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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:穢れた街
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 今年の冬はずいぶんと厳しく、あまり雪の降らない東京も積雪した。
 東京という街は、昔から雪と怪獣には弱いことになっている。
 もちろん今回も例外ではなく、あちこちで事故やトラブルが起こっていた。
 そんなおり、渋谷センター街で奇妙な事件が相次いでいる。
「奇妙でもなんでもないじゃん」
 ぷーっと頬を膨らます少女。
 芳川絵梨佳という。
 神聖都学園に通う中学生だ。
 怪奇探偵の一番弟子を自称していたりする。
「裸の女性が落ちている、か」
 相棒の鈴木愛が小首をかしげた。
 明け方、一糸まとわぬ女性が路上に放置されている、というのである。
 しかも乱暴された形跡があるのだ。
 健在のところ、被害者の数は一〇人。届けのあった分で。
 絵梨佳が言ったように、それ自体は奇妙でもなんでもない。状況から見て、強姦されて捨てられたと考えるのが妥当だろう。
 では何が奇妙なのかというと、
「誰が、どうやって、という部分が判らないのよね」
 呟く愛。
 当たり前の話だが、裸の女を連れ回せるはずがない。となれば、自動車で放置現場まで運んでいることになる。ならば目撃者がいても良さそうなものだが、この情報が一切ないのだ。
 それだけではなく、犯人に繋がる手がかりが何もない。
 被害者の女性たちはショック症状なのか、まともに話も聞けない状態だ。
 どうやって誘拐したのか、誰がそんな蛮行をおこなったのか、どうして路上に放置などしたのか、どうして目撃者がいないのか。
 それらのことがまったく判らない。
「終電が行っちゃった後、白タクを装って誘拐する。路上に放置するのは愉快犯みたいなもんで、目立ちたいのと警察では追い切れないとタカをくくってるから」
 推理を開陳する絵梨佳。
 たしかに筋が通っている。さすがは怪奇探偵の弟子と名乗るだけあるかもしれない。
 が、渋谷を徘徊する違法営業タクシーをすべて探すなど不可能だし、装っているだけなら探しようもない。
 となれば、
「囮捜査しかないっ」
 というのが彼女の結論だった。
 かなり危険度の高い行為である。
 探偵クラブが普段やっているような遊びとは違うのだ。現実の事件なのだから。
 もちろん万事慎重な愛は制止したが、この件に関する限り異様に張り切っている絵梨佳は、ついに我意を押し通した。
 やばいのは百も承知だ。
 何が何でも犯人を捕まえてやる。
「仇を討ってやるんだから」
 絵梨佳の決意は固い。じつは被害者の一人が彼女の知己だったのである。三歳ほど年長で、子供の頃から仲が良かった。
 つまり、愛や佐伯飛鳥との共通の友人でもあるといことだ。
 愛が結局は同行した理由でもある。
 ただ、慎重な彼女は事前に草間興信所と連絡を取ることを忘れなかった。


 センター街。
 暇をもてあました子供たちが深夜までたむろする。
 けばけばしく汚れた、だが活気だけはある街。
 ゲームセンターで時間を潰していた愛と絵梨佳に、チーマー風の若者が声をかける。
「ねー彼女たち。もう終電いっちゃったよぉ?」
「そなの?」
「オレらの車で送ってこーか?」
 気さくな提案。
 ちらりと視線を交わす少女たち。









※かなりやばいことに絵梨佳たちが首を突っ込んでいます。
 救出シナリオ、ということになります。
 時間との戦いです。
※物語の中の時間は、一月の終わり頃です。
 したがって、東京戦国伝の最終回より少し前の話ということになります。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
 受付開始は午後9時30時からです。


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穢れた街

 不夜城。
 この街はそう呼ばれる。
 人工の光が満ちあふれ、闇を怖れる原初の魂ははるか別次元に置き去りにされる。
 眠らない街。
 だがそれは、むしろ人間の脆弱さを示すものではないだろうか。
 欲望という名のネオンサインが、今日も朝まで灯る。


