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<白銀の姫・PCクエストノベル>


人虎伝

 暗闇の中で彼は悶える。一体なにが間違って、どこがどうなって、こんな姿になってしまったのだろう。変わり果てた己の手の平を真っ赤な瞳で見つめ、空谷へ向かい吼えるように嘆く夜が幾つも過ぎていった。
「一体どうすれば、帰れるんだ」
募る苛立ちを抑えきれず、彼は目の前の岩盤に爪をたてた。鋼鉄の鎧をも切り裂く鋭い爪が、岩を砕いた。
 遠くのほうから、冒険者たちの足音が近づいてくる。彼は涙に濡れた顔を上げ、己の存在に気づいてもらおうと大声で呼びかけた。そして助けを求めようと、駆け寄っていった。
 けれど、冒険者たちにとって彼は、虎に似た猛り狂う魔物でしかなかった。

 ああ、なんだか変なものが近づいてくる。我宝ヶ峰久遠がぼんやりそう考えたのと、
「散るんだ!」
誰より先に魔物の気配を嗅ぎ取った羽角悠宇がそう叫んだのとは同時だった。
 本来なら警告は「妖精の花飾り」という魔物の接近を報せるアイテムを持つ、シュライン・エマの役割だった。ところが、銀色の毛皮を持つその魔物に対してはなぜか機能が働かなかった。シュラインは違和感を覚え、感度でも悪いのかと右手でアイテムを調整してみたいのだが、やはり動かなかった。
「なにか、おかしなことでも起きたのですか?」
シュラインと一緒に魔物の風下へと回ったセレスティ・カーニンガムがちらりと青い視線を投げる。その一瞬の中に、それだけの問いが含まれていた。
「いえ、みんなは大丈夫?」
アイテムが故障している、と言おうとしたがそれよりもシュラインは悠宇の声に従って散り散りになった仲間たちを心配した。
「悠宇くんは日和さんを連れて、魔物から距離を取ったようですね」
初瀬日和は、悠宇の声を聞いた直後強い力に抱き上げられて思わず目を閉じた。それが、悠宇の腕だとわかったのは魔物から数メートルを隔てたところで解放されてからであった。さらに悠宇は、自分が盾になるつもりなのか日和を背後に回して立ち、魔物を睨みつけていた。
 銀色の魔物は、茂みから飛び出してきた場所で立ち止まったままなにやらもどかしそうに、爪で地面をがりがりとひっかいている。
「痛そう」
思わず日和は目を閉じた。あの魔物はなんだか、やり場のない苛立ちを地面にぶつけているように見える。
「・・・・・・なんだ、ありゃ?」
しかし悠宇は日和の声が聞こえなかったらしく、それより魔物のすぐそばに浮かんでいる、緑色をした球体に目を奪われていた。
「みそのさんね」
同じものを見つめながらも、シュラインには正体がわかっていた。
 ふわふわと動作の緩慢な海原みそのは、悠宇の声に素早く反応することができなかった。動くことが煩わしくて、それでも言葉には従わなければと思って、風を操り己の周囲に真空の膜を張った。みそのは、流体の物質なら目に見えるものも見えないものもこだわらず操ることができた。風が鋭く渦を巻いているこの結界内へうかつに手でも突っ込もうものなら、容赦なく両断されるだろう。あの中にいる限り、彼女は安全だ。
「あとは、久遠さんですね」
彼女の無事さえ確認すれば、あらためて魔物に対処する作戦が取れる。そう思ったセレスティであったが、久遠を発見した瞬間思いがけず息をのんだ。
「大きな、猫さんですか?」
なんと久遠はその場から動かず、魔物の目の前にぼんやりと佇んでいた。

