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<東京怪談・PCゲームノベル>


■□ 春一番の緊急事態……?


「良い天気ですねぇ」
 のほほん、と澄み渡る青空を見上げて櫻居燐華は微笑んだ。
 お散歩日和だわ、とやって来たのは銀行で……。

「金をとっとと鞄に詰めろっ!!」
 覆面姿の男達が、窓口や椅子に座っていた人々に銃を突き付けていた。
「………あらぁ?」
 どうやら銀行強盗の現場にばったり出くわしてしまったようだ。
 どうしようかな、と入ってきたばかりの自動ドアを振り返った燐華のこめかみに、硬い物が突き付けられる。
「悪ぃなお嬢ちゃん。人質になって貰おうか」
 嫌ですと言って、その要求は受け容れて貰えるのだろうか。疑問に思うだけ時間の無駄。
「さっさとしろ! このお嬢ちゃんの命はねえぞっ!」
 がっちり肩を掴まれて動きを封じ込まれ、燐華は銀行強盗の腕の中で大人しく状況を見守ることになった。
 ……まぁ、彼女が動いたところで何の解決にもならないのだから、大人しくしていた方が利口ではある。



 ×××  ×××  ××




 銃口の中で、何か動くモノが見えた気がした。

「わあ。これ、本物ですかあ?」
「触るんじゃねえっ! アブねえだろうがっ」
 緊迫感無く、燐華は自分の顔に突き付けられた銃に気易く触れようとして、強盗の一人に怒られる。
 長い触覚に似た何かが、銃口の中から顔を覗かせていた気がした。だから燐華はそれを確かめようと銃口を覗き込もうとしたが失敗し、結局見えたモノが何だったのか判らないままになった。
「?」
 軽く首を傾げてみても、それが『何』だったのかは、検討も付かない。


 :::


 誰もが顔を背けたり俯いている中、一人の女性が背筋をぴん、と伸ばして座っていた。
 茶色の髪を大きめのバレットで留め、優しげな面持ちだが意志の強そうな黒曜石の瞳を持つ、桑原・節子。

 そんな節子の斜め後ろでぼうっと座り込んでいるのは、阿津耶・宗祇だ。
 給料日が来て、本日は待ちに待った休日で。使い道の決まっている額を引き落としに来ていた宗祇は、面倒だなぁ、と小さく零した。



 恐怖と不安と緊迫感に包まれた店内で、ひと味違った精神状態なのは人質になっているはずの燐華と節子と宗祇だけだ。
 肝が据わっているというより、この状況を打破するだけの何らかの手を隠し持っているような節子に少しばかり興味を抱き、宗祇はぼんやりとその真っ直ぐな背中を眺めていた。


「おら、早く金を入れろ!」
 女性行員を脅し、用意してきたバッグへ金を詰めさせているスキー帽の男は、その節子や宗祇のやや異様な様子には気付いていない。
 窓口係の女性行員が助けを求めるように上司を振り返る。
 上司は口を開かず、神妙な顔で静かに頷いた。下手に抵抗してお客に被害を与えるわけにはいかないのだ。





(偶に仕事抜け出して来たら、これなんだから……)

 節子はそっ、と嘆息を洩らす。
 入り用のあるお金を思い出し、こっそり会社を抜け出して銀行へ来た所でいきなり監禁されてしまた。
 早く戻らなければ抜け出して来たことがばれてしまう。


 外が異変に気付いて通報するのを期待しているのか、バッグに金を詰める作業が遅い行員。
 銃を突き付けたまま、急かしながらも半分程見守っているような強盗。
 辛抱するにも限界というものはある。
 節子は一度息を吐き出しておむろに立ち上がると、外へ出ようと歩き出そうとした。
 ついに動き出した節子が何をするのか、宗祇は目で追う。何やら怒っているような気配が、節子から発せられている。
「動くなって言っただろっ!?」
 節子に気付いた入り口を見張っていたニット帽の男が、慌てて節子へ銃を向ける。
 周囲では小さな悲鳴と息を飲む音がした。
「ごめんなさい、私急いでるんで勝手にやっててくれないかしら?」
「何言ってやがるっ。んなこと出来るわけねえだろっ!」
 今通報されては、全員捕まってしまう。ニット帽の男は節子の前に立ちはだかり、狙いを節子の心臓へ当てた。
 節子はただ仕事場に戻りたいだけで通報する気など無いのだが、それを素直に口に出したところで強盗達が信じるかどうかと問われれば。

