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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


地下ニ潜ム―a phenomena ―

 興信所に戻ったシュライン・エマがドアに手をかけると、向こう側から前触れもなく「開いていますよ」と言う声が届いた。
 聞きなれない声に不信感を覚えながら開くと、いつもはこの興信所の主――草間武彦が腰掛けている椅子に、顔立ちの整った黒髪の女性の姿がある。
「この興信所の関係者の方、ですね?」
 女性は、顔に営業用の笑顔を浮かべながら、エマの返答を待たずに続ける。
「失礼しました。私、こちらに仕事を依頼させて頂いている、暮居と言います」
 言葉に添えるように、一枚の名刺が投げ渡される。
「今回、地下水道に怪異が確認された為、その調査を依頼させていただいき、先日、その報告書類を受け取りました」
 失礼、と一言を告げると、暮居は手元の鞄から一枚の書類を取り出す。
 報告書類と思しき用紙から視線を戻した暮居の表情からは、笑顔の片鱗すら見る事は出来ない。
「そして、改めてこちらに依頼をさせて頂きます」
 外から入る日差しが、何故か暗く思える。
「依頼目的は、対象の破壊……身体へと影響を与える幻覚を発生させる怪異との事。おそらく、幻には攻撃が有効でしょう……本体ではない可能性もあるので、幻を破壊しただけでは終わらないかもしれませんが」
 もっとも、幻を発生させるには、何らかの消費があると思われるので、とにかく幻を破壊する事だけでも構わない、と続ける。
「下水道関係者の方々には後日暗示をかけさせていただく予定ですので、ある程度の期間怪異が発生しなければこちらとしては問題ありません。」
 言うと、暮居は椅子を立つ。
「受けてくださるのなら、そちらの名刺の方に連絡をお願いいたします」
 頭をさげて出て行く暮居に、挨拶を返しながら道を空けると、すれ違いざまにつぶやくような声がエマの耳に入った。

―それにしても、噂がカタチになるのが早すぎる……クリスは何を……?―


「IO2と関係でもあるのかしら…?」
 シュライン・エマはこれまでの情報をもう一度確認すると、首を傾げた。
 調査結果から、問題の怪異がどのような相手なのか、何をすれば倒す事が出来るのか、と言う事は予想がついている。しかし、それよりも大きな疑問が出て来ている。唐突に現れる相手―暮居。彼女が名乗る、怪異記録師とは何か。
 そして、彼女が呟いた図書館の依頼の時の男と思える名前。彼にあるだろう能力は、何のために使われた物なのか。
「草間さん、なにか掴んだかしら…」
 先日、裏をさぐると言って出ていった草間・武彦。その後、彼からは何も連絡がない。
 何か掴んだのなら、連絡をくれるはずだが…
 携帯電話を取りだし、着信が無いかと確認する。
「無いわね…」
 呟き、この間潜ったばかりの地下水道へと続く道をみる。
 もう何かしらの『作業』が始まっているのか、道には人影は無く、ただ耳鳴りの様な音が響いている。
 誰もいない、何の為に動いているのかも分からない怪異の巣食う道……もっとも、すれちがい様に耳に届いた呟きを信じれば予想は付く。あの、黒を身に纏っていた男―
「……?」
 思いに沈みかけたエマを耳慣れた曲が引き戻す。
「もしもし?」
「俺だ。まだ潜る前だな?」
 携帯電話の向こう側から、安心したような草間の声が響いた。


 安部・ヒミコ。今回の怪異を経験したエマは、彼女のことを連想した。彼女の関係した事件と今回の事件は類似する点が見られたためである。彼女の事件は終わっているが、似たような力を持っているものがいてもおかしくない――もっとも、ヒミコほどの力を持っているものが数え切れないほどいた場合のことなど、想像したくも無いが。
 しかし、それはどうやら杞憂で終わるのかも知れない。電話越しの草間からの言葉を受け、エマはそう感じていた。
「すると、今回の怪異は……」
「この間の黒服が作り出したものに間違いない。なんでも、怪異発現師だとか名乗っているそうだ。都市伝説を実体化させるらしいが……」
 正直なところ、関わりたくない相手だ。草間はぼやくように言ってため息をつくと、言葉を続けた。
「依頼人はあの男と組み、噂が本当の怪異になる前に潰していたらしい」
「? IO2とは違うの? 仕事は同じのようだけど……」
「事件性が全く無い時点から動き始めるらしい。空振りに終わることのほうが多いらしいがな」
 噂には、実際に怪異が発生しているから囁かれている物と、根拠も無く囁かれている物がある。あえて言うのならば、IO2が担当するのが前者であるのならば、今回の依頼人たちが担当するのは後者、といった所だろうか。
「そんな仕事、下手な事をすれば、本当は事件にならないものを事件にしてしまいかねないわ」
「自覚はしているだろうさ。だから、酷い言い方をすれば事を荒立てるのが仕事の連中、と言う事になる」
「それで今回の件は……」
「身内の暴走、だろうな。依頼人が最近あの男を見失っていたこと。今回の怪異にIO2が全く動きを見せていなかったことをあわせて考えれば、確定だ」
「なんでまたそんな事を?」
「本人に聞くしか無いだろうな。そこで…エマ、改めて依頼だ」
 改めて、草間は自らの口から言う。
「今回の怪異、鎮めてもらえるか?」
「分かったわ、任せて、武彦さん」
 頼んだ、と言う声を最後に切れた携帯電話をしまいこみ、エマは持ったものを確認すると、地下水道に目を下ろした。
 静かに、入ってくる相手を待ち受けているかのような穴に、エマはひとつ深呼吸をすると足を踏み出した。


