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<東京怪談・PCゲームノベル>


[ 雪月花1.5 迷子はどっち? ]


「こちら……でしたか」
「……っ」
 邂逅は、意図せずとも訪れる…‥
 セレスティ・カーニンガムにとって、その二人に出会った事は、まだ記憶に新しい。一度絵葉書も届けられた。少し先行く季節の地から送られたと見られる物。



 現在季節は秋。その日は朝から冷たい秋雨が降り、それでも外出しなければいけなかった彼は、ようやく用事を済ませ屋敷へ帰る車へと乗り込んだ。窓を叩く雨の勢いは、午前よりも格段に増している気がする。
 そんな中鳴り響いた携帯電話の音に、セレスティは窓の向こうを見ていた視線を移動させた。ディスプレイに表示される番号に見覚えは無い。それでも通話ボタンを押すと携帯電話を耳へと当てる。
「はい、カーニンガムですが」
 言いながらも既に感じた違和感。案の定、電話の向こうから声は無い。無言電話かとも思うが、微かな息遣いに引っ掛かりも覚えた。
「……どちら様ですか?」
 言葉を待つ。
 ――コンコンコン
 響く音に首を傾げた。何の音かと思い浮かべる間もなく続く音。しかし所々不規則で、その音は何かを表している気がした。言うならば声ではなく、音で何かを伝えてきているような。もっとも、そんなことは電話を使い手段としては正しくない。ならば……と、そこでセレスティは思い返す。
 やがて音が止み、セレスティは電話の向こうの相手へと問いかけた。
「キミは女性ですか?」
 音による返答は無い。
「では男性ですか?」
 コンッと一つ、音が鳴る。正解を表している気がした。
「キミは私と話したことがありますか?」
 その問いは正しいか迷ったが、音が一つ。それが確信へと繋がった。ただもう一度確認の意を込めて。
「キミは……洸君ですか?」
 シンッと、音の無い向こう側。セレスティは携帯電話を持ち帰ると、それではともう一人の名を呼んだ。
 音は小さく一回限り、セレスティの耳へと鳴り響く。

 時を遡ること数時間前。洸と柾葵の行く先も朝から雨が続き、僅かな霧も出る嫌な日だった。
 差す傘は前を見えにくくする。それでも進むしかなかった。休む時間すら惜しかった。冬が来れば、更に一日の進行速度は減ってしまう。まだ、多少暖かいうちに少しでも先へと進みたかった。それが……災いした。
 気づけば二人離れ。ただ辺りには優しい雨が降り注ぐ。
 柾葵が洸と離れ離れになったことに気づいたのは、二人が離れ大分経ってからのこと――遠く離れた洸の方が早くそれに気づいていた。叫ぼうにも相手を呼べない。向こうから来るのを待つか…否、このまま離れたままも有り得ると思った。それ程まで二人の関係は曖昧で、すぐ捨てられるもの。そこに未練を持つことはなく、ならば独りでも進むだけだった。例え呆気ない別れになろうとも。
 それでも……何時からか本に挟まれていた紙を不意に思い出し。あの人ならばどうにかしてくれるのではないのかと、鞄から滅多に使わない携帯電話を出した。勿論アドレス帳に洸の番号があるわけもない。
 手に取ったのは一枚の名刺で、そこに書かれた番号を押し呼び出し音を確認。繋がると同時、電話では何も伝えられないことに今更気づき途方にくれた。電話の向こうから響くはまだ記憶に新しいセレスティの声。
 咄嗟に思いついたのは、差していたボロボロの傘から手を離し、マイク部分を指で叩くことくらいだった。
 そして――…‥


