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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


王禅寺〜華藤堂奇譚〜
●依頼人の訪問
「これね、お客さんの忘れ物なんだけど」
 その日、その五月人形を持って王禅寺を訪ねてきた白猫を連れた少女の実家は、写真館である。カメラ屋というのではなく、写真を撮ってくれる、レトロな雰囲気を残した店だ。時々、撮影会の企画のポスターが店頭に貼ってあったりする。
 その少女……舞衣は、ガラスケースに納められた着物を着て弓を構えた五月人形を、万夜の前にずいっと押し出した。
「……住職さんじゃなくても、話していいのかしら?」
 十歳の少女は、少し大人びた顔で首を傾げる。彼女の前にいるのが、舞衣から見ればちょっと年上だが、同じくまだまだこどもの中学生くらいの少年だからだろう。
「おじいちゃんは法会で忙しいから……僕、代わりに聞いておくよ」
 そう、と舞衣はうなずいて、話を続ける。
 事の初めはと言えば、こどもの日にちなんだ撮影会を行おうという企画だった。こども向け、ファミリー向けの記念写真の企画であったのだけれど……
 一人目の客は、五月人形を携えた青年だったのである。そして、「鎧兜を着て、写真が取りたい」と言った。
「それだけだったら、ただのちょっと変な人なんだけど。鎧兜は着たいけど、持ってるわけじゃなかったの。うちにもそんな大層なものはないから、調達してきてってお願いしたら……そのとき、五月人形を忘れて行ったのよ。それでね、それっきり」
 故意かそうでないかはわからないが、その青年はそれっきり戻って来ない。まだ鎧兜を探して彷徨っているのかもしれないし、五月人形の厄介払いをしたかっただけなのかもしれない。
 そして写真館に残されたのは、ケース入りの五月人形が一つ。そして、ただでさえ主不明の人形を置いて行かれて困っているというのに……
「来たお客さんがね、言い出すの。『鎧が着たい』って」
 全員ではなく、個人差は大きいようだが、結構の数の客がそんなことを言い始めたのだそうだ。
 何故か鎧を着て記念写真を撮りたくなる写真館。そんな噂が流れたら、オカルト写真館のレッテルを貼られること請け合いだ。それはちょっと勘弁してもらいたい。
 話を聞いているうちに、この人形を見ていたら、そんな気分になるらしい……ということまではわかった。
「とうとう昨日はパパまで、『鎧売ってないかな』なんて言い出して……っ」
 舞衣は本当に身震いした。本当に鎧を買うとか言い出したらどうしようと思っているようだった。
 舞衣が動いたからか、膝の上にいた白猫が身を起こす。舞衣の飼い猫、真之介は和テーブルに置かれたガラスケースの方を向いた。
「処分しちゃえばいいのににゃ」
 そう真之介がボソッと呟いた。万夜が主のない声にえっと怪しむと、畳み掛けるように舞衣はそれに続けた。
「でも!」
 普段は真之介は人前では喋らないのにと、舞衣は慌てて誤魔化しに走ったわけだ。真之介のほうは、万夜も神秘の世界に住む者だと野生で悟ってのことだったが。
「こんなんでもお客さんの忘れ物だから、勝手に処分するわけにはいかないの」
 でも、このままじゃやっぱり困る。だから……
「どうにかならない?」
 どうにか……と言われて、万夜も首を傾げた。
「鎧兜……そんなにピカピカのでなくていいなら、蔵のどっかにあった気がするなあ。月見里さんちの道場にも……」
 そうぶつぶつ呟く万夜に、舞衣は待ってとツッコミを入れる。
「それ、全然どうにかなってないから」
 ここでお祓いとかしてくれるんじゃないのかと言われて、うーん、と万夜は更に考え込み。結局、誰か適当な人にお願いして、写真館へ行ってもらうからという約束をして……

 そして。


●舞衣のお願い
 宇奈月慎一郎は今回王禅寺から呼ばれた中では一番最初に、その写真館に着いた。
 呼ばれたと言っても、慎一郎は今まで王禅寺に関わりあったことはない。どこからか縁があったのか、突然ですがと手紙が着いた。その中に、今回の件の概ねの説明はあったわけだった。断ることも無視することもできたけれど、特に急ぎの事情もなかったので。ここまでやってきて。
 写真館は、一昔前の雰囲気を漂わせた洋館だった。平成の今にはレトロなその洋館には、写真館である旨を示す看板が控えめに出ていた。懐かしい雰囲気は、昭和の時代を思わせる。
「こんにちはー」
 躊躇いなく、慎一郎は入口の扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
 女の子が店番をしている。人待ち顔なのは、手紙にあった依頼人が彼女だからだろうと慎一郎は思った。名前は舞衣というはずである。
「王禅寺から紹介されてきました。宇奈月慎一郎と言います」
 その挨拶に、舞衣はぱっと顔を明るくする。
「来てくれてありがとう、待ってたの。問題の人形は……」
「で、お客様はどちらですか?」
 声が重なった。
 舞衣と慎一郎はしばし見詰め合った。

