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<東京怪談・PCゲームノベル>


洗濯日和


 ある日の守崎家。
「うわっ!」
 突然の悲鳴。
 顔を上げた直後に口でも塞いだのか、何事もなかったように静まりかえり……洗濯機の音が誇張されたように音を立てている。
 ガガーだの、ガタガタッだの……幾ら古いとは言えあまりにも酷い。
 何事かと駆けつけてみれば前後左右に揺れている洗濯機と中からこれでもかとあふれ出ている泡。
「北斗?」
「よ、よう……」
 気まずそうに片手を上げつつ、洗濯機を押さえにかかっているる。
 多少揺れは治まったが、それが何か意味がある行為だとは啓斗にはどうしても思えなかった。
 何が起きたかは予想出来ても、取りあえずは聞いてみる。
 笑顔で。
「何をしてるんだ?」
「………く、靴を洗おうと」
 ブワッと汗を吹き出しつつ答える北斗。
 体の下にはガタガタと揺れる洗濯機。
 手には駄目になる前に救出したと思われるスニーカー。
 ちゃんと理由は聞いた。
「他には?」
「えっと……洗剤が少し多かったかな?」
 だから泡がでてきたのだと言いたいらしい。
 スッと息を吸い、啓斗は思い切り怒鳴りつけた。
「ここで洗うな!!」
 鼓膜が震える程の大音量に、北斗は耳を押さえて言葉を返す。
「行けると思ったんだよ」
「無理に決まってる! 手洗いが嫌ならコインランドリーにあっただろう」
「遠いんだって……あそこ」
 ぶちぶちと恨みがましそうに洗濯機を見る北斗に一言。
「……北斗」
「いってきますっ」
 靴を手に、これ以上ないと言うぐらい迅速に北斗は家から飛び出していった。
「まったく……」
 溜息を付き、ある事に気づき頭を抱える。
 今さら北斗が靴を洗いに行った為に、目の前の惨状は啓斗しか片づける者はいないのだ。
「手伝わせてから行かせればよかった……」
 悔やんでも後の祭り。
 買い物の予定は先延ばしにするしかなさそうだった。



 ■コインランドリー

 ここは小銭が数枚もあれば、靴も洗える所だった。
 一番安い場所を選んだのは自腹を切るとなれば当然の事だろう。
 それよりも返った時に怒られる心配でもしておいた方がいいだろうか?
 そんな事を考えつつ戸を開き、長いすに座っている先客の横を通り過ぎ……はたと気づく。
「……あ」
「………」
 既に相手は北斗に気づいていたようだった、読んでいた本から顔を上げ、眼鏡越しにこちらを見ている。
 夜倉木有悟、何度か顔を合わせた事のある……知っているが、よく解らない相手。
「何でこんな所に」
「洗濯ですよ、それ以外に理由が?」
 言われてしまえばそれだけの事だ、確かにそれ以外にコインランドリーに来る理由もない。
「そりゃあ、そうだけど……」
 なんとなくだが生活感と言った物が感じられなかっただけに、こんな所で遭遇する事が予想外だったのだ。
 カシカシと頭を引っ掻く間に、何事もなかったように視線を本へと戻している。
 特に会話をする場所でもないし、内容もないと解っては居ても……何か腑に落ちない対応だ。
 何かを言いたいが言葉が見つからない沈黙が酷く息苦しい。
 今さら他の店に移動するのも癪に障る。
 このまま無言で居るのと何かを話すの、どちらがより大変だろうか?
 考えた末に出した答えは……。
「なあ、何時もここに来てるのか?」
「違いますよ」
 ほんの僅かにこちらを見るだけの対応。
 色々と啓斗や知人から聞いては居たがこれ程とは……生憎と、目の前で起きている事を放っておくような性格を持ち合わせては居なかった。
「対応がキツいとか言われないか?」
「それが何か」
「ほら、なんか適当に相づちうってるってだけだし」
「……楽しく会話がしたいのなら他に行ったらどうです」
 淡々とした抑揚のない口調。
 単に無視しようと言うのではなく、こちらの出方をうかがっているかのような反応なのである。
「俺も、ここに用があってきてるんだ」
「なら勝手にどうぞ」
「そうするよ」
 ここまで来れば、怒らせようとしてやっているとしか思えない。
 溜息を付き、靴用の洗濯機の前に行き足を止める。
 ほんの少し振り向けば、夜倉木は読みかけの本に集中しているようだった。
 手にした靴を眺め、幾つか動いている乾燥機の中から夜倉木の物を見つけ……頭に過ぎった事を実行に移す。
 それはもう迅速な行動であった。
 回転中の乾燥機に靴を放り込み逃走。
 所要時間僅か2秒度。
 しでかした事はともかく、動きだけ見れば喝采でも上がっただろう程にいい動きである。
「なっ!」
 声が挙がる時には、北斗はコインランドリーの外へと逃走していた。


