コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


Fairy Ointment


 面白いイベントがあると聞きつけ、田中・裕介は紅の街エベルへと赴いた。白銀の姫というファンタジー世界に降り立っても現実世界でのYシャツと黒のジャケットそのままで、加えて相変らずのトランク。違うと言えば、腕に絡みついた鎖くらいだろうか。
 とある界隈ではメイド魔人と呼び声高いらしい…が。
「ちょっとーおじさん、街の入り口まん前で立ってないでよ」

 お…おじさ……?

 今宵今だ十代の身でありながら、おじさんと呼ばれるのは至極心外、と振り返れば、頭一個分以上小さな位置から自分を見上げている勝気な少女。
「だからさぁ、ちょっとどいてってば」
 ぐるりと簡単な城壁で囲まれたエベルの入り口は人が2・3人通れればOKってなくらい狭い。
それをほぼど真ん中で立ち尽くし、しかもトランクを地面に置いてしまってはどの隙間から街へ入るべきかと悩むのは至極同然。
 カンフーでもやりそうな和と中華が混じったような格好から、自分と同じようにこの世界に勇者として降り立った少女なのだろう。
「高良…ちゃん…!」
 街の中から、一瞬少女とも少年ともつかない声が、この目の前の少女の名前らしきものを呼ぶ。
「あ、こっち〜」
 少女は裕介の影から手を振り、声の主を呼ぶ。
「すまなかったね」
 裕介はトランクを持ち上げ、数歩横へとずれると、PTとして合流したらしい二人を見つめ、あんな小さな子たちまでこの世界に引き込まれているんだな…と、今更ながらに事の大きさに顔をしかめた。

 まだ勇者としてこの世界に降り立っている彼らはいいだろう。だが、彼らと同じような年代の子供達が、NPCとしてこの世界の住人となってしまっていたら、現実世界の両親はどれだけ心配する事か。
 はてさて、今はこの紅の街に起こる面白い不思議なイベントをこなす為に訪れたわけだから、とりあえずそのイベントとやらに遭遇してみよう。と、裕介はRPGに置いてスタンダードともいえる情報収集から開始する。
 ジャンゴの方で噂にはなっていたが、誰もそのイベントのこなし方を教えてはくれなかった。いや、噂だけが一人歩きして誰も全容を知らなかったのかもしれない。
 それでも噂になるということは、このイベントをこなした誰かが居ると言う事で、ただの噂ではなくちゃんと存在している事になる。
「この街に起こっている事を教えていただけませんか?」
 とりあえず手近に通り過ぎた街人を呼びとめ、話しを聞いてみる。
「モンスターがね、襲って来るんだよ!こう大量にドドドーっと」
「どうしてです?」
「さぁねぇ」

 じゃぁ、どうして、こんなモンスターに襲われると分かっている街に住み続けているんですか?

 裕介は呼び止めた街人に簡単にお礼を述べ、また街の奥へと歩き出す。
 モンスターに襲われる理由も分からないのに、街に住み続けるはずがない。

―――そう思う様プログラムされていない

 と、一言で終わってしまう事もできるのかもしれない…と、仮初めの命を吹き込まれた擬似世界の空を見上げる。

「モ…モンスターだぁ!!」

 次の情報収集へと赴こうとしていた裕介は、思わず振り返る。
 街人NPCが一人、狭い城門から街の中へと行きも絶え絶えに走りこんできた。
 その叫びが街中に響いた瞬間、やはり裕介と同じようにこの街のイベントを聞きつけていたらしい勇者が、一斉に城門へとかけていく。なにかしらその表情は鬼気迫っているようにも思えたが。
「これは、これは……」
 タコ殴り状態でモンスターを蹴散らしていく複数のPTの動向を見つめつつ、裕介はこのイベントを噂というモノに仕立てたものが何なのかを見定めるように、その戦闘を見つめる。
「あー!遅かったぁ」
 息を切らしてこの光景に駆けつけたのは、先ほどの子供達。
 しまったぁと頭をかく光景に、裕介はピンとくる。

 この二人はイベントを知っている。

 至極残念そうに街の奥へと戻っていく二人を、裕介は呼び止めた。
「イベントをこなしているんだろう?本当にいいのかい?」
 ありがちだなぁとは思いつつも、やはりクリアできないのは癪に障る。
 確か噂は、倒す事で妖精に出会う事ができ、且つ何かしらのアイテムがもらえるらしい。というもの。
 だが、背を向けていた少女は振り返ると、むっとした表情のまま、
「途中参加しても意味無いしね」