 みそのと久遠は、ほとんど視力がない。さらに加えて言えば、久遠には警戒心がない。危険なものに遭遇しても、その危険が肌に立てられる寸前になってやっと
「ああこれは危ないのだ」
と気づく始末である。だから、悠宇の声にも特に気をかけることはなく、その場に留まっていた。それどころか無造作に手を伸ばし、魔物の頬に触れた。仲間のほとんどが、胸に緊張を走らせる。悠宇などはその手の中にある短剣を、いつでも投げられるようにと構えなおしたくらいだ。
 しかしそこまで近づいてさえなお、久遠の感覚は鈍かった。久遠がその手に感じたのは警戒ではなく、ぽたりと落ちた冷たい雫だった。
「・・・・・・なみだ」
ゆっくり、久遠は言葉を発した。それは魔物が流した涙だった。いや、魔物ではない。魔物は涙など流さない。つまり自分の前にいる生き物は魔物の姿をしてはいるものの、魔物ではないなにかである。
「大丈夫?」
風の中からみそのが訊ねた。その声も久遠にではなく、魔物へと向けられている。二人は視力で相手を見ようとしないので、他の仲間たちよりも早く魔物の正体に気づいた。
「大丈夫」
同じ言葉を繰り返したのは、魔物を安心させるためではなく仲間たちへの無事を報せるためであった。
 この虎に似た魔物が魔物ではない、と言われて一番ほっとしたのはシュラインだろう。「妖精の花飾り」が故障したのではないとわかったからである。
「では、魔物ではないとすると一体なんなのでしょう」
セレスティは瞬きをして、魔物を見上げた。魔物は猫のように前足を揃えて座っていたが、それでも二メートル近くあった。後足で立てば、三メートルを越えるかもしれない。なにか訴えようとしているのだが、もどかしく喉の奥でうなっている。
「・・・・・・ひょっとすると、別の生き物だったものが魔物に姿を変えられているのかもしれません。水鏡を使えば本当の姿を映し出せるかも」
腰から下げていた水筒を手にとり、中の水を地面へこぼし日和は口の中で小さく呪文を唱えた。と、澄んだ水が輝き出す。清らかな水で作り出した鏡は、覗き込んだ者の本当の姿を映し出す。魔物は、どんな姿に見えるのだろうか。
「恐がらないで」
日和に促されて、魔物は毛皮に覆われた顔を小さな水溜りの中へささげた。前後するようにして、六人十二の瞳が光へと注がれる。その中に浮かび上がってきたのは神経質そうな目をした、茶色い髪の青年だった。

 魔物の正体が人間とわかってからは、話が早かった。
「えっと・・・・・・お前にいろいろ聞きたいんだけど、お前しゃべれないんだよな。それじゃあ・・・・・・」
悠宇が、近くに落ちていた小枝を拾うと地面に五十音を書き始めた。恐らく、こちらが訊ねることに対し文字を重ねて指さすことで答えさせようというつもりなのだろう。「はい」か「いいえ」で答えさせれば速いと思うのだけれど、せっかく悠宇がやろうとしていることを遮るのも悪い気がして、言えなかった。
 ただ、それでもやっぱり悠宇に
「ジェスチャーでもいいわよね」
と皮肉をかけてしまった。ただ悠宇のほうが、シュラインが自分で心配したほど嫌味に聞かなかったようなので、ほっとした。
 それから六人は魔物に質問を重ね、なぜそんな姿になったのかという原因を探った。
「・・・・・・じゃ、今までの話をまとめてみるわね。あなたは元々東京の人間で、『白銀の姫』のHPを見つけてこの世界へ飛び込んできた。けれど途中で呪いをかけられてしまい、人間の姿ではなく魔物に変わってしまった。呪いが邪魔をして、東京へも帰れない」
シュラインが回答の要点をまとめると、魔物はそのとおりだと頷いた。
「呪いなら、アイテムを使えばいいのかしらね」
そう考えたシュラインは隣にいた悠宇に頼んで呪いを解く聖水を魔物の頭にふりかけてもらう、六人の中で一番背が高く腕も長いのが悠宇だったからだ、しかし魔物の銀色の毛皮は少しも変わらなかった。
「私の、ラ・モートを受けてみる?」
久遠の能力「ラ・モート」には、身に受けた傷や精神の変化を正常に戻す働きがある。だが、能力を使うためにはその相手を業火で焼かなければならなかった。炎で患部を焼き尽くしてしまうのだが、能力が発動する瞬間には激しい痛みが生じる。痛みを覚悟するのなら試みてもいいのだけどと久遠は魔物を見上げたが、これには気弱な大学生である魔物が怖気づいて首を横に振ってしまった。
「なら、どうしましょう」
行き詰まりかけたとき、今までずっと傍観していたみそのが突然口を開いた。
「・・・・・・呪いに干渉した、アイテムが近くにあるみたいですよ」
あの辺りを掘ってみてください、と茂みの根方を指さす。若い茂みの下から、魔物に感じるのと同じ気流が生じていたのである。

