コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


あちこちどーちゅーき 〜警告〜

 春風が心地良く街の中を拭き抜ける中、桐苑敦己は街灯が照らすベンチに座りコインを指で弾くと、街灯に照らされたコインは乾いた音を発て乍夜空に舞い上がる。大阪の夜の街には星の光が届かないのか、繁華街の毒々しい光を反射し乍コインは手元に落ちて来る。
―今度は、このバスに乗りますか。
 敦己は広げた手の中に出たコインの印を見て一人呟く。表が出たなら秋田県へ、裏が出たなら出雲へ行こうと決めていた。そして、コインが指示した行き先は出雲だ。
 敦己は、行き先が決まった事に満足したのか、ゆっくりとベンチから立ち上がり辺りを見回すと、行き交う人ゴミの先に、夜行バスの切符売り場が眼に止まった。
―行き先も決まった事ですし、今夜の内に移動しちゃいますか。
 敦己はバックを肩からぶら下げ、人ゴミを縫う様に歩き、受付迄夜行バスの切符を買いに行く。
「いらっしゃいませ」
「出雲迄ですが、席は空いていますか?」
「はい、大丈夫ですが、一名様で宜しいでしょうか?」
 敦己はその言葉に頷きバス代を払う。
「もう直ぐ出発の時間に成りますので、お急ぎ下さい」
「うん。有り難う」
 敦己は短く礼を云い、バス券に記載されているバスに乗り込み、窓際の指定席に身体を預けてリラックスして要ると、運転手が夜行バス内での諸注意を説明し、最後の言葉をアナウンスする。
「それでは、ノーザンドリームバス出雲行き、間も無く発車します」
 アナウンスが終ると、重々しいエンジン音を響かせ乍バスは緩やかに動き出し、窓に映る景色が流れて行く。
―今度は、どんな出会いが有るんでしょうか。
 敦己は、微かに昂揚する気持ちを噛み締め、窓を流れて行く景色を誘い水に、深い眠りに落ちて行った。