 鈴木愛からの連絡を受けた草間興信所は、緊張の爪に鷲掴みされた。
「やばいことになりそうよ」
 シュライン・エマが夫を見る。
 絵梨佳と愛が首を突っ込んだのは現実の事件だ。
 普段のような遊び感覚が通用するような類のものではない。
「とにかく人を集めない。センター街ってだけじゃ探しようもないな」
 電話に手を伸ばす怪奇探偵。
 義妹の草間零も回線をフル稼働させて手伝う。
 巫灰慈、守崎啓斗と北斗の双子、作倉勝利の四人はすぐにつかまった。
 おそらく十数分で駆けつけてくるだろう。
 だが、
「中島くんと連絡がつかないわ。ずっと話し中」
 やや焦った表情でシュラインが言った。
 絵梨佳の恋人である中島文彦に、どうしても繋がらない。
「繋がるのを待つ余裕はない。さっさと動くぞ」
 あるいは知らせない方が良いかもしれない、と、内心で呟きながら草間が断を下す。
 可能な限り迅速に行動するが、必ずしも間に合うという保証はない。
 知らなければ、無用な心配をしなくて済む。
「すいぶんと優しいのである」
 戸口から響く声。
 見知った人物だ。
「すばる‥‥悪いんだけど‥‥」
「ふざけている暇はないのである」
 偏見に基づいて言いかけるシュラインを制して、すばると呼ばれた少女が言った。
 つかみ所のない口調はそのままだが、雰囲気は真剣そのものだ。
「愛と絵梨佳の現在位置が、もう一時間ほども動いていないのである」
 普段なら、べつに気にするようなことではない。
 喫茶店で無駄話をしているとか、図書館で勉強しているとか。
「なんでそんなことが判るの?」
「ふたりの上着にボタン型の発信器を仕込んでいたからである」
「だから、なんで仕込むのよ‥‥」
「秋葉原(アキバ)で買ったのである。小型なのでちょっと高かったのである。ちなみに値段は二九八〇円だったのである」
 誰もそんなことは訊いていない。
「どこで止まってるんだ?」
 草間が訊ねる。
「公園の公衆トイレである」
「案内しろ」
 時間を空費しているわけにはいかない。
 公衆便所に一時間も長居しているはずがないのだ。
「了解したのである」
「シュライン。ハイジと作倉は直でセンター街に向かわせろ。啓北は一度ここに寄らせてFTRを使わせるんだ」
「了解。私たちはハイエース?」
「俺がシルビア。シュラインとすばるがハイエース。ハイジが合流したらシルビアはあいつに任せよう」
 慌ただしく事務所を出る三人。
 草間夫婦の義妹である零が、緊張の面持ちで見送っていた。


 興信所から中島文彦への連絡はつかなかった。
 理由は、自称サラリーマンの青年が携帯電話を使用していたからである。
 そしていま、彼は渋谷へと向かっている。
 焦りという名の同行者とともに。
「無事でいてくれ‥‥」
 呟き。
 愛から受けていた電話は悲鳴とともに途切れた。
 悪戯をしているのでなければ、愛と絵梨佳は危機的な状況にあるということだ。いくら破天荒な恋人でも、こんな洒落にならない悪戯をするはずがないし、愛がそれに乗るはずもない。
 中島に逡巡はなかった。
 一秒の遅滞もなく手下どもに指令を飛ばし情報を集めさせ、彼自身も現場へと向かう。
 とにかくも情報がなければどうにもならない。
 自動車の中、親指の爪をぎりぎりと噛みしめる。
「‥‥おかけになった電話は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、かかりません‥‥」
 無機質な声が告げていた。
 もう何度かけたか判らない、恋人の携帯電話。
「頼む‥‥無事でいてくれ‥‥」
 祈りにも似た呟き。