 さて、舞衣と意志の疎通を図るのには少々時間がかかった。いやあまり、まだ疎通が図れたとは言いにくいかもしれない。
 ともあれ、店で他に王禅寺から呼ばれた者と客を待つことにする。
 ほどなく外で出窓から中を覗き込む者の影が見えたので、慎一郎は扉のところまで出て行った。
「お客さん、中入って見ていきませんか」
 銀髪の男性は普通の客でもなさそうだったが、王禅寺からの紹介者でもなさそうだと慎一郎は思った。中に誘い入れると、素直に入ってきたので。紹介されたなら、この段階で何か言うだろうと。
 どちらでもないのなら、慎一郎の興味は少し失せて。また入口のほうを慎一郎は眺めた。
 その間に慎一郎が誘い入れた客……セレスティ・カーニンガムは奥へ進んで舞衣と話を始めたようだった。
 そのまま二人で奥に入って人形の話を説明することにしたようで、替わりに店番に店主が出てきた。
 他愛のない世間話をしていると、店主は舞衣よりは話が合うらしいとわかる。
「鎧兜、良いですよね」
「子どもの頃、折り紙の兜を被ってちゃんばらしましたね。女の子には、やっぱりその辺りはわからないのかもしれないなあ」
「童心に還って望むのなら、叶えてあげましょうよ。ねえ」
「そうですねえ」
 ほのぼのと会話している中で、男性客が一人やってきた。最初はただ現像を……と言うだけだったが、奥のレジで受付をしている間に、どうやら人形の魔力に捕まったらしい。
「そういえば、子どもの日だね……鎧が着たいなあ」
 その言葉に通常、脈絡はないのだが。
「鎧、着てみますか?」
「写真、お撮りしますよ」
 『そういう気分』のところに、にこやかにそう勧められたなら、誰が断れるだろう。
「そうと決まれば……まあ、まずは採寸で」
「すぐ調達できるのかい?」
 そう聞く客に慎一郎はにこやかに答えた。
「すぐですよ」
 サイズのメモを持って、衝立の後ろに回って。そこでモバイルを立ち上げると、ささっとメモ書きの数字を入力して画面の中に魔法陣を描く。
 使っているのは普通の表計算ソフトで、特殊なものではない……古式ゆかしい魔法使いが見たら目を剥きそうな手法であるが、何を使っても発動すればいいと思うなら問題ない。
 その周りにあった棚やら机やらもまとめて光に包まれて……さて、再構成されたものは立派な鎧兜だった。
 素晴らしいと客は喜んでくれて、記念に店主が写真を撮って、それから上機嫌で帰っていった。
 良いことをした、と思う。
 それからしばらくして。
 二人の新たな客が扉を開けた。
 良い気分のまま、慎一郎は二人を出迎え……
「ごめんください……」
「いらっしゃいませぇ! どのような鎧を御所望ですか? この宇奈月慎一郎、誠心誠意オーダーメイドでおつくりいたします!」
 ちょっと、勢いが良すぎたかもしれない。二人はびっくりしたように、そこで固まってしまった。
 それが慎一郎と舞衣の待っていた、王禅寺から紹介されてきた者だったわけだった。