「こちら……でしたか」
「……っ」
 電話が切られ大分時間が経ち、霧も一層濃くなってきた中、響く声はセレスティのものだった。
 声と同時柾葵の前に出てきたセレスティに、柾葵はあからさまな驚愕の表情を見せる。それもその筈だろう。電話はセレスティが一方的に問いかけ続け切れたものだった。言葉は勿論、メモを出す気配も無い柾葵に、セレスティは彼の疑問を晴らすことにする。
「お久しぶりです、こんにちは。連絡してこられた場所を特定して来ました。霧が濃いようなのでどうなるかと思いましたが、見つかって良かったですね」
 言いながら、セレスティは傘を無くしずぶ濡れの柾葵に傘を差し出す。折り畳み傘だが、比較的大きくしっかりした物だ。
 結局出かけ先からすぐさま飛んできたこの場所は、普段のセレスティとは無縁の田舎町。都会の雑踏とは無縁で長閑な場所だった。こういう場所は決して嫌いではない。辺りには雨以外に水の気配もある。その音が、今雨音に混じりセレスティの鼓膜を微かに震わせていた。
 時刻は丁度三時を過ぎた頃。昼過ぎに柾葵から電話を受け、発信元を特定し、そこから人一人を探し出した時間にしては早いだろう。
「しかし、もしやと思いましたが……やはり洸君と離れてしまったのですね?」
 セレスティの言葉に頷いた柾葵は、そのまま傘を片手にメモ帳を出し何か書き示していく。向けられた言葉。
『ここまで来たって事はもしかして‥‥?』
 確信する反面、そんな訳がないという思いもあった。ただ一度自分達を助けてくれただけの人だったはずだ。そして財閥総帥という立場の彼が動くのかと疑問ばかりが巻き起こる。しかし柾葵が見る限り、目の前のセレスティは損得無しに声にした。
「まずはキミを探しに来ました。次は、洸君を一緒に探しましょう」
 本心からの言葉。それを拒否することは出来ないだろう。
『ありがとう。ホント助かる』
 少しの間の後書き終わった言葉を渡した柾葵は、メモ帳をポケットにしまうと辺りを見渡した。はぐれた事に気づいた当時よりも霧は晴れてきていたが、降り続く雨が視界を悪くしている。
「洸君ならばはぐれた場所からそう離れて居ないと思うのですが……この辺りではぐれてしまったのですか?」
 彼ならば目の事もあるし、頭も悪くないだろう。そう遠くには行っていないとセレスティは思った。しかしそれに柾葵は頭を振って見せる。当然だろう。気づいたのが遅すぎた。どこではぐれたかなど、想像もつかない。
『悪い…気づいたら一人で。俺相当動きすぎた』
 メモを渡してくるや否や頭を垂れた柾葵に、セレスティは優しく微笑み「大丈夫ですよ」と一言。
「まずは此処を動きましょう。この様子ならば間もなく霧も完全に無くなるでしょうし、此方が立ち止まっていても事態は変わりませんからね」
 その言葉に柾葵は頷き、ゆっくりと二つの傘が動き出す。

