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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


桜と和菓子と宴会と。

●桜祭りの準備
 4月。
 桃と梅の季節が過ぎ、桜が開花が最盛期を迎えるこの季節。
 千剣破(ちはや)神社の裏手にある、山桜も見事な満開を迎えていた。
 ソメイヨシノ程の派手さはないものの、長い年月を経て大きく成長した桜の木は、尊厳なまでの静かな美しさを醸し出していた。
 
 この桜が満開を迎える時期に、千剣破神社は春を祝う桜祭りを開催する。
 その手伝いとして、水鏡・千剣破(みかがみ・ちはや)に頼まれ、硝月・倉菜(しょうつき・くらな)とチェリーナ・ライスフェルドは千剣破神社へと向かっていた。
 2人を出迎えるかのように、神社の桜は見事な咲きぶりを見せている。
「見事な桜ね」
 目を細め、倉菜は穏やかな表情で桜を見上げた。
 鮮やかな木々の緑に浮かぶ桜は、まさに日本の春ならではの景色だろう。
 ソメイヨシノと違い、山桜は花びらが一斉に散ることはない。
 一枚づつゆっくりはらはらと舞う姿は可憐さと物悲しさを彷彿とさせた。
「お待たせ、遅れてごめんね」
 しばらくして、巫女姿の千剣破が駆けてきた。
「境内の掃除終わった?」
「うん、殆どは。後は桜の辺りの飾り付けと……お神酒の用意かな」
 当日配布する酒の清めは済んでいるので、後は配るための台と杯の用意だけである。
「倉庫に置いてあるから、運ぶのを手伝って欲しいの。結構な数があるから、ちょっと大変かな……とりあえず先に桜の飾りを済ませちゃおうか」
 彼女は抱えていた小さな灯籠達を2人に手渡し、それらを桜の傍へ飾るように指示する。
「中にロウソクを入れるから、絶対に枝が触らないよう気をつけてね」
「コンなかんじー?」
「うん、そう。ええと……出来ればもうちょっと外に付けてもらえる?」
 桜を取り囲むように、辺りの木々や柱に灯籠を飾っていく。
 一通り飾り終え、倉庫へ向かおうとした時だ。
 ふと、倉菜が持ってきていた麻のバスケットを皆に見せた。
「お弁当作ってきたの。終わったら……食べる?」
「Wow! 気が利いてるっ。折角だし、お祭りの人達より先に花見で楽しんじゃおうよ!」
「いいわね、それ。お茶なら社務所にいくらでもあるから用意するよ。よし、そうと決まったなら、早く仕事終わらせちゃおうね♪」

●桜の下で
 桜祭りの準備をひととおり終え、3人は早速花見という名の宴会にいそしむことにした。
 社務所から持ってきたござを桜の根元に敷き、仲良く囲んで座り込んだ。
「……草団子とちまきを作ってきたの。後、一緒に入ってるタッパーは朝ご飯に作った菜花のおひたしと卵焼きよ」
「へぇ……この、一緒に入ってる漬物は?」
「奈良漬けよ。ちょっと……独特の味がするけど、卵焼きを甘めに作ってあるから、一緒に食べると美味しいわよ」
「ふーん。それじゃあ、いっただきまーっす!」
 チェリーナは何気なく漬物を1つ摘み取り、口へ放り込んだ。
 噛みしめていく度に、だんだんと表情が険しくなっていく。
 何とかお茶で流し込むも、独特の後味がきいているのか、眉をひそめたままうめくように呟いた。
「倉菜さん……このオツケモノ、変にすっぱいよ」
「ごめんなさい。ちょっとあなたの口には合わないものだったようね……代わりに私の卵焼きを半分あげるわ」
 そう言って、倉菜は皿にとっておいた卵焼きを半分に割り、チェリーナの皿に載せる。
「ありがとう、倉菜さんって優しい♪」
 素直に笑顔をみせて、チェリーナはご機嫌な様子で卵焼きをほお張りはじめる。
 
 軽い雑談を交えた食事が一段落した頃のことだ。
「お腹が落ち着いたら、温泉入ろうか」
 そう千剣破が呼びかけた。
 最初からそのつもりだったようで、2人とも着替えを持ってきており、彼女の呼びかけに即座に承諾した。
「ふっふっふー。今日はお風呂上がり用におそろいのユカタ借りてきたんだっ」
「鞄が大きいと思ったら……そんなものを用意していたのね」
「じゃーん! 春らしく桜模様なんだ。これを来て夜桜見物なんてどうかな?」
「素敵ね。それじゃ、夜桜用のお弁当を用意してもらえるよう頼んでおくね」
 ぽんと両手を打ち、にこりと微笑む千剣破。
 少し申し訳なさそうに倉菜が呟く。
「材料があれば私が作るんですが……お願いいたします」
「気にしなくていいよ。呼んだのはあたしだし、あなたには一杯お団子ご馳走してもらったもの」
「ねえねえ、リクエストしていい? あまーいお菓子があるといいなぁ……」
「了解♪ それじゃ、おはぎがいいかな。お夕飯もあるからあまりたくさん食べちゃだめだよ」
 明日はダイエットしないと大変かもね、と言う千剣破に2人は苦笑いを浮かべる。
「せっかく美味しい物が食べられるんだもん。今日ばかりはそのことは忘れちゃおう!」