 水道に入ったエマはすぐにある事に気がついた。
 確実に『何か』がここの『どこかに』いる。以前来た時に感じられた気配が不自然なほどに消え去っていた。
「…おや? 何か変化があると思ったら…そうか、ナギはキミ達に力を借りたのか」
 何があったのだろうかと思っていると、唐突に聞き覚えのある少年の様な声が耳に届いた。
「こんなことなら、もっと早くからやるんだったな。もしかするとこの間の件が影響しているのかもしれないけど……さすがヒト。さすがは定命。少し見ないうちにあっさりと変わる、変化する! これはボクがナギの傍に居ないほうが彼女は変わりそうだ!」
 このような場所でも変わらない、黒いマントにフードと言った怪しげな服装で、男は哄笑をあげる。
「あんたは……」
 突然現れた、黒幕であると思っていた相手を前にして、エマは逡巡する。
 それは、彼を捕えるべきか、このままにすべきかという事。依頼は「ここの怪異を鎮めること」であるから、その達成のみを考えるのなら彼に目を向けている暇などはない。しかし、彼をここで見逃すと、また次の怪異が現れる可能性が高い。
 まったく考えていなかった事を前に迷うエマを前に、男は顔を隠していたフードがずれる事にも頓着せず、嗤いながら言葉を継ぐ。
 「そう。そうしよう。ボクは今よりも姿を消そう。キミ達に会えばナギが変わる。怪異を封印させるよりずっと早く! ずっと面白く! さぁ、決めたら実行だ……次に会うまでにどんな風に変わっている事やら……!」
 フードの下から覘く男の顔は、声と同じように、少年にしか見えない。
「あんたの目的はそれなの?」
 相手の嗤いに眉を潜めながらエマが質問を投げると、頷きが返ってきた。
「これだけ…ではないけれどね、残念な事に! 例えばここでやったのは――あぁ、言ってしまって―構わないか。ただの訓練だよ訓練。そう……早く作るための訓練だ」
「訓練?」
「おや? キミ達のことだ。調べ物は出来るだろう? ナギも居るだろう? なら簡単、今キミが考えた事が正解のはずさ! もっとも心は読めないから本当に正解かはわからないけれどね!」
「――そう……え?」
 さらに激しくなった哄笑がさすがに煩わしく感じられてきたエマの耳に、嗤い以外の気を引くような『声』が届いた。

 ―レ…? ダ……?―

 耳を澄ませれば澄ませるほど、距離に関係なく聞こえてくるその声は、ただ『ダレ』と繰り返していた。
「おや……そうか…もう、か………」
 いつの間にか哂い声も聞こえなくなり、遠くから聞こえる『声』だけが耳を占めはじめる。
 どこかで聞いたような、人を惹きつけるような、聞き始めると音の源にまでつい歩いていってしまいそうな、ローレライの歌声のような声――
「いけない……!」
 エマは我に返ると、手荷物から集音器を取り出すとすぐに装着をした。この間の報告から、幻聴を相手にしたときの為に用意をしてきたのだ。あくまでも相手が一人にしか影響を及ぼすことの出来ない幻ならば、間接的に音に耳を澄ませる手段があれば悩まされることは無い、と判断しての事である。
 そして、この判断は成功した。
 集音器からは『ダレ』と繰り返し囁かれていた声がまったく響いてこなかったのである。その上―――
「……これね」
 集音器から聞こえる、あたりの水道管から響く大きな水音に混じって聞こえる『音』。集音器をつける前はまったく聞こえなかった音がエマの耳に届いていた。


 一歩前に進むごとに、気配が濃くなっていくのが感じられる。
 まるで、ばらばらに散っていた物が一箇所に集められたかのような異質。入り来る他者を廃絶し、己が身を守ろうと言う排他。
 気配が集っていく中心にエマが目を向けると、こちらに向けてはっきりとした敵意を向ける、半透明の姿をした『少女』の姿があった。
「あんたね……?」
 エマは一瞬、どこかで――それもひどく身近な場所で頻繁に――見たような既視観に囚われる。

 ――ナンデ? ナンデキミニハキカナイノ? ナンデキミハ――

 不思議そうに『声』を上げる『少女』は、エマの耳に付けられた集音器を目にして口を止め――

 ――ソンナモノデ……!!――

 強烈な思念を半ば衝撃としてエマを襲う。
「さすが…ってところね」
 全く知らされていなかった攻撃に歯噛みをしながら、エマは口を開く。
 口から迸るは高音。それも、相手が人間ならば脳が揺らされるほどの超高音。
 明確な体を持っていなければこれにも耐えられたかもしれないが、それはもはや遅い。他者に対して備えた動きが仇となり、『少女』は存在そのものを揺らされる。

 ――!?!?!?!!――

 高い『悲鳴』が上がり――間をおいて気配と共に霧散していく。
「やったのかしら……?」
 エマの耳に、横の壁を水が流れる音が響いていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

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■         ライター通信          ■
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 お久しぶりです、藍乃字です。
 遅刻をしてしまい、大変申し訳ありません。
 今回のシナリオでは、お一人ごとの描写とさせていただきました。
 興味がおありでしたら、他のリプレイも読んで下さると幸いです。
 また機会があれば、よろしくお願いします。
 それでは。

■登場NPC
暮居 凪威/女性/21歳/怪異記録師
クリストファ・ミッシング/性:無し/666歳/怪異発現師