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<東京怪談・PCゲームノベル>


一不可思議の雨

 どうして折り畳み傘って、使いたい時に限ってバッグに入ってないのかな?
 そう思うのはいつも、コンビニエンスストアで何本目かのビニール傘を買った後。
 こんな雨、あたしなら全然平気なのにっ。
 水鏡千剣破は龍眼を持つ姫巫女だ。
 龍王を祀り、その血も引くという千剣破は未熟ながら水を操れる。
 雨に濡れずにだって歩けるのだ。
 でも、こんな雨の中傘も差さないで歩いてるなんて目立ってしょうがないよね、やっぱり。
 千剣破が目立つのは、その巫女装束のせいなのだが、本人はまったく気付いていない。
 雨の滴がまとわり付く長い黒髪をさらりと振って、やや距離のあるバス停まで歩き出す。
 ふと、千剣破はひさしの張り出した店先に、先程までの自分と同じく空を見上げる少年を見つけた。
 あれって八重垣の……猫又くんだよね。
 墨色の袴に麻の着物姿。いつもしている白い前掛けはないものの、得物処・八重垣の店員、八重垣芳人だった。
 龍眼は霊的な存在の真実の姿を見通す力を持つ。千剣破は芳人が猫又だと一目で気が付いていた。
 芳人は品の良い縮緬の風呂敷に包んだ品物を、雨から守るように両手でしっかり抱えている。
 千剣破の視線に気付いた芳人がかすかに首を傾げる。
「八重垣に何度かいらした方ですよね?」
 わー、あたしの事覚えてくれてたんだ……!
八重垣には何度か立ち寄ったが、まだ実際に商品を買った事はない。
「えっと……傘、ないの?」
 無いから雨宿りしているのだろうが、とっさに間抜けな質問しか出てこなかった。
 ちょ、ちょっとあたし、間抜けじゃないのっ。
 素直に頷きながら、芳人は苦笑する。
「傘も無いんですけど……実は道にも迷っちゃって。
僕、こっちに越してきたばかりで、この辺りまだ良くわかってないんです」
 八重垣まではそう遠くない距離だ。
 しかしタクシーを拾うとなると、路地裏に入るためかえって遠回りになる。
「ね、一緒に行かない?」
 驚いた芳人は、普段店で見かける表情と違って年相応の少年らしい。
「え、そんな、悪いですよ!」
「バス停まで行くついでだもの。
それにその荷物、このままじゃ濡れちゃうわ。大事なものなんでしょ?」
 芳人は千剣破と手の中の荷物を交互に見、控えめに切り出した。
「それじゃ、お願いできますか?」


「あたし、水鏡千剣破。千剣破でいいよ」
「八重垣芳人です。千剣破……さん」
 千剣破が差しかけた傘の下、芳人が緑の瞳を細めて笑った。
 か、可愛い!
 ちょっと人見知りっぽいのにこの気を許すと甘えてくれる感じがたまんないわー!
 千剣破がうっとりと猫好きの喜びに震えていると、芳人がその腕の震えを誤解する。
「ごめんなさい、千剣破さん肩濡れちゃいますね。寒いでしょ?」
「あっ、全然平気だよこんなの! だってあたし……」
 ほら、と千剣破は肩に付く水滴を払って見せる。
 水滴は水の跡も残さず空中に解き放たれる。
「あたし、これでも龍王様のご加護を受けてるの。だから大丈夫」
 丸く開かれた芳人の瞳が面白くて、千剣破は少しからかいたくなった。
「……芳人君って、猫又なんでしょう?」
 びくん! と芳人の肩が震え、黒髪に普段は隠れている猫の耳が髪の上に跳ね上がった。
「わ、わ、わかっちゃうんですか、そういうのも」
 風呂敷包み胸の前で抱え、恐々とこちらを見る芳人。
 うーん、困った顔もやっぱり可愛いなあ。でもかわいそうだよね。
「あたし、猫好きなんだ。言いふらしたりなんかしないから、安心して」
「良かったぁ!
八重垣に来る方は、大抵僕が猫又でもあまり驚かないんですけど……。
やっぱりそういうあやかしの者が嫌いな人って、いますから」
 東京が異鏡化してから、怪異が霊力のない人間の目にも留まる機会が増えてきた。
「せっかく魚屋さんとも仲良くなったのに、僕が猫又ってわかったらもうお店行けないです」
「そんな事ないよ。
芳人君だったら、猫又でも何でも大丈夫だと思うな」
「……誰かにそう言ってもらえると、安心します」
 ほっとした芳人の身体から力が抜ける。
「ところで、八重垣へはどんな物をお探しに来てるんですか?
まだ倉庫から出してない物もありますから、千剣破さんが欲しい物言ってみて下さい」
 水滴を集めて見せながら、千剣破は答える。
「あたしは水をあやつれるから、本当は武器って必要ないんだけど。
八重垣の物、見るの好きだよ」
「ありがとうございます。僕も大旦那様の作る物って大好きなんです」
 そんな会話をしながら二人が歩いていると、交差点の向こうから芳人にとって見覚えのある青年が歩いてくる。
 結城探偵事務所の調査員、和鳥鷹群だった。
 鷹群は煙草を口元にくわえ、ジーンズの上に細身のオイル加工のジャケットを羽織り、深緑色の傘を差している。
 日本刀を模した愛用の剣精を抱えていない所を見ると、今日は仕事で外出しているのではなさそうだ。
 涼やかな目元、左目の下にある泣き黒子が千剣破の目にとまる。
「お? どしたこんな雨の日に」
 鷹群も芳人達に気付いたようだ。
「和鳥さんっ!」
 声を上げる芳人と鷹群を交互に千剣破は見た。
「知り合い?」
「おい、芳人っ」
 鷹群はがしっと芳人を抱え込み、千剣破に隠れて小声で話す。
「お前、耳出てるぞ耳っ! 隣の子にバレたらまずいだろ」
「千剣破さんはもうご存知ですけど」
 拍子抜けした鷹群の口から煙草が落ちる。
「なんだ、そうなのか」
 鷹群は取り繕うように咳払いし千剣破に視線を移す。
「あ〜……俺は和鳥鷹群。八重垣にはいろいろ世話になってるんだ」
 軽い口調に千剣破は慎重に答えを返す。
 この人信用していいのかな〜。
「水鏡千剣破です」
「随分とクラッシックなカッコだな。でも、似合ってる」
 千剣破の巫女装束を見て、鷹群は幼さの残る顔でにこりと笑った。
「……あ、ありがとうございます」
 ……やっぱりどこか怪しいなぁ。
 引き気味の千剣破の心を他所に、鷹群は濡れてぺたりとたれてしまっている芳人の髪を撫でている。
「こんな雨の中もなんだし、二人ともどっか寄って行かないか?
芳人、お前も濡れて寒いだろ」
「それってナンパですかっ?」
 千剣破に指摘されて、鷹群はごまかすように苦笑する。
「え? や、あからさまにそう言われると、なんか後ろ暗いんだけど……」
 芳人の腕を取って、千剣破は水溜りも気にせず駆け出した。
「あたしっ! 芳人君の方が好みですからっ!! 失礼しますっ!!」
「あ、おい!?」
 猛スピードで遠ざかる二人を鷹群は呆然と見送った。