 ワゴン車に連れ込まれ、上着をむしり取られた愛と絵梨佳は、べつに絶望したりしなかった。
 虎穴に入らずんば虎子を得ず。
 最初から予定の行動だ。
 彼女らの周囲には四人ほどの男。
 若い。
 どの顔も、まだ少年といって良い容貌だ。ただし、少年らしい溌剌さとは無縁である。
 嗜虐に濁った目。鼻や耳で鈍く光ピアス。
 だらしなく涎を垂らしているものもいる。
「ドラッグやってるわね。間違いなく」
 内心で愛が呟く。
 まともな神経の持ち主が、女性を連れ去り、乱暴し、全裸のまま路上に放置などするはずがない。たとえ集団心理が働いているとしてもだ。
 リスクが高すぎるのである。
 通常のレイプ事件に比較して、警察の追及だって厳しくなる。
「私たちをどうするつもりよっ!」
 絵梨佳が、誘拐犯たちを睨みつける。
 なかなか迫力のある姿だったが、少年たちは感銘を受けた様子もなく笑っていた。
「ひゅーひゅー 勇ましいねぇ」
「すっぱだかにひん剥かれても、その元気が続くかなー?」
「最後には泣いて謝るんじゃねー? 許してやらねーけどよー」
 口々にはやし立てる。
 サディストというものは、自分がこれからどのようなことをするか、言わないと気が済まない。
 それによって恐怖を誘うという狙いがあるからだ。
 しかし、愛も絵梨佳も恐怖など感じなかった。
 嘔吐しそうなほどの嫌悪感を再認識しただけである。
 こいつらが、あの優しかった先輩を犯し、ぼろぼろにしたのだ。精神的なショックで、未だに口もきけない先輩。
 絶対に、仇を取ってやる。
 だが、今はだめだ。
 車の中で暴れたところであまり意味がない。
 それに、こんな狭い車内で二人の女性を犯そすのは不可能だ。
 必ずアジトなりに根拠地なりに行くはず。
 そのときこそ、反撃のベルが鳴るときである。
 ちらりと視線を交わす少女ふたり。


 FTRを受け取った啓斗と北斗は、タンデムで現場に向かっていた。
 といっても、渋谷ではない。
 先発した怪奇探偵たちから、公衆便所のゴミ箱にあったのは二人の上着だけだという報告を、すでに受けているからだ。
「ワゴン車は品川方面にむかったらしい」
「了解だ!」
 後部座席の兄の声に、運転中の弟が応える。
 啓斗のインカムにはシュラインらが集めた情報が逐一はいってくるのだ。
 現在、巫と作倉がシルビアで、草間夫婦とすばるがハイエースで動いているらしい。
 愛と絵梨佳の携帯電話は捨てられたか壊されたか、いずれにしても連絡は付かない。かなり状況は悪いが、ハイエースに積み込まれたの残留熱量測定装置などを駆使して、なんとか足取りは追えている。
「まったく‥‥生兵法は大怪我のもとだ」
 啓斗の認識は苦い。
 絵梨佳にしても愛にしても、幾度か事件を解決したことで自信を持ってしまったのかもしれない。
 実際は、彼女らは側にいただけで、ほとんど何もしていないのだ。
 それを実力と勘違いしたら‥‥。
 と、啓斗のヘルメットに地図が投影される。
 ハイエースから送られてきたのだ。
「そうか‥‥なるほど」
「兄貴?」
「品川の倉庫街。急げ」
「了解っ!」
 ひときわ高い排気音をあげ、FTRが夜の街を駆ける。


「了解した。品川だそうだ」
 助手席に座った作倉勝利が告げる。
 言葉の前半はシュラインへの返答であり、後半は運転している巫灰慈に向けたものだ。
 黒のシルビア。
 草間興信所が有する社用車の中で、巫が最も気に入っている車体である。
「ハイエースとFTRの現在位置はどこだ?」
「どちらも急行している。だが、俺たちの到着がいちばん速いだろうな」
 送信されてきた地図を冷静に読みとりながら言う作倉。
 さすがに終電が過ぎている時間なので道は空いている。
「間に合うと思うか?」
 巫が訊ねる。
 あるいは、それは不安を言語化したしたものだったのかもしれない。
 絵梨佳たちとの連絡が不通になって一時間あまり。
 かなり厳しい状況だ。
「‥‥間に合わせろ」
 作倉の応えは淡々としている。
 もちろん彼は絵梨佳を心配していないわけではない。
 一緒に墓参にも行った仲なのだから。
 逡巡はすなわち失敗に通じる。いまは間に合わなかったときのことを考えるべきではない。
 悪い方へと思考を進めれば、行き着く先は最悪の結論しかなくなる。
「大丈夫だ。運の良い娘だからな」
「‥‥そうだな」
 ウィンドウを睨みつける。
 まるでそこに、誘拐犯たちが映っているかのように。


