのですが、アリッサ嬢、私たちに少しお屋敷の中を調べさせていただけませんか?使用人の方々にお話を聞く事も、許していただければと思うのですが」
 アリッサ嬢は少し目を丸くした後、三下をちらりと見て、お願いしますわ、と微笑んだ。

「ほお、色々なモノがあるようですね」
 陳列室とは名ばかりの倉庫で、セレスティ・カーニンガムはそう言って微笑んだ。あるだけで人を不幸にするようなアイテムは、実際はそう多くは無い。だがそれでも、生まれながらにしてある種の『不運』を背負った者に、悪影響を及ぼすくらいの事はある。九条家のコレクションを見せてくれと頼んだのは、それを調べる為だった。三下も誘ったのだが、すっかり怯えてソファから動かず、仕方なく大和嗣史と共に残してきた。代わりにくっついてきたみあおは既に部屋の中をあちこち見回している。彼らを案内してきてくれた女中は、彼女をちらちらと見つつも迷惑そうな表情一つ見せず、いいえ、と首を振った。まだ若いがよく訓練されているらしい。
「元々、集めていたのは大旦那さまなのです。事業をしている方と言うのは、時々おかしな程迷信深いものなのだそうで。ただ、アリッサ様の場合はやはり…」
表情を曇らせたのは、彼女の現状を憂えているからなのだろう。
「貴女は、前からこちらに?」
 セレスティが聞くと、女中はいいえ、と首を振った。
「1年ほどになります。でも、私は割りと長い方かも知れません。ここはあまり忙しくはないのですが…」
「やっぱり噂のせいですか?」
 言葉を濁す女中に、セレスティが微笑む。彼の笑みに釣られたように、彼女はぽろりと呟いた。
「それもありますが…人間関係、と言うのでしょうか。そういうのが厳しいのです。半年ももたずに辞めていく人も居ます。ずっといらっしゃるのは、女中頭の蔦子さんと、執事さんくらいです。私は姉が昔ここに勤めていた関係で、割と良くして貰っている方なんですけど」
「お姉さんが?」
 セレスティが聞く。
「ええ。一番上の姉が、アリッサ様の乳母をしてたんです」
「乳母、と言うと…」
「ええ。事故死した、乳母です。ご存知とは思いますが…」
「別荘の近くの池で溺れてしまったとお聞きしてます。アリッサ嬢を助けようとして…」
 セレスティの答えに、女中は悲しげに目を伏せた。
「ええ。泳ぎは得意なほうだったのですが、助かりませんでした。アリッサ様をボートに運んですぐ、沈んでしまって…。でも別に、家族の誰もアリッサ様を恨んだりはしませんでした。姉はアリッサ様が大好きでしたし、アリッサ様も姉を慕って下さってました。それに、姉の葬儀にいらしたアリッサ様は、ずっと涙を流し続けて、ご自分を責めてらした。まだお小さかったのに、姉が『死んだ』という事を理解していたようです」
「誰かが教えたのでしょうね。小さな子供に死を理解させるのは、難しいものですから」
「ええ。…多分、お父様だと思います。葬儀の前、何か話しているのを見かけましたから。ただでさえ辛そうな顔をしていたアリッサ様は、それからぽろぽろ涙を流し出して。なのに慰めもしないんですよ?私もその頃はまだ子供でしたけど、酷いな、と思ったのを覚えています」
 言ってしまってから、女中がしまった、と言うように口に手を当てた。大丈夫、とセレスティが微笑む。
「誰にも言いませんよ」
 セレスティが見た所、九条家のコレクションはどれもこれもろくなものは無かった。ただ、中には二、三、邪気を放っているモノもあるようだったので、彼はゆっくりと倉庫の中に車椅子を進めた。奇妙な人形、仮面、何だかよく分からない布。彼の後を歩きながら女中が一応説明してくれたが、無論、9割方紛い物のこじつけ話だ。気になるものだけを手にとって、簡単な封印や払いをして行く。そろそろ全部かな、と思ったその時、みあおが
「ねえ、これは?」