 セレスティが車を降りたばかりの頃は然程気にならなかったが、辺りは本当に一面田んぼや畑の広がる田舎だった。道は舗装されておらず大小さまざまな石が転がっていたりする。しかしこういう場所ならば、逆に何か物珍しい物があれば、そこへ向かうのではないかともセレスティは思った。とは言え、洸の場合やはり見た目でなく、惹かれるとすれば音や気配だろう。
「この辺りに何か目立った物はありますか?」
 それでも問いかけた言葉に、柾葵は頷くと山の方向を指差しメモを差し出した。
『鳥居が見える。多分神社か何か。俺だったらあそこ行くかもしれないな』
「では、まずはそこに行ってみましょう。今度は私達が迷子にならぬように気をつけて」
 しかし、やがて山の麓に辿り着き共に長い石段をゆっくりと上っていくが、閑散とした境内に人の気配は見つからない。人が居た痕跡もなく、降り注ぐ雨と木々の葉から滴り落ちる水とで尚更の雨脚を感じるだけだった。
『違ったか…どこ行ったんだか‥』
「他も探しましょう? この辺りにはまだ気になる場所がいくつかあると思いますから」
 踵を返し石段を下りようとするが、逆方向へ向かう柾葵を感じセレスティは足を止める。
「どうされました? 何か発見でも――」
 かけた声。しかし言葉の途中柾葵の行動の意味に気づいた。ガランガランと、そこにぶら下がる大きな鈴を鳴らし、パンパンと二回手を叩く。神頼み……なのだろうか。
 振り向いた柾葵は、すぐさま次のメモ用紙をセレスティに渡すと、石段とはやはり逆方向へと歩いていった。しかし、メモに書かれていた言葉にセレスティも納得し歩みを進める。草木の死角になり気づかなかったが、階段を下りずとも先へ進める道があった。
「……良い場所、ですね」
 抜けた先は広い間隔で一軒家が立つ山の中腹。山といってももともと大きくはない故、此処には人の生活が溢れていた。それぞれの庭先に咲く花や、色とりどりの屋根。見渡す限り広く分かりやすくも思えるが、逆に目印が無く道が分かりにくい。どこまで行っても同じ道を歩いている気もした。そして、そんな中響く水音。
「川――でしょうか?」
 不意に呟けば、同時に柾葵が走る。パシャパシャと、ところどころ水溜りを撥ねていくような音が混じった。遠く離れていった足音は暫く帰ってくる気配もなく、セレスティもゆっくりと柾葵の後を追う。
 そして、やがて微かな変化を覚えた。雨音が静まっていく。傘を叩く雨音が、やがて小さく、やがて消え。急速に晴れていく空。そこから覗く陽の光。少し眩しいと思える物が降り注ぎ、足元に広がる大きな水溜りに反射する。
 肌で感じる気温が上がったのを感じ、セレスティは傘を閉じた。そして、少し先の光景に笑みを浮かべる。
「……あぁ、意外と早く合流できましたね」
 言った先、川の源泉らしき場所に立つ二人。一人は柾葵、もう一人の姿は勿論洸だった。片手におちょことなったビニール傘を持ち、大木の下で雨宿りをしていたらしい。今しがた雨が止んだためか柾葵を見つけたためか、今は木の下から出てきているが。その表情はもう一人の存在に気づくなりやはり意外そうな物を見せていた。彼にしたらホンの一瞬ではあったが、その空気を他の人間が読み取ることは容易なものだ。
「――カーニンガムさん、でしたっけ? どうして…此処に?」
 セレスティが言葉を掛けずとも、目の見えていないはずの洸は彼の名を呼ぶ。気配を覚えているとでも言うべきか。同時にそこには柾葵以上の疑問と戸惑いがある気がした。
「覚えていて下さったのですね、有難うございます。実は柾葵君から連絡を受けまして、もしやと思ってやって来ました」
「そう……なのか?」
 セレスティの言葉を確認するかのよう柾葵に問いかけ、問われた彼は洸の掌に何か書き示していく。短い言葉だったのか、洸は頷くと「分かった」と一言だけ柾葵に言い、次にセレスティを見る。その表情に厳しいものは見えず、逆に安堵の色が見えた。
「ありがとう、ございました。こんな馬鹿の面倒見てくれて、一緒になって探してくれて。最終的にこれじゃ俺が迷子みたいですけど」
 最後苦笑し、挙句には「俺が連絡したほうがよっぽどスムーズだったよ……」と悪態を吐く洸に、セレスティは首を横に振った。
「気にしないでください。無事キミ達が合流でき、私も一安心でしたしね。それにしても……」
 一歩二人へと近づいた。川だと思っていたものは勿論小川で、そのせせらぎが気持ち良い。多分、触れればひんやりと冷たい澄んだ水だろう。そんなことを考えながら……
「――傘、折れてしまっているようですね」
 そっと、洸が手に持っていた傘に触れセレスティは言った。
「まぁ、元々拾い物で弱かったから……それに雨は止んだから大丈夫ですよ。大して濡れてないし」
「良ければ今度はこれをお使いください。ビニールよりは丈夫です」
 折れた傘を弄びながら言った洸は確かに濡れていないのだが、セレスティは彼にも折りたたみ傘を差し出した。折り畳みならばセレスティが此処まで持ち運ぶのが簡単であったのと、この先二人が持ち歩くのにも困らないと思ってのことだった。それに、傘の一本や二本で遠慮しあうことも無い。活用してもらいたかった。
『俺もこれもらっていいのか?』
 差し出されていた傘は既に折りたたみ、返す準備も万全と言った様子の柾葵がメモを差し出す。それにセレスティは頷いた。
「またお世話になってしまいますね? 宿の次は傘、か……」
 なんとも言いようの無い表情を浮かべた洸は、その傘を鞄へとしまうと顔を上げる。
「不思議なもんですね。たった一度の出会いが…こんなのがきっかけとは言え再会だなんて」
『ホント、天と地の差があるはずの俺たちが、どうしてこうしているんだかな‥‥』
「ええ…私自身不思議に思いますが、キミ達の長い旅路、この先も何が起こるか分かりませんよ?」
 皆思うことは同じようなものだろう。ただセレスティの言うとおり長い旅路、大きく言うならばそれなりに長い人生の中。唐突に、そして「どうして?」という疑問と共に訪れる出来事など山のようにある。
『また会える可能性もあるのか?』
「呼べば、あなたはこんな俺達の所まで飛んでくるのですか?」
 次々とかかる問いかけ。
 いつの間にか流れる雲が遮っていた陽が顔を出し、今二人と一人を別つようこの地に光を落とす。もう、気づけば辺りは急速に夕焼け色に染まり始めている。
 セレスティはそんな景色を見、優しく呟いた。
「お会いする事もあるかもしれませんね。決して否定は出来ません。人との出会いなど、予測では計り知れませんから」
「そう、ですね。答え、有難うございました。それじゃあ……」
『会えたらまた。会えなければこれでさよならだな』

 曖昧で不思議な出会いと別れなのだろうが、それも良いと今なら思う。

「良ければ途中まで一緒に行きましょう? 此処に来るまで少々道が入り組んでいましたが、この小川沿いに行けば確実に山は下れるでしょう」


 並び歩く帰り道。
 家々の庭に出来上がっていた潦や、草木に付いた露玉が夕日に照らされきらきら光る。
 その横を歩く三人は、その様子を見て、或いは感じて。声にして、或いは言葉にして。
 残る水溜りを時折撥ね、避け。

 ゆっくりと先へと進む――



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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→PC
 [1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い]

→NPC
 [  洸・男性・16歳・放浪者 ]
 [ 柾葵・男性・21歳・大学生 ]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、亀ライター李月です。この度は[雪月花1.5 迷子はどっち?]ご参加有難うございました。お届けが少々遅れてしまったかもしれません…すみませんでした。
 再開という形で、柾葵と一緒に探す事となりましたが、最終的に二人と均等位にお話となっています。少し特殊な柾葵とのやり取りや、雰囲気など、この番外編のどこか一部でも気に入っていただければと思います。
 結局柾葵は先走り洸を見つけてましたが、セレスティさんが居なければ多分先へ先へとは進めてはいなかった筈です。洸も又、内面ではありましたが、確実に変化がありました。どうも有難うございました。楽しく書かせていただき、私も感謝いたします。

 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