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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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誓いの紅石
―――preludio...
美しくも、禍々しくも輝く石があった。
宝石であろうか、ルビーやガーネットかと思わせるような紅い紅い石。
小石ほどの大きさのそれに向かって、碧摩・蓮は煙管を吸いながら話しかけていた。
石は言った。石に落とされたもう一つの血主を探して欲しいと。
『私が死んだ、というのは変えようのない事実なの。目覚めた時、私は石になっていたから』
己が死んだのち、石になってしまったなど悲しい話ではあるが、悲観さを感じさせず淡々と石は告げる。
昔、一人の男と透明の水晶に誓いの血を落としたと言う。男の知る風習で、血を落とすことで願いが必ず叶うらしい。
相思相愛の二人はいつまでも一緒にいられるようにと願いを込めて、互いの血を一滴ずつ落とした。
そして彼女は死んでしまった。死因が事故によるものか寿命によるものかは思い出せないけれど。
何故なら、彼女は誓いの石に関すること以外曖昧にしか記憶がないからだ。もちろん、自分自身のことさえも。
『不思議な感覚。隣に誰かが居るの。知っているのだけど知らない誰か。ああもう、もどかしいわ』
「本当に相手のことは一切覚えていないのかい?」
『ええ…、何も覚えていないの。でも、好きだった。とても好きだった。その想いは今もあるわ』
『会いたい…ううん、違う。何かしら…。会わなければいけない、そんな気がするの。…ねえお願い、協力して頂戴』
真摯な声が石から聞こえる。蓮はくすりと笑って煙管を口から放した。
「それはあたしの役目ではないね。なに、心配なんて不要だよ。その内やってくるさ、手伝ってくれるやつが。ほら…ね」
蓮が視線を向けると同時に、扉が開いた。
―――primo capitolo...
「暑い・・・」
クーラーのよく効いた本屋から出ると眩しい太陽の光が綾和泉汐耶を襲った。初夏だというのに今日は少し暑いようだ。
均等に大きく茂った柔らかい新緑が空によく映える。もっと緑のある所、公園なんか遠回りして通ってみようか何て気にさせられる。
都立図書館に勤務している汐耶は一日中室内に居る為、外を歩くことがあまり無い。今日は久々の休日ということで習慣となっている書店を巡りをしているのだが、新刊を手にする喜びの他にもこうして道を歩く事により季節を感じられる事が嬉しくあった。
「蓮さんの所に行ってみようかな」
新しい古書が入っているかもしれない。汐耶はアンティークショップ・レンへ向かった。
少し複雑な道を通り見えてきたのはアンティークショップ・レンの扉。この店は辿りつける者とそうでは無い者がいるらしいが、汐耶は今まで一度も辿りつけなかった事は無い。いつものようにカランと涼やかな音を鳴らす扉を引いた。
「蓮さん、こんにちは。何か新しい古書は入りました?」
外の世を遮断するようにいきなり薄暗くなるレンにはカウンター席に座る小さな少年と簡易キッチンに立つ蓮しかいないかった。蓮が珈琲を淹れているのだろう、芳しい香が店いっぱいに広がっている。
「ああ、汐耶。残念だけど古書は入ってないねえ」
「そうですか・・・。では、また今度来ます」
残念ながら目当ての物が無いのならば他の書店へ行こう。蓮と少し他愛も無い会話をしていこうと思ったのだが、先客がいるようだから。
『待って!ねえ、あなたも協力してくれない?』
突然、聞き覚えの無い女の声に呼び止められる。もう一度店の中を見渡すが人らしき人は蓮と少年しかいない。では何か?曰くつきの品物か?
