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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜小噺・演目〜



 月宮誓は、顔が引きつるのを感じる。
 目の前には彼の旧友。通りかかった誓を引き止めたのは彼だ。
「……王子、役なら、まあ……」
 それなら我慢できるなと誓は思う。
 苦い思い出が脳裏によぎった。
「どうした? 月宮、もしかしてまだあのこと……」
「言うな……」
 誓は小さく言う。
「でも今回、おまえも驚くぜ?」
「は……?」
「すっげぇ可愛い子が代打で出るんだよ。美人なんだけど、ちょっと無愛想なのが勿体ないっていうか。でもおまえの妹ちゃんもすんごい可愛いよな」
「…………」
 妹のことが話題になり、誓は友人を見遣る。
「やらないぞ」
「じ、冗談だって! まあもう少し成長してから……イテテテ! いてえよ、月宮!」
「おまえが妹を邪な目で見ていることは、よくわかったよ」
 友人の耳を優雅に抓りあげる誓。
 誓には9つほど下の妹がいるのだ。
「いだだ! わかった、わかったって!」
 悲鳴をあげる友人から手を引く。
「その冷たいところ、あの子に似てるぞ月宮」
「あの子?」
「代打で出る子。狩人をやる子だよ。
 えっと……名前は…………」
 思い出す友人が、ぴっ、と人差し指を立てた。
「そうそう! ちょっと変わった字なんだけど、名前は確か、遠逆月乃!」



 台本を読む月乃は、長い髪を後頭部で一つに結っていた。シャツに、ズボンという軽装で。
 彼女はぴくりと反応して顔をあげた。
「…………月宮さん」
「や、月乃」
 片手を挙げる誓は、彼女からかなり離れたところに立っている。
 じと、と見る月乃は立ち上がって腰に片手を当てた。
「お手数をおかけしているようですね、月宮さん」
「え?」
「あなたの力をほとんど感じませんから」
「……ははは。バレたか」
 あれほど苦しむ月乃の姿を思い出し、苦笑する。
 無表情で立つ月乃は苦しむ様子はない。どうやら安心のようだ。
 一歩、一歩と少しずつ近づく誓。どのくらいの距離で彼女が拒絶反応を起こすかわからない。
 だが、目の前に立っても彼女はまったく苦しまなかった。
「大丈夫……のようだな」
「…………」
 無言で眉間に皺を寄せる月乃は、睨みつけるように見上げてくる。
「そこまで気を遣っていただく必要はありませんが」
「そうか?」
「この間は私にも油断があったんです。今日は自身の結界も強化していますから」
「へぇ……」
 感心する誓であった。
「それにしても……あなたは色々な意味で私とは相反する要素を持っているようですね……」
「どういう意味だ?」
「……それは血脈のものなのか……それとも、そういう才能なのか……。まあ」
 月乃は独りごちる。
「私には関係のないこと……」
「…………」
 相変わらず苦手とされているようである。
「しかし、月宮さんはなぜここに?」
「俺はこの劇に参加してくれって頼まれたんだ」
 あからさまに嫌そうな顔をする月乃に、思わず笑いそうになった。
「……そうですか」
「月乃は……狩人の役なんだって? 白雪姫を助ける役なんだろ?」
「セリフが少ないですから」
「……でも、意外だったな」
「なにがですか?」
「代打とはいえ、劇に出るとは思わなかった」
 つい、と月乃を指差す。
 月乃はその指を押し退けた。
「本当なら引き受けないんですが……今回は仕方ないので引き受けただけです」
「なるほど」
 頷く誓だったが、月乃をまじまじと見つめた。
「しかし狩人役か……。月乃なら、お姫様でもできそうなのに」
「は?」
「だって、美人じゃないか」
 あっさりと言う誓に、月乃は唖然をしている。そして顔をしかめた。
「顔の美醜など、微々たるものじゃないですか? だいたい私は代打です。主役などやる気はありません」
「勿体無い」
 肩をすくめてみせる。
 月乃は嘆息した。



 共に練習するようになって、月乃は時々誓のことを観察するようになった。
 それは別に恋などというものではない。彼女はなぜ己が誓を嫌うのかの理由を探っていたのだ。
 誓は劇団員ととても仲がいい。彼もこのメンバーとは初対面だったはずなのに。
 他人に近づいて欲しくない月乃は一人でいることが多い。
(人と仲良くなる才能というか……)
 なんなのだろうか、あれは。
 前に会った時、かなり神経に障ったのは憶えている。
 誓と喋る誰もが安心し、笑う。それをじっと見ていた月乃は「ああ」と納得した。
(なるほど……。だからですか)
 一人で納得する月乃は、やはりな、とも思う。
 前回は彼の力にかなり拒絶反応を出した。気持ち悪くなって、苦しくなった。
 浄化の力のせいだと思ったが……それはそもそもおかしい。月乃は確かにあまり得意とはしない力だったが、それでもあの拒絶はおかしかった。
 離れるとそうでもない……そう思った謎が解けた。
 月乃は瞼を閉じる。
(まあ……そんなに会うこともないでしょうしね)