 だがしかし、こんな事をした後でも靴を取りに戻らなければならない事に気づいたのは五分程ほどしてからの事である。
 そのまま家に帰れば確実に啓斗に怒鳴られるが、戻った所で顔を合わせるのも目に見えていた。
 どちらも同じだ。
 ここでケリを付けていくか……もしくは、逃げてる最中に夜倉木経由で啓斗にこの件が耳に入るか。
 後者はとても恐ろしい。
 取るべき選択肢としては最悪の部類だ。
 渋々戻ったコインランドリーで、やはりまだそこにいた夜倉木が開口一番。
「子供だってこんな事はしないでしょうね」
 やはり怒っている。
 当然だが何かカチンと来る口調だ。
「悪いな、手元が狂ったんだ」
「いい訳にしたって面白くないですね」
「靴が勝手に飛んでったんだ、まさに怪奇事件だよな」
「だったらアトラスにでもでも持ち込め、三下にだって没にするだろうな」
「それこそ俺の知った事じゃねえ」
 ぽつりぽつりと交わす会話は、もし不幸にもこの場に来る者が居たのなら……開いた戸を即座に閉めたくなるような寒々しい物だった。
「丁寧語に見せかけて口悪いよな」
「慇懃無礼って言うんですよ、漢字で書けないでしょうがね。覚えといたらどうですか」
「ああ、よく覚えたとも」
 投げつけられた靴を受け取り北斗の横をすり抜け先に店内から出た所で止まる。
「………?」
 怪訝そうに眉を寄せて北斗に一言。
「お陰でもうここは来れません」
「……だろうな」
 はたと気づいたのだ。
 夜倉木が立っていたために見えなかったが、あの乾燥機はすべてのスイッチの明かりがオンになっているという現象が起きている辺り、あの乾燥機はもう駄目なように思えた。
 半乾きの洗濯物を取り出して居るのも、北斗が戻ってきたタイミングと退散する頃がちょうど一致していたらしい。
 誰かに見つかる前にさっさと移動した方が良さそうだ。
「……何で付いてくるんだ」
「ああいった事をして置いて、責任を取る事はおろか謝る事も出来ないと?」
 一々嫌味な言い方だが……言いたい事はなんとか理解出来る。
「解ったよ、俺んちで洗えばいいだろ」
 考えていたのは、啓斗に任せようだとか……増えてしまった洗濯物についてどう説明しようかと言う事だった。



 ■茶の間

 暫く部屋にこもっていた北斗は夕暮れ間際になっても怒りに来なかった事で、そろそろと足音を消しつつ部屋を出る。
 連れて帰った後、縁側辺りにほったらかしにしてしまったのだ。
 音沙汰もないと言う事は話でもしているのだろうと思っていたのだが……。
「………」
 いまだに夜倉木は縁側に座ったままだった。
 目線の先には庭と、干された洗濯物しかない。
 奥の部屋を見ればちゃぶ台にうつぶせになって寝ている啓斗。
「……何してるんだ」
 何もないのに、そんなに楽しいのだろうか?
 同じような事を考えたとは露とも思わず問い掛ける。
「見てるだけですよ」
「楽しい、のか?」
 問い掛けてからしまったと思う。
 またつっけんどんに返されると思ったのだが、予想とは違っていた。
「飽きはしないですよ、自分達だってそうでしょう」
「………あー」
 なんとなく解るような解らないような……。
 ぷつっと会話が途切れた頃合を縫うように夜倉木が立ち上がり、洗濯物を取り込み始める。
「そろそろ帰ります」
「……んー、じゃあな」
 既に日は暮れている。
 天気が良かったから、洗濯物も大分早く乾いたようだ。
「っと……兄貴起こさなくてもいいのか?」
「はい、洗濯助かりましたと伝えといてください」
 そう言い残し、振り返ること無く去っていく。
「……自分のだけ取ってやがる」
 洗濯物を取り込み終え、中へと戻る。
「あー、腹減った」
 何か作ってもらおうと啓斗を起こし、今日の事を散々叱られるまでは後少し。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【0568/守崎・北斗/男性/17歳/高校生(忍)】

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。


靴を放り込む辺りで大笑いさせていただきました。
面白いのでどんどんやって下さい。

夕暮れ時のイメージが伝わればいいなと。
これからどうなるか書いてる本人にも解りません。