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<白銀の姫・PCクエストノベル>


□■□■ 独唱に寄す<第一楽章> ■□■□


 ノートパソコンの画面に触れながら物思いに耽るアリアにホットワインのグラスを差し出し、蓮は小さく溜息を吐いた。どうにも、いけない。人が居ないなら居ないで良いのだが、居るのに居ないような状態と言うのは息苦しい。

「……一端、アスガルドに戻ろうと、思うのです」
「ん?」
「ともかく、一端アスガルドに戻らなくては。創造主が居ないということを、私……オリジナルのアリアンロッドに、伝えたいのです。勿論こちらで創造主の痕跡を探すこともするつもりですが、これは重要な問題です。あちらを放って置くわけにも行きません」
「まあ、そうだろうね」
「ですが――」

 アリアはノートパソコンのディスプレイに、軽く触れた。
 彼女が出て来たそのパソコンは、今のところ創造主たる人物の唯一の痕跡である。遺品と言う形でも、あるが。

「私は、基本的に向こうには戻れないのです。プログラムとして上書きされれば、オリジナルのアリアンロッドが失われてしまう。こちら用の私は、戦闘能力も制限されている。他の女神達と対することになれば、危険になってしまう」
「よくは、判らないけれどね。とにかく、あんたが向こうに行くことは出来ない、ってことなのかい?」
「はい……通信もほぼ不可能ですし……」
「じゃあ簡単だ」
「え?」

 アリアが驚いたように顔を上げる。
 蓮はシニックな様子で笑いながら、グラスを傾けた。

「あんたが別物になれば良いのさ。こっちでしか得られない経験をして、アリアンロッドながらも、ならざるもの。そう――『アリア』として、確立しちまえば良いだけのことだよ」
「でも……どう、やって」
「そうだねぇ、うちには色々とお節介を焼きたがる客が来るし、そいつらと一緒に行動してみれば良いんじゃないのかい? こっちを学ぶことが、あんたには今一番大切なこと。明日は休みをあげるから、行ってみな」
「蓮様、あの」
「ん?」
「……頑張ります」

■□■□■

 翌日。
 レンの前にちょこんっと佇むアリアを見付け、初瀬日和は小走りに彼女へと駆け寄った。足音に気付いたらしく視線を向けたアリアは、薄っすらとした微笑と共に小さく頭を下げてみせる。挨拶を交わしてから改めて辺りを見れば、まだ他の人々は来ていない様子だった。一番乗り、と小さく笑って、日和はアリアを見る。

「中で待っていても良かったのに、どうしてお外へ? アリアさん」
「あ。えぇと。その、なんとなく落ち着かなかったので――店先で待っていた方が皆様がいらっしゃる様子も判りますし」
「あら、そわそわしていたんですか? あまり外には出歩かない、と仰ってましたけど」
「そうですね。蓮様のお使いぐらいにしか、殆ど……そういえば、お休みを頂いたのも今日が初めてです」
「それって労働基準法違反じゃないのかな?」

 響いた声に視線を向ければ、月宮奏の姿があった。軽く手を上げる挨拶に、日和はアリアは頭を下げる。ショウウィンドウの中の時計は十時少し前、まだ待ち合わせの時間に余裕があることを示している。昨日の今日で突然の休日ではあったが、やはり楽しみの気持ちは強い。他愛の無い雑談を交わしていたところで、最後の一人であるシュライン・エマも合流する。
 行きましょうか、と四人は歩き出した。

■□■□■

「難しい事は判りませんけれど――そうですね。やっぱり、アスガルドではなさらない経験をするのが一番なのだと思います」
「そうね。ゲームの中のデフォルメされた日常と現実の日常って、結構な差異があると思うし。ただ街を見ているだけじゃなく、実際に社会の中に溶け込んでみたりするのも、良いんじゃないのかしら」

 レンの一室、日和とシュラインの言葉に首を傾げるアリアへ苦笑を向けながら、奏もまた頷いてみせる。思い立ったが吉日とばかりに突然の休暇を投げて寄越され、少々の戸惑いはあるようだが――ようは、楽しめれば良いものなのかもしれない。こちらの世界なりの、楽しみ方で。
 異世界と現実の違いを知るのなら、それはやはり文化に触れることだろう。かと言って歴史云々の堅苦しいことまではしなくても良い。現状必要なのは、まず触れること。そうすれば自ずと差異は導き出される、奏は指先で軽く口唇を撫でながら思案する。

