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コーヒーブレイク
迷路のような家での一件が在ってから数日後、本来の休日の出来事。
普段なら本屋巡りに使われる事が多い時間を、少しばかり別の場所へと足を向ける。
IO2本部。
ここに汐耶が来る時は大概事件絡みの時と決まっているようなものだったが、今日は事件があってきたのではない。
前回の事件に関わる事になった時、上司に便宜を図って貰ったお礼と交渉していた本の受け取りに来たのだ。
「早かったな、待たせたか?」
「本を読んでましたから」
予定の少し前に来て、本を読む事暫し。
そもそも待ち合わせ時間が3時頃という非常に曖昧な時間であったのだから許容範囲内である。
振り返り声をかけた相手、盛岬狩人に答を返した。
本部内の一角に、盛岬家の住居があると言う事でそこに移動する。
封印をかけてあるらしく、扉をくぐる時に何か見えない膜の間を通り抜けているようで何とも不思議な気配がした。
「おじゃまします」
「綾和泉さん、お久しぶりです」
「元気そうで何よりです」
多少成長した赤ん坊を抱いたかなみに挨拶を返し、家へと上がる。
本部内だというのに、広々としたマンションの一室のように見えた。
「まあ今は俺が立て込んでるからな、中は普通だから気楽にしてくれ」
彼もまた触媒能力者であるからと言うことなのだろうか。
リビングに通され、ソファーへと腰掛ける。
「少し待っててくださいね、何か飲み物をお出ししますから」
「お構いなく」
ベビーベットに赤ちゃん、マナを寝かせてからかなみはニコリと微笑み、キッチンへと軽いスリッパの音を立てて戻って行ってしまった。
「お礼も兼ねてきたんですが、おじゃまじゃありませんでしたか」
「いや、客とか来るとかなみが喜ぶからな……っと、これだ」
トンとテーブルの横に置いたアタッシュケース。
「普通の本はそのまま図書館に送ったけど、一部は郵便じゃ危ないからな」
「ありがとうございます」
頼んだ本の中には、以前探していて消息を見失ってしまった魔術書や九十九神付きの本もあったのだ。
アタッシュケースの上で文字を描くようになぞってから蓋を開く。
中には5冊程の本。
「確認してくれ、今は大人しいから」
「はい」
真剣な眼差しで表紙をなぞり、中を確かめる。
「全部揃ってます」
「問題は?」
「ありません」
話では破損していた可能性が在るとも考えていたが、それも修理されていた後があった。
どうやって集めたかは、とくに聞かない事にする。
だが一つだけ。
「良いんですか、ここで保管しておかなくて」
「その手の本はそっちにあった方が安全だろうからな」
事も無げに告げ、一度は汐耶に渡した本を受け取り何処にでもあるような鞄に仕舞い封をする。
普通の鍵ではなく、何らかの能力を用いたものだ。
「開けるのは簡単だろ?」
「封印で大丈夫みたいですね」
「この方が安全だからな、鞄はサービスだ」
「サービスって言う程の鞄じゃないでしょう」
わり入ったかなみの声にむうと唸る。
確かに何処でも売っていそうな手提げ鞄に、危険な本が入っているなんて誰も思いはしないだろう。
テーブルにコーヒーが用意し終えた頃、泣き始めたマナをかなみがあやし始める。
「少し散歩に行ってきます」
「大丈夫か」
「近くに行くだけだから……心配性なんですよ、何時も大丈夫だって言ってるのに」
「そうみたいですね」
苦笑するかなみに、ほんの少しだけ汐耶も釣られて笑ってしまう。
「……あのな」
複雑そうな表情は、流石にりょうと親子だけあってよく似ていた。
「まあいいか。悪いな、どたばたしてて」
「いいえ、私の方も色々お世話になってますから」
解っている範囲や、そうでない事も含めて色々とメノウの事やそれ以外の事でも手を回しているらしい事ぐらいは解る。
それをほのめかした汐耶に、狩人がニッと笑う。
「学校やらなにやらの意見出したのはりょうもだからな」
「そうみたいですね」
あの時期のりょうは入院していたりごたごたしていて、メノウの事を知らなかった事を気にしているようだった。
だからこそ知ってからは色々と動いてくれたようなのだが………。
「あいつな、やり方知らないからってほんっとうに言いに来ただけなんだぜ。バカだよなぁ」
カラカラと笑う。
心底そう思っているような口調だった。
最も、色々な書類や法的手続きの偽装の仕方など知らない事のほうが普通なのだが。
「で、メノウの様子は?」
「元気にしてますよ」
「なら良かった、体力なさそうだったからな」
「それは……今も変わりはなさそうですね」
今は何処が悪いと言う訳ではないのだが、ずっと部屋の中で本を読む生活を続けていたために体力が落ちている状態なのである。
「そこら辺はおいおい何とかなる……だろうからな、多分」
「メノウちゃん次第ですからね」
今は色々な事を覚えたり、知識を吸収するのに夢中になっているようだった。
遊びに行く事も多くなったから、少しずつ改善されていくだろう。
