コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


お互いの存在。



●桜の木
――――時は春。
 結珠は母方の祖父母の家に兄の蒼と共に訪れていた。


「お兄ちゃん、見て。桜が綺麗ね‥‥」
「‥‥ああ、そうだな」
 美しく咲き誇る満開の桜を見上げる着物姿の結珠に見惚れながら蒼は優しく結珠に微笑み返す。
 舞散る桜を背景に綺麗な髪をなびかせる結珠の姿は兄の蒼が見惚れてしまうほど似合っている。

 山や美しい川に囲まれた自然に恵まれている、属に田舎と呼ばれるこの旧家は穏やかな時間を過ごせる結珠の好きな場所の一つであった。
 だが、今回は少し違っていた。

「結珠?」
 蒼の声に反応して桜の枝に触れながら結珠は振り返り、首を軽く傾げる。
「(なんだろ‥いつもと何かが違う‥‥)」
 周りの者達から見ればいつもと変わらない結珠なのだろうが、蒼は結珠の微妙な変化に気がついていた。
 たまにふっと不安げな表情を見せるのは気のせいなのだろうか‥。
 理由を聞こうと思ったのだが結珠が困った顔を見せる姿が一瞬頭に浮かんできて蒼は尋ねる事が出来ず首を横にふる。
「(なんだろう‥この胸騒ぎは‥‥)」
 その原因が何なのかをはっきりとは分からないが蒼は妙な胸騒ぎを覚え、一面に美しく咲き誇る桜を見上げた。



●桜と蒼の心
「ここは‥」
 気がつくと一面に咲き誇る桜の下で結珠はただ一人佇んでいた。
 兄の蒼の姿を探すのだが何処にも見当たらず、左右どちらに行けば良いのか分からず、結珠はとにかく辺りを見渡して道を探す。
 道を尋ねても桜達は答えてはくれない。
 風の音も桜達の声も揺れる枝の音さえも聞こえない無音の世界で結珠は不安になる。
 だが次の瞬間、誰かの悲しげな声が聞こえてきた。


「「‥て。助けて‥‥」」


「‥夢?」
 ベッドで眠っていた結珠は目をゆっくりと開ける。
 夢の内容を明確に覚えている結珠の顔色は少しばかり悪く、早まる鼓動を落ち着かせながら額の汗をぬぐう。

 窓から外を見るとまだ真っ暗で真夜中のようだ。
 もう一度眠ろうにも眠れそうになく、結珠はストールを手にとって気晴らしに散歩へ行こうと思い出来るだけ物音を立てないように気をつけて外へと出る。


 昼間に蒼と歩いた桜並木をぼんやりと見上げながら結珠は夢で見た残夢を思い出す。
 桜と『助けて』と無音の中で唯一聞こえた誰かの悲しげ声が現実にあった出来事のように今でも耳に残っている。

「ただの夢だったのかしら‥‥」
 だが、どう考えてもただの夢にしてはリアル過ぎるし、妙な胸騒ぎもする。
 昼間に蒼と歩いた時に桜並木の桜達の様子も何処か変であった。
 だが、その時には桜達の元気のない原因を突き止める事が出来なかった。


「‥人がいる?」
 まさか夜中にこのような暗い場所を人が歩いているとは思わず、少し警戒しながら結珠は近くの木陰から月夜の光を頼りに人影を確認する。


「‥‥お兄ちゃん?」
 昔から見覚えのある優しい蒼の背中を結珠が見間違えるはずがない。
 大きな桜の枝に触れるしなやかな指先も枝に落とす口付けもとても優しく見惚れてしまうほど美しい。

「あれ、結珠? こんな時間に女の子一人で出歩くなんて危ないだろ」
 口先では軽く怒りながらも結珠の頭に触れる蒼の手と見つめる目は優しい。

「なにかあったのか? なんだか元気がないみたいだな‥‥」
「少し怖いような‥不思議な夢を見たの」
 今でも明確に覚えている不思議で嫌な感じのする夢を思い出して結珠は目をぎゅっと瞑る。

「‥‥少し話するか?」 自分の質問で更に元気のなくなった結珠を見た蒼は少し焦った様子で問いかけを変えると、蒼が側にいてくれる事に安心した結珠の顔に安堵の笑みが零れる。

 桜の下に腰を下ろす蒼の隣に結珠は幸せそうに座ると、月明かりを浴びていつもと違う雰囲気の蒼に少しどきっとさせられる。
 小さい頃から蒼のいろんな姿を知っているはずなのに初めて見る雰囲気に新しい蒼を発見した気がして結珠は少し嬉しい気持ちになった。


「さぁ〜、そろそろ家に戻ろうか」
「‥‥あっ」
「結珠!!」
 差し出された手をとろうとした結珠は眩暈がして倒れそうになった所を反射的に蒼が腕の中に受け止めた。

「なんだか嫌な感じがするの‥」
 一瞬、夢で誰かに助けを求められた声が頭の中を掠める。
 蒼の腕の中で冷静になった結珠はゆっくりと辺り一面を見渡して今朝から感じていた不思議な空気の根源の元を探す。
「やっぱり‥。なんだかずっと桜の元気がないの」
 昼間も、特に一番大きなこの桜の元気が一番なかった。
 この桜の元気がない事が次々に他の桜達にも影響して、他の者達も元気を失っているようだ。

 結珠が一つの推理を提唱する。
「『守り主』や『巫女』がこの地に長い間ずっと不在状態だったから悪い気が溜まっているんじゃないかと思うわ‥」
 今となっては『神のいます場所』となってしまったこの場所。『守り主』という単なる客寄せや上辺だけの存在ではない事や重要性を結珠は身をもって実感する。

