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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


契約の代償
「ここがメルヘン街道ねえ」
「…男2人が来るような名前ではないな」
「全くだ」
 今年の大型連休を利用して、以前から行きたいと思っていたドイツ旅行に繰り出した2人が、晴れ渡った青空の中、ガイドの案内でぞろぞろと歩いて行くツアー客を横目にのんびりと空を眺めている。
 すらりとした長身に、ごく自然な茶と金の髪。会話もお互い使いやすい英語を使っており、同じ飛行機に乗って来たパックツアーの人々から見れば、地元民に見えない事もない。
「さーてと」
 ガードレールに腰を引っ掛けて座っていた金髪の青年、ウォルター・ランドルフがぴょんと降り立ち、くいっと愛用のカウボーイハットのつばを持ち上げる。
「…まあ、行くか」
 寄りかかっていただけの青年、ユーリ・コルニコフもその身体をガードレールからついと離して、勢い良く街を闊歩するウォルターの後に付いて行く。
「しっかし凄いなぁ。どこを見ても昔話に出て来そうな建物ばっかりだぞ」
「…気候や地盤の問題もあるんだろ」
「そりゃそうだけどさ」
 さらっと流すユーリにウォルターがやや不満気な顔をしつつ、イメージに思い描いていた通りのドイツの街並に目をやっては子供のように目を輝かせ、ひとつひとつ近くに寄って眺めて行く。
 ――こうして、2人の旅行は始まった。この先に待つものがあるとも知らず。

*****

「だからさ、今日はこっちに来たんだから明日はここ行こう。ワイナリー見学が出来るって」
「…ドイツワインの見学か。悪くはないが…」
 ここは、ガイドブックにも書かれていたビアホール。ビールを水のように飲む、とは言い過ぎだろうが、店の中に居る人のほとんどがビアジョッキを片手に談笑している。
 パンフレットとガイドブックをテーブルに広げ、オレンジ色の灯りの中、喧騒を聞きながら、店自慢のジャガイモとソーセージの料理を味わいつつ、次に何処へ行くかを相談していた、その時。
 ――――――――!!
 陽気な賑わいを見せていた店の一角だけ、ざわりと違う種類の空気が動いた。それに真っ先に気付いたのは、地元アメリカで捜査官をやっていたウォルター。ちらとユーリに目配せし、黙って席を立ちその異質な空気の元を追って店の反対側へと移動する。
 そこは、この店の個室。予約しないと中で食事をする事は出来ないが、家族を連れてのパーティや会食などに良く使われるらしく、今もまた使用中の様子だった。
 だが、異変は確実に起きている――そう見たウォルターが、何事かと店員が近寄ってくるにも構わずばっとドアを開け放つ。
 …染みの飛び散ったテーブルクロス、倒れたまま水が流れ落ちるに任せている花瓶、夜になって少し風が出て来ているのだろう、ばたばたとはためくカーテンが教えてくれるように窓は大きく外に向かって開いている。
 そんな中。
「――どうした?何かあったのか?」
 椅子から転げ落ちたのだろう、壮年の男性がずり落ちる眼鏡にも気付かない様子で窓を凝視している。かたかたと小刻みに歯を鳴らすその男性に、ウォルターがしゃがんで立ち上がらせようとした時、店員が数人血相を変えてやって来た。
「…おいおい。もうちょっとゆっくり話してくれよ」
 多少は会話が通じるとは言え、母国語ではないドイツ語はウォルターの苦手とする所。ましてやや訛りのある早口でまくしたてられては、何を言っているのか聞き取るだけで一苦労で。
「…お前がこの紳士に何かしたんじゃないか、と言っているぞ」
 そこへ現れたユーリが、数語店員と言葉を交わした後で、少し呆れた顔でウォルターにそう告げた。
 男性は、この街でもちょっとは知られた名士らしい。資産家でもあり、そして今日は溺愛している孫のために、この店にやって来たのだと店員が告げる。
 …が。
「孫?」
 ――個室には、壮年の男性以外誰もいなかった。それは最初に飛び込んだウォルターが一番良く知っている。
 かたかたとまだ歯の根が合わない様子の男性に、ウォルターがしゃがみこんで声をかけた。
 その返事は…いや、返事なのだろうか。歯を鳴らす合い間に呟く言葉が、ようやくウォルターの耳に届く。
「笛吹きが…笛吹きが」
 半ば呆然と、目を見開きながらその男性はひたすら『笛吹き』と繰り返しつつ、暫く正気を取り戻すまでの間、瞬きもせずに窓の外の闇を見詰めていた。

