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<東京怪談ノベル(シングル)>


端午・デ・タンゴ! −もう1つの柏餅−

1.
 空高くはためく色とりどりの魚たち…なんて姿はあまり見かけなくなった五月晴れ。
 けして高いビルが並んでいるとはいえない下町風情の道を駆け抜ける、小さな荷物を持った1人の少女と2匹の猫がいた。
 ルンタルンタと進む先にあるのは見慣れた某ビル。
 そして、そのビルの狭い入り口でけたたましい呼び鈴を押す。
 だがその呼び鈴に答える主を待たずに少女と猫は階段を駆け上がり、バンッと扉を開けたのだった。

「草間殿はおるかー!!」

 本郷源(ほんごうみなと)はそう言うと、草間興信所事務所内をキョロキョロと見渡した。
 どうやらいつも貧乏暇なしを地でいっている興信所所長・草間武彦は席を外しているようだ。
 しかし、代わりにいい物を見つけた。
 机の上に置かれ、箱に収められたとても美味しそうな柏餅。
 すでに5つ葉っぱだけになっており、残りは1つとなっている。
「…む。これはわしに食えということじゃな?」
 1人そう呟くと、源は手荷物を机の上に置くとおもむろにそれを手にした。
 お供のにゃんこ太夫とにゃんこ丸がウニャウニャと、なにやら柏餅の入っていた箱を指差して訴えていた。
「すまぬ。これ1つしか入っておらぬのじゃ」
 源は二匹のお供にそう言うと、ガブッっと柏餅にかぶりついた。
『にゃ〜!!』
 にゃんこ太夫とにゃんこ丸はさらに騒ぎ立てる。

  そんなに柏餅が食いたかったのじゃろうか?

 少しだけ悪かったかな?などと思いつつも、食べる口は休めない。
 と、源の目にある文字が映った。
 どこかで見たようなその文字の羅列。
 少し考えた後で、そーっとその文字の書いてある柏餅の箱を見てみた。

 『差出人・全国草間武彦ファンの会』と書いてあった。

「あぁ!?」
 そして、声は唐突にした。


2.
 振り向くと、そこには見慣れた顔を縮小したような顔があった。

「…草間殿…の隠し子?」

「ちっがーーう! 本人だ! いや、そんなコトはどうでもいい! おまえ、この柏餅食ったのか!?」
 自称・草間武彦はぼさぼさの髪を振り乱し、源に肉迫する。
「うむ。食ったのじゃ。しかし、それがなんだというのじゃ?」
 ケロリたした様子の源に、自称草間はため息をついて言った。
「これは食べたヤツを子供に戻す、迷惑な柏餅なんだ」
 源は驚愕の表情をし、そのあと少し考えて草間に言った。

「それならばわしは関係ないじゃろう。なにせ、元々子供だからのう」

 えっへんと胸を張った源。
 そんな源を草間は足元から頭までジーッと眺めた。
 そう。
 いつも大人びた言動をしている源だが、ぴっちぴちの現役小学生。
 これ以上子供に戻れるわけがない。
「…確かに、さっき食べたわりには子供にならないな。余計なお世話だったな…って、な、なんだよ?」
 草間が思わずたじろいだ。
 今度は源が草間をじーっと眺める番だった。
「おぬし、本当に草間殿か? わしが知っておる草間殿はもっと『くーる』で『はぁどぼいるど』な探偵殿であったはずなのじゃが?」
 草間の顔が微妙にムッとした。
「お、俺は草間武彦だ。おまえ、俺のこと疑ってんのか!?」
「ほれ、その焦り様が草間殿とは思えぬのじゃ。やはり、草間殿の隠し子…」
「ちっがぁあああう!!」
 真っ赤になって絶叫する草間に、源はにやりとした。

「では、正真正銘の草間殿だということを証明してもらおうではないか」


3.
「ど、どうすりゃいいっていうんだ?」
 草間がそう聞いたので、源はちょっと考えてからこう言った。

「端午の節句ゆえ、わしとタンゴを踊るのじゃ!」

「な、なにぃ! 何を根拠にそんな訳のわからんことを!?」
 草間が物凄く不服そうな声をあげた。
 が、源はそんなことは意に介さずにサラリと言った。
「先人の教えじゃ。踊りは大人のたしなみじゃからの」
 草間の動揺っぷりは見事なものだった。
 少し考えれば踊りが大人のたしなみだなんてウソだという事はわかりそうなものなのに、ワタワタと脳みそをフル回転させタンゴについての知識を引き出しているようだ。

