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<東京怪談・PCゲームノベル>


ワンダフル・ライフ〜マイ・フェア・レディをもう一度




「…と、言うわけなの」
「………ハァ」
 憮然とした表情の彼女を前にし、何て言ったらいいか分からず、というように相槌を打つ銀埜。
自分と同じ程もある背の高い彼女としばらく見詰め合ったところで、銀埜は辛抱堪らず私に視線を向けた。
助けてくれ、の合図だ。
 私は仕方なく、その彼女を見上げて笑みを浮かべた。
彼女は頭一つ分以上も私より身長が高いものだから、会話をするときには見上げなければいけない。
「また来店してくださって、お礼を言うわ。ありがとう、沙霧さん」
「…如何致しまして。本当は別の用事で来たかったんだけどね。
まあ、堅苦しい挨拶はいらないわ。私の言いたいこと、もう分かったでしょ?」
「…ええ、痛いほどに。とりあえず――」
 ――――お疲れ様。
 第三者から見れば場違いと思われる私の労いの言葉に、彼女は素直に頭を下げた。
…というよりも、うな垂れた、といったほうが正しいのかもしれないが。
「ありがと。久しぶりに、後悔したわ。ほんと―――っに、久しぶりにね」
 彼女がそう言って溜息を付くのと同時に、私と銀埜も苦笑を浮かべた。
その脳裏には、三人が三人とも同じ光景が広がっていることだろう。
あのとき居合わせた三人だからこそ知っている光景が。










             ■□■









 彼女は、我宝ヶ峰・沙霧という。
去年のクリスマスの時期に、初めてお客様として出会った。
うちの店に訪れるのは大概”どこか”変わった人なのだが、沙霧はその中でも一際異を放っていた。
一見あっさりとした顔立ちのモデル風の美女。飾り気のない、適当に切っただけの肩程までの黒い髪と同じ色の瞳。
素っ気無いが故の魅力を持つ彼女は、普通に会話している分には、にこにこと愛想の良い笑顔を見せてくれる。
だが時折その瞳から覗く色は、冷たく凍る狂気。
そんな色が彼女の中に眠っていることに、私は薄々気がついていた。
だが彼女の中に在るものが何であっても、私と彼女の触合いには何ら関係ないと、私は思う。
沙霧は、そんな女性だった。
「…やっぱり。って言ったらまずいかしら」
 私はダージリンティが注がれたガラスのグラスを少し動かし、中の氷を鳴らした。
少し暖かくなってきた最近だから、冷たい紅茶が喉に嬉しい。
私と同じようにグラスを揺らしながら、沙霧は漏らした。
「そりゃあ少しは腹立たしいわよ。でも大丈夫、ちゃんと分かってるから。
分かってるから云わないでね、やっぱり、とかこうなると思った、とか」
「…あのとき止めておけばよかったのに、も入りますか」
 私たちの目の前のグラスを運んできたお盆を抱えたまま、銀埜がしれっと呟く。
―…全く、最近本当に一言多いんだから!
「しっ。余計なこと言うと、如何なっても知らないわよ」
「さいですか。それは恐ろしいですね」
「そうそう、最近は物騒だから。何処かの街角で誰かが倒れてても、誰も不思議に思わない―…」
「ちょっと、あんたたち?」
 低く押し込めたような声と一緒に、ドン、とグラスでテーブルを叩く音が響いた。
私は思わずビクッと震えて沙霧のほうを見るが、銀埜は銀埜であらぬ方向を見て知らない振りを決め込んでいる。
…何だか、とてもずるい。
「私だって、分かってるわよ。分かってるから、こうしてルーリィんとこに来たんじゃない。
それならせめて、事情を察して黙っててくれるとかさ」
「了解しました。では黙っていることに致しましょう。
沙霧さんが同情というものがお好きだということに気がつきませんで、申し訳ありません」
「……銀埜。あなた、何時の間にそんなに嫌味ったらしく―…まあいいわ」
 はぁ、と溜息をついてから頭を振る沙霧。
そんな沙霧を眺め、にっこりと銀埜は笑みを浮かべた。
「お気に触られたら申し訳ありませんでした。ですが、あなたが来られ、事の次第を説明なさったすぐあとは、
私も一体どうなることか、どうしようかと思ったのですが。
こうして暫し考えてみると、あの腕輪を作ったのは主人、腕輪を贈ったのは沙霧さん、つまり―…」
「自分は関係ないから、涼しい眼で見ることにしたってわけ?
そんでもってついでだから、とかいう理由で茶々まで入れてるってんでしょ。
ッたく、あなたも本当にイイ性格してるわね」
「褒め言葉と受け取っておきましょう」
 ニッコリと微笑む銀埜と、これまたにこにことした笑顔を浮かべている沙霧。
だが彼女の笑みは右の口の端が引きつったように震えていて、それが私にはとてもとても…怖い。
「ま、まあ!銀埜もね、ここのところずっと暇だったみたいだから、一言多いのも許してあげて欲しいの。
うんそう、沙霧さんがまた来てくれて、きっと嬉しいのよ!ね、そうでしょ?」
「まあ、そういうことにして差し上げても宜しいですよ」
 にっこり。
 あああああああっ!何でこう、今日に限って、この子は慇懃無礼を地でいってるのかしら!
私は沙霧がいつプッツンくるか分からなくて、少々震えながら彼女のほうを覗き見た。
だが予想に反して―…というか、さすが沙霧、というべきか、もう銀埜の嫌味は殆ど通じなくなっているらしい。
涼しい顔でアイスティのグラスを傾けている。
そして私の視線に気がつき、にっこりと微笑みながら云った。
「じゃあ、そろそろ本題に入りましょうか。良い?」
「ええ、どうぞ。改めて―…」
「お聞きしましょう!ええもう、どんなことでもお伺いしますとも!
何たってうちの店は、アフターフォローも万全なんだから!」
 また凝りもせず口を出そうとした銀埜を制し、私は鼻息荒く少々身を乗り出して叫んだ。
私のそんな剣幕に沙霧は少し身を引きながら、
「まあ、もう分かってると思うけどね―…」
 そんな言葉で切り出した。
