「この人だよ」
椅子に座っていた少年が文字通り飛び降り紅い石をくれる。曰くつきの品物で正解のようだ。小石ほどの大きさのそれから懇願する女の声が聞こえてきた。
『私、とても困ってるの。ここは困っている人を助けてくれる所なのでしょ?一人でも多くの人の力を借りたいわ。お願い、協力して』
ここはお困り相談室では無い。だからその解釈はちょっと違うと思うのだが、困っている立場にとってはそう思ってしまうものなのかもしれない。まあ良い。書店巡りはこの次の休日でもいいだろう。
「良いですよ。手伝いましょう」
『ありがとう!』
汐耶は少年と共に紅石の話を聞く為にカウンター席に腰掛た。
*****
少年の名は石神月弥と言った。年齢は中学生ぐらいだろうか、柔らかい黒髪に青い瞳という可愛らしい少年だ。
蓮が淹れた珈琲を片手に月弥の買ってきたケーキの相伴に預かりながら、紅石から事のあらましを聞いた。
「探し人ですか・・・」
「まずはさ、覚えていることをおさらいしてみようよ。紅さん…あ、紅さんって呼んで良い?紅さん、どんな事でも良いからさ覚えていること話して?」
そうねえ、と少し黙ったあと紅石は自分に確認するように一つ一つ記憶を話始めた。
『私、私が生きていた時代はそんなに昔じゃないわ。貴方達を見て何も違和感を覚えないし、ここにある物の見覚えはあるし使い方も分かる。そう…携帯、携帯電話も持ってたわ。毎日彼とメール交換して、授業なんてそっちのけで…。授業?…私、学生だったのかしら。そうね、制服は着ていなかった。高校はもう卒業していて、サークルの飲み会で彼と知り合って…。私、大学生だったわ。少し足を伸ばせば海があって、学校の周りはお寺がたくさんあった。春とか、秋とか、休日シーズンには観光客で道路はごった変えしてて。そんな人ごみを彼の車からいつも眺めてたわ。学部は違ったけれど、彼も同じ学校の一つ上の先輩で…。彼って、どんな人だったかしら。ああ、思い出せないっ…』
紅石はもどかしいようにそのまま黙ってしまった。彼女自身途切れ途切れにしか思い出せないのだろうか、的を射た記憶ではない。紅石の話す事をメモにとって纏めたら何か分かるかもしれないと思ったが、これは難しい。思わず、心の中で唸る。
「石に血を落とした時のことは何か覚えてないの?どんな状況でだったとかさ」
『状況?そうね…場所は彼のアパートだった。そういえば、何か変だったかも。電気をつけないでね、五角形の形に並べた蝋燭の真ん中でやったの。外は真っ暗でたぶん夜中だったと思う。石は初めは透明は水晶だったわ。それは彼が持ってきたもので、何処からかは分からないけど』
「…願った事への何らかの代償は生じてないかでしょうか。簡易のようですが、一応儀式の形を持ってますから」
『…代償?…分からないわ。その後、すぐに死んでこの通りになちゃったから』
まるで肩を竦めるように紅石は言う。あまりにもあっけらかんとしているので感情が鈍ってしまうが、彼女は一度死んだのだ。何だか少しやりきれない。
これはまじないの一種だろう、彼女が行ったやり方を別のメモにまとめる。手掛かりは少ないがもしかしたら図書館に置いてある魔術書の中に掲載されている本があるかもしれない。
「このまじないの資料が仕事場にあるかもしれないので、私調べて来ますね」
「じゃあ、俺は蓮さんにどういう経緯でここに流れて来たのか聞いてるよ。紅さんも続けて何か思い出してね」
――また後で。そう約束し汐耶は店を出た。
―――secondo capitolo...
汐耶は自分が働いている都立図書館へ向かった。
紅石の話を聞く限り西洋のまじないの類ではないかと考えていた。しかし、西洋と言ってもとても広い。もう少し紅石が手掛かりになるような事を思い出してくれていればよかったのだが、彼女自身このまじないがどういったものなのか全く知らないで行ったのだろう。
…何て危険な事をしたものか。
正確な知識が無いまま軽々しくとまじないを行ってはいけない。一体どんなリスクを負うのか分からないからだ。代償が大きく、手や足を無くしたというケースをいくつか知っていた。最悪の場合、命を落とす事もある。
……命を、落とす?
汐耶は自分で自分の考えに驚いた。いや、そんな事は無いだろう。最も代償として重い人間の命を払うほどの、大きなまじないには思えないのだ。永久に共にありたいという恋人同士の可愛い願いだ。その願いにも命という代償であまりにも大きすぎる。彼女が命を落とした原因は他にあるのだろう。
図書館に着いた汐耶は従業員用の扉ではなく、一般用の普段人が使う扉から図書館の中に入った。カウンターに立っている同僚に声をかけ地下にある特別閲覧室に向かう。
地下は日が差し込まない上にコンクリートの壁の所為かいつもひんやりしている。大抵図書館と言うものは静かなものだが、人気が一切無くなると余計に寒さを感じさせる気がした。
魔術書をまとめているコーナーへ行き、西洋魔術の本に目を通していく。やはり大掛かりなまじないでない所為か中々見当たらない。その内に訳本から原書へと変わっていった。ようやくそれらしき文献を見つけたのは8冊目のフランスの本だった。
隈なくその記述に目を通すが、どうしたのか紅石の言っていたやり方とは少し違う。
真夜中に12本の蝋燭と透明な水晶までは同じだが、血を落とすとは書かれていないのだ。本には"聖水を互いに一滴ずつ落とす"と記述されている。
「どういうこと・・・」
男はどうして血と聖水を変えたのか?そもそも男はどこからこのまじないを知ったのか?