 答えは明白だ。

 燐華を人質に取っていた男が、ニット帽の男に向かって頷く。
 ニット帽の男は頷き返し、節子へ向けていた銃の引き金を引


 ── ぞわ


 手の内側に感じた奇妙な感触に、ニット帽の男は不可解げに眉を寄せて掌を覗き込む。
 黒茶の物体と、目が合った。

「────っ!!」

「な、何だっ?」
 ニット帽の男は声にならない悲鳴を上げ、銃を放り投げた。


 通常有り得ない物体の出現に、宗祇はにやりと笑った。
 この特殊な状況下、悲鳴は上げないものの女性客も行員も、流石に男性ですら蒼白になって固まっている。
 真っ先に気絶したり悲鳴を上げても良さそうな位置に居るはずの節子が全く動じてないことに、宗祇は思わず口笛を吹きかけた。
 流石、と感嘆を小さく漏らし、けれどそれの出現に節子が関係していることに宗祇は気付く。
「てめえ、何しやがったっ!」
 仲間の突発的行動に驚き、スキー帽の男が慌てて節子へ銃口を向ける。
 スキー帽の男だって、節子が何かをしたように見えなかった。だが仲間の異変を見ても平然としているし、ニット帽の男の足元に居る物体を見ても悲鳴一つ上げない気丈な節子は何とはなしに関係しているしているようにも感じられた。
 ニット帽の男は懸命に掌を擦り合わせたり着ているジャケットをばたばたと振り払っている。
「私は何もしていないわ」
 再び目の前を立ち阻む者が出現したので、節子は腹に据えかねたように柳眉を釣り上げ、腕を組む。確かに、節子は直接手を下してはいない。
 やったのは

「ご、ゴキブリがっ!!」

「ゴキブリぃ!? アホかおめえはっ! とっとと銃を拾えっ!」
 あの長い触覚に長細い節くれ立った手足。それらが這う感触。
 男の癖にとあざける視線を受けたとしても、ニット帽の男は銃を持ち続けることは不可能だったし、放り投げた銃の影に隠れた小さな影も見てしまった。
 どやされても銃を拾えない。
「ったく、役に立たねえ野郎だなっ」
 スキー帽の男は悪態を吐く。節子へ向けた銃口から何やら細長くて動くものが顔を出す。
「?」
 スキー帽の男の意識は節子ではなくその細長いものへと注がれ……──

 銃口からもぞりと姿を現したのは、黒に近い焦げ茶の生き物だ。知りたくなくてもその正体を、誰でも知っている。
 スキー帽の男は一瞬強張ったが、たかが一匹、既に出てきたのだから発砲の際に暴発する危険性は無くなったのだ。
 物事を良いように解釈し、スキー帽の男は引きつった笑みを浮かべて節子に向けていた銃を構え直す。銃身の上を、ゴキブリが男目掛けて突進してくる。小刻みに震え出す銃身を物ともせず、いよいよゴキブリが男の鼻先へ近付いた。
「くそっ、この!」
 折角合わせた照準も関係ない。
 男はぶんぶんライフル銃を振ってゴキブリを振り落とすと、怒りを込めて足元に転がったゴキブリを踏み潰した。
 清々したとばかりに滲んでいた嫌な汗を拭い、節子に向かって勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
 節子は男の笑みに気を取られることなく、壁に掛かった時計へ目をやる。