「やっぱり、一番に手っ取り早い手段と言うと、買い物の類なのかな。色々な特産物を眼にすることが出来るしね」
「そうですね、お洋服やアクセサリーとか。ゲームの世界では付加価値を購入する、と言う色合いが強いのかもしれませんけれど、こちらでは単純に楽しむためのものですから。興味を惹くものがあったら、そこが何かの切っ掛けになるかもしれません」
「そうね、他には日用品なんかも良いんじゃないかしら。雑貨にも結構個性があるし。それに明日は――」
「明日は? ……何か、あるのでしょうか。シュライン様」
「んー、秘密にしておこうかな?」

 アリアの疑問にクスリと笑みでシュラインは答える。小首を傾げてみせるアリアの手を取り、日和はにっこりと笑って見せた。

「楽しみですね、アリアさんっ」
「あ、……はい」
「明日一日空けてもらったのだよね。じゃあ十時ごろに店の前集合、と言う感じで良いのかな?」
「そうね、それじゃあ今日はそろそろ帰りましょうか。明日の準備や計画、色々考えないとね」

■□■□■

「ふむ。それで団体が出来ているわけか――なんと言うか、目立つ集団だな」
「そうかな? それほどでもないと思うのだけれど。今の東京だと、何が起こっていても何が起こっていなくてもあまり気にならないよ。東京タワーのてっぺんに食い倒れ人形が刺さっているぐらいのインパクトがないと」
「……。インパクトはあるけれど、そういう驚きは、何かが違うと思う」

 日和と一緒にアクセサリーを見ているアリアの後ろで、奏はむーと考える。オバケが出た、竜が出た、怪奇現象だ。正直現在の東京ではよくあることである。やはり食い倒れ人形のインパクトには敵わないだろう、違うのだろうか――真剣に考え込む彼女の様子に、天城凰華は苦笑する。
 本の買出しでもしようかと街に下りた所で見覚えのある派手な一団を見付けた時は、また何かゲームの干渉でもあったのかと疑ったが、どうやら今日は100%休日と言うことらしい。安心はするのだが、同時に少々の不安も覚える。世間知らずと言うのは何をしでかすか判らない、妙に胸騒ぎを掻き立てるものだ。後姿を見る分にはどうやら純粋に楽しんでいるようだが。

「そんなに心配はいらないと思うわよ? 凰華さん」
「シュライン」
「保護者もこれだけいることだしね。それより、予定が空いているのなら凰華さんもご一緒にいかがかしら。人手は多い方が――もとい、先生は多い方が楽しいもの」
「ふむ」

 予定は一応あるが、本屋は別に逃げることも無い。それほど急いで資料探しやら文献探しやらをしなくてはならないと言うわけでもないし、いざとなれば取り寄せれば良いだけの話だった。アリアの休日も、今日が終わればまた暫くは蓮が休ませてくれないだろう。付き合うのも、悪くは無い。それに、と凰華は思う。
 蓮のことだから、多分人格を確立させる云々は本当のところ方便なのだろう。先日もゲームの干渉を現実に受けたと言うことで、アリアは落ち込んでいたようだし。不干渉に存在するべき世界同士が繋がってしまっているという状態は、片方の世界を統べる女神である彼女にとって、歓迎できない。それに、創造主と言う男の足跡を辿ることも、上手くは出来ていないようなのだし。
 気晴らしなら、付き合っても悪くない。

「アリアさん、これなんかどうですか?」
「あ、えと、綺麗……だと、思います」
「こっちのも可愛いですね、アリアさんはどちらがお好みでしょうか。シンプルなのも良いですけれど、こういうポップなのも可愛さが」
「えっと。そうですね、こちらの方が、好きです」