焦る必要も急かす事もない、メノウならきっとちゃんと考えているはずだ。
「ずいぶん甘やかしてるみたいだな」
「自主性に任せてるだけですよ」
どうか自由であって欲しい。
もちろん止めるべき事があったのなら止めようと思っているけれど、やりたい事が出来るのならそれが一番だ。
彼女はもうやりたい事を見つけている。
なら、後は見守るだけでいい。
「いいな、そう言う関係」
「そうですか?」
「ああ」
苦笑しながら狩人は頭をかき、付け加える。
「俺の場合、なんか上手く行かなかったからなぁ」
どう上手く行かなかったかは、りょうを見ればよく解るとでも言った所だろう。
「凄い嫌われようですよね」
「そうなんだよ、色々出来るように鍛えてやってるってのに」
深々と溜息を付く。
その色々の内容や方法についてが問題であるような気がしたが。
「っと、そうだ!」
「……?」
どうしたのだろうと見守る汐耶の前で、ぐっとコーヒーを飲み干しソファーから立ち上がり何かを取りに行く。
「メノウの嬢ちゃんが好きそうな物があったのを思い出したんだ」
鞄を探り、取りだしたのは書類の束とモバイルが一つ。
「最近あった事件がな、呪術の類をプログラムに変換して使用するってタイプの物だったんだ」
「最近増えてきてますよね」
呪術や召還の類とパソコンのプログラムを合わせて効果を及ぼす類の物、ネット上に乗せられれば困った事になる代物だ。
「だからな、それのアンチプログラムを作るって話も出来てるんだが、解析出来る人材が必要な訳だ。術をアレンジ出来るレベルなら解析は出来るだろうと」
パラリと書類を捲る。
羅列してあるのは旧漢字や梵字の羅列。
「どの術かや、効果が解ったらそれで送ってくれたらいいんだ。メノウ嬢なら好きだろうと思ってな」
「解りました、渡しておきます」
渡した時にきっと喜々としてやるだろう姿が浮かんでしまう。
これを解析する事は呪術をプログラムに変換するノウハウを理解する事になる、そう言った呪術に関する知識を得る事がとても好きな子なのだから。
「きっと喜ぶと思いますよ」
徹夜にはならないように言っておこうかとも、内心そっと付け加えておく。
「そりゃ良かった」
気がかりなのは狩人が色々な事に対して裏のある人間だったり、一筋縄ではいかない相手であると言う事だろう。
いつまでと期限を言っていないのも、一度やり始めたら夢中になる事を解っての事だろうから。
「何か起きないといいんですけどね」
「そりゃ誤解だ、技術者は貴重だからな」
「……育成でもするつもりですか?」
「当たり。優秀な人間は大好きだからな」
ニイッと笑う。
なんとなく、りょうの気持ちが解らないでもないような心境にかられた。
「何事も経験だ、チャンスがあるならやっておいた方が良いぜ」
「あまり無茶はさせない方が良いのでは?」
「そりゃ無理って話だな、既に部下やらなにやらは泣かせまってる」
「………恨まれないんですか?」
「毎日のように色々と罵られてるな」
クックッと喉を鳴らす、一体普段何をしているのやら。
彼を上司に持つと確かに技術は上がるが、同時に苦労もする事だろう。
「罵られてるって?」
「例えば……あんな感じだな」
言うが早いか、ドタドタっと派手に響き渡る足音。
「答えろ親父!!!」
怒り心頭と言った声は、よく知った声だった。
「………」
無言のまま狩人は素早く立ち上がり、扉の前の床に印刷用の真っ白な紙を数枚ばらまき始める。
「……それ」
「シー」
ドアが開くのを数歩下がり待ちかまえる狩人、この後の展開が容易に予想出来た汐耶が眉を寄せた。
「何であんな仕事ばっかり押しつけて……おわっ!?」
ズルッ! ドダン!!
力一杯ドアを開き、目の前に見えた狩人に掴みかかろうとして……案の定、足下にあった紙には気づかず顔面から地面にダイブ。
「……」
それきり動かなくなるりょうに、汐耶が声をかける。
「大丈夫ですか?」
「……っ! くっ…!?」
「前方不注意だ。何時も言ってるだろ、気を付けろって」
ほんの一瞬でも下を見ていたのなら回避できていた事であると言っても、心底悔しそうな状況でそれが通じるとは思えない。
これから始まるだろう親子ゲンカを想像し、困った事になりそうだと汐耶は小さく溜息を付いた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1449/綾和泉・汐耶 /女性/23歳/司書 】
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■ ライター通信 ■
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のんびりしつつ、どたばたした話に発展。
騒がしいのはきっと一人だけです。
楽しんでいただけたら幸いです。
全体的に流れる雰囲気とかを感じ取っていただけたら何よりです。
それでは、発注ありがとうございました。
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