 とセレスティたちに手招きした。
「なんかの干物?豚さん?お猿さん?」
セレスティも首を傾げた。形はよく分らないが、何と言うか、珍妙な臭気を放っている。女中がいいえ、と首を振って答えた。
「天使のミイラだそうです。アリッサ様が先日オークションで競り落とされたとか。一緒に出ていた人魚のミイラも欲しかったのに、と随分残念がっておられました」
「ほほう…人魚ねぇ…」
 セレスティが穏やかな笑顔で頷いた。
「それで正解ですよ。買ったら呪われますから」
 例えニセモノと分ってはいても、気分の良いものではない。みあおも満足したらしく、二人は女中と一緒に倉庫を後にした。

 みあおとセレスティが戻った時には、応接室にはもう、アリッサと涼、司の三人も帰ってきていた。
「みあおちゃん、そっちはどうだった?」 
 涼に聞かれると、みあおは元気良く頷き、
「変なコレクションなら、別に問題無いみたいだよ?」
 と、答えた。セレスティもそのようです、と頷いてみせる。
「お屋敷の中も、変なモノは居ない感じ。祟られ姫、なんて言うから、もっとすっごいモノが居るのかと思ったけど」
「ええ。問題は無さそうですね」
 嗣史が同意すると、みあおはぽん、とソファに腰を下ろした。
「それでは、これまでのは全部偶然だったと…?」
 アリッサの言葉に、皆、一瞬困ったように顔を見合わせた。互いの意見を確認するのに、少し時間を貰った。再びアリッサを交えて席に着き、まずは司が話し出した。
「これまでの事故については、…そう、半々と言うのが正解かな」
「半々?」
 アリッサが首を傾げる。
「人の意思によるものと、そうでないもの、と言う事ですよ」
 と、セレスティが補った。途端にアリッサの表情が曇ったのを、あえて無視して彼は話を続けた。
「まず、最初の乳母の事故死、あれは本当に事故だったのでしょう。とても不幸な事ではありましたが…。けれど、それを利用しようとした人間が居たんです。死者が一人ならば事故、でも続けばジンクスにもなる」
「利用って、まさか祖父達の…」
 信じられない、と言った顔で後退るアリッサの手を、みあおがきゅっと握った。答えたのは、司だ。
「その件については、当時の保険調査員も最後まで疑惑を持っていたようです。でも証拠が出てこなかったし、目撃者も居ない。疑惑の域を出ません。けれど」
「次の事件では、そうは行かなかったんです」
 後を引き取った嗣史が言った。
「次って…。まさか、結花さんの…」
「いえ。結花さんは事故です。…無関係ではありませんが。問題はその後の新渡戸さやさんの事故です。ただし、狙われたのは…」
 嗣史の視線が、アリッサに向けられる。彼女の瞳が見開かれ、みあおが握っていた手に力を込めた。
「そう。貴女ですよ、アリッサ嬢。さやさんが落ちたバルコニーの手すりは、錆びていたのではなく、予め切れ目が入っていたんです。さやさんははっきりと覚えていました。ただ、怖くて結局、言い出せなかったのだそうです」
 涼が後を引き取り、続けた。
「そして彼女は以後1度も出勤しないまま翌月には退職。勿論、警察がちゃんと入れば、バルコニーの手すりの細工なんてすぐに見抜かれたでしょう。でも、そうはならなかった。元々ここは錆びていたから、と証言した人が居たからよ。その人はさやさんにも多額の賠償金を支払い、そのまま退職を促したようね」
 涼の視線を皆が辿る。僅かに開いていたドアを開けたのは、先刻、紅茶を持ってきた女中だった。
「そうですね、信楽蔦子さん」
 嗣史が言うと、彼女は強張った表情で目を伏せた。
「私達は最初、貴女が洋平氏の命を受けて、彼女の命を狙っていたのかと考えたの」
 涼の言葉に、蔦子がぴくりと頬を動かす。
