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だって『こどもの日』だから…
1.
「お兄さん、クール小包が届いています」
玄関でなにやら対応していた草間零は小さな小包を抱き、兄・草間武彦の元へとその小包を運んできた。
「誰からだ? まさか、無記名とか言わないよな?」
クライアントへの報告書を作っていた草間武彦は一旦その手を止め、零を見据えた。
たまに逆恨みで剃刀レターよりも恐ろしい物を送ってくる輩もいる。
「いえ、無記名ではありませんが…。…もっと怖いかも…」
ぽつりと言った零の顔は不安を隠しきれない。
「? 誰からだ?? 何を送ってきたんだ??」
そう言った草間に、零は答えた。
「『全国草間武彦ファンの会』から『柏餅』が届いています」
『全国草間武彦ファンの会』とは。
草間武彦のファンクラブらしく、時々色々な物を送ってくる団体である。
しかし、いまだかつてその贈り物が騒動の原因にならなかったことはないという奇妙な団体である。
「…柏餅? 本当に柏餅か? 正真正銘?」
「はい、そう書いてあります」
零は、ゴソゴソと包みを開けた。
中からは見目麗しく美味しそうな柏餅が現れた。
「…ん。今回は本当らしいな。どれ」
そう言って恐る恐ると草間は柏餅を口に放り込んだ。
「あ、待ってください。メッセージがあります」
零は、小包の中に入っていたメッセージを読み上げ始めた。
「えーっと。
『こどもの日ですから、たまには子供に戻って羽を伸ばしてくださいませ』 …ですって…」
そして顔を上げた零の前には、一回り以上小さくなった草間武彦がいたのだった…。
2.
「えーっと…。つまりこれは、例の団体の仕業なわけね? 今までの記憶は残っているのかしら?」
別件の調査へ行っていたシュライン・エマは、帰ってくるなりその惨事へと着手した。
折角お土産に買ってきた柏餅はとりあえず後回しにせざるを得なかった。
「記憶は残ってる。ただなぁ、どうも…こう落ち着かないっていうか…」
変声期前の少年の声に戻ってしまった草間は、そういいながらうろうろと部屋の中を歩き回る。
「折角、酒でも一緒に飲もうと思って持ってきたんだが…やっぱりこの場合は未成年ってことで飲ませてはまずいか? シュラインさん」
持って来た芽台酒(マオタイシュ)を少し掲げて見せたのは、梅・海鷹(めい・はいいん)。
「ん〜…やっぱりまずいかもしれませんね。なにせ子供ですものね」
フゥッとため息をついたエマに、海鷹もう〜んと悩み顔だ。
「酒だと!? 飲むぞ? 俺は飲むぞ!!」
「ダメです、兄さん。未成年者飲酒禁止法という立派な法律があるんですよ! そんな…そんな犯罪に手を染めるなんて…」
海鷹の持って来た酒を奪い取ろうとした草間に、零はハンカチでウルウルとした瞳をそっと拭く。
「零ちゃんを泣かすなんていけないなぁ、草間さん」
海鷹は奪われそうになった酒の瓶をさらに高く掲げ、草間の今の背では届かないようにした。
「そうよ。女の子は泣かせるとあとが怖いのよ?」
「俺は正真正銘三十過ぎの男だぞ!? 何で酒が飲めないんだ? あぁあ〜ストレスがぁ〜!!」
草間が海鷹の酒を諦めて、ドカッとソファに座り込み頭を掻き毟った。
と、海鷹が思わぬ提案をした。
「ストレスが溜まるんなら、いっそ子供を満喫するってのはどうだ? 思いっきり遊べばストレスなんかぶっ飛ぶだろう。私も一緒に遊んでやるぞ?」
にやりと笑うや否や、海鷹は柏餅に手を出した。
「そうね。こんな機会めったにないもの。折角だから私も頂こうかしら」
エマもそう言うと1つ柏餅を取った。
箱の中の柏餅は2つとなった。
そうそう、説明書きは見ておかないとね。
ふと思い出して、エマは柏餅の箱を持ち上げた。
箱の後ろには『賞味期限/有効期限:5月5日午後12時』と書いてあった。
今日1日で効果が切れるなら安心ね。
子供でも、報告書くらいは作れるし。
エマは、安心して柏餅を頬張った…。
3.