 一五人ほどの男どもに囲まれた愛と絵梨佳。
 倉庫街。
 下卑た笑いの合唱。
「自分で脱ぐか、それとも俺たちが脱がせてやろうか?」
「すぐによがらせてやるぜぇ」
「朝までには、使い物にならなくなるかもなぁ」
 口々にはやし立てる。
 注射器を持っている者がいるところをみると、こいつら全員ジャンキー(麻薬中毒患者)なのかもしれない。
「だーれがっ! アンタらの言うことなんか聞くかってのよっ!!」
 絵梨佳が中指を立ててみせる。
 なかなか下品だ。
 ただ、恐怖を感じていないわけではない。
 これだけの男に害意に囲まれて、怖くないはずがないのだ。
 元気さは、むしろ不安の裏返しである。
 互いの背中を守るように立つふたり。
 上着も携帯電話も奪われてしまったが、彼女たちは奥の手を用意している。
 ちいさなスイッチ。警視庁刑事部参事官の稲積警視正へ直通するSOSサイン。
 これを押せば、すぐに警察が駆けつけてくる。
 問題は、それまでの時間をどうやって凌ぐか、だ。
 彼女らが事態を甘く見ているとすれば、自分たちに時間稼ぎができると思っている点だったろう。
 そもそも、自分たちが拘束されていないことを疑問に思うべきである。
 いくら周囲を固めているとはいえ。
 これは、縛った女や意識のない女を犯してもつまらない、という事であろう。
 男たちは、狩りを楽しむつもりなのだ。
「ヒャッハァーっ!」
 奇声をあげて、男が突っ込んでくる。
 ひらりとかわす愛。
 否、かわしたつもりだった。
 白いブラウスが悲鳴を発して裂ける。
「きゃ‥‥」
 次々と襲いかかってくる男ども。
 故意に直接的な打撃は与えない。
 絵梨佳と愛の服を破損させるのが目的だ。
 みるみるうちにブラウスが引き裂かれ、スカートがぼろぼろにされる。
「く‥‥」
「なんなのよ‥‥」
 嬲るような攻撃に苛つき、同時に恐怖する。
 ふたたび伸びてくる手。
「こんのぉっ!」
 すばやくそれを掴んだ絵梨佳が、思いきり咬みつく。
 さすがは元気娘、と、いいたいところだがこの行動は上手くなかった。
 腕から血を流した男が、鬼の形相で強烈な蹴りを絵梨佳の腹に叩き込む。
「ぐ‥は‥‥」
 膝から崩れる少女。
 口角からごく微量の血があふれる。
 手加減なしの一撃だ。
 絵梨佳にしても愛にしても、殴られたことがないわけではない。
 だがそれは、手心を加えられたものなのである。
 女の腹や顔を本気で攻撃する。戦場では当たり前のことだが、普通の生活をしている範囲においては滅多にない。
 その滅多にないことを経験したとき、絵梨佳の勇気は潰えた。
 痛みと絶望。
 瞳の端に涙が溜まる。
「ぁ‥ぁ‥‥」
 意味不明の呟き。蹴られた腹を押さえて蹲ろうとする。
 が、男はそれすらも許さない。
 きれいに手入れされた髪を乱暴に掴み、むりやり引き起こす。
「ゃ‥‥ゆるし‥‥」
 言葉を最後まで発することはできなかった。二発三発と拳で頬を殴られたから。
 こういう相手なのだ。
 女性に対する禁忌など、とっくに捨ててしまっている。
 ぐったりとする少女の衣服を剥ぎ取る男。
 未成熟の、だが形の良い双丘が夜風に触れる。
 愛も似たような状態だった。数人の男に群がられ、下腹部を守る最後の一枚がむしり取られたところだ。
 男の手が絵梨佳の下半身へと伸びる。
 もうだめだ。やっぱりこんな、刑事の真似事なんかするんじゃなかった。
 無限の後悔。
 固く目を閉じて、絶望の瞬間を待つ。
 しかし、それは訪れなかった。
 かわりに優しく肩を抱かれ、ついで強く抱きしめられる。
 記憶にあるぬくもり。
 ゆっくりと目を開いた絵梨佳。その瞳に映ったのは、
「暁文さんっ!?」
「‥‥ばかやろう‥‥」
 不機嫌きわまる返事。
 愛しい男の肩が、ごくわずかに震える。
 間に合ったという安心と、怒りのために。
 ぼろぼろにされた大切な恋人の姿。顔が腫れるほどに殴られ、口から血が流れている。
「てめえがやったのか‥‥」
 突然現れた中島文彦‥‥張暁文に蹴り飛ばされ、地面に這い蹲っている男に投げかけた声。
 永久凍土を吹き抜ける烈風のように冷たい。
「その手で、絵梨佳を殴りやがったのか」
 返答を待つことすらなく火を噴く銃口。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 獣じみた悲鳴をあげ、男が転げ回る。
 右の手首から先が消失していた。
「その足で、絵梨佳を蹴りやがったのか」
 ふたたびの銃声。
 脛に穴を穿たれ、男がまた絶叫を発する。
「‥‥うるせえよ」
 三発目の銃弾は、男の頭を撃ち抜いた。
 なんの躊躇いもなく射殺したのだ。
 息を呑む絵梨佳と愛。それだけではない。男どもも異様な事態に立ちすくんでいる。
 冷ややかな目で、暁文が男どもを見つめる。
 右手に握られた自動拳銃。
 たったいま人を殺したばかりのそれが、薄い硝煙を立ち上らせていた。
「‥‥楽に死ねると思うなよ」
 淡々とした呟き。
 彼は、男どもを逮捕するつもりなど微塵もない。
 奴らは死に値するだけのことをした。
 立て続けに咆吼する拳銃。
 三人ほどの男が足を押さえて転げ回る。
 脛。いわゆる弁慶の泣き所を正確に撃ち抜かれたのだ。
 人間の体の中で、最も痛いとされている部位である。
 涙と涎と鼻水で顔をどろどろにする男たち。
「他人の痛みには鈍感でも、自分の痛みには弱いみたいだな」
 薄ら笑いすら浮かべた暁文が、一歩二歩と近づいてゆく。
 わっと悲鳴をあげて逃げ出す男ども。
 散り散りに。
 撃たれた仲間を見捨てて。
「どこに逃げて傷心を慰めるつもりだ」
 声は、暁文以外のもの。
 闇を切り裂く剣光。
 どさりと重い音を立て転がる、若者の腕。
「ゴミは、ちゃんと燃やさねぇとな」
 さらに別人の声。
 同時に発火する男の身体。
 金剛力士のように立ちふさがっていたのは、作倉と巫だ。
 別の方向にはシュラインとすばる。啓斗と北斗が立っている。
 男どもは、完全に包囲されていた。
 怒気を孕んで、夜の空気が揺れる。