 手頃な値段のアクセサリー類が並べられているファンシーショップのテーブルに屈み込みながら、日和はガラスケースに映るアリアを見る。戸惑っている様子ではあるが、頬は紅潮しているらしかった。リングやブローチ、ネックレスを交互に眺め、珍しそうにしている。子供のような仕種に笑いが込み上げるが、アリアは気付く気配も無い。
 アスガルドではない経験を重ねると言うのは、つまり、こちらの世界での思い出を作ることなのだろう。日和は思う。女神として尊ばれていた立場だと言うのだから、こういう一種俗的な行動と言うのは新鮮だろうし。それに、女神のアリアンロッドなど、知らない。ここにいるのはレンの店員であるアリアで、上下関係の無い並列な『友人』だ。そうやって接することで、何か知ることもあるだろう――何か、は、判らない。判らなくても良いような気がする。言葉にしてしまえば、それは変質してしまうだろうから。
 あ、と日和は一つのネックレスを手に取る。

「これなんか、綺麗ですね。銀のチェーンに碧のガラス、アリアさんと一緒の色です」
「あ。本当、綺麗ですね……透き通ったガラスの精製なんて、向こうでは出来ないことです。よく出来ているのですね」
「良かったら、お揃いにしませんか? 私もこういうデザイン好きですし」
「そう、ですね。思い出、みたいに」

 小さく微笑んでから、アリアは首を傾げる。

「これ、防御力はどのくらい上がるのでしょうか?」

 様子を眺めていたシュライン達が、吹き出して笑った。

■□■□■

「あぁ、ここだ」

 凰華は言って後ろを振り向く。少し暗い路地が続いていたが、その場所は開けていた。寂れたような雰囲気も風情として流してしまえそうに、そこだけが小奇麗な空気を醸し出している。レンガ模様の壁に、桶のような形の木で出来たプランター。いかにも穴場と言う雰囲気の、喫茶店である。

「世話になってる武器屋が向こうの辻にあるのだけれど、一度道を間違えて見付けた場所なんだ。ケーキの種類が豊富で、雰囲気も良い。むこうには、あんまり無いんじゃないのかな――ゲームって言うと酒場なんかのイメージが強いし」
「そうですね、確かに、人が集まる場所として酒場が設定されています。こういう可愛いお店はあまり無くて。大概は女神の社が寛ぎの場とされていますから……」
「まあ、多少の新鮮味はあるんじゃないのかとね」

 言って凰華はドアを開ける。ベルが涼やかな音を立てれば、にこやかなウェイトレスが人数を確認した。店は広くないが、あまり客もいない。窓に面した一角に案内され、メニューを広げれば、そこには写真付きでケーキがリストアップされていた。

「こっちのは比較的甘くて、こっち側はあっさり。酒を使ってるのは次のページだな。色々あるから選んでみると良い。アリアは、甘いもの平気かな?」
「はい、過ぎたものは苦手ですが、食べられます」
「重畳。頼めばレシピも教えてくれるからな、気に入ったものがあれば聞いてみると良い」

 クス、と小さく笑い、凰華はメニューを覗き込む。色とりどりのケーキの写真はどれもよく撮れていて、眩しいぐらいだった。珍しそうにそれを眺めながらアリアはページを捲り、何度も何度も繰り返す。優柔不断とは少し違う、慎重さ。一つだけ選べと言われた子供のような反応だった。

「あんまり決められないのなら、半分こしようか?」
「え。あ、あう」
「私も色々食べてみたいし、半分こなら、まだ選びやすくならないかな」
「あら、それは良いわね。皆で一口ずつ交換してみたらどうかしら、本当に種類が豊富だからどうも迷っちゃうし。日和ちゃんや凰華さんは、どうかしら」
「そうですね、どれも可愛いですし、一口ずつでもこの人数なら色々食べられそうです」
「僕も構わないよ。アリアも、良いのか?」

 凰華の言葉にこくこくとアリアは頷く。くすくすと小さな笑いを漏らして、奏もまたメニューを覗き込む。甘さ控え目、酒使用、生クリーム不使用。細かくジャンルを分けてくれているのは、中々に有り難い。写真が付いていると、見た目も選ぶ対象になるし。ページを捲ってメニューを裏返したところで、あ、と小さく奏は声を漏らす。

 これは――
 是非、食べてみたい。

「……それと、モンブランにミルフィーユ。奏ちゃんは、何を頼むのかしら?」
「ああ。じゃあ、私はこれ」
「どれ、――――え゛」

 オーダーを取りに来たウェイトレスに注文を告げていたシュラインは、奏の指差したそれに絶句する。メニューの裏で気付かなかったらしいが、気付かない方が良かったとしか言いようの無いものだった。同じく覗き込んだ日和も表情を固め、凰華は口元を引き攣らせる。アリアだけが、キョトンとしていた。