「此処で良いのかい?」
 敦己はヒッチハイクした車を降り立つと、運転席の叔母さんが柔和な笑顔で敦己に尋ねて来る。
「有り難う御座います」
「この山で道に迷う事は無いと思うけれど、気を付けて行くんだよ」
「はい。少しばかり散策をしたら、来た道を戻りますよ」
「それなら良いんだけれどね。まぁ、この山の中で迷子に成っても、そこら中に人が居ると思うから大丈夫かね」
「そんなに、この山の中は人が多いんですか?」
「行けば、分かると思うよ」
 叔母さんは何処か悲しげな表情でポツリと呟き、「じゃあ、私は畑仕事に戻るから」と云い残し、轍を残して車は戻って行く。敦己は走り去る車を見送り乍のんびりと空を見上げる。夜行バスで出雲に着いた時に見た太陽は未だ低かったが、今見上げた限りでは、太陽は真上に来ている。雲一つ無い空は高く、木々の間から零れる太陽の光が心を軽やかにする。
―ノンビリと行きますか。
 敦己は一人呟き、春風に誘われる様に軽い足取りで山の頂上を目指して歩き出したが、叔母さんが残した言葉が妙に引っ掛かり、身体とは裏腹に心の中は妙にザワツク物を覚える。
―何処か妙ですね。
 敦己は汗を流し乍山の中を一時間程歩いているが、眼に映る自然には何処か紛い物の様な違和感を覚える。自然の中の不自然。敦己は立ち止まり木々を見回すと、ポケットからコインを取り出して親指で弾く。表が出たなら道を外れる、裏が出たなら道沿いに歩く。気分が乗らない時はコインに身を委ねれば良い。敦己は落ちて来たコインを掴み掌を開くと、コインは表を向いていた。敦己はそのコインの示す意思に従い耳を研ぎ澄ますと、獣道の遠くから川の流れる音が時折聞え、敦己はその音のする方向に身体を向けて歩き出す事にした。
* 
 敦己は、呆然と眼前に広がる川を眺めた。
―そう云う事だったんですね。 
 眼前に広がる建築途中の建物と、調整された川の流れが自然との調和を見事に拒んでいる。
 太陽の光を反射させ乍、サラサラと流れる人工の川と、コンクリートで出来た巨大な建物を横目に、敦己は川の上流へと歩き、建築物の完成予想図の立て看板を見ると、株式会社アイゼン社員保養所と書かれていた。敦己は、そんなアンヴァランスな景色を眺め乍川に視線を移すと、川の浅瀬に人影が見えた。
―何をしてるんでしょう?
 敦己はその人影に興味を覚え、ジャリジャリと足音を響かせ乍人影の背後に行き立ち止まり、眼を凝らして人影を見ると、ボロボロの布を頭からスッポリと被った老人が立っていた。
「お爺さん、寒くないんですか?」
 敦己は、少し大きい声で浅瀬の老人に声を掛けるが、老人は声が聞こえないのか、黙々とザルを浸して何かを洗っている。
―聞えないのでしょうか?
 敦己は、自分の声が聞こえてないと思うや、靴を脱ぎ捨てて浅瀬へと入り、老人の横に行き声を掛ける。
「春とは云え、やっぱり川の水は冷たいですね」
「うん?」
 老人はゆったりとした動きで顔を上げ、愕いた表情を浮かべる。
「あんた、ワシが見えるのかね?」
 老人は、ボサボサに生えた髪の毛をグシャグシャと掻き乍、しゃがれた声で敦己に問い質して来る。
「如何云う意味ですが?」
「ほう。本当に見えとる様じゃな。ワシが見える人間に会ったのは、本当に久し振りじゃ」
 敦己は疑問符が浮かぶ中、老人の言葉を受けて、ある答えに辿り着く。
「お爺さんは若しかして、幽霊か何かですか?」
 敦己は辿り着いた答えを即座に言葉に出して老人に尋ねる。敦己に取っては、幽霊や物の怪の類を見る事は、持って生まれた霊感が見せる物で、別段愕く事が無い。
「ところで、先程から何をしてるのですか?」
 敦己は老人の愕いた表情を眺め乍もう一度尋ねる。
「これか?これはな、小豆を洗ってるんじゃよ」
「小豆、ですか?」
「そうじゃ。然し、お前さんも変わっておるの。ワシを見ても全然愕かん」 
「そうですか?あっ、申し遅れました、俺、桐苑敦己と云います。職業は・・・・・・旅人って所です」
 敦己はマイペースに名乗り出ると、老人は豪快に笑い出し乍頷く。
「ワシの名前は小豆洗いじゃ。まぁ、この名前は、人間が勝手に付けた物じゃがな。知っとるかね?」
 小豆洗いとは、川の浅瀬で小豆を洗い、「小豆ショキショキ、米ショキショキ」と歌い、その声を聞いた者は、川に落ちて溺れると恐れられた妖怪だと、敦己は何かの本で読んだ事が有り、小豆洗いの問い掛けに静かに頷く。
「ほうほう。ワシの事を知っとる人間が未だ居ったのかね」
「歌を聞いたら溺れると、何かの本で読んだ事が有りますよ」
 敦己の言葉に、小豆洗いは笑い声を上乍喋り出す。
「良く知っておるの。但し、少しばかり付け加えるので有れば、好きで溺れさせている訳では無いと云う事じゃな」
「そうなんですか?」
「いや、お前さんは本当に変わっているの。ワシの話を聞いても逃げ出したりせん」
 小豆洗いは気を良くしたのか、敦己を手招きして川原に上がり喋り出す。
「人間にも妖怪にも、犯しては成らない境界線と云う物が有るんじゃよ。ワシら小豆洗いは、麓に住む人間の心の汚れを洗い流して、その汚れを糧に生きてきたんじゃ。ワシらが人間の心を清らかにする換わりに、人間はワシらの住む自然や川を汚さないと云う暗黙の了解の上でな。その上で、約束を破った物に罰を与える意味を込めて溺れさすんじゃ。所が、この数百年の間に、人間は好き勝手にワシらの生活を脅かして来た。しかし、時の流れと云うのか、誰もワシらを見る事が出来ん要に成って、今ではこの有様じゃ」
 小豆洗いは寂しそうに呟き、建築途中の建物を見上げる。
「申し訳、有りません・・・・・・」
 敦己は、何処か居た堪れない気持ちに成り、小豆洗いに頭を下げる。何故なら、敦己自身も人間で、科学と云う恩恵を受けているからだ。
「お前さんが謝る事は無いんじゃよ。只、これ以上自然を侵し続けると、何れしっぺ返しを食らうと云う事を、肝に銘じて置いてくれんかね?」
 小豆洗いにの申し出に、敦己は静かに首を立てに振る。確かに、敦己は色々な地を旅しているが、科学が自然を侵しているのは間違いが無く、そのしっぺ返しは、環境汚染と云う形で確実に人間社会に跳ね返って来ている。
「さて、ワシは又小豆でも洗うかの」
 小豆洗いは短くそう云い残し、少し汚れた川の中に足を浸してザルの中の小豆を洗い出す。
「小豆ショキショキ、米ショキショキ―」
 山間に響く小豆洗いの声は誰に届くでも無く、その背中は何処か寂しげで、それでも、人間に警告の意味を伝えたいのか、歌を歌い続ける小豆洗いを見守り乍、敦己は複雑な気持ちを胸に、静かにその場を後にした。
                                
[了]