「だけどすぐに『守り主』を探すのは容易な事じゃ‥‥」
 蒼が話しながら振り返ると結珠が桜の前で真剣に祈りを捧げる姿があり、蒼の言葉が止まる。
「結珠‥‥」
 蒼の見守る中で結珠は閉じていた目を開いて想いを込めて真剣な顔つきで歌を歌い始める。
 古代歌謡や和歌のような柔らかいリズムと優しい歌声が森中を包み込む。
 少し経つと今までほとんど吹いていなかった風が少し強くなり、桜達も結珠の気持ちに答えるかのように枝と枝を擦らせて音色を作り出す。
「桜さん達‥元気をだして‥‥」
 昼間は語りかけても帰って来なかった桜達が次々と結珠と一緒に枝と花びらで音色を奏でて歌い出し、結珠も桜達の楽しそうな音色に笑顔を見せる。

 ずっと感じていた『悪い気』がどんどんと消えていく。
 桜達の感情を感じる事は出来ないが、蒼はなんとなく桜が元気になっていくのを感じていた。
 蒼は結珠の能力に感心しながら結珠の歌声に耳を澄ます。
「(本当に‥桜が元気になっていくのを感じてとれているのだろうか?)」
 一瞬、今まで感じた事がなかった疑問が蒼の心の中を渦巻く。
「(俺はもしかすると思っている以上に結珠の事‥‥)」


「‥ちゃん‥‥お兄ちゃん? 気分悪いの??」
 結珠の声が聞こえ、我に帰ると心配そうに見つめる結珠の姿が目の前にあった。
「桜達元気になったか?」
「また歌ってあげる約束をしたわ」
 結珠の中にあった蟠りが今ではすっきりして、ついつい嬉しさで笑顔を零して蒼に微笑みかける。
 夢の中で助けを求めていたのは結珠が思っていた通り、桜達の声だったようで今ではすっかり嫌な気も助けを求める声も消えていた。
「そろそろ戻るか?」
「うん!」
 結珠は座っている蒼に優しい笑顔で自然と手を差し出す。
 手をとった蒼の動きが一瞬とまり、結珠の顔をじっと見つめる。
「結珠、俺は‥俺はいつか‥‥」
 言葉の続きを待ちながら結珠は首を傾げる。

「いや、なんでもないよ。春といえども、まだ夜は肌寒いし風邪をひくと大変だ‥」
 蒼の言葉の続きは分からなかったけれども、なんだか聞く事が出来ず結珠はそれ以上触れなかった。
 繋いだ蒼の手はとても暖かくて心地よい。
 嬉しそうな表情を見せる結珠を見ながら、今まで感じた事がなかった不思議な感情が蒼の心の中を駆け巡っていた。



●支えの存在
「この鰹のたたき、美味しいです‥」
 今朝取れたばかりの今が旬の鰹はとてもおいしい。
 もちろん用意されたお米、お味噌汁、和食のメニューはとても美味しい。
 祖父母は二人に会えた事が嬉しくて朝から次々と食べきれないほどの料理を並べていく。
 あまりに祖父母が嬉しそうな顔を見せるので、なにもいう事が出来ず、結珠と蒼は朝からおなかいっぱい食べる嵌めになってしまった。



「ご馳走様でした‥‥」
「さて、俺達は少し散歩に行ってくるよ‥」
 こんなにおなかがいっぱいの状態で動かずにいるのは少し辛い。
 蒼は結珠を誘い、昨日の桜並木を楽しく会話を交わしながら目指して歩く。
 だが、蒼は昨晩からずっと気になっていた事があり、少しばかり様子が変で結珠は笑顔を見せながらも時々蒼の様子を窺い見る。

「桜さん達、おはよう‥‥」
 結珠を歓迎してか、暖かい春風を吹かせながら花びらが神秘的に舞散る。
 さっそく昨夜の約束どおり、結珠は優しい歌声で大きな桜の下に座って桜達に歌を聞かせてあげる。

 結珠の歌声に目を閉じて聞き入っていると、再び昨日と同じ不思議な感情が蒼の心の中に湧き上がってくる。
 けれども、結珠の歌声を聴いているうちに蒼の心の中にある不思議な感覚が徐々に解決されていく。
 心の中に闇がある蒼の心は本当なら、すでに壊れてしまっていたかもしれない。
 昨日の夜、桜達が浄化されていくのを感じたのはもしかすると自分自身が結珠に浄化されていたのではないだろうか。
 だから、今も闇に染まる事も壊れる事も無く、結珠という存在があるから心の均衡が保たれているのだと蒼は確信する。


「ねぇ、お兄ちゃん。今日は川縁の方を歩いてみない?」
 桜達に朝の挨拶を終えた後、再び散歩をしながら結珠が提案する。
「俺は何処でもいいよ‥」
 結珠の笑顔を見ながら返答を返す。


「(きっと、俺の心も結珠がいつも浄化してくれているんだろうな‥)」


 自分の心がはっきりした蒼は時々様子を窺い見る結珠に心の底から優しく微笑みかけると結珠は嬉しそうに微笑み返してきた。
 二人は仲良く川縁を歩き二人の時間を共に楽しんだ。







ライターより。
 お久しぶりです。
 今回、結珠さんと蒼さんのツインを担当させてもらいました葵桜です。
 今回は違う場所を舞台に仲が良いお二人のお話を書かせてもらい、とても楽しかったです。
 気に入ってもらえると嬉しく思います。

 今年は近所で桜が咲きとても美しかったです。
 桜並木とまではいかないのですが、舞散る桜がとても綺麗でした。
 実は山や川などの自然に囲まれた場所は大好きなので、そんな場所で大切な人と綺麗な桜を見れるだなんて素敵な事だなっと思います。




                                            葵桜。