「納豆イチゴ抹茶生クリームパフェがお一つ、計五点で宜しかったでしょうか。それでは少々お待ち下さいませ」

 にっこりと笑って下がって行くウェイトレスを止めそびれ、テーブルに重い沈黙が訪れる。アリアと奏だけがその意味を判らず、小首を傾げていた。

「どうかなさったのですか、皆様」
「あ、アリアちゃん……納豆って食べたこと、あるかしら?」
「いえ。何か危険な食糧なのですか?」
「別に危険は無いよ、普通の食べ物。お砂糖入れると粘り気が増して結構美味しいみたいだから、パフェにつかってもあんまり変じゃないと――」
「「「変(よ)(だ)(ですよ)!!!」」」
「そんな大声出したら営業妨害になるんじゃないのかな……」
「く。しかも全員で食うのか、それを――自殺行為だ」

■□■□■

 ぐったり。
 ぐたぐたぐた。
 ぐでーん。

 公園のベンチの上に伸びた死屍累々の様相に、シュラインは溜息と共に苦笑した。彼女自身もダメージが無いわけではないながら、どうにかある程度舌が回復している。勝因は順番だろう、倦厭して最後に回すから、ダメージが残る。最初の方にノルマを果たしておけばあとで口直しが楽なのだ。頼んだ張本人である奏も、微妙なダメージが残っているらしい。ぐったり、たれれん状態だった。

 見上げれば、既に葉が幅を利かせてしまっている桜の枝が陽光に向かって伸びている。花は殆ど散ってしまっているが、それでも中々に生命力溢れる様子は、夏を予感させた。東京の春は短く、すぐに夏に取って代わる。花はなくとも、その生命力は、しっかりと発揮されている。木漏れ日は眩しく、気持ちの良い風も吹いている――ああ、これで三十分前の悪夢が忘れられたら、どんなに良いだろうか。

「……酷い目に遭った」

 ぽつり、絞り出すような声で凰華が呟くと、日和とアリアは口元を押さえながら頷く。はぁあっと溜息を吐いた奏は軽く頭を振って、髪を耳に掛けた。

「本当、酷い目に遭ったね。まさかモンブランがあんなに甘いとは思わなかった」
「「「そうじゃない(でしょう)(ですよ)(だろう)」」」
「あれ。違うのかな、あのマロングラッセ、随分甘かったと思うのだけれど……私は少し胸焼けを起こしたよ。ここはきりっとお茶を飲みたいところだね。コーヒーも悪くないのだけれど、私としてはお茶の方が好きだし」

 むぅ。奏は顎に指先を当てて、ふむ、と小さく息を吐く。
 凰華は喫茶店を教えて、日和は小物雑貨屋を案内した。シュラインも何か待っているような気配がある。ここで自分に立ち返れば、中々に、困るかもしれない。昨夜も床に着く前少し考えたのだが、あまり思い付くものがなかった。自分にとってのごくごく普通の事が、他人にとってはそうでないらしいし。遊びの類にはあまり明るくない。

 教えられることや何かを見出せること。人格を独立させるというファクター。
 考え込まなくたって、良い。
 もう少し気楽で、きっと良い。
 うん。奏は、一人頷いてみせる。

「よし、よく判らないけど、お詫びに皆うちにおいでよ。口直しって言ってもあれだけケーキ食べた後だからね、お茶にしよう」
「お茶、ですか? もしかして何か健康食品の類、とか……」
「いや普通のお茶だから。私、そんな悪食じゃないから」

 びし、日和の言葉に奏は裏手突っ込みをする。

「お茶は良いが、もう少し休ませてくれないか……い、今にも戻ってきそうでな」
「右に同じ、です。アリアさんは大丈夫、ですか? ああいうものって、やっぱり向こうには」
「ありません……なんと言うか、独特の味と言うかニオイのある食糧で、勉強にはなったと思うのですが――思うのですが、なんでしょう何か釈然としない感覚が」
「ま、まあまあ。せっかく公園なのだしね、少しお花でも見て和みましょう?」
「あぅ、あぅー」