*****

「笛吹きっていや、ハーメルンだよな。…なんだか、話が出来すぎてるようだぞ」
「…同感だ。だが、手がかりはとりあえずそれしかないだろう?」
 店に来た時にはちゃんと一緒にいたと言う5歳の孫が行方不明になった――それも街で名の知られた資産家の――と言う事で、地元警察も出て来て男性から事情聴取を開始したのだったが、「孫を攫ったのは笛吹きだ」と言う事以外、なんの事実も男の口からは引き出せずにいた。
 そこで、笛吹きと言えば有名な童話の『ハーメルンの笛吹き』と絡めて、とりあえずハーメルンに行ってみようと言う事になったのだ。尤も、手がかりになりそうなものが見つかるかどうかさえ不明なままだったが…。
「俺達がドイツに来て、しかもすぐ近くにハーメルンがある状態でこんな事件が起こるなんてなぁ」
「……荷物を纏めよう。キッド、窓際に置いたタオルを取ってくれないか」
 文句を言うようでいて、捜査官としての使命に燃えているウォルターの目はいきいきと輝いている。そんな中、今晩泊まるつもりで荷物を置いていた宿を変更し、ハーメルンに捜査の拠点を築こうとバッグに旅行用具を詰めなおしていた矢先のこと。
「…客のようだ」
 ぼそりとユーリが呟いて立ち上がり、立って部屋のドアを開ける。そこに立っていたのは、ルームサービス用のワゴンを引いてぼうと突っ立っているひとりの従業員。
「なんだ?部屋間違えたのか」
 ユーリの後ろから警戒しつつやって来たウォルターを振り返ったユーリがゆっくりと首を振り、
「…客は、ここだ」
 銀色の覆いを持ち上げると、その中にはどの位の年を経たのか分からない、大きなヒキガエルが1匹皿の中に鎮座していた。
「――客?」
「…使い魔だ。…何の用だ」
 どう言う手段を使ったのか、ルームサービスに偽装してやって来たその使い魔は、大きな口を開けると、
『ヴァルプルギスの夜で待つ』
 ――恐らく、それが『主人』の声なのだろう、流暢なドイツ語でそう繰り返し繰り返し告げると、じろりと2人をゆっくり見詰めて、ワゴンからぺたりと床へ飛び降りた。
そのままぺたぺたと行き過ぎて、くるりと身体ごと振り返ってまたじろりと2人を見る。
「…案内してくれるそうだぞ」
「案内?」
「…『ヴァルプルギスの夜』に、さ」
 さあ支度だ、そう呟いたユーリが廊下をずんずん進んで行こうとするヒキガエルをその手に捕まえ、ウォルターにも何か言い聞かせながら部屋の扉を閉める。
「――――????」
 暫くして。
 呪縛から逃れたホテルの従業員が、自分が何故ここにいるのかも分からず、空っぽのワゴンを眺めて首を捻りながら、自分の持ち場へと戻って行った。