「こんにちは〜! ちょっと寄ってみたんだけど〜…あれ? いつからここは保育所になったの?」
勢いよく入ってきた女性・大和鮎(やまとあゆ)は首をかしげた。
「あら、大和さん。いらっしゃい」
エマはそう言うと袖をまくりながら、鮎を出迎えた。
一回り以上小さくなった体に、いつも着ている服はちょっとばかり大きかったのだ。
「えーっと…シュラインさん…ですよね? あれ? あっちは草間さん??」
何がなんだかわからないといった表情の鮎に、零が実は…と説明を始めた。
そんな鮎たちの横では、こちらも子供にすっかり戻ってしまった海鷹が草間を相手にプロレスごっこに興じている。
エマは、とりあえず何をしようか考えた。
折角の子供の日なんだものね。
昔懐かしい新聞紙のカブトとか作ろうかしら。
あ、でも公園に行って暴れるっていうのも楽しそう。
…ん〜…なんか、1つに絞るの勿体無いかも。
全部やっちゃいましょ♪
なんだか体中に力が有り余っている気がした。
先ほど草間が『落ち着かない』と言っていたのは、このことかもしれないとエマは思った。
とりあえず、エマは新聞紙の山から数日分の新聞紙を持ってきた。
縦横無尽に飛び跳ねまくっている海鷹と草間のいるソファをよけて、エマはいつもの事務机に腰掛けた。
いつもの事務机なのに、いつもと視界が違う。
まるで巨人の国に紛れ込んでしまったかのような錯覚に陥った。
私、子供の頃ってこんなに小さかったかしら?
ふとそんな風に思ってみたが、いまいち思い出せない。
小さかった気もするし、もっと大きかった気もする。
…まぁ、いいか。
エマは考えるのを止めて、新聞紙を折りだした。
自分では忘れていると思っていたが、意外にも手が覚えていた。
ピシッと折っては、次の部分に自然と手がいく。
あっという間に新聞カブトの出来上がりである。
「で〜きた♪」
エマが顔を上げると、そこにはジーッと見つめる海鷹と草間の顔。
「それ、俺らも作っていい?」
草間ト海鷹がそう聞いたのでエマは快く新聞紙を海鷹と草間へと渡した。
2人ともそれを受け取ると、懸命に折りだした。
既に子供の姿に馴染んでいる2人が、おかしくもあり可愛くも思えた…。
4.
そういえば、零の話を聞いていたはずの鮎はどうしているだろう?
エマが振り向くと、そこには笑い転げている鮎と見たことのない少年がむっすりとした顔で立っている。
「あ、シュラインさん。こっちあたしの従兄弟で大和嗣史(やまとしふみ)ていうんです。…柏餅食べさせたから、子供になっちゃったてますけど、れっきとした大人です」
にこりと紹介した鮎に、紹介された嗣史が一礼して挨拶した。
「初めまして。いつも鮎がご迷惑をおかけしております」
子供の姿でそう言われ、鮎はツンとそっぽを向いた。
「迷惑なんかかけてないわよ。むしろ、あたしは役に立ってるんだから」
「そういう考えが子供なんだ。まったく…」
多分、普段どおりの姿なら違和感のない会話なのだろうが、保護者的発言をする嗣史が子供の姿では不自然極まりない。
「おーい! シュライン、出来たぞーーー!!」
草間からお呼びがかかり、嗣史と鮎もそちらへと移動した。
「みろ! カブトがあるんなら剣も必要だ! これぞ日本男児!」
草間が新聞紙で作ったカブトを被り、手に新聞紙を丸めて作ったらしき棒状のものを持っている。
「それ、私も作ろうと思ってたのに」
「へへん! 早いもの勝ち…」
エマと会話していた草間が話し終わらないうちに、後ろから声がかかった。
「隙あり!!」
パコーンといい音がして、同じくカブトを被って手に丸めた新聞紙を持つ海鷹がへへっと得意げに笑った。
「不意打ちとは卑怯だぞ! 正々堂々と勝負しろ!」
「勝負に正々も堂々もあるものか! これで私の2勝だ!」
わははっと高笑いする海鷹に、いつもの落ち着きなど微塵も感じられない。
まさに、ガキの喧嘩とはこういうことを言うのだろう。
「ち、やってられるか!」
そう言うと、草間はふてくされてソファにドカッと腰掛けた。
「大体俺は大人だぞ? なんでこんな子供じみたことを…」