 それは去年のクリスマスのことだ。
あの頃、私はこの店で、クリスマスフェアと題した宣伝を行っていた。
そしてそれに反応してくれた内の1人が、この沙霧だった。
彼女は自分の姉のために腕輪を贈り、私はその腕輪に魔法をつけた。
贈り主の望む魔法をつける、という触れ込みのフェアだったのだけれど、
贈り主である沙霧の望む魔法は、少し―…というか斜め45度ほど、私の予想を上回っていたものだった。
その魔法とは、”つけようとすると、独りでに縮んでしまう”もの。
…これほど嫌味で腹立たしい嫌がらせはない。
だって、わざわざ贈った腕輪をつけるな、といっているようなものだもの。
勿論、沙霧は単なる嫌がらせで、そんな魔法を望んだんじゃない。
それはきっと、姉への愛情の裏返しだったのだ。―…多分。
だが、哀しいことに―…というか半ば予想通りだったのだが―…最愛の姉に、沙霧の愛情は通じなかった。
姉に三日三晩訴えられ、泣き続けられ、結局沙霧の選んだ行動は―――。











「と、言うわけなの」
 沙霧はこの店に入ってから云ったあの言葉と全く同じことを呟いた。
「魔法の解除、かあ…そうねえ…」
 ぶつぶつと呟いている私の手を、沙霧はがしっと掴んで訴えるような視線を向けた。
「できる?!できないの!?はっきりして頂戴、どっち?」
「ちょ、ちょっとまって!お願いだから落ち着いて」
 まるですがるように接近してくる沙霧を宥めながら、私は叫んだ。
そんな沙霧の肩を、銀埜が「どうどう」と叩いている。
勿論、落ち着かせるためではない。煽っているのだ。
…ああもう、絶対この子は、この状態を面白がっている。
滅多にない暇つぶしだとか何とか、心の中では思っているんだろう、どうせ。
そりゃあ、確かに銀埜にとっては他人事かもしれないけれど、私はこの魔法の腕輪を作った張本人だ。
もしこれを解除できなかったら―…いや、たとえ解除出来なくても、沙霧は私をどうこうしたりはしないだろう。
それは分かっている。分かっているけど―…罪悪感が残る。
あの沙霧の姉の涙を思うと、とてつもなく大きい。
 私は暫し考え込んだ挙句、ハァと溜息をついてから沙霧に向き直った。
「…とりあえず。あの腕輪、持ってきてる?」
「一応。姉さんから掠め取ってくるの大変だったんだから。
嵌められないけど、肌身離さず持ってるもんだから――…
まあ、こっちとしては嬉しいやら後ろめたいやらで複雑なんだけど」
「…う。少し分かるかも」
 ごそごそと沙霧がカバンの中から腕輪を探っている間、人知れず溜息をつく私。
「女性の涙に弱いのは、老若男女万国共通ですね」
「…ええそうですね、そうでしょうとも」
 私の隣でぼそっと呟く銀埜の声に、私は思わず違う意味で肩ががくっと落ちた。
「はい、これ。それで、出来るの?出来ないの?」
「見てみないと何とも―…ふぅん」
 私は沙霧がテーブルの上に出した、白銀に光る腕輪を手にとって、じろじろと眺めた。
腕輪からは、絶えず魔力が感じられた。未だにしっかり機能しているようだ。
…うん、珍しく良い仕事したのね、私は。
「沙霧さん」
 私は腕輪をテーブルの上に置き、沙霧の目を見て言った。
沙霧の表情も、心なしか真剣なものに変わっている。
「…保障は出来ないけど。頑張ってみるわ、出来る限り、ね。
私もお姉さんには喜んでもらいたいもの」
「………!」
 私の言葉を聞き、沙霧の目が一瞬大きくなる。
