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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜小噺・演目〜



 綾和泉汐耶はぐっ、と構える。目の前の少年もだ。
「じゃーんけん……」
 二人はごくりと喉を鳴らす。
「ぽん!」
 合図と同時に二人は拳を変える。
 汐耶はチョキ。少年はパーだ。
 がーん! とショックを受ける少年の前で、汐耶はふふふと軽く笑った。
「私の勝ちね、遠逆くん」
「ぐ……」
 むっとする少年・遠逆和彦は手をわなわなと震わせて汐耶のチョキを見つめる。
「遠逆くんは意外にもジャンケンに弱い、と」
「違う! これは運だ!」
 強く否定する和彦の様子に、汐耶は目を丸くした。彼はこんなに感情が激しかったのかと驚いたのだ。
「キミの動体視力なら、私が何を出すかわかっていたでしょうに」
 肩をすくめる汐耶を見遣り、和彦は視線を伏せた。
「それは……ズルだろう? どうしても勝たなければならない場合を除いて、そういうのはしないことにしている」
「律儀なのねぇ」
「律儀じゃない。勝負は平等にしないと気がすまないだけだ」
 汐耶は苦笑した。
 わざと勝つでも、わざと負けるでもなく……。
(出す直前に両目を閉じてたから、ゴミでも入ったのかと思っていたのだけど……『そういう理由』だったとはね)
 恐れ入った。
「とにかく頑張りなさい。おねえさんは、応援してるから」
 バシッと背中を勢いよく叩くと、彼はよろめいて恨めしそうに汐耶を見遣った。



 汐耶と和彦の出会いは雨の日で、彼が、貸した衣服を返しにやって来たのは晴れの日だった。
 図書館が休館の日、汐耶が珍しくうとうとして寝ていたところでチャイムの音。
 ドアを開けるとそこに立っていたのはかつてこの部屋に来た、黒髪の少年だった。
「服を返しに来た」
 と無表情で言う彼は、何か悩んでいるようで顔を時折しかめていた。
 衣服を受け取った汐耶を見上げて彼は「暇か?」と尋ねてきたのである。
 彼が助けた人物が、実は今度地域でやる劇に出演していた人物らしく、代打を頼まれたのだという。だが、もう一人必要なのだそうだ。
 役をやるのが一人。裏方で動くのが一人。
「なるほど。私が裏方ね」
「……待て。誰があんたに裏方を頼むと言った?」
「え? 違うの?」
「違う。俺は目立ちたくない。あんたには役を頼みたい」
「私は裏方向きだと思うんだけれど……。それに、遠逆くんのほうが適任でしょ?」
「なぜ?」
「なぜって、キミはそんな綺麗な顔をしておいてそういうことを言うの?」
「顔の美醜は演技に関係ない」
「……困ったわね」
 双方譲らず、という感じで今回の話は幕を開けたのだ。

 結局のところ、じゃんけんで決めることになった――結果。
 和彦は役。汐耶は裏方。
 台本を眺める和彦は、練習場の隅にいた。貸衣装の手配をしていた汐耶は、その様子に足を止める。
(また一人……)
 わざとなのだろう。
 それに。
「あいつあんな離れたところにいるぜ」
「ほーんと。やる気あんのかしら」
「だいたい素人だろ?」
 若いメンバーで構成されているこの劇団。メンバーは和彦に対してあまりいい印象はないらしい。
(そりゃそうよね……遠逆くん、無愛想だし)
 必要なこと意外は喋らないというのもある。
 協調性がない者は、どうあっても浮くものだ。和彦がそれを全く気にしないことにも問題はある。
 きっと今回限りの付き合いだと割り切っているのだろう。
「あの目、見たか?」
「見た見た! ちらっとだけど、左右で色が違うじゃん!」
「眼鏡で隠してるっぽいけどね」
「三秒くらいしか見れないよな。あいつ、視線にすぐ気づくんだぜ」
「うわっ、キモいなそれ」
「見かけがよくてもなぁ、あれじゃ」
 口々に忍び笑いをするメンバーたちを見かねて、汐耶が入って行く。
「ねえねえ」
「あ、綾和泉さん!」
 一人の少女が汐耶に反応した。
「今回はどーも。色んな手配をしてくれたみたいで。綾和泉さんがいてくれて大助かりですよ!」
 笑顔で迎えてくれるメンバーを見渡して、汐耶も微笑む。
「それはどうも。私も、手伝うと言ったからには成功させたいから」
「ほんと助かります!」
「それはそうと……遠逆くんの悪口は、感心しないわよ」
 しん、と静まり返った。
「私は彼に言われて今回参加したの。仲良く、とまでは言わないけれど……まじめにやっている彼を悪し様に言うのはどうかと思うわよ」
 笑顔で言う汐耶の前で、全員が顔を見合わせてばつが悪そうにする。

 貸衣装を手配して、音響について頼んでいる友人へ電話をしようと歩いていた汐耶は、ぱん、と頭を何かではたかれた。
 驚いて振り向くと和彦が、丸めた台本を持っている。どうやらそれで叩かれたようだ。
「……ひとの頭を叩くのは、どうかと思うわよ遠逆くん」
「余計なことをするな」
「なにが?」
「……わざわざ庇ってくれなくていい」
 どうやら先ほどの会話を聞かれていたらしい。汐耶は臆する様子もなく、むしろ堂々と和彦に向き直る。
「どうしてあんなに陰で悪口を言われているのを止めないの?」
「どうしてって……あれでいいと思ったからだが」
「そんなわけないでしょう」
 人差し指を立てて、言い聞かせるようにする汐耶に彼は驚く。
「劇はみんなでやるものよ。仲良くなれとは言わないけど、そこそこはコミュニケーションをとりなさい!」
「…………」
 唖然。
 とする和彦は口を開いた。
「ま、まあ……ああ、ど、努力する」
 彼はふらふらとどこかへ行ってしまう。動きがかなり怪しかった。
(ど……どうしちゃったのかしら、あれは……)



