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<東京怪談ノベル(シングル)>


No Nothing

 櫻、開く。
 花は季節ごとに眠り、開き、また眠る。

 月が、夜空へと向かい、輝く。

 夜毎形を変え、毎夜毎夜空へ浮かび来る。
 離れることも、近づくことも無く、微妙な距離を保ちながら。

 だが。
 人は――……どうだろう?

 同じように咲き、浮かぶものならどれだけ良いだろう。
 今、探せるものであるのならば。
 どれだけ――楽であったか知れないのに。




「そうは言っても詮無い事、かしらね……」
 源・睦月は、櫻を前に、一人呟く。
 艶めいた黒髪は夜に染まることも無く、艶を放つように光り、白い顔も櫻と同様に仄白く……冴え冴えとした青い瞳が何かを求めるように櫻を視線だけで、撫でていく。

 はらはらと静かに散る花びらが風に乗り、髪へと、かかった。

 夜空の下で咲き誇る櫻は美しい。
 限りある命を謳歌しているものの美しさだ。

 花は花としてあり、その運命から逃れることなく生きるから人の心を打つ。

 ―――……ああ、そんな風に言っていた人が居たのは何時の事だった?

 何故、探し人を不死者にしてしまわなかったのだろう。

 今までも、何度も出逢ってきた。
 出逢う度に好きになったし、死に目も何度も見てきた――無論、ほんの僅かの時、一緒に過ごす事も。

 全ては泡沫の様に儚く、そして脆い。

 散る花びらと同じように、決められたことの一つではあるけれど。

(それでも、愛(かな)しい)

 全てが当たり前にあることだから余計に。
 はらはらと散りゆく花びら。
 僅かに朱を含んだ、その白い花びらを睦月は手のひらへと掬い取り、口付けると。

 花びらが生きているかのように、小さく、震えた。




『どうして見つからない?』
 部下である怪奇探偵に、詰め寄ったのは最近のことだ。
 が、相手は困ったような顔をするでもなく真剣な顔で煙草をもみ消し、睦月へ向かい合うと、
『と言うより、このデータから見つけ出せって言うほうが無体ってモンだぜ? こちらも、このデータを元に懸命に調査をしている――今は、待てとしか言えない』
 と、言い、ヒントも得ないような調書を見せた。
 以前なら、気で辿れた。
 相手の気がどう言うものであったか、どういう光を放ったかさえ睦月はまざまざと思い出すことが出来たし、実際、今まではそうして見つけてきたのだ。

 なのに。

 今は――……

 見つからない、みつからない、ミツカラナイ………逢えない。

 逢えない。

 月を見上げる。
 確かに、そこに月はある。
 だが、昨日見ていた「月」は、もうない。

 夜毎変える姿に、昨日あった筈のものがつかめない。

 確かに、そこに在るのに。


(何故……同じにしてしまわなかった?)


 自らへと何度も繰り返す問い。
 同じにすれば、いつでも傍に居られたろう、それこそ、ずっと、ずっと――永久に。

 けれど。

『人』だからこそ、愛しく思う。
 自らとは違う、ただの人であるからこそ惹かれるのだとさえ。

 何度生まれ変わろうとも魂だけは変わらない。
 睦月が欲した魂だと言う事以外、何も。

 けれど、今、何処に居るのかさえ定かではない―――。

("ここ"に、この場所に、あたしは居るのにね)


 月が浮かべば、居ない人物を想い、櫻が咲けば、またその姿を追いかける。
 確かに居るはずなのに居ない。

 ねえ。
 お願いだから――呼びかけて、あたしに届くまで。

 声が。

 心が。

 まだ、繋がっているのだと何処かに居るはずの貴方も信じていてくれるなら。

 そして、触れて、抱きしめて。

 永い「生」の瞬きの前に変わらぬものが人にさえあるのだと、あたしにも信じさせて。

 月ではない。

 櫻ではない。

 人に。

 唯、一人、貴方だけに。

"永遠"があるのだと。


 手を伸ばし、睦月は近くの枝から櫻を一花、摘み取る。

 先ほど花びらに触れたように、今度は花へと口付ける。

 ――これは貴方の花。

    ――この櫻は貴方自身。

       ――貴方に触れるようにあたしは貴方へと、触れる。


(ここに居るの)

 貴方が、気付かなくてもあたしは此処に。
 遠くから、近くから呼ぶ声となって貴方に届くように。

 早く出逢って――抱きしめる腕を思い浮かべるように、今も尚、逢いたい心だけを抱いて。





―終―