 それは戦いと呼べるようなものではなかった。
 一方的な暴行である。
 シュラインは暁文‥‥中島のように「殺してやる」などと宣言はしなかったが、多くの女性たちを蹂躙し、あまつさえ大切な友人を犯そうとした野獣どもを無事に逃がしてやるほどの偽善者ではなかった。
 啓斗や北斗、巫や作倉にしても同じである。
 殺さないにしても、死ぬ寸前まで追い込んでやるつもりだった。
 すばるだけは少しスタンスが違っていて、仲間が暴走しすぎないようにさりげなくフォローしている。
 あるものは腕を切り落とされ、あるものは数カ所に渡って骨を折られ、またあるものは両目を抉られ、今後の社会生活が困難なほどのダメージを与えられて地面に転がる。
「勘弁してください‥‥助けてください‥‥」
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、リーダー格の男がシュラインの足元にひざまずいた。
 アンモニア臭がただよっているのは、失禁でもしたからだろう。
 冷ややかに見下ろす蒼眸の美女。
 やがてその唇が言葉を紡ぐ。
「あなたたちがいままで犯してきた女の子たちも、そうやって許しを請うたはずよね? そのとき、あなたたちはどうしたの?」
 辛辣きわまる問い。
 男どもは被害者の哀願を聞き届けただろうか。
 然らず。
 嗜虐心をそそられ、よりいっそうの暴行を加えたはずである。
「‥‥‥‥」
 沈黙する男。
 その沈黙こそが罪の証だ。
「だから、私も助けない」
 宣告。
 むしろ優しげに。
 絶望のあまり気が違ったのか、奇声をあげてシュラインに襲いかかる男。
「汚ねぇ顔で俺の女房に近づくんじゃねえ」
 拳銃が火を噴き、男の右肩を撃ち抜く。
 草間だ。
 この日最後の流血が、どくどくと地面を汚す。
 結局、二〇人近くいた男どもは一人を除いた全員が重傷を追い、残った一人は怪我や病気とは縁のない世界へと旅立った。
 怪奇探偵にしては粗野な幕切れである。
 が、もちろん、彼らが罪に問われることはない。
 暴行犯たちとは違う意味で、あるいは遙かに、怪奇探偵はダーティーなのだ。
 警察上層部と内閣が、彼らの罪を隠蔽してくれるのだから。
 それに、暴行犯たちは覚醒剤をもっていた。暴行された女性たちにも覚醒剤を使用された痕跡があった。
 歌舞伎町に蔓延したものと同じ種類のものだ。
「‥‥もっと根が深いのか‥‥この件は‥‥」
 啓斗が呟く。
 停滞する風が、いつまでも血の臭いを漂わせていた。