「お客様にはやはり、満足して帰っていただかないと」
 舞衣が依頼した王禅寺から手紙で、この写真館に呼び出されたのは結局三人であったらしい。一人は一番最初に到着していた慎一郎。残りの二人は、外で会ったと言って二人一緒に入って来た東雲飛鳥と四方神結だ。
「……宇奈月さん……」
 セレスティに舞衣が説明をしている間に、店頭の様子は少しだけ変わっていたせいか。地獄の底から響くような声で、舞衣は慎一郎の後ろに立った。
「……ねえ……ここにあった机と棚はどこ行っちゃったの……?」
「それなら、あそこに」
 と、慎一郎の指差した先には、ピカピカの鎧兜が鎮座していた。持って帰るわけにもいかないので、写真を撮ったら鎧は置いて帰ったわけである。
「……どういう経緯で?」
 ずももももと、オドロ線が下から湧き上がるような効果線を背負って、舞衣は問い質す。明るくさわやかな営業スマイルで、慎一郎はそれにも答えた。
「それはもちろん、お客様が来て、鎧を着たいと言ったからですよ」
 お父様に写真を撮ってもらって、満足してお帰りになりました……と。
「……それで、どうして、机と棚がなくなるの?」
「錬金術は等価交換なんですよ〜。分解して組み立て直すだけですから、原子の数や質量は変わらないので」
 無から有は生み出されない、それは神と魔の領域なので。
 そう朗々と慎一郎が説いた瞬間だった。どこかでプチッという音がした……いや、気のせいだったかもしれないが。
「元に戻しなさいよー!」
「お、おおおお?」
 舞衣の手が、ガガガガと神速で慎一郎を揺さぶる。
「世界が回っていますよー……?」
「舞衣さん、舞衣さん、その辺りで」
 慎一郎が目を回しかけたところで、セレスティが控えめに舞衣を宥めた。
「あたし、そういうことお願いしたんじゃないのっ!」
「ええ? どうにかしてほしいと聞きましたよ?」
「だから、それ、どうにかなってないってば」
「そうですかぁ? 男なら、子供の頃に一度は鎧兜を着てみたいと思ったことがあると思いますよ。何がきっかけかはともあれ、そんな古い想いが目覚めたのなら、満足して帰っていただくのが良いと思うんですけどねえ」
 さてセレスティが舞衣を引き離した後には、慎一郎が優勢のようだ。むう、と舞衣は唸っている。
 だが、しかし……
「そうそう。舞衣さん、お土産を持ってきたんですが」
 やはり見かねたのか、そこで飛鳥が手土産に持ってきたという柏餅を差し出した。
「みなさんで、いただきませんか。ゆっくり、どうしたら良いか話してみましょう」
 この、問題となっている五月人形を囲んでと。
「私も、それが良いと思います」
 結もうなずいた。
「私も、ご一緒させていただいてよろしいですか?」
 セレスティはそこで、そのケースを撫でて、人形に興味があると言った。
「……ん。じゃあ、お茶の用意してくるね」
 話が逸れて怒りが収まったのか、舞衣はくるりと踵を返す。
「あ」
 そこで……その足元にいて、舞衣の移動に合わせて避けるように動いた真之介を、唐突に結が抱き上げた。不意をつかれた真之介がふぎゃっと鳴く。
「あの」
 少し頬を染めて、結は舞衣を呼び止めた。飛鳥も他の男性陣も結に注目する。注目を浴びてか、結は頬の赤みを強くして。
「すごく個人的なお願いなんですけど……真之介ちゃん、撫でても良いですか!」
「え、いいけど」
 振り返った舞衣は、真之介と結の顔を交互に見た。真之介は結の手の中で、だらりと伸びている。抵抗して暴れてないということは、いやなわけでもないのだろう。だから舞衣も別に構わないと答えたのだろうと思ったところで。
「ははは、もう抱いてるじゃないですか、お嬢さん」
 慎一郎は容赦なく、そこにツッこんだ。
「え! あ、いや、これはその」
 結はさらに顔を赤らめて。恥ずかしそうにうつむく。
「……退魔業で、家を空けがちなので……動物好きなんですけど……飼えないんです」
 あまりに恥ずかしげに見えて、悪いとは思ったけれど飛鳥は少し笑いが漏れた。見れば周りの二人もそうで、この微笑ましい一幕に舞衣の昂ぶりもそこで一度、すべてどこかへ行ったようだ。
「嫌がってないから、真之介とは好きに遊んでて。おもちゃもあるし」
 一緒に持ってくるから、と笑って舞衣は奥へ走っていった。