 適度に会話をするようになった和彦は、あまり話題にのぼらなくなった。
 これも、汐耶のおかげだろう。
 練習が終わって帰る途中、大仰に嘆息する和彦に汐耶は首を傾げた。
「どうかした?」
「……いや、あんたのおかげというか……まぁ」
 困ったようにまた溜息をつく和彦は、苦笑する。
「その、礼が遅れた。あんたは俺のことを気遣ってくれただけなんだよな。……あ、ありがとう」
「…………」
 ぽかーんとする汐耶であった。
「……キミがお礼を言うなんて……」
「言うべきだと思ったら言うぞ。俺をあんたがどう見てるか、よくわかった」
 つんとする和彦を見遣り、汐耶はくすくすと笑う。
(そっか……)
 彼は別に、感情がないわけではないのだ。憑物封じさえしていなければ、どこにでもいる高校生と同じように笑ったりするのだ。
 和彦を庇った汐耶に律儀に礼を言うところも、かなり可愛げがある。本人にそんなことを言えば激怒しそうだが。それとも、冷たく睨まれるだろうか。
 なんにしろ。
(遠逆くんは……ちゃんと『人間』なんだわ)
 す、と片手を挙げる汐耶の手を、すいっと彼は避けた。
「……どうして避けるの」
「なんで頭を撫でようとする?」
「あら。わかったの?」
「気配でわかる。それに……なんだその目は。馬鹿にしてるのか?」
「慈しんでるのよ?」
 ふふっと軽く笑う汐耶を、ぎろっ、と睨みつけた和彦が肩を落とす。
「あんたのその余裕は、なんなんだろうなぁ……」
「そりゃ、遠逆くんより年上だもの。当然よ」
 穏やかに微笑する汐耶に、彼は妙なものでも見るような視線を向けてきた。
 実は……密かに調べていたのだ。
(遠逆の家……)
 退魔士の家系なのはすぐにわかった。依頼を受けて日本中に出かけていくのも。
 彼らは血族だけで屋敷を構え、ひっそりと……まるでないもののように生きている。
 和彦が次の当主候補で最終力になっているのも、汐耶は知っている。
(確かに……遠逆の家から見れば遠逆くんは申し分ない才を持っている……)
 そこで問題になったのだろう。彼の体質……呪いのことが。
 当主になるには、彼の「呪い」は邪魔以外ならない。
 それは、汐耶の推測だ。
 遠逆は外部に情報をほとんど出していない。退魔士の家系として一部に有名なのだが、一般的にはほとんど知られていないのだ。
 詳しいことを探ろうとしても、無理なのだ。
 おかしなくらい、秘密主義で。
(……訊いても答えてくれるかしら)
「遠逆くん」
「なんだ?」
「……遠逆の家では、どうなの? キミがここにいるのは承知しているかしら?」
 途端、和彦は元の無表情に戻ってしまう。
「……承知している。俺の呪いを解くにはこの地で憑物を封印しなければならないからな」
「遠逆の家が、嫌い?」
「嫌い? まさか。閉鎖的とは思うが、そんなことを思ったことはないな」
 閉鎖的……。
 間違ってはいないだろう、その言葉は。
 古い因習のある家では、世間から見て驚くようなしきたりが残っていることも少なくない。
 遠逆の家にもそういうものがあるのではと思ったが、どうやら見当違いのようだ。
「よし! それじゃあ今晩は夕食をご馳走するわよ。うちに来なさい」
「……あんた」
「安心なさい。妹も一緒よ」
 またそうやって気安く、という顔をする和彦にそう言うと、彼は驚いたように目を見開く。
「妹……? あんた、妹がいるのか?」
「いるわよ」
「…………意外だ」



 和彦の役は、主人公の「心」の一つ。
 心情を出す場面で彼は出る。彼の担当するものは「冷静」。惑わされずにいるためか、彼は目を包帯で隠すのだ。
「ああどうしよう! この胸の高鳴り! きっと恋をしているのだ!」
「落ち着け。なぜ彼女は自分のような、なんの取り得もない男に言い寄ってくるんだ? おかしいじゃないか!」
 舞台の上で、数人の男が言い合う。和彦は膝を抱え、黙って中央に座っていた。
「『疑心』! おまえはどうしてそうやって疑うんだ! 信じることも大切なのに!」
「『信頼』! おまえはそうやって信じてばかりだから、俺は一文無しになったんだろう!」
「二人ともやめろ。言い寄っているだけかもしれないじゃないか」
 和彦がぽつりと言って立ち上がる。
「本当に俺が好きな相手は、別にいるだろう? 気の迷いだ」
「『冷静』! おまえはわかりはしない! 恋をした時の胸のこの痛みが! それなのに……!」
「『愛情』……それが真実なのか、そうでないのか……それは俺の決めることではない」

 汐耶は舞台を眺めている。
 これは成功確実だ。
(舞台が終わったら、お疲れ様って言いに行こうかしら)
 汐耶は小さく微笑む――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女/23/都立図書館司書】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご依頼ありがとうございます、綾和泉様。ライターのともやいずみです。
 裏方で和彦をさりげにフォローということで、少し和彦が警戒を解いた形になっております。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!