コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


きつねとおおかみのであい〜ゲーム『白銀の姫』、異界アスガルドにて

 …俺は何故ここに居るのだろうか。

 ひとり密かに悩んでいるのは、無表情な青年。眉目秀麗と言って誰からも文句は出ないだろう顔立ちに、艶やかな短い黒髪。深い青色の瞳には――微かにだけ、憂いの色。
 彼が記憶しているのはパソコンの前に居た事。モニタ画面を見ていた。時間が出来たのでネットサーフをしていた…のだったと思う。その筈だったのだが――今彼の目の前にパソコンは無い。それどころか、まず目の前に広がる光景からして…記憶している場所とは随分と違う。…見たところは屋外。但し、素直に屋外と判断するには多少の違和感があるが。
 …ともあれ、唐突に、『ここ』に出て。
 通常は特に持ち歩いていない筈なのに、何故か手の内にあった自分の刀。癖と言うか、何となく細部を確認。幾ら細部を確認しても別の日本刀では無く見覚えもあり手にも馴染んだ自分の刀だ。…果たしていつから持っているのか。

 …刀持ってパソコンの前には座ってなかったと思うんだが。

 ふと、目の前を行き過ぎる中世ヨーロッパの如き服装や装備プラス近代的な銃器をぶら下げている方々。
 青年はそんな彼らの事も、見るとも無しに茫洋と見送る。
 それで見返し確認してみる己の服装。こちらは特に変化無し。

「…」

 一振りの日本刀を携え、城壁らしいその場に寄り掛かったまま――青年は途方に暮れている。



 そんな折。
 朔夜・ラインフォードもまた日本刀を持った青年と同じ場所――異界アスガルドに取り込まれていた。が、こちらは既にアスガルドへの来訪は数度目、未完の呪われたネットゲームこと『白銀の姫』の噂が巷に流れて早々、面白そうだと追い掛け入り口を捕まえたクチである。
 つまりは結構、『こちらの世界』にも慣れている訳で。
 現時点でそれなりにレベルも上げている。
 が、ゲーム的な服装や装備はまだ殆ど何も無し、アスガルドに入ったそのままの風体だったりする。…それは初心者対応の雑魚モンスターが、自分が元々持っていた能力――発火や幻覚等の併用で簡単に撃退可能だった為でもあるのだが。
 ともあれ、レベル上げと言うか小手調べ程度に雑魚モンスター退治を数回重ねた結果、このゲームでの通貨をある程度稼ぎはしたので…そろそろ『らしい』装備や服装も考えようかと思ったところ。朔夜としては折角ゲームの中なのだからゲーム内独特の装備や服装を色々と拘ってみたい訳でもあり、だからこそ選択の幅が広がるここに至るまで何もしていなかっただけ、に過ぎなかったりする。
 当然、入ったそのままの風体で通すつもりは毛頭無い。

 そんな訳で。
 …兵装都市ジャンゴ内、様々な店がひしめく機骸市場に向かおうと朔夜は歩いていたのだが――その途中。
 自分同様、ゲームの外のままの現代的な服装であるひとりの青年に目が留まる。城壁の側、日本刀を抱えて人待ち風に佇んでいる姿は、通りすがりのおねえさんたちがこっそりと黄色い声で騒いでいるのもわかる気がした。
 素直に、美形である。

 …なんか無駄にキレーな兄ちゃんだなぁ。

 自身もまた余裕で美形に分類されるであろう朔夜をしてそう思わせる顔立ち。人待ち風だが誰を待っているのか。寡黙に佇むその姿はストイックさまで感じられるような気がする。
 思わず見物していてしまうと、朔夜が見ているのに気付いたか相手の方からも朔夜の方に視線が来た。が、朔夜も朔夜で視線を逸らしはしない。…別に後ろめたい事をしていた訳でもない。朔夜は見返して来た視線に対し軽く愛想を撒いて、その青年に歩み寄ってみる。
 と。

「…ケモノ臭い」

 表情を変えもしないまま、ぽつりとひとこと。
 …日本刀を持った青年は、朔夜を見ながらそう漏らす。
 瞬間、朔夜は停止。

 ………………それはつまり妖狐の臭いって事か?
 って言うか…思っても普通、初対面の相手にいきなりそれを言うか?