 ビンゴ。

「へぇ、どうして?」
 この二人からだったら、この街襲撃イベントの全容が聞き出せそうだ。





 少女の方は裕介に話すことをかなり渋っていたが、一緒に居た性別を分かりかねる声をもった少年の方が、全てを教えてくれた。
 この紅の街エベルには、『妖精の塗り薬』というアイテムがあって、そのアイテムを狙ってモンスターが襲撃してくるらしい。そして、そのアイテムは『妖精の眼<グラムサイト>』を覚えるための必須アイテムなのだそうだ。
 数日前、このイベントがここまで噂になる前に、同じ仲間がこのイベントをこなしていた時に同行できなかったため、今そのイベントをこなしているのだという事。
 裕介はトランクを揺らし、最初のイベントフラグだと言っていた蔵書の多い民家までたどり着くと、簡単にドアが開いてしまった。
「ごめんください」
 と、家の中へと入っていくと、普通に出迎えられしばし面食らう。
 家に鍵をかけておかないのは無用心ではないだろうか?
 だが、ここはゲームの世界。現実世界と同じとは思ってはいけない。
 裕介はそのまま例の本があるという蔵書室まで案内してもらい、『diary』を探す。
 なんでもその本以外はまったく読めないそうなのだ。
 それはヒントなのか、そうでないのか、そういった事は分からないが、目指す本が一つだけというのは確かにありがたい。
 だがしかし、本棚には乱雑に本が並べられており、ジャンル分けもされておらず、50音順で並んでいるわけでもない。唯一救いなのは、床まで本が散乱していないことだろうか。
「日記帳…ですか」
 指で本の背表紙をなぞりつつ、ゆっくりと移動する。
 確か、辞典ほどある厚塗りの本だと言っていた。
「これ、かな?」
 ずしりと両手に重みが掛かる本を手に取り、裕介はページをめくる。

『私の後継者となるべき偉大な魔力を持つ徒よ、エルフより与えられるこの力は、後にお前たちの役に立つことだろう』

 どうやらこのイベントをこなす人達は、この日記に出てくる『私』の後継者となるらしい。
 はてさて『私』とは誰なのか?
 だが、そんな事も、手に入れたキーワードの一つがもう答えを導き出してくれていた。


 次に、裕介はその足で街長宅へと向かうと、
「これは大きいですね…」
 さすが街長と銘打つだけのことはある大きな屋敷を見上げる。
 そしてギィっと音がしてきそうな扉を開け、中へと足を踏み入れた。
 裕介が街長宅に足を踏み入れた瞬間、初老の男性が裕介に駆け寄り目の前で膝を付くと腕を組んで懇願し始めた。
「どうか、どうか、この街をお守り下さい!古より伝わるこの薬をどうかお守り下さい!」
 この街長の姿を見、裕介は顎に手をあてて、
(確かここで)
 指を一本立てると、ニッコリと微笑み、例のキーワードを口にする。
「マーリンの日記を見た。私が後継者です」
 裕介のその言葉を聞いた瞬間、街長の顔色が一気に変わり、顔を上げると疑わしそうな顔つきで、
「あなたが本当に後継者ならば、この街を、薬を狙うモンスターを倒してください!」
 と、宣言した。
 これで、準備は完了です。





 一日に一度しかないというモンスター襲撃は、イベントが知れ渡るようになった今、かなりの競争率がありそうである。
 認識されるのはモンスターが襲撃した際に最初から戦いに参加している人達のみ。
 だからあの二人は何もせずに帰っていった。
 コレがもし、勇者側が弱すぎてモンスターを倒せなかった場合はどうなるのだろう?と、ふと考える。
 その場合は街は壊滅してしまうのだろうか?
 裕介は、エベルにて一夜を明かすと、トランクを片手に早朝から街の入り口でモンスターがやってくるのを待った。
「あー!競争率上がるから教えるのやめようって言ったのに!」
「ご…ごめん、ね…」
 昨日がダメなら今日のイベントをこなすために、二人が来るであろう事は、裕介には分かっていたし、少女もこのイベントを裕介がこなす為にかち合う事を確信していたのだろう。
 だがどうにもこの一緒に居る小さな少年は人がいいらしく、ほいほいと裕介にイベントの事を教えてしまった。
「ほらほら、喧嘩しないで。どうでしょう?私もPTに入れてみては?」
 むっとした顔を裕介に向けて、少女は見聞するように上から下へと視線を移動させる。
「…戦えるの?」
「勿論」
 と、小手を見せてみる。
「…そのトランクで殴るのかと思った」
 少女の一言に、裕介の表情がしばし固まる。

 大事な、大事な、本当に大事なメイド服(その他もあり)が入っているこのトランクでモンスターを殴る?
 ありえないでしょう。

 知らない事は決して恥ではない。
 裕介がたとえメイド魔人でも、それを今目の前の子供達が知らなくても、それは決して恥ではない(当たり前です)。
 微妙な空気が流れつつも、戦力あるに越した事はない二人は、裕介をPTに入れると、モンスターが待ちに襲撃してくるのを待った。
 街の中心にある広場で他愛ないおしゃべりを交わしながら、ひたすらその時を待つ。

カチ…カチ…カチ……

 本当に時計の針の音が聞こえてきそうなほどモンスター達が襲ってくるであろう時間が刻一刻と迫る。
 少女の両耳についている鈴が、リーン…と、高く澄んだ音を発した。
「…来た」
 少女の言葉と呼応するように街人が狭い城門に影のように見えた瞬間、駆け出した。
「おやおや」
 他愛ないおしゃべりから、街は一気に騒然とした情景に変わる。
 ざっと地面を踏みしめると、イベント用にしつらえられたモンスターが数体、城門目掛けてかけてきた。
 とりあえず裕介は突っ込んできた1匹のモンスターに鎖を絡ませ、叩き伏せる。
「強いじゃん、おじさん!」
 少女の方とて、その小さな体の何処にそんな力が潜んでいるのか分からない怪力で、モンスターをねじ伏せていた。
「せめて、お兄さんって呼んで欲しいですね」
 格闘技いいトコ取りの戦闘スタイルが酷似している二人は、次々とモンスターを殴り倒す。
 切りつけるといった直接的ダメージではない分一度で倒れてくれるという事はなかったが、打撃で一番怖いのは蓄積されたダメージ。
(おや?)
 いくら強いとはいっても打撃攻撃のデメリットでもある攻撃の反動がまるでない事に裕介は首を傾げると、直接的に戦闘にはまるで参加していない少年が大きなハンドベルを手に、ニッコリと微笑んだ。
 どうやら彼は、PTで言う所の補助スペシャリストであるらしい。
 どうりで全く怪我をしないと思った。
 必ずしも1PT独占イベントではないため、戦闘が辛いといった事は無いが、向こうは完全に多勢に無勢の数で責めてくる。
 しかも加えて言えばフィールドモンスターよりちょっとだけ強い。
 戦闘能力が高いとはいってもまだまだ子供である少女には、多少辛そうだ。
「ところで、お嬢さん。これが似合うと思うんですが」
 戦闘中に何の話?と、きっと振り返った少女の目の前にずぃっと差し出したのは、一つの衣装。
「そのトランクって、衣装ケースだったの?しかも女物の……」
 正確には、リバースドールという力を持った服なら何でも出せるトランクである。
 だが、正直裕介は女性にしか服を進めないのだから、女物の衣装ケースとさして変わらないかもしれない。
「いい」
 遠慮する。と、きっぱり断られ、裕介は小さく肩を落とした。が、そんな事でへこたれる裕介ではない。
 裕介は大きな白い布を一枚取り出すと、少女の頭からかぶせる。
「な…何!?」
そして、トランクの能力(?)でもある0.1秒着替えを実現して見せた。

 この時、勇者達も、ましてやモンスターさえも一瞬止まったように思えたのは気のせいだろうか?

「戦闘力上がってますから」
 わなわなと震えつつ、能力10倍となった少女の拳は、確かにこの戦いに終止符を打った。





 盛大な歓声を伴ってかけてきた街長から、このイベントの成功報酬である『妖精の塗り薬』を手に、裕介は満足そうに微笑む。
 その瞬間、目の前をノイズが走り、空間が歪む。
「これが、妖精……」
 妖精と言う名で有名になっているようだが、裕介には妖精の服装が白衣に近いものを着ているような気がして、眉を寄せる。
 顔の半分が掻き消え、声さえも大きな雑音に消され、それでも妖精は何かを訴えているようだった。

 紅の街エベルは序章でしかない。

 だが、偶然噂を聞きつけこの場に居合わせただけでの裕介では、その真意までも汲み取る事はできなかった。







 ただ少し、心の奥に蟠りだけを残して―――…





next...?

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   獲得アイテムとイベントフラグ詳細      ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

妖精の塗り薬を手に入れました。
〜吠える獣〜のイベントフラグが立ちました。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【1098/田中・裕介 (たなか・ゆうすけ)/男性/18歳/孤児院のお手伝い兼何でも屋/格闘家・服飾師】

【整理番号/PC名/性別/年齢/職業/今回のゲーム内職付け】
*ゲーム内職付けとは、扱う武器や能力によって付けられる職です。

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 Fairy Ointmentにご参加ありがとうございます。ライターの紺碧です。時間と本編の関係上、早々納品させていただきました。…と、言いますのは建前で、せっかちなものでノンビリ同時参加者を募集するのに飽きました(爆)
 なんだか書き上げてみてあまり戦闘方法っていらなかったんじゃ…と、今更ながらに思っております。しかも被害者(?)は家のNPCなので衣装の種類は好きに着せさせていただきました。裕介様には、どれが着せられたか一瞬で分かった事と思いますが(笑)
 終始少年少女として名前は出てきませんが、当方NPCの本編に出ていない中学生二人です。名前を出すと出たがりなので、食ってしまうかもしれないと思い、あえて少年少女とさせていただきました。場面が掴みにくかったらごめんなさい。

 それでは、折角のイベントフラグ、〜吠える獣〜ご参加お待ちしております。