●夜桜の宴会
 さっぱりと身体を洗い流した後の夜風は実に気持ちの良いものである。
 おそろいの柄の浴衣に身を包んだ3人は、夜風を肌に感じながら境内をのんびり闊歩していた。
「夜の神社って不思議だね。すごい静かだし……明かりもなくて真っ暗だね」
「そうね……車や電車の音も聞こえないし、ここだけ別の空間のようだわ」
 恐らくそれだけではないだろう。
 神々を奉る神聖な場所特有の空気が、清らかな気持ちを感じさせるのかもしれない。
「この辺がいいかな」
 千剣破は桜の近くの灯籠にロウソクを灯し、その下にござを敷いた。
 日中影になっている場所のせいか、地面が少し湿っているが、気になるほどではない。
 幸いにも風は穏やかで、丁度良い心地だ。
 しばらく夜桜を堪能し、少し心地が落ち着いたところで、持ってきたおはぎの食事を始めた。
 まだ少し温かいおはぎを口に含むと、程よい甘さと小豆の味わいが広がっていく。
「やっぱりこういうのは手作りのものが一番ね」
 市販では絶対に作れない優しい味に、倉菜は穏やかな笑みを浮かべる。
 温かいお茶とおはぎの味に酔いしれる中、3人は会話を弾ませた。
 何気なく奏ではじめる倉菜の笛に合わせて千剣破とチュリーナが踊り出し、時は優雅に流れていく。
 
 程なくした頃。
 ふと、千剣破が社務所から持ってきたという小さな樽を一同の前に出した。
「それ……って、お酒じゃない?」
 チェリーナはいぶかしげに呟く。
「私達まだ未成年だよ。お酒は成人してから飲む物なんだからっ」
「お神酒用のお酒だから平気よー。それとも……巫女がお神酒を飲んじゃいけないっていうの?」
「……千剣破さん、もう酔ってる?」
 よく見ると、樽の蓋は開けられており、ちゃっかりと千剣破の手元には透明な液体が入ったコップの姿が見える。
「皆も飲んだ飲んだっ」
 有無を言わさず、千剣破は2人に樽に入っている酒を勧めていく。
 反対するチェリーナの言葉に耳を貸さない千剣破を、倉菜は呆然と眺めていた。
「はいっあなたの分っ」
「あ、ありがとう……」
「倉菜さんも未成年っ! 飲んじゃだめだって!」
「なによー。私の酒が飲めないっていうのぉー?」
「……折角用意してもらったんだし、少しぐらいならよいじゃない。頂きましょう」
 千剣破の勢いと、倉菜の言葉に押されて、チェリーナは仕方なく首を縦に振った。
「じゃあ、ちょっとだけだよ……」
 ほんの一口含ませ、ゆっくりと味わいながら飲み干す。
 お神酒にしてはアルコールが高い方だが、辛くはなく、米の甘さがしっかりと出ている。
 後から来る深い味に、思わずチェリーナはコップの酒を飲み干してしまった。
「んー。美味しいっ! これすっごく美味しいね!」
「そりゃ当然よ。お店で一番美味しいお酒を注文してるんだもん。神様にご奉納するお酒が不味かったら問題でしょ?」
「それもそーだねぇ。んー、おはぎも美味しいっ」
「お酒のつまみならこちらも美味しいわよ」
 そう言って倉菜は余っていた漬物を取り出した。
「えー……でもこれって、酸っぱい味がする奴だよね」
「辛めの日本酒なら良く合うわよ。試してみて」
 勧められるままに、チェリーナは恐る恐る漬物を摘み取った。
 思い切って口に放り込み、酒も一緒に流し込む。
 ゆっくりと噛みしめ、飲み干すと、彼女は大きく息を吐き出した。
「うん、本当。さっきみたいなくどい味がしないよ」
 これならいくらでも食べられる、と次々と食べ始めるチェリーナに、倉菜は静かな笑顔を向ける。
「……あら。もう切れちゃった。ちょっと小さすぎたかな?」
「飲みすぎなだけよ……ひとりで半分は飲んだんじゃないの?」
「そんなことないよー。んー……もう1つぐらい貰ってくるねー」
 千剣破はよろりと立ち上がり、そのままおぼつかない足取りで丘の下にある社務所へと向かっていく。
「大丈夫かしら……」
 心配げに見守る倉菜。
 ふと、背後から気配を感じ、素早く後ろを向いた。
「あーあ……逃げちゃだめー」
「えっと……何をするつもり……?」
「んー? ほらぁ、ちょっと暑くなってきたじゃないー。涼しくなろーよー」
 頬を赤く染め、とろんとした表情でチェリーナは倉菜に迫り来る。
 身の危険を感じ、倉菜はあわてて逃げ出そうとした。
「逃がさないよっ!」
 いきなりがばりと飛びつき、チェリーナは倉菜の腰帯に手をかけた。
「そーれっ!」
「ちょ、ちょっと! きゃぁあああっ!」
 チェリーナが勢い良く引っ張ると、代官と町娘の戯事よろしく、倉菜はくるくると回されて帯を解けられる。
 よろめいてその場に崩れ落ちる倉菜に、チェリーナは覆いかぶさるように飛びかかった。
「は、はなしてっ」
「だーめっ♪ ほらほら、脱ぎましょー」
 楽しげに浴衣を脱がせようとするチュリーナと、それを必死に止めようとする倉菜。
 そこへ大きな樽を転がせてやってきた千剣破が加わり、場は騒然となる。
「いっちばーん、チェリーナ・ライスフェルドぬぎまーす!」
「いっちゃえ、いっちゃえー♪」
 完全に酒の回った彼女らを止める者は誰一人としていない。
 暴走じみた宴会は全員が酔いつぶれるまで一晩中行われるのだった。
 
 明くる朝。
 境内の掃除をしていた宮司は、桜の下に少女達が寝ているのに気がついた。
「おや……何とも仲の良いことで……」
 お互いに寄り添い、抱き合うようにして眠る少女達。
 その姿はとても幸せそうであった。