「けれど、途中でそれは妙だと気付いたわ。来客の体調不良、外出先でのちょっとした事故。どれも彼女の行動を制限する結果にはなっても、命を脅かす程の事ではなかった」
 それでも答えない蔦子に、嗣史が言った。
「蔦子さん。貴女はもしかして、彼女を守ろうとしたのではありませんか?」
 皆の視線が蔦子に注がれる。
「あのね、おばさん。アリッサ本当は知ってるんだよ。お父さん達が帰ってこられないのは、祟りのせいなんかじゃないって。病気になったって言うのは嘘だったって」
 アリッサの手を握り締めたままのみあおが言った。
「病気になったって言うから、心配してドイツの病院にも電話したんだって。だから…」
 みあおの表情は悲しみに歪んでいる。信楽蔦子は信じられない、と言うようにアリッサを見た。
「もう良いんだよ」
 途端に、信楽蔦子はわっと声を上げて泣き崩れた。皆が一様にほっと息を吐く中、三下だけがきょとんと周囲を見回していた。

 女中頭の信楽蔦子は、翌日、九条家を去った。アリッサはひきとめたが、彼女は聞かなかったのだそうだ。元凶はアリッサの父、洋平のつまらぬ嫉妬だった。事業の才を全く受け継がなかった息子を早々に見捨てた父への恨み、まだ幼いが既に才能の片鱗を覗かせていたアリッサへの羨望。自分の受けるべきものが全て娘に注がれた事に、我慢がならなかったのだろう。乳母が死んだ時、お前さえ居なければ、と繰り返し責められた記憶は、その後の彼女に大きな影響を及ぼした。海外に出かけた両親の帰国が延期になったのは、最初は無論偶然だったが、アリッサはそうは思わなかった。婚約者の家が没落したのも自然の成り行きだったが、彼女はそうは思わなかった。一方、父はそんな彼女に多額の保険金をかけ、命を狙うようになっていた。
「不運と悪意と、思い込み、か。祟りの正体って、何だか哀しいもんだったわね」
 涼が言った。週明け、編集部に報告に訪れた5人は、再び応接室でテーブルを囲んでいた。先代夫婦の事故については、蔦子は最後まで違うと言い通した。
「事件として成立するものも、無かったな。藤家結花の場合も未遂で、本人は死んでる訳だし」
 と、司。バルコニーの手すりに薬を使って切れ目を入れた犯人は家庭教師の藤家結花だった。結花に誘われて、アリッサはよく、夜中にバルコニーで話をしたのだそうだ。彼女の部屋は、結花の宿泊するゲストルームのすぐ上だった。いつも、結花が下から紙縒りを投げて合図し、上下のバルコニーでそれぞれ星を見ながら話をしたのだとアリッサは言っていた。だが、藤家結花が転落した夜、彼女は熱を出していつもより深く眠っていたのだ。それを知らない結花は苛立ち、いつもより身を乗り出したのだろうと言うのが、皆で出した結論だった。結花はアリッサの母の遠縁で、高学歴は事実だがあまり評判の良い娘ではなかった。ブランド好きで、カードの借金が山のようにあったと言う。検死の結果、彼女の体内からアルコールが検出された事については、罪の意識からか、単なる習慣だったのか議論の分かれる所だったが、真実は闇の中だ。バルコニーの細工に気付いた蔦子は、同時に洋平の企みにも気付いた。彼女は洋平を諌めたが聞いては貰えず、洋平は引き続き娘の命を狙った。自分はヨーロッパに滞在したまま、あらゆる手段で娘を殺そうとしたのだ。蔦子はその都度、それとなく事前に警告し、アリッサを守った。
「嫌よねぇ、粘着質の男って」
 涼がうんざりしたように言うと、セレスティも苦笑して頷いた。
「まあ、粘着質、と言うのは事業家の資質としては悪くないんですけどね」
 ただ、他の才能に恵まれていなければ、やはり単なる嫌な男になってしまう、と言う事なのだろう。洋平はその典型らしく、アリッサが外部の人間との接触を避けるようになってからは方針を変え、今度は屋敷に自分の息のかかった人間を送り込んで命を狙ったのだそうだ。だが、これもすぐに気付いた蔦子が片端から防いだ。彼女が使用人達に厳しかったと言うのはその為だ。来客に関しても同じで、三下がひっくり返した紅茶には、実は下剤が仕込まれていたらしい。蔦子と洋平の長年にわたる攻防を考えると、セレスティも溜息が出る。