 白雪姫を演じる少女を眺めていた誓は、苦い思い出を噛み締めた。
 あれは誓が小学校の頃。本来なら王子役だった誓は、急遽白雪姫の役へと変わったのである。
 それは白雪姫の子が急な発熱で学校を休むことになったからだ。
 凄まじい暗記力がある誓は、そこで仕方なく白雪姫をやることになった。幸い王子のセリフは少なかったので、他の者でも演じられたのだ。
 完璧にこなした誓は、あまりにもハマり役でかなり目立ってしまったという……そういう嫌な過去がある。
 台本を捲って眺めていた誓は、はあ、と小さく溜息を洩らした。そして気づく。
(あ)
 お妃に白雪姫を殺すように頼まれた狩人の出番だ。
 すい、と流れるような動作で出てきた月乃は真剣な表情である。
「来たか」
 お妃役の女が声を高らかに言う。彼女の前に月乃はひざまずいた。
「お呼びでしょうか、お妃様」
「おまえに命令を与える!」
「ははっ、なんなりと」
 月乃の演技はかなりつたない。セリフは完璧に憶えているようだが、どうも演技は苦手のようだ。
(うーん……)
 戻ってきた月乃に、誓は近づく。
「なんなら、俺と練習するか? 付き合うが」
「……いいえ。結構です」
 冷たく見遣る月乃は、すたすたと歩き、壁に背中をあずけて台本を確認していく。
(強情だな……)
 月乃の様子を眺めて、誓はそう思った。
 台本をぱらぱらと捲っていた月乃は、ふと手を止めて演じているメンバーを観察している。
「おや! 我々のベッドに誰かがいるぞ!」
「誰だ誰だ!」
 子供にわかるように大きな身振り手振りで演技をする団員。かなり大げさに見える。
 小人たちはあちこちをキョロキョロ。
 それを見て月乃は何度もうなずいている。
 誓の出番がまわってきた。
(今度こそ、あの時の演技ができるな)
 ひょこひょこと出ていく誓は、ちらりと月乃を見た。月乃は真剣に見つめている。
(少しでも参考になればいいが……)

「相変わらず上手いなあ、月宮は」
 友人に言われて、誓は苦笑する。
「演技をしたのなんて、小学校以来だけどな」
「女の子はうっとりじゃないのかぁ〜?」
 くくくと笑って言われるが、誓は視線を月乃に向けた。彼女は台本を丸めてなんだか身振り手振りをしている。
(なにやってるんだ……?)
 奇妙な動きをする月乃は、そのまま歩いてお妃役の女性に話しかけた。台本を広げてなにやら訊いている。
 何度も頷く月乃は、ニヤ、と不敵な笑みを浮かべた。不気味だ。
(……笑ってる……)
 意味がわからなかった。



 小学生に見せるためのものとはいえ、手は抜けない。
 とうとう今日が、公演の日だ。
 深緑色の衣装を着た月乃は動揺する様子が微塵も無い。落ち着いている。
「月乃、今日はよろしく」
 片手を差し出した誓の手と、誓を交互に見遣ってから月乃は目を細めた。手は握らない。
「変な人ですね」
「変か?」
「…………親切すぎて、逆に胡散臭いとでも言いましょうか」
 厳しい。
(よくこれで今まで練習に出てこれたな……)
 逆に感心してしまう。
「……なんでもできて、つまらなくはないんですか?」
「へ?」
「世界が、つまらないものに見えないというなら……あなたにも何か弱点があるんでしょうね」
 月乃は誓の横を通り過ぎた。
「いいえ……違いますね。弱点というよりは……」
 小さな言葉だったので、誓には最後まで聞き取れない。
 出していた手を引っ込め、誓は振り向いて月乃を見つめた。
(なんでもできて……?)
 それは彼女にも言えることではないのか?
 だが、本当に?
(親切すぎて……か)
 そんなつもりはない。普通に接しているだけなのだ。
 なつかない犬のような感じもする、彼女は。
 違う。
 そうじゃない。
 誓は月乃の後ろ姿を見つめ続けた。
 彼には大切なものがある。彼の妹だ。彼より強い力を持つ妹を、守りたい。大切だから。
(そうか)
 誓はその時になって初めて気づいた。
(月乃は……俺とは全然違うんだ)
 そのなにもかもが。

 月乃は誓の視線を感じて嘆息する。
(悪い人ではないです)
 それはわかっている。
 力もある。技術もある。なんでもそつなくこなす。
 自分とは大違いだ。
 月乃は生まれてからこれまでの事を思い出して顔をしかめた。
 強くならなければならない理由があったのだ。
(ですが、それだけですね)
 親切で優しい人だと思うが、それだけである。
 拒絶しているのは月乃のほうかもしれない。だが、それは当然だ。
 誓は他人を安心させる魅力を持つ。それが月乃の気に障るのだ。嫉妬や憎悪ではない。
 本当に、そこが苦手なのだ。
(そう)
 最初の出会いで月乃が苦しんだのは、誓に自分の領域に踏み込まれるのを本能が拒絶したのだ。
 力の強さも確かにある。
(月宮さんに近づかれると、私が私である理由が突き崩されそうになる)
 安心しろ。安堵しろ。心を安らかに。――――油断しろ。
 常に警戒をしていなければならない自分が拒絶したのは仕方のないことだ。
(……どんな人間でも安心する、か)
 自分にはそれは当てはまらない。



「さあ、逃げるんだ白雪姫!」
 月乃は大きな声で言う。大きな動作で。
 彼女はかなり練習した。だからこその成果だ。
 それを舞台のソデで誓は見つめる。
(友達くらいにはなれると思ったんだが……)
 これはなかなか難しそうだ。
 静かに誓は己の出番を待つ――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4768/月宮・誓(つきみや・せい)/男/23/癒しの退魔師】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 二度目の発注ありがとうございます、月宮誓様。ライターのともやいずみです。
 月乃の役の指定がございませんでしたので、今回は狩人として書かせていただきました。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました。