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<東京怪談ノベル(シングル)>


夜の街にさよなら☆
 夜の街はいつも喧噪であふれていた。
 キャッチなどの一斉摘発をくらった歌舞伎町とは違うこの街は、未だ追いやられた違法風俗店や、ポン引きが至る所にいる。
 道路には薄汚れた靴の跡と、すえた臭いを放つ物体が散乱し、酒に酔ったサラリーマンの臭いが残り、若いカップルや女性の姿はほとんど見えない。
 そんな中、一人の少女が歩いていた。
 少女の名前はピィ・プレタ。年齢は16歳だが、もっと若く見える。国籍はフィリピン。金色の髪に黒い瞳。小麦色の肌をもった彼女は一見とても健康美にあふれているが、その瞳の色は、繁華街を覆う夜より暗かった。
 彼女はずっと『援助交際』で日々の生活の糧を得ていた。しかし愛のないその行為にむなしさを感じ、他の道で生活の糧を得る事ができないか、そう模索していた。
 頭の上でネオンが消えた。
 店が閉店した事をつげるサイン。その店の前にピィはたっている。
 高校に通っていた頃の制服を身に纏い、少し斜めをむいた格好で立ち、少しを前の地面を見つめながら口を開く。
「ピィロシです。マッチ売りの少女が不幸の少女を偽って、業務上横領をしていると思うとです」
 始めたのはどっかの芸人のパクリ。しかし本人は至極真面目。
 次のネタを、と思ったところに男性が一人立ち止まる。
 聞いてくれるのかな、と少し喜んだところに、酒臭い息をもらしながら男性が口を開いた。
「ねーちゃんよく見かけるなぁ。どーせまた援助交際やりたいんだろ? おじさんとどうだい?」
「あ、あたしはもうそういう事やめたのっ。お金くれるなら、漫才きいてお金頂戴」
 のばされた手をしなやかな動きでかわし、再び立ち直す。
「漫才だぁ?」
 がはははは、と笑った男性をよそに、ピィは口を開く。
「ピィロシです。昨日たべ…たっきゃあ」
 言いかけた瞬間、ぐいっと手を引っ張られてバランスを失う。
 考えていたネタを思い出しながら喋っていたので、注意が足らなかった。
 アルコールと汗のしみついた背広に顔面からぶつかる。
「つまらねぇ漫才より、いいことしようぜねーちゃん」
「だーかーらっ、あたしはもうそういう事しないのっ」
「いいからいいから」
「いいからじゃなーいっ」
 小柄で華奢な体つきだが、力は強い。ピィが力一杯男から離れようとした瞬間、別の男性の声が聞こえた。
「おいおい、いい大人がみっともない。その辺にした方がいいんじゃないか」
「なんだおめぇは?」
「誰もいいだろ。それとも未成年者略取で掴まりたいか? あ、これだと児童買春の方か……」
「くっ、そんなガキ興味ないわっ」
 酔っぱらいサラリーマンはピィを離すと、転びそうになりながら走りさっていった。
「なーにがガキに興味ない、よ。しっかりあたしの胸触ってたくせに」
 失礼しちゃうわね、と腰に手を当てて走り去るサラリーマンの後ろ姿を見ながら呟く。
「あ、助けてくれてありがとね☆」
 くるっと振り返ったピィの目に入ったのは、すでに立ち去りかけている男の後ろ姿。
 その姿に感極まりピィは男の背中に抱きついた。
「名乗らずに立ち去るなんてステキっ」
「お前も馬鹿な事してないで、さっさと家に帰れ」
 そして俺も事務所に帰って仕事が……やらないとどやされる、とかブツブツ呟いているのが聞こえる。
 男の名前は草間武彦。怪奇探偵、と名高い草間興信所の所長である。
「あたししびれちゃったのォ。もっとあなたを感じたいわ☆」
「ガキは家帰ってしょんべんして寝ろ。じゃあな」
「帰る家なんてない……」
「は?」
 振り返ると同時に、背中にかかっていた体重がきえ、かわりにドサッと地面になにかが落ちた音が聞こえる。
「お、おい!」
 慌てて抱き起こした草間の腕の中で、ピィは寝息をたてていた。
 ここ数日、援助交際をしていなかったのでお金がなかった為、野宿が続いていた。その疲れが一気にでたのだろう。
 草間は重いため息を一つ吐くと、肩にピィを担いで歩き始めた。

「……あれ?」
 目が覚めると見慣れた天井が広がっていた。
 あたしまた誰かとホテル入っちゃったのかな……と横をみると隣で大口開けて寝ている草間の姿が。
「この人、なにもしなかったのね……」
「……ガキになにかするほど落ちぶれちゃいねぇ……まぁ、本気の恋愛ならまだしも、な」
 寝ていたと思って声を出したピィは、返事があって驚いた。
「きいてもらっていい?」
 ベッドの上に膝をたて、それを両手でかかえて、まるで母親の胎内にいる赤ちゃんのような格好でピィは問う。
「……楽になるなら、吐き出しちまえ」
「うん……あのね……」
 ピィはぽつりぽつりと語り始める。
 親の借金。そのかたに売られて日本に来た事。日本で頑張って稼いで借金完済できたら親元に帰れる、そう言われて、信じてやらされていた援助交際。
 でも暴力や性的欲求、それらに耐えかねて飛び出した事。しかしパスポートもお金もすべておいてきてしまった為、やぱり援助交際でお金を稼ぐしかなかった、と。
 唯一良かったのは、日本人のお客と話ができるように、と高校に通わせて貰っていた事。
そのおかげて学力・語学力は申し分ない。ただし中途で終わる事になってしまったが……。
 草間は黙ってピィの話をきいていた。
 ピィの肩が小さく揺れる。抱えた膝に涙が落ちる。
 草間は無言でその肩を抱いた。そして引き寄せ、抱きしめる。
「生活が大変かもしれない……でもこんな事はやめた方がいい。もっと前向きに人生みつけろ」
「……うん……」
「金がない時はうちにこい。……俺も貧乏だけど、仕事すればギャラがやれる。結構普通の高校生とかが事件解決してくれてるぞ」
「うん……」
 ようやく顔をあげたピィの目に、カーテンの隙間からもれる光が目に入った。
 いつの間にか夜が明けていたらしい。
 ピィはベッドから飛び降りると、カーテンを思い切り開けた。
 そして大きくのびをして、とびきりの笑顔で振り返った。
「あたし、もっと自分を大切にして、自分さがし、やってみる」
 光を背にあびて、ピィの笑顔がとても輝いていた。