「………………言うねぇ…」
「…やっぱり狐、だな」

 改めて朔夜を見、ひとり納得する青年。
 その様子は、嫌味でも何でもなく、ただ思った事を口に出しているだけのようで。
『ケモノ臭い』発言で瞬間的に止まった朔夜の反応も気にしていない。

「獣の血が混じる事は…俺のところ以外でもある訳か。いや、おまえ…俺の血よりずっと濃いな。ただの獣でもないか…年経た獣…あやかし…か?」
「…兄さん突然どうしたの?」
 ぽつぽつと話し続ける青年に、朔夜は改めて確認をしてみる。何か意図があるのかどうか。
 が。
「あやかしの狐…妖狐か。半分はそれだな…もう半分は人間になる…」
「…おーい」
 それでも無反応で話し続ける青年の眼前で朔夜はぶんぶんと手を振って見せる。そこに至って青年は漸く、何だ? と朔夜の言葉を受けて、答えて来た。…話し掛けている事に気付いていなかった訳ではないらしい。



 …青年の名前は玖渚士狼と言うらしい。曰く、薄くだが狼の血を引いているとか何とか、『ケモノ臭い』の話のついでに聞いた。
 そしてこの士狼、人待ち風に佇んでいると思ったら――どうやら自分が何故ここに居るのかここは何処なのか全然わからず途方に暮れているだけだった、と言う事が話している内に判明。先程の発言とその事実を聞き、こいつ凄ぇ面白い、と朔夜は改めてこの青年に興味を持っていた。

「ゲームの中…」
「そ。未完の呪われたネットゲーム、って噂聞いた事ない?」
「…」
 朔夜に言われ考え込む士狼。
 暫く返答、無し。
 …少しして。
「あったような気はするが…俺はそのページを見付けてはいないと思うぞ」
「見付けないと入って来れない筈だけどねぇ」
 苦笑混じりで受ける朔夜。…これは、見付けておきながら見付けた意識が無い、って事だろうか。
「まぁ、とにかくここはそのゲーム内の世界になるアスガルドってところで、ついでに言えばそこの兵装都市ジャンゴって場所になる」
「…道理で、ここでは何の匂いもしない訳だな」
 通りすがる人間には匂いのする奴としない奴が混在していたが、それ以外は何の匂いもしない、いや、辺り一帯に同じ匂いが漠然と充満しているような感じだ。…ゲーム由来のプログラムになるならどれも匂いは同じで当然だろう。それはただプログラムとなれば匂いは無かろうが、呪われている――となれば匂いがあっても不思議じゃない。
 見た目は屋外だが屋外だと信じ切れなかった違和感の正体を知り、またひとり納得する士狼。
「…戻るのは簡単だと言っていたな?」
「まぁね。どうも兄さんも確りゲームプレイヤーになれる人みたいだし」
 そうじゃないとこの世界の住人として取り込まれちゃうとか聞いたけど。ゲームプレイヤーこと勇者や冒険者なら出入りは自由。実際に俺何回か行き来してるし。
「…仕事があるから帰れないと困る」
 が、好きに帰れるならば特に問題はない。士狼はほっとしたように静かに息を吐く。
 そんな士狼に、朔夜の問いが飛んだ。
「で、取り敢えず兄さんはこれからどうする?」
「…」
「…おーい」
 士狼、反応無し。
 …士狼にしてみれば、仕事や大学の講義に響かなければ何でもいい。
 が、だからと言って積極的にここで何かしよう、と言うのも無い。
 そんな訳で、無言。
 少し考えてから、朔夜は提案してみる。
「何もする事無いってんなら俺に付き合わない? 折角来た訳だし、ちょっとこのアスガルドで遊んでくってのも悪くないと思うけど」
 そうそう、元々俺ね、ゲーム用の装備揃えようと思って来た途中だったんだよね。それ用のお金なら…相場考えると多分余るから兄さんの分も奢っちゃってイイし、まずは何か装備でも揃えてみない? こっちの世界に適したような、さ。
 朔夜も士狼も外から来た現実世界の格好のまんま。…それでも構わない事は構わないのだろうが…やはり、変えてみた方が気分が出る。
 そんな朔夜の提案に、士狼は少し思案風の顔を見せた。
 が。
「それもいいか」
 殆ど考える間も置かずあっさりと頷く士狼に、朔夜はそうこなくっちゃ、とにやりと笑って見せている。

 …やっぱりこいつ、面白い。

【了】