 銀行に着いてから三十分以上、時が経過していた。




 時計へと目をやった節子の背中がぴくりと震えたのを見て、宗祇は首に掛かったネックレスの珠の一つから、小指ほどの小さな剣を抜き出す。
「トラウマになっちまうのは、俺も嫌だしな」
 統率された動きを見せるゴキブリを操作しているのが節子だと、宗祇は薄々勘付いていた。
 節子の焦燥をいち早く感じ取り、一気に片を付けるために何か大業をするかもしれないと、宗祇は取り出した短剣を床へ落とした。短剣は床へ深々と突き刺さる。

 突き刺さった短剣から微かな振動が鼓膜を振るわせた。


 妙な違和感を感じて節子が振り返ると、今まさに何やら呪文を唱えていたらしい宗祇とばっちり目が合った。
 軽く会釈する宗祇に、節子は彼が自分と同じく何らかの能力を持った人物らしいことは判ったが、今は暢気に交流を深めている場合ではない。
 幽かに会釈を返し、節子はまだやる気のスキー帽を被った男を一瞥した。
 この男が立ちはだかっているおかげで、節子は外へ出られないのだ。
「おい、何やってるんだっ!」
 漸く金をバッグへ積み終えたらしい。人質である燐華を引きずってマスクを着けた男がスキー帽の男へ歩み寄る。
 節子が何やら反抗的なのは見て取れたが、女一人、何も出来ないと甘く見ていた。
「まだやる気?」
 戦意喪失なのはニット帽の男だけ。

 節子は近場に居るゴキブリ達へ一斉召還命令を下した。

 傍目には節子が何かをしたようには見えず、だが何やら得体の知れない恐怖が強盗達を襲う。
 黒い物が見えたと思った瞬間、どこからともなく現れ出たゴキブリ達で形成された壁が、強盗達へ襲い掛かる。


「ぎぃやぁぁあーっ!!」


 ……幾らゴキブリを平気で踏み潰すことの出来る豪傑が居たとしても、無数のゴキブリ達に襲いかかれれば。


 その恐怖は筆舌に難い。


 
 どうだ参ったかとばかりに泡を吹いて倒れ伏している三人の強盗を見下ろし、節子はゴキブリ達を撤退させた。
 あれだけのゴキブリ達が出現したにも関わらず、悲鳴の一つも上がらない銀行内を振り返ると、宗祇がひらひらと節子に手を振っていた。
 その足元に、不思議そうな顔をしている燐華が座り込んでいる。
「俺に出来ることっていったら、こんなもんだから」
 苦笑して足元に突き刺さった短剣を取る宗祇の周りで、まるで今し方目覚めたばかりのような客達の気怠げな吐息が漏れ始めた。
 短剣を媒介に簡易結界を張っていた宗祇は、節子が大業をかますらしいことを察知して、いち早く燐華を強盗の手から奪い返していたらしい。
「フォロー有り難うございます。それで、申し訳ないんですけれど、私、仕事へ戻らないといけないので……」
「あぁうん。後は俺に任せていいから」
「それでは、お先に失礼します」
 宗祇の言葉に感謝し、節子は一度頭を下げて銀行を後にした。
 出て直ぐ携帯を取り出し、職場へ掛ける。
「──……もしもし、桑原ですが……──」
 ばれない内に戻るつもりが災難に巻き込まれ、節子は電話を取った同僚へ、何故今職場に居ないのかの説明をする。
 普段から真面目で仕事をテキパキとこなす節子である。
 急な入り用が入ったのでと正直に申し出ても、叱られることは無かったのは幸いである。


 面倒見の良い方では無いが、宗祇は後始末を任されることが多い。
 なので今回も後始末を買って出、伸びた強盗達を行員と一緒に紐で縛り、通報で駆けつけた警察へ引き渡した。
 しかし、何故強盗が伸びているのかの説明には口ごもり、職務質問をされそうになると幻術を使ってその場を逃げ出した。
 誰も覚えていないのだから、ゴキブリが、と説明しても信じて貰えないことは明白なのだ。





■登場人物〜thanks!〜□

+4158/桑原・節子/女/29歳/研究員++
+3106/阿津耶・宗祇/男/346歳/烏天狗(なり損ない)・薬剤師++



NPC
+櫻居・燐華/女++