*****

 ――ヴァルプルギスの夜。
 魔女達が集い、夜通し歌い踊って騒ぐというそれは、半ば伝説と化していた。
 なんとなれば実際に見た者がいないのだから、その真偽を確かめようがなかっただろう。
 自然と迷うように作られた森の奥深く、腕に抱えたヒキガエルの案内がなければ、彼らでさえこんな集会が本当にあるとは気付かないまま、旅行を終えていただろう。
 それが、今、目の前にある。
 絵に書いたような魔女、半人半獣の姿を晒している男女、既にこの世のものではない、幽鬼達。そんな面々の中を縫うようにして歩いて行くと、何か違和感があるのか、2人を黙ったまま目で追う者が何人もいた。
 …2人は、それぞれが悪魔の扮装を凝らしていた。
 ウォルターは角と翼をつけた姿で、ユーリは顔も見えないくらいすっぽりとフードを被った黒ローブ姿で。手も布の中に隠し抱えた腕の中にいる、ぎょろぎょろと目を動かしながら、いかにも使い魔然としているヒキガエルもまた、2人の扮装に一役買ったらしい。
「ようこそ。招待に応じてくれて嬉しいよ」
 ユーリに負けないくらい全身を黒で統一している男が、左目を眼帯で隠しながら、けだるそうな笑顔を浮かべた。
「俺達を、あの人の孫を攫ったヤツを探してるって分かってて、こんなパーティに招待してくれたのか?」
「いかにも。…だがまだ返すわけにはいかない。物事は常に等価交換だ。違うかい?」
「年端もいかない子供を攫っておいて等価交換ってのはどうかな。――どこにいるんだ?まさか岩山の中ってわけじゃないだろ」
「ははは。良く知っているじゃないか。…そうだったな。あれも哀れな笛吹きが騙されてその代償として子供を連れて行ったんだったか」
「…あれ『も』と言う事は、おまえも騙されたのか」
 その言葉に、男がちらとユーリを見て、何も答えないまま手に持つグラスをあおる。
「――猶予は1日。彼に伝えるがいい、あと1日だと」
「1日…って、たったそれだけか」
「十分すぎる時間だ。…人間には、貴重な時間なのだろう?」
 そこで初めて、男がまともに2人の目を覗き込んだ。

 ――重い、何かが、

 ぞわりと神経に潜り込んで来るような。

「さあ、急げ。時間はあと24時間無いぞ」
 目を逸らした事で、呪縛から2人が解き放たれた時、気付けば2人は森の入り口に立っていた。

*****

「何だと…」
 うろうろと落ち着かない様子で動き回っていた男が、2人の言葉に怒りに満ちた目を向ける。
「1日?――突然現れてなんだね、そんな事を言って私を脅すつもりか。君らもあれか、孫がいなくなったと聞きつけて探してやろうと持ちかける自称探偵と一緒か」
「違う!俺は純粋に、そう言う事件が好きじゃないだけだ」
 ウォルターの言葉にも、ふん、と鼻を鳴らすだけで不審感たっぷりの目は揺らぎそうにない。
「………ハーメルンは、騙されたんだったな。言われたとおり、願いをかなえてやったと言うのに」
「っ!?」
 だが。
 ユーリのこの言葉で、男は凍りついた。
「なんだ。どこまで知ってる」
「…代償として子供達が岩山に消えた。願いをかなえたのに、望みのものが貰えなかったから」
「――あ、あれは、違う。最初からあれが目的だったのなら、私は」
 何か言いかけた男が苦い顔をして口をつぐんだ。
「と、とにかく!たった1日で何が出来ると言うんだ?交渉するにも犯人からの連絡なぞ無い、引き伸ばす事さえ出来ないんだからな。せっかく誕生日を迎えると言うのに」
「誕生日?」
 ウォルターがつい口を出たと言う言葉に反応し、口を挟んだ。男が何故聞き返すのか分からないと言った顔でウォルターを見、
「明後日で6つになる。親族全員集めて盛大なパーティを催す予定だった。だが…」
 そこで孫がいなくなった実感を改めて感じたのか、口を閉じて男が俯いた。
「…望みは何だった?代償は、何だったんだ?」
 ユーリが静かな声で問い掛ける。男は一瞬だけ強い光でユーリを睨み付けた後で、
「孫の命を助けて欲しいと願った。その代償に――男は、あいつは宝石を望んだ」
「宝石?」
「『悪魔の目』と呼ばれる、宝石だ。これを、あいつは、よりによってそれを欲しがったんだ。我が家に代々伝わる、門外不出の家宝を」
 ウォルター達に見せるのも嫌なのか、実物は見せないまま話を進めて行く男。
「おいおい、宝石のために孫を見殺しにするのか?」
「――仕方ないだろう!あれは、絶対に外に出してはいけないんだ。そのために孫を犠牲にしなければならないのだとしたら、それは――仕方のない事なんだ」
「ばっ、馬鹿言うな!どんな大金や宝石だって、生きてる連中以上の価値のあるものなんてないんだぞ!?」
 ――話は。
 一晩経っても、平行線を辿り、

 ――そして、約束の…24時間は、心が焼けそうにじりじりするにも関わらず、無常にも過ぎ去ってしまったのだった。

*****

 俯いたまま、3人が物も言わず、更に時間だけは過ぎて行く。
 だが…。
「だ、旦那様!坊ちゃまが、戻られました!!」
 その言葉と共に、土と泥にまみれた姿の少年が保護した警官と共に現れ、そして、多分少年の無事を一番信じていなかっただろう壮年の男は、その感情のぶつけどころを余所者の2人へと遠慮なしに向ける事にしたようだった。