 地面は固かったので道具を使って掘ってみると、手の平に乗るくらいの小さな箱が出てきた。銀色をした、なんでもない箱なのだが鍵がかかっているのか全く開かない。蓋の隙間に剣を挟み、こじあけようとしてみても駄目だった。
「手が痺れるだけだ」
試みた悠宇が、眉をしかめて手をひらひらと振る。
「あんたの爪だったら、開けられるんじゃないのか?」
魔物の爪は岩をも削る。だから箱も開けられるのではないかと考えたのだが、しかしこの箱にはなにか特別な術でもかけられているのか魔物の爪も立たなかった。
「おかしい・・・・・・と、いうことは」
この箱にもやっぱり、呪いがかかっているということなのだろう。恐らく箱を開ければ魔物の呪いも解けるのかもしれない。だが、それには箱をどうやって開くかである。
「力ずくじゃ無理みたいだし、誰かに頼むしかないのかしら」
一度町まで戻るべきかとシュラインが考えていると、セレスティが魔物の毛皮を撫でながら箱を手にとった。
「私が、東京へ戻って頼んできましょう」
「誰にですか?」
小首を傾げて考える日和だったが、すぐその名前を思いついた。
「ああ、蓮さんですね」
東京の裏通りで不思議な道具を売っている碧摩蓮なら、この箱を開けられる鍵だって売っているだろう。
「だから、ちょっと待っていて・・・・・・」
ください、と言おうとしたら魔物が大きな爪で地面を示しはじめた。五十音の表を、である。悠宇がその一文字一文字を口の中で綴る。
「いっしょに、いきたい」
東京に帰りたいのだろう。その大きな体が現実世界では異様とわかっていても、目の前で去る人を見送る気にはなれないらしい。
「どうする?」
「駄目だって言っても、ついてくるでしょうね。彼はずっと、東京に帰りたがっていたようですから」
セレスティはちょっと考えていたが、ログアウトのポイントを調整して目立たず蓮の店まで行けるルートを選ぶことにしたらしい。セレスティならきっと、うまくやるだろう。
 そしてセレスティと魔物がこの世界から姿を消した。セレスティはすぐに帰ってくるだろう、けれど魔物はもう戻ってはこないはずだ。
「・・・・・・魔物の毛皮が濡れたのは、夜露のためばかりではない、か」
魔物の残した爪あとを見つめ、シュラインがとある有名な小説の一編をぽつりと呟いた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1388/ 海原みその/女性/13歳/深淵の巫女
1883/ セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
4276/ 我宝ヶ峰久遠/女性/24歳/チェンバロ奏者

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回、自分の大好きな小説をモチーフにというか
小説へのオマージュで物語を作らせていただきました。
今回のメンバーの中でシュラインさまの役割はやっぱり、
リーダー的存在、という感じになりました。
リーダーはどうしても仕切る立場になりがちなのですが、
時にはそういうきびきびした自分に憂鬱を覚えたりは
しないのだろうか、などということを思いつつ
悠宇さまへのためらいを書かせていただきました。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。