「和鳥さんは軽い感じですけど、本当はすごく真面目な方なんですよ。
僕や結城さんの前じゃ絶対煙草吸わないですし。
あ、結城さんって言うのは、和鳥さんが働いてる探偵事務所の所長さんです。
千剣破さん、誤解しないで下さいね?」
 二人はカフェの中で弾む息を落ち着かせていた。
 ホットココアとキャラメルミルクが、テーブルの上で甘い香りを漂わせている。
「本当に、和鳥さんは嫌な人じゃないんですよ?」
 カフェに入ってからもずっと芳人は鷹群をかばっている。
 あたし、芳人君にも和鳥さんにも悪い事しちゃったかな……。
「芳人君は和鳥さんの事好きなの?」
 何気なく聞いた言葉に、芳人は力いっぱい答えた。
「好きです! いつも和菓子差し入れしてくれるし、良くしてもらってます」
 それって、猫好きのライバルじゃないの……!
「和鳥さんも猫好きなんですよ! きっとお二人なら話が合います」
 悪気は全くないのだろう、笑顔全開で芳人は言った。
「そうかな〜」
 カフェの窓から射す光が二人の座るテーブルを明るく照らす。
 太陽の光は人工的に作られた室内照明にはない温かさを持っている。
「雨上がったね」
 温度が下がって、ようやく口に運べるようになったキャラメルミルク両手で持った芳人が頭を下げる。
「千剣破さんのおかげで、濡らさずに済みました」
 芳人は風呂敷包みを解いて見せた。
「大旦那様が探してらっしゃった、粉本(ふんぽん)の一部です。
日本画の元になるスケッチやデッサンですね」
 粉本とは、日本画の絵師が制作の参考にするための、古画の模写や見取り図、縮図や写生帳などの総称だ。
 時代を経て黄変した紙の上、無数の鳥が本絵に臨むように入念に描かれている。
「手に入ったって聞いたら、大旦那様に早く見せたくて……傘も持たないで出たら、やっぱり雨に降られてしまって」
 僕、雨って本当は苦手なんです、と芳人は続けた
「わざわざこれを取りに?雨、苦手なのに」
 照れたように芳人はキャラメルミルクのカップで顔を隠している。
 芳人君って八重垣の店主さんの事、本当に好きなんだね。
「少しでも早く見せたかったんです。
大好きな人が喜ぶのって、見ると嬉しいですよね」
 芳人の言葉に、千剣破は胸を衝かれたような気がした。
 あたし、最近そういうのちょっと忘れてたかな……。
「そうだね」
 今度鷹群に会ったなら今日の事を謝ろうと思いながら、千剣破はココアのカップを手に取った。 
 
(終)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3446/水鏡・千剣破/女性/17歳/女子高生(巫女)】

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■         ライター通信          ■
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水鏡千剣破様
ご注文ありがとうございました!
そして納期が遅れてしまって申し訳ありません!
猫好き部分を強調してみましたが、いかがでしょうか。
芳人が和鳥に懐いてるのは、単純にお菓子をくれるというのが大きいようです。
少しでも楽しんでもらえると嬉しいです。