●五月人形のお願い
「じゃあ、由来はまったくわかりませんね」
 この五月人形を持ってきたお客の行方は、まったく知れない。そこから遡って、人形の由来を調べることはできないので……
「やはり、人形自身から読み取るしかないでしょう」
 セレスティはガラスケースから、その人形を出したいと言った。自分の能力で、人形の過去――製作者や今までの持ち主のことなどを見てみたいと。
「人形には魂が宿ってしまうことも多いと聞きますし」
 セレスティの言葉に、結もうなずく。次は自分に人形を貸してほしいと言って。
「何か憑いているのか……魂が宿ったのか。どちらにしろ、何かが訴えかけているのは間違いないんでしょうね」
 舞衣や慎一郎も覗き込む中で、セレスティはケースから出した人形に触れる。
 それは占いの能力としているが、あるいは過去や未来を見る力と言っても良いのかもしれない。
「人形師の方は……腕の良い老齢の方だったようですね。いつ頃でしょうか、割合古い……昭和初期でしょうか」
 ごく普通といえば普通の、男の子の誕生を祝う品であったようだ。当時のそれなりに金持ちの家からの注文品で、引き取られた後には鎧飾りと並んで丁寧に飾られていた。男の子はあまり人形の方には興味がなかったようだが……第二次大戦の終戦を迎えるまでは、その家にあったようだった。その後手放された人形は巡り巡って、色々な家をまわり……近年になって最近までは古道具屋の倉庫に、同じような品々と共に眠っていたようだった。毎年季節が近くなると店頭に並べられて。
 ふと手に取った青年が何故それを購入したのかは、よくわからない。
 そして、その青年がこの写真館へ人形を持ち込んだのだ。
「手に取った理由まではわかりませんが、手に取った時点で何らかの影響は受けていたのではないでしょうか。彼が古道具屋でこの人形を買ったときには、外に出ていた五月人形は最後の一つだったようです」
 古道具屋で近づいたところで、もう人形に囚われたとも考えられる。実際に写真館の客は触れなくても影響を受けている……そこには、まあ、この写真館自体の事情もあるのかもしれないが。たとえば、舞衣の能力など……
「青年は人形を手放した時点で、影響から解放されたのでしょう。だから帰ってこなかった……けれど……これというはっきりした理由は過去からは出てきませんね」
 セレスティは人形をテーブルに置いた。
「……ええと、私なんとなくわかるような気がします」
 結が、おずおずと言った。そして、飛鳥も。
「私も、わかるような気がします……この人形の願いが」
 結が飛鳥の顔を見返して、飛鳥も微笑み返す。二人は同じことを考えているらしい。
 結はうなずいて。
「貸してもらえますか。この子に魂があるのならば、私、話ができると思います。この子の願いを確認できたら……」
 叶えられる願いなら、叶えてあげましょうと。
 五月人形は結の手に渡り、そして……
「そう……やっぱり」
「……鎧が着たいと?」
 飛鳥が問うと、結はうなずいた。
「最初の持ち主は鎧兜と並べて人形を飾って、人形にはあまり興味がなかったのでしたよね。振り返ってもらえない寂しさが、そんな願いを生み出したのかもしれません」
 飛鳥は人形自身が鎧を着たがっているのではないかと、最初から思っていたようだ。そう思って聞いたならば、人形の辿ってきた経路は十分その裏づけとなるだろう。
「古道具屋で……鎧飾りを買っていくお客さんが多かったことも、理由の一つだったみたいです。寂しかったんですね」
 結が付け足す。
 ただ願う、それが場所を得て、形になった。
「なら……」
「着せてあげましょう。立派な鎧兜をこの子に」
 それできっと、満足するはずなのだから。結と飛鳥はうなずきあう。
 そこまで聞いて……
「なるほど。では、私の出番のようですね」
 慎一郎はそう言い、一歩進み出た。モバイルを起動させながら。
「願う方には、その願いを叶えて差し上げましょう! 完璧なサイズで、完璧な鎧兜を……!」
 それが仮に人形だとしても、何も変わりはしないだろう。
 軽やかに慎一郎の指がキーボードが走ると、画面から光がこぼれる。
 その光が鎮まるときには、もう完璧なミニチュアサイズの鎧兜を身につけた人形が立っていた。
 ほう……と、さすがにその鮮やかな手際に、誰もが感嘆の息を漏らした。
「……良かったね、満足した?」
 結が人形に声をかけている。
 その返事は、慎一郎には聞こえなかったけれど……
 自信はあった。完璧な鎧兜に、きっと満足できているだろうと。


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□□□□登場人物(この物語に登場した人物の一覧)□□□
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【2736/東雲・飛鳥 (しののめ・あすか)/男/232歳/古書肆「しののめ書店」店主】
【2322/宇奈月・慎一郎 (うなずき・しんいちろう)/男/26歳/ちょっと錬金術師】
【1883/セレスティ・カーニンガム /男/725歳/財閥総帥】
【3941/四方神・結 (しもがみ・ゆい)/女/17歳/高校生】

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□□□□□□□□□□ライター通信□□□□□□□□□□□
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 ご参加ありがとうございました〜。絵のほうと一緒に出せればよかったのですが(汗)。私がヘタレて間に合いませんでした……
 お初の方もいらっしゃいますので、少々ご案内を。参加者の皆様に納品された作品は、同じ話・同じ時制で矛盾はないはずですが、概ねそれぞれ個人の視点で少しずつ編集されております。お暇があれば、同じ話に参加した方のバージョンもご覧になってくださいませ。何か違うものが見えるかも……しれません。