  ふむ。面白いことになってきたのじゃ。

 と、隣にいたにゃんこ太夫がツンツンと源の袖を引っ張った。
 そしてツメで自分を指差した。
「…指導してくれるというのかの?」
 源がそう聞くと、にゃんこ太夫はうんうんと頷いた。
「では、踊ろうかの。しかし、わしは子供ゆえ踊りをたしなんでおらんのじゃ。そこで、このにゃんこ太夫が教えてくれることになった」
 源が紹介すると、にゃんこ太夫は心なしか偉そうに胸を張った。
「…黒猫のタンゴか…」
「元祖じゃな」
 草間は妙に納得した。
 と、トテトテとにゃんこ太夫の横ににゃんこ丸が寄り添う。
 どうやら2匹で教えてくれるようだ。

 2匹は手を取り合い、軽やかなステップで踊りだす。
 茶虎と黒のタンゴは、クルクルと回る。
 きりりとした横顔に、機敏な動きがとても素晴らしく綺麗なタンゴだ。

「俺にあれをやれと…?」
 草間が呆気にとられたかのように、呟いた…。


4.
「見事じゃった!」

 スタッとポーズを決めて、にゃんこ太夫とにゃんこ丸が踊り終えた。
 源は拍手喝さいで2匹を褒めちぎったあと、草間に向き直った。
「ではわしらも踊るとしようかの」
「……」
 不承不承といった感じで、草間は源の手をとった。
 いつもは草間のほうが大人で背の高さなど到底釣り合わないのだが、さすがに今日はちょうどいい背の高さだ。
 傍から見ればお似合いの美少女と美少年(?)と見えるかもしれない。
 にゃんこ太夫とにゃんこ丸がその隣で再び手を取り合い、今度はゆっくりと動き出す。
 源と草間にタンゴのステップがわかるように、である。

「む…こうして…ここがこっちで…」
「いてっ! 足踏むな!」
「『れでぃふぁーすと』じゃ。文句を言うでない」
 下を見ながらにゃんこ太夫とにゃんこ丸の足の動きを必死で真似しようとする源と草間。
 しかしそうそう上手くいくはずもなく、2人は文句を言い合いながら踊り続ける。

 やがて、少しずつではあったが足を踏む回数も少なくなって、にゃんこ太夫やにゃんこ丸も源に指導を入れなくなってきた。
 ぎこちないながらも、草間と源は確かにタンゴを踊っていた。
「中々楽しくなってきたのじゃ」
 源の顔に笑顔が浮かんだ。
「おい。これで本当に俺が草間武彦だって認めるんだよな?」
 草間が眉間にしわを寄せてそう聞いた。
 源は、笑顔のままで言った。
「元より、草間殿が草間殿であるということは承知の上じゃ。わしはタンゴが踊りたかっただけじゃ」

「なんだとーーーー!?」

 2人のステップと2匹のステップは最後の決めのポーズを作った。
 終わると同時に草間は怒りの形相で源に詰め寄った。
「おまえは俺をおちょくってるのか!?」
「まぁ、そう慌てるでない。少しはこの心地よいタンゴの余韻に浸る余裕がなければ大人気ないぞ?」
 事務所のソファに腰掛け、源はにっこりと笑った。
 どこからともなくにゃんこ丸とにゃんこ太夫がタオルと飲み物を運んできた。
 草間も、その飲み物を受け取るとひと心地ついたようだ。
「…ふ〜。まぁいいさ。そういや、おまえは今日は何しに来たんだ?」
 源はハッとした。
 今日ここに来た用事をすっかり忘れていた。
 机の上に置いた手荷物をとり、草間へと差し出した。
「これを渡しに来たのじゃ」
「届け物か」
 草間はその荷物の中身を見た。

「柏餅の詰め合わせじゃ」

 にやっと笑った源。
 そして凍りついた草間。

 今日はとても楽しいこどもの日だったと、源は思った…。