  エピローグ

 珍しく気を遣った北斗が、愛の身体にコートを掛けてやる。
 それを横目で見ながら、作倉が絵梨佳へと近づいた。
 お説教をしてやるつもりだった。
 浅はかな考えで自分の身を危険にさらし、友人たちをこんなに心配させて。
 ふと、その足が止まる。
 後ろからマフラーを引っ張られたのだ。
 かなり強く。
 窒息してしまうだろうが、と、文句を言おうとして振り返ると、巫とマフラーの先端を手に持ったすばるが立っていた。
 苦笑しながら指さしている。
 絵梨佳と中島を。
「‥‥そうか。なるほど」
 得心したように作倉が頷いた。
 ここは自分の出る幕ではなかろう。
「ったく‥‥ばかやろうが‥‥」
 中島が言う。
「ごめんなさい‥‥ごめんなさい‥‥」
 泣きじゃくる絵梨佳。
 いまさらのように恐怖がこみあげているのだろう。
 茶色がかった髪を撫でる中島の手。
 つい先ほど、男に乱暴に掴まれた髪を。
「‥‥ばかやろう」
 どんな辞書にも、馬鹿という言葉は褒め言葉として載っていない。
 だがこのとき青年の言葉は、世界中のどんな辞書の中にある言葉より優しく。
 そして、温かかった。











                     おわり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0554/ 守崎・啓斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・けいと)
0568/ 守崎・北斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・ほくと)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
2748/ 亜矢坂9・すばる /女  /  1 / 特務機関特命生徒
  (あやさかないん・すぱる)
0213/ 張・暁文     /男  / 24 / 上海流氓
  (ちゃん・しゃおうぇん)
2180/ 作倉・勝利    /男  /757 / 浮浪者
  (さくら・かつとし)

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■         ライター通信          ■
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大変お待たせいたしました。
「穢れた街」おとどけいたします。
いやあ、今回は難産でした。
ちょっと変わった書き方に挑戦しましてー
描写しているシーンと語られているシーンを違うものにして、同時に進行そのものを速くしようとか考えたんですが。
やりなれないことをすると、自分で混乱してしまいますねー
さて、なかなかハードなストーリーでしたが、楽しんで頂けたら幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。