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Surprising Homecoming
桜の季節もあっという間に終わり、気が付けばすっかり桜の来は葉桜に変わってしまっていた。
1人暮らしのマンションへ帰って来て郵便受けを確認する。とはいってもいつも入っているのは何通かのダイレクトメールのみなのだが、今日は1通だけ厚みの違うものがあった。真っ白な和封筒に綺麗な楷書で『月見里千里(やまなし・ちさと)様』と書かれているその筆跡は見覚えのあるものだ。
裏返して確認すると案の定、差出人の住所は広島県尾道市。千里の実家の母からの手紙であった。
「?」
千里が首を傾げるのも無理はなかった。一昨日の晩母親から電話が掛かってきて長話したばかりなのである。
―――昨日の今日で手紙なんてなんだろ?
部屋に帰ると必要なさそうなダイレクトメール類はすぐにゴミ箱に捨てて、封筒の隙間にペーパーナイフを差し込んで開いた封筒を逆さに振る。
かさっ、と音もなく取り出した便箋を開く。すると便箋の間から2枚のチケットが落ちた。
足元に落ちたそれを屈んで拾い上げあると、それは広島までの新幹線の切符。
「え?」
慌てて便箋を確認すると、
『前略。先日の電話で言い忘れましたがお父さんが久しぶりに千里の顔を見たいと言っていたので、新幹線の切符を送ります。今度の5月の連休は家に帰って来るように。』
と記されていた。
「えぇぇ!?」
急に帰郷を促されて千里は少し困惑した。
しかし、如何せん千里は現在未成年で両親に扶養されている身である。ただ帰ってくるようにといわれたのであれば、なんとでも言い訳は出来たのだが、帰郷の為の切符まで問答無用で送って来られては拒否することも出来ない。
「仕方ない、か」
そう呟くと千里は小さく溜息を吐いた。
■■■■■
「もー、どうせチケット送ってくるなら新幹線じゃなくて飛行機にしてくれればいいのに」
チケットの指定席を探しながら千里はそう零した。
飛行機なら実家のある広島県尾道市まで2時間ちょっとだが、新幹線だと軽くその倍の4時間ちょっとかかるのである。
「ここね」
チケットと座席の番号を確認して千里は窓際の席に腰掛ける。
GWということもあり帰省ラッシュとぶつかれば乗車率は優に100%以上が当たり前となることを慮って指定席にしてくれただけでも幸せものだと思っておこうと、千里は自由席の辺りを伺いながら座席に腰掛けた。
―――それに、時間があればゆっくり考え事も出来るわけだし……
自分の事を忘れてしまった彼のことを考えながら千里は外の景色をぼんやりと眺める。
車内アナウンスが流れゆっくりと列車が動き出す。
流れる景色をただぼんやりと眺めているといろいろな事が脳裏に浮かんでは消える。
幸せだった事、とつぜん降って沸いたあの出来事、それからずっと苦しかった事―――全てを思い出すとまだ胸が痛い。痛くて仕方がないけれど、多分、あと数時間後には両親にいつもの千里であることを見せなくてはいけない。
急な帰省はきっと誰かから、自分が気落ちしていると聞いたからだろう。原因が何かは知らないだろうが。
途中の停車駅で、少し慌てた様子の男の人が車両に飛び込んできた。
年のころは千里より年上の社会人だろうか、GW初日だけあってカジュアルな格好の人も多い中でその人はスーツにネクタイという姿だ。ただ少しそのスーツ姿がぎこちない所を見ると新社会人なのかもしれない。
目が合った千里に小さく頭を下げて隣の席に腰掛けた。
千里は目礼だけを返して再び窓の外に目をやる。
物思いにふける千里の目に映った、遠くに見える富士山のバックには雲ひとつない五月晴れの空が広がっていた。
■■■■■
新幹線から在来線に乗り換えて最寄の駅からゆっくりと歩いてきた千里は長々と続くの塀を辿り、ようやく檜で出来た瓦付きの大きな門構えの立派な日本家屋の前で足を止めた。
表札には『月見里』と記されている。
久しぶりの実家に大きく深呼吸する。
―――とにかく元気だって事を見せないと。
ここでヘタに気落ちしている事がばれたらそれこそ親元に戻されかねない。
例え辛くても、それでも千里は東京の地を―――彼の居るあの街を離れたくはなかった。
覚悟を決めて呼び鈴を押した。
「ただいま」
インターホンに向かってそう言うと、
『ちさちゃんね。ちょっと待ってて頂戴ね』
と母の声が返ってくる。家族だけが呼ぶ千里の愛称に今更ながら帰ってきたんだなぁと言う実感が湧く。
門扉が開くのを千里が待っていたその時だった。門の手前で1台のタクシーが止まる。
そしてそのタクシーから降りてきた人物は千里の姿を見つけて、
「あ」
と小さく漏らした。
「……え!?」
その人物は新幹線で千里の隣の席に座っていた青年だったのだ。
「あなた、新幹線で―――」
そう言った千里の声を遮る声。
「あらあら、あなた達一緒に来たの?」
いつの間にか千里の母が千里を出迎えに来ていた。
「いえ、偶然今一緒になったんです。新幹線の中で様子を伺っていたんですけど千里さんずっと外を眺めてらっしゃったから僕の顔なんて覚えていないかと思いました」
会話から母親と青年は初対面ではないらしい事がわかった千里はますます首を捻る。
「なぁに、ちさちゃんたらせっかくお隣の席だったのにお話もしなかったの?」
どうやら彼と隣り合わせたのも、実家で鉢合わせしたのも偶然ではないらしい。
話しが見えなくて目を白黒させている千里に母親はおっとりとした口調で、
「手紙に書いてなかったかしら? 彼、ちさちゃんのお見合いのお相手よ」
と告げた。
「お……お見合い相手!?」
思っても見なかった仰天発言に千里は思わず大きな声をあげた。
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