*****

「ウォルター様。お客様がいらしてます」
 ――無事戻った孫の顔を見るなり、家を叩き出された2人が、仕方なしに、そして何となくハーメルンに向かいそこで宿を取った何日か後。
 フロントの人間に言われ、知人がこんな場所にいる筈が無いと不思議がりながらロビーへ移動した2人の目の前に現れた人物に、2人は少なからず驚いていた。
「こんにちは。先日はありがとう」
 幼い顔立ち。まだ未発達な肢体ににこりと満面の笑みを浮かべたのは――そう。あの日、猶予期間を過ぎたのに何故か無事保護され、戻って来た彼の孫だったのだから。
「なんでここが」
「2人ならここに来るだろうと思って」
 ――くくっ。
 喉が、鳴る。
 少年らしからぬ笑顔が、その幼い顔を翻して浮き上がって来る。
「やっと。これでやっと、全てが元通りになった」
 そう言いながら向けた笑顔の――少年の両目は、闇夜もかくやと言う程黒くて深い。
「お前…もしかして、あの時の」
「そう」
 少年は――『男』は、不思議なほど穏やかな笑みを浮かべながら、こくりと頷く。
「猶予内に誓約は実行されなかった。だから、約定に添って代償を支払ってもらった。それだけだよ」
「――あの人は?」
「お爺ちゃん?彼は死んだよ。元々もう長くなかったからね、仕方ないよね。僕は全部を受け継いだ。…それでやっと、望みのモノが手に入ったんだ。――僕の目が」
 確かに、以前見た時には眼帯をしていた。その向こうにあったものは、空っぽの眼窩だったのだろうか。
「僕のずっとずっと昔の先祖が、悪魔を騙してその片目を手に入れた。…それは、自分達にだけ幸運をもたらす宝石…ずっと、返してもらいたかったんだよ。けれども。――片目は、誓約で奪われたから、どうしようも無かった」
 でもね、と少年は続ける。にぃっと一瞬覗く邪悪な笑みを浮かべ。
「誓約を破ったのは彼の方だからね」
 そう言って、くすくす笑う。
「……ひとついいか?お前は、彼の孫なのか?それとも、偽装しているだけなのか」
 ユーリが少し視線を強くして『彼』を見詰め、ウォルターもその答えを聞こうと軽く頷く。
「孫だよ、間違いなく。ああでもね、僕は悪魔に心臓を食べられちゃったから、もう彼と僕は一緒なんだ。――生まれてすぐ死ぬ筈だった僕はね、彼と心臓の一部を共有する事で生きてこれたんだよ。おじいちゃんがちゃんと約束を守れば、彼も僕を支配なんか出来なかったのに。結局僕は元のまま戻れなかった。それも知らずに、僕の目を相続させて全部駄目にしちゃったんだ。しょうがないよね。こうするしかなかったんだもん」
 他人事のように、楽しそうに語る少年。
「しょうがないから、僕の家はまだ暫く資産家で置いてあげようと思ってる。飽きるまでね」
 それじゃあね、と少年が手を振って立ち去りかけ、くるりと振り返り、
「お爺ちゃんに伝言をありがとう。あれが多分ね、最後の一押しだった。…でも結局さ。僕よりも家を選んだ時点で、終わってたんだよ」
 ホテルの前に止めてあった車に乗り込む少年の後姿を眺めながら、ウォルターとユーリが顔を見合わせる。
「………」
 やがて。
「…キッド」
「あん?」
「…バイエルンにでも、行くか」
「――そだな」
 休暇はまだある。だが、この街――童話と現実が混じりあい、その隙間に澱が溜まっているような、そんな場所から、何となく離れたくて。
 童話の世界に紛れ込んだような頭をすっきりさせたくて、2人は足早にその場を離れた。

 そして――バイエルンでさっきまでの憂さを晴らすように、良く飲み、食べ、そして日本での仲間や同居人達への土産も十分過ぎるくらい買い込んで、いくらかはマシになった気分にほっとしつつ、最後には名残を惜しむだけの余裕を持って、日本への帰路に就いたのだった。


-END-