ここで考えていても仕方が無い。それに紅石がさらに何かを思い出しているかもしれない。本と閉じると汐耶はレンへ戻ることにした。
*****
汐耶が店に戻ると中では大変化が起きていた。
「どうです。何か思い出せましたか?」
「うん。壊れていた部分があってね、直したら紅さんの記憶全て戻ったよ」
月弥は壊れた部分を直す事ができる能力があった。石を隅々まで見つめた所、亀裂の入っている箇所を見つけたというのだ。
紅石――彼女の名前は倉本由美と言った。鎌倉にある大学に通う2年生で、ほんのつい先日、二週間ほど前に交通事故に遭い命を落としたのだという。その交通事故は交差点で歩道を歩いている所に暴走車が突っ込む人身事故だった。由美の他にも多数死傷者は出て、大きなニュースとして取り上げられたが、日々殺人やら何やらと事件や事故が起こっている世の中では既に記憶の隅に追いやられた事件だった。
どうやら、まじないによって由美が命を落としたというのはやはり自分の思い違いだったようだ。それは良かったのだが、魔術書に書かれたまじないについて解せない事がいくつかあり、汐耶は少し考えこんだ。月弥がどうかしたのと尋ねてくる。
「ええ、ちょっと。由美さん達が行ったまじないの資料はありました。けれど解せない事があるのです」
「解せない事?」
汐耶はおかしい点を話した。本に書かれた正式なやり方と違う箇所があること。正しい方法を行わなかった時点でこのまじないは無効になり、願いが叶う事はない。そして最も大きな謎。
「本来人の魂を石の中に封じ込めるほど力があるまじないではないんです。なのに、由美さんは閉じ込められてしまった」
「それは、聖水じゃなくて血を落としたから?」
「たぶんそうじゃないかと。血は最もその人の魂に近しいものですから」
そう、由美が石の中に閉じ込められてしまったことだ。血と聖水を間違ったとはいえ一応やり方は正しく行われている。やはり、血を落とした事により予想外の出来事が起きてしまったのだろう。
今まで黙って聞いていた由美が震える声音で話し出した。
『・・・そのお呪いやったの、事故に遭う前夜だったの。彼の家から帰る途中で・・・。彼ね、とても優しくてかっこいい人で本当に好きだったの。ずっと一緒に居たいって言ったら、ネットで面白いまじない見つけたって。そんなの気休めにしかならないって分かってたけど、凄い嬉しかったの。彼も私と同じなんだって、とっても嬉しかったの。彼に会いたい。ねえ、お願い。彼の元へ連れてって?』
静かに頷くと、二人と由美はレンを後にした。
―――terzo capitolo...
汐耶、月弥、由美は鎌倉にある大学の校門前に立っていた。
『あそこの青いシャツを着た人がそうよ』
門に向かってやってくる青いシャツの男を見つけ汐耶は話をする為に近づいた。その後ろを月弥が由美を両手で握りしめながら続く。由美はじっと静かに黙っていた。
由美の恋人の青年は茶色に染めた髪、青いシャツにジーンズという今時の20代らしい普通の青年だ。
「ちょっと、倉本由美さんについてお訊ねしたい事があるのですけど、お時間いいでしょうか」
「は?あんた達誰?つか、由美の何?」
「私たち、由美さんの友人です」
「ふうん。で、何?――早くすましてくんねえかな。俺、この後バイトあんだよね」
由美が死んだのはつい先日のはず。恋人を亡くしてまだ間もないというのにこの男の態度は何だ。悲しみのかけらも感じられない。
思わず、人を間違えてしまったのかとも思った。
「由美さんと西洋のまじないをやりましたよね。それによって彼女――・・・」
「ああ、あの石に血を落とすってやつか。あいつも単純だよなーあんなもん、単なるお遊びでしかないのにあんなに喜んで。馬鹿かっつーの」
くっくっくと体を抱えて思い出し笑いをしている。汐耶は頭が熱くなると同時に腹の中が冷えていく感じがした。月弥が怒ったように尋ねる。
「お兄さん!ねえ、お兄さん由美さんの恋人じゃないの?」
「ああ?ああ、一応カタガキはな。俺には単なる退屈しのぎだったけれど。つか、あいつは死んだんだしそんなこともう関係ねーだろ。ようやくあのウザイ女から解放されたんだからよ。遊びでも願った甲斐があったわけだ」