ぶつぶつを文句を言いながら、先ほどまでのはしゃぎ様をなかったことにしようとするかのごとく草間はタバコを一本取り出した。
が、それは鮎によって瞬時に取り上げられてしまった。
「坊や、煙草は駄目でしょ?」
にっこりと笑った鮎に、草間はブーブーとブーイングをかますが鮎は全く意に介していない。
「だって子供がタバコなんてよくないでしょ。自覚ある? 草間さん、今は子供なのよ?」
だが、その鮎の笑みは従兄弟の嗣史によって破られることとなる。
「で、おまえはその子供の運転する車に乗って出かける途中じゃなかったのか?」
鮎がハッと振り返った。
どうやらどこかへ行く途中でよっただけらしい。
が、すぐに鮎はにっこりと笑って言った。
「そうだった。忘れてたわ。早く行かなきゃいけなかったのよね」
そう言うと、鮎は嗣史を引きずりつつ「おじゃましました〜」と草間興信所を後にしていった。
「嵐みたいね」
エマが苦笑いして鮎と嗣史を見送ると、草間も苦笑いして「そうだな」と言った。
「んじゃ、再開しますか!」
海鷹は再び新聞紙の剣を構えた。
「梅海鷹!!」
突然の怒声が草間興信所内にこだまする。
草間とエマは声の方向を見た。
そこには、怒りの形相で仁王立ちする見慣れぬ女性がいた。
「お…おまえ…」
海鷹の上ずった声が聞こえた。
「帰るわよ!」
そういうと女性はむんずと海鷹の首根っこを引っつかんで、草間たちに一礼すると出て行った。
5.
「…どうするよ? これから」
取り残された2人の子供は途方にくれた。
「探検行ってみない? 子供じゃないと通れないトコ、探しに」
エマはそういって笑った。
「いいなぁ、それ。…でも、大人に戻ったら通れないぞ?」
「ふふっ。いいのよ。子供の特権てヤツだもの」
エマは手早く準備を始めた。
広告の裏に近所の地図を走り描き、携帯救急箱を持った。
もちろん、作ったカブトは被って行くつもりだ。
「いってらっしゃーい!」
と零に送り出され、2人は狭い路地裏に入った。
地面に石で落書きされた道は、大人が通るには少々狭い。
「こんなとこあるなんて、知らなかったな」
草間はそういいながら、エマの描いた広告裏の地図に道を書き足していく。
エマはその後ろをチョコチョコとついていく。
意外と複雑に分岐した道は、なんだか迷路のようで迷子になりそうだ。
横道から覗く猫が誘惑の視線を投げかける。
「ねぇ、手繋いで行く?」
エマがそう聞くと、草間は少し考えた後で言った。
「今日だけだぞ」
ぶっきらぼうに差し出された手。
エマはその手を繋ぐと、しっかりと握った。
それから、2人がどこをどう歩いて帰ってきたのかはわからない。
ただ、帰ってきた2人は埃まみれで、帰ってくるなり仮眠室で寝てしまった。
机の上に置かれた作り掛けの報告書の上に、真っ黒に書き込まれた地図が置かれていた…。
−−−−−−
■□ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
4971 / 大和・嗣史 / 男 / 25 / 飲食店オーナー
3580 / 大和・鮎 / 女 / 21 / OL
3935 / 梅・海鷹 / 男 / 44 / 獣医
■□ ライター通信 □■
シュライン・エマ様
この度は「だって『こどもの日』だから…」へのご参加ありがとうございました。
今回はご参加いただいたうちの3名様に子供化していただきました。
戻った年代としましては10歳前後…と設定させていただいております。
子供っぽさが強く出たPCさまを描写させていただいておりますので、普段の皆様とは少々違う事をご了承ください。
さて、子供時代の新聞紙カブトなどとても懐かしい感じでプレイング拝見しました。
子供にだけ見える風景…ノスタルジーですね〜。
少々詰め込みすぎの感がありますが、書かせていただきたかったので書いてしまいました。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
それでは、またお会いできることを楽しみにしております。
とーいでした。
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