「アリッサ嬢に、全部話してしまえば楽だっただろうに」
 司も、同じ事を考えていたらしい。すると、みあおが首を振った。
「そうしたら、アリッサが悲しむもの。…でも、良かった。だって。親はちょっと困った人たちだけど、アリッサはちゃんと、愛されてたんだから。だからきっと、これから幸せになれる」
 幸せ。みあおの言葉が、ふと皆の記憶を呼び起こした。そういえば。
「そうね。三下さんもきっと…」
 思い出したように涼が呟く。
「いや、それはどうかな」
 司が目を逸らす。
「うーん」
 嗣史も微妙な表情だ。
「だと良いのですが…」
 こればかりは、とセレスティも思う。
「…みあお、信じてる」
 と言った彼女の表情は既に哀しげだった。アリッサが三下に恋心を抱いていたのは、事実だ。が、問題はそのきっかけだ。どうして彼を、と聞いた涼に、アリッサが頬を染めつつ語った所によると…
「先週のことですわ。うちの飼い猫のクロが、車にはねられそうになりましたの。そこに三下様が…。クロをかばって、お怪我をなさいましたの。お陰であの子は傷一つ無く、お礼を、と思いまして、救急車の搬送先をお聞きしたのですけれど。既にお帰りになったと…。きっとお優しくて控えめな方なのだと。落として行かれた封筒から、会社を突き止めましたのよ。どうしてもお会いして、お礼をして、それから…」
 だそうなのだが。これは事実とはかなりかけ離れていた。三下によれば、クロは道を横断しようとした彼の前にひらりと現れ、威嚇したのだ。普段ならばそこで引いてしまうのが三下だったが、何故かその時に限って、負けるもんかと思ったのだと言う。彼は駆け出し、戦おうとした所に、運悪く車が突っ込んできたのだ。三下に驚いてひらりと飛びのいた猫は無事。三下は跳ねられ全治2ヶ月。猫の飼い主がお礼をしたいと来ている、と聞いた三下は、全て見られていたと思い込み、居ないと言ってくれと看護婦に懇願した。騙し通す事が出来れば『逆玉』も夢ではない。が。
「無理、かなあ…」
 みあおの言葉に、皆、激しく頷いたのは言うまでもない。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4971 / 大和 嗣史(やまと・しふみ) / 男性 / 25歳 / 飲食店オーナー】
【0381 / 村上 涼(むらかみ・りょう) / 女性 / 22歳 / 大学四年】
【1415 / 海原 みあお(うなばら・みあお) / 女性 / 13歳 / 小学生】
【0922 / 水城 司(みなしろ・つかさ) / 男性 / 23歳 / トラブル・コンサルタント】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】

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■         ライター通信          ■ 
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セレスティ・カーニンガム様

ライターのむささびです。初参加、ありがとうございました。今回は、九条家のラッキーアイテムの封印と、三下の守護を水城氏と共に担当していただきました。彼が下剤入り紅茶を飲まずに済んだのは、多分、カーニンガム氏が運命に作用して下さったお陰と思います。ありがとうございました。それでは、カーニンガム氏のご活躍と共に、再びお会い出来る事を願って。
むささび