再び下卑た笑いをする男に嫌悪感を覚えた。怒りで全身の血が熱くなるのを感じる。月弥も同じ気持ちなのだろう、飛び掛って行きそうだったのを止め、怒りを抑えながら静かに男に尋ねた。
「どういうこと?」
「あいつは俺とずっと一緒に居られますように。なんて願っただろうけど、俺は早くこいつが消えてくれますように。って願ったわけ。そしたら、次の日あいつは死んじまった。なんていう偶然!何てラッキー!俺ってマジ運が良……」
男が最後まで言い終わらない内に汐耶は固く握りしめた拳を突き出していた。男の体が後ろへ吹っ飛び、砂埃が辺りを舞う。
「最低のクズね」
由美の…いや、この男人の命を何だと思っているのだろうか。あの事故はまさに不運としか良いようの無い事故だったが、人が死んだ事を喜ぶような良心の欠片も無い精神破綻者が存在するからこそ、この世は腐っていくのだ。
『・・・もういい。行きましょう・・・』
消え入るような声で由美が呟く。彼女が取り乱さなかったのは彼女の精神を和らげようと月弥がずっと力を使っていたからだった。触れる事により、対象の精神的苦痛を和らげることが月弥にはできるのだ。
「ま、待てよっ!てめっ」
いきなり殴られたことに唖然としていた男だが、怒りに火がついたのだろう。踵を返した汐耶の肩を掴もうと男は飛び掛ってくるがそれを簡単にあしらい、襟もとを掴んで引き寄せる。怒りを静かに抑えた声音で囁く。
「死ぬほどの痛みを与えてあげましょうか」
汐耶の目は笑っていない。その事実、汐耶の体術ならばこんな男ぐらい病院送りにする事は簡単だ。
本能で恐怖を察したのだろう男はへなへなとその場に崩れ落ちた。
手を固く握り締めている月弥が天罰が下ればいいのにと目で言っていた。
―――epilogo...
依頼完了から一週間、月弥と汐耶は外で待ち合わせをしていた。お互いに黒い服を着て大きな花束を持っている。
「遅れてごめんなさい。花を買うのにちょっと時間がかかっちゃった」
「構わないよ。じゃ行きましょうか」
月弥が来るまでと読んでいた本を閉じ二人は目的地に向かって歩き出す。今日は由美の仏前にお焼香しに行くのだ。
空は五月の初夏らしく良く晴れている。隣で月弥が青空を見上げた。
「由美さん、天国へ行けたかなあ」
あの後、レンへ戻った二人は由美にどうしたいか尋ねた。汐耶には『封じてある』と解釈できるものを解放してやる力がある。偶然とはいえあんな最低な男の所為でこのままずっと石の中に閉じ込められているのはあまりにも可哀相であった。そして当然、由美は石から解放される事を望んだのだ。
初め由美の話を聞いたとき幸せになれる方法を探してやりたかったが、残念ながらそれは叶わなかった。石から解放されることで由美も幸せになれるだろう。
「行けたと思いますよ」
汐耶も月弥に習って青空を見上げる。
解放された際に一瞬見えた笑顔の可愛い女の子が空に浮かんだような気がした。
―――compimento...
○○○登場PC
【PC:1449/綾和泉・汐耶/女性/23/都立図書館司書】
【PC:2269/石神・月弥/男性/100/つくも神】
□□□ライター通信
綾和泉様、初めましてライターの渡瀬和章です。
この度はご依頼ありがとうございました。
まず、初めに。
遅くなってしまい大変申し訳ありませんでした。
とてもお待たせしてしまったこと、心からお詫び申し上げます。
お読みいただいてお分かりかと思いますが、今回綾和泉様と、石神様のお二方一緒に依頼に参加して頂きました。
本来は個人個人の予定でありましたが、お二方のプレイングに共通するものがあり、コンビを組んでいただければ面白いのでは。と協力して頂く事にしました。
突然の変更へのお詫びを後書きにてではございますが申し上げます。
綾和泉様の冷静沈着ぶりを書きたかったのですが・・・イメージからかけ離れてしまわなかったか心配です。
それでは改めて心からお詫びとご依頼くださった感謝を。
本当にありがとうございました。
渡瀬和章 拝
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