 小さく唸るアリアの様子に、シュラインは彼女の手を取る。柵に囲まれた花壇へと導けば、丁寧に植え分けされた花々が咲いていた。春を誇るようなマリーゴールドやサルビア、他にも様々な株が可愛らしく列を組んでいる。
 ふわ、とアリアは小さく声を漏らす。

「ゲームの中では、いつも絶えず咲いているものなのかもしれないけれどね。こっちの世界ではそうでもなくて……ほら、あの木。少し前までは薄紅色の花がいっぱいに付いていたのだけれど、今は葉っぱばっかりになっちゃってる。季節って、回るのね」
「季節……」
「この花も、散ってしまうわ。時間が動いているから」
「…………」
「だから、大切に守っているのね」

 アリアはしゃがみ、そっと、花を撫でた。

「……向こうに、戻れたら」
「ん?」
「花畑は、あまり踏み荒らさないようにさせます」

■□■□■

「どうぞ、粗茶ですが」

 大きな和風邸宅の縁側、庭に何故か放し飼い状態になっている様々の動物を眺めながら、日和は受け取った湯呑を小さく吹く。新茶特有の若草のような香りが鼻腔を擽るのが気持ち良い。家の雰囲気もどこか落ち着きを促すが、お茶の作用も強いような気がした。暖かくて、だけど不快ではない温度。中々に、絶妙だ。
 急須を置いて座布団に正座し、ほぅ、と息を吐く。適度に身体の力が抜ける感覚は、気持ちが良い。都心と言う場所から切り離されたような錯覚すら覚える――もぞもぞと言う気配に視線を向ければ、アリアが上手く脚を畳めないらしく、難儀していた。

「アリア……ほら、まず膝立ちになって、それから腰を下ろすんだ。出来ないなら無理せずに脚を崩しても良いだろうしな」
「は、はい、すみません凰華様」
「うん。お茶を飲むのに正しい姿勢は必要ないしね。必要なのは、基本的に湯呑と落ち着いた心だよ。あとは、……んー。湯呑に負けない手の皮ぐらいかな」

 子供って湯呑が持てないよね、と奏は笑う。

「まあ、それは新茶だから割とぬるいよ。多分火傷もしないと思うから」
「あら。新茶って、ぬるく煎れるものなの?」
「そうだね、風味を壊さないために新茶は少しぬるくするのが良いんだよ。逆に番茶は味を誤魔化すために熱いお湯を使うのが良いね。あくまで一般的なものだから、種類によっては温度も選ばなきゃならないものだけれど……値段って、一つの目安じゃないのかな」
「そう――うちの興信所は、ぐつぐつ煮えたぎってるのが丁度良いぐらいなのかしらね」

 ふっ。
 何故か影を背負って微笑むシュラインに苦笑を向けつつ、アリアは湯呑を覗き込む。茶の類は向こうにもあったが、コーヒーや紅茶だけだったので、緑茶自体が珍しい。草自体の持つ香りが強いのは、生命力を感じさせる――飲み込めば、ほんのりとした苦さがある。

「これは、砂糖や蜂蜜を入れないのですか?」
「うん、緑茶には大概何も入れないんじゃないのかな。お茶請けに甘いものを置くのは紅茶なんかと同じだけれどね。まあ、好みによっては入れても良いと――」
「良くないわ奏ちゃん、それは絶対に違うと思う。基本的に緑茶は、お茶請けの甘味でアクセントにするものなの。今はケーキの後だからこれだけでも充分に美味しいけれどね」
「お茶自体の味がとても良いですしね。奏さんは、こういうものお得意なんですか?」

 日和の言葉に、んー、と奏は曖昧な声を漏らす。

「得意と言うか、出来るだけ、かなあ。ちゃんとした作法を知っていれば誰でも出来ることだから、得意とはちょっと違う。鉛筆だって、持ち方が下手だとちゃんとした字が書けないよね。それと同じことだと思うよ」
「……一番良い方法を知っているだけ、と言うことですか」
「うん、そんな感じ。知っている事は誰だって出来る。知らない事は、出来ないけれど」