そして私の手を握り、ぶんぶんと振った。
「ありがとう!感謝するわ。それで、すぐできる?いつできる?
何か要るものがあるなら調達してくるわ。何でも云って頂戴」
「お、落ち着いて、頼むから。いるものはないけど―…家にあるもので間に合いそうだし。
時間は少しかかりそうなの。魔力は込めるより、取り除くほうが時間かかるのよ。
一切合財、全て取り除かないと意味がないから―…それに、全く無くても駄目なの。
元々この材質は銀でしょう?銀には初めから微量の魔力が宿ってるから―…」
「うん、わかった。とりあえず分かったわ。でも何とか出来そうなのね?」
 まるで急かすような沙霧に言葉に、私は思わず頬が綻んだ。
やはり姉妹だなあと思いながら。
「何とか、ね。それから、効果が無くなったあとはどうする?」
「……え?」
 沙霧にとっては予想外だったのだろうか。
私の言葉に、沙霧は一瞬固まった。
「ほら、元通りになったらただの腕輪でしょう?もう一度、贈り直してもいいと思うの。
…沙霧さんはもとからそのつもりじゃなかったの?」
「あ、ああ…そうね。そうよね。今度こそ―…喜んでくれるかな」
 姉の顔を思ってか、引きつったものでも挑戦的なものでもない、ただの笑顔を浮かべて、沙霧は呟いた。
私は大きく頷いて、にっこり笑ってみせる。
「もちろん。そこのところは、保証するわ。それでね、今度はどうする?」
「……?」
 疑問符を浮かべる沙霧に、私は腕輪をとって掲げて見せた。
「今度こそ、沙霧さんの手で渡したほうが、良いと思うんだけど?」














 そしてそれから数日間、私は作業室で延々とこもることになった。
時折お茶を運んでくれる銀埜の呆れた表情が、こう物語っていた。
――――こうなることが分かっているのだから、初めからつけなければいいのに。
 だから私は云ってやるのだ。
――――初めから全くつけないのと、つけたあとで取り除くのじゃ意味が違うのよ。
 だからきっと、これは前進。




 そうして今日も、私はあの姉妹の笑顔のために、念を込める。










           End.







●○● 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)         
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【3994|我宝ヶ峰・沙霧|女性|22歳|摂理の一部】


●○● ライター通信      
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このたびはお届けするのが遅れてしまい、申し訳ありませんでした;
改めて、執筆させて頂き有り難う御座いました。
以前のゲームノベルの後日談という形で書かせて頂けて、
私としてもとても楽しんで書かせて頂きました^^
ほんの少し可愛らしい沙霧さんが書けたかな、と思いますが、如何だったでしょうか。
楽しんで頂けると非常に嬉しく思います。

そしてお返事が出来ずにいましたが、いつぞやの全身図。
こっそり拝見させて頂きました^^
とても可愛らしいお嬢さんに変身(笑)されていて、眼の保養させて頂きました。
その節は有り難う御座いました。

それでは、またどこかでお会いできることを祈って。