 最良のことを知っていれば出来る、そこに裁量は必要ないし技術も入らない。同じ事は何にでも応用が出来る。やり方を知っていれば、力も何も要らない。場合によっては身体がなくても、何かしらの結果を導くことは出来る。それは美味しいお茶という結論かもしれないし、革命と言う結論かもしれない。手段が同じでも、帰結する先は意志によって変わる。もしかしたら、意志の力によっても変わる。
 湯呑を傾けたところで、膝に小鳥が降り立つ。つられるように仲間が寄り、肩やら頭やらに乗った。アリアは驚いたように硬直しているが、嫌がっているわけではないらしい。小さく笑い、奏は指先に乗せた小鳥を彼女の頭に乗せた。

「何かをするための手順は、正しいものを知っていれば良いだけだよね。だけど、それだけだと不完全でもあると思う。意思とかは、結構大事……かな」
「意思、ですか?」
「うん。お茶なら、美味しく飲んでもらいたいと思うこと。基本はそれだよね、大切な人に美味しく飲んで欲しいと思うから、正しい手順を憶えようとする。正しい手順を踏んだ上で、もう一つ意思。美味しくなりますように、ってお願いするのも、隠し味で秘訣。心が、一番に大切だと思うよ」
「どんなに正しい作法で技術でいれても、か。機械よりは人の手でした方が味があるものな。確かに、料理の類にはどれも通じる一理……料理だけじゃないか」

 凰華は笑って、奏を見る。こくりと頷いて、奏は小さく笑った。小鳥たちが頷くようにふるふると首を振り、飛び立って行く。そういう時間を楽しく過ごしたい、そういう思いもまた、大切なことで、大切な心だ。その上で行動する。同じ入れ方のお茶も、きっとまったく違う味になるだろう。
 義務で世界を守るのと、守りたくて守るのが、違うように。
 アリアは空を見上げて、鳥を追っていた。

「心、か。なんでもその一味があると、まったく違うもののように感じられるわよね。アリアちゃんだって、今日の一日、色んなことを感じられたでしょう? そのちょっとした気持ちが、貴女の始まりなのかもしれないわね」
「私の、始まり――」
「あら、アリアさんはずっと始まっていますよ。こちら側に来た時から、ずっと始まっているんです。でなきゃ、私がレンのドアの前でぶつかった人は誰になるのか判りません。手を怪我したり、飛ばされたり、それは、異界の女神様じゃありませんもの。そんな高尚な方には、文句なんて言えませんしね」

 くすくすと笑う日和の言葉に頬を赤くし、アリアは肩を竦めて笑った。

「さてと、そろそろ時間ね」
「シュライン? 時間って?」
「ええ。折角奏ちゃんが心と言う隠し味の大切さを教えてくれたことだし、ここは一つ料理でも実践してみるのが良いんじゃないのかしら、と」
「?? でも、時間はあまり関係が――――」

 にーっこり。
 シュラインは笑って、バッグの中からチラシを取り出した。

「近くのスーパー、タイムサービスがあるの。そろそろ夕飯の買出しの時間ですものね、ゲームの中にはこんな庶民的な機能、なかったでしょう? 血湧き肉踊る……もとい、弱肉強食……違う、資本主義の競争社会を知るにはかなり良い手段だと思うの」
「たいむさーびす? すーぱー……?」
「そして今日の特売はトイレットペーパー(ダブル)298円お一人様一つ限り。豚挽き肉100g44円一家族一つ限り」
「まさか」
「さあ、行きましょうか!」

 きらきらきら。
 輝く笑顔のシュラインに引き摺られ、四人は戦地へと向かった。



■□■□■ 参加PL一覧 ■□■□■

0086 / シュライン・エマ / 二十六歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3524 / 初瀬日和     /  十六歳 / 女性 / 高校生
4767 / 月宮奏      /  十四歳 / 女性 / 中学生:癒しの退魔師:神格者
4634 / 天城凰華     /  二十歳 / 女性 / 生物学者・退魔師

<受付順>


■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 少々長引きましたが…こんにちは、または初めまして、ライターの哉色と申します。この度は『アリアちゃんと遊ぼう 〜天然ボケ戦記〜』に御参加頂きありがとうございました、早速納品させて頂きます。何か違うなんてことはありません、半分ぐらい。イベントとは少し離れたほのぼのシナリオだったので、のほほんとした一日になりました。少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。それでは失礼致しますっ。