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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ティーポットは寂しがる


●序

 草間興信所に、青年が訪れていた。名を、朝武・洋太(あさたけ ようた)というらしい。ともかく、興信所のソファに座り、ぐしぐしと泣き続けている。
「……で?気付いたら、友達に売られていたと」
「そうなんですっ!お、俺のティーポットを、勝手に……」
 洋太はそう言うと、まだ濡れているハンカチでごしごしと涙を拭った。
 洋太によると、先日友人が部屋に泊まりに来た時、洋太のティーポットを貸して欲しいと言ってきたそうだ。それで仕方なく貸してやり、返して欲しいと頼んだら、全く違うティーポットが返ってきたというのだ。
「あいつ、間違えて俺のティーポットをフリーマーケットで売るなんて!」
「ティーポットくらい、何でもいいじゃないか。使えりゃいいんだし」
 草間は欠伸をしながらそう言った。どうでもいい、というのは心からの言葉だ。
「違いますよ!……繊細で、寂しがり屋で」
「……は?」
「友達に貸す時だって、あいつの彼女が来るから見栄を張りたいんだよって必死で説得したんですから!」
「……ちょっと待て」
 ヒートアップする洋太の言葉に、草間はストップをかける。
「ティーポットの話をしているんだよな?」
「そうですよ?」
 当然のような顔をする、洋太。
「何で繊細とか寂しがり屋とか言うのが出てくるんだ?それとも何か?そのティーポットはそういう感情を持っているっていうのか?」
「そうですけど?」
 当然のように頷く洋太に、草間はがっくりと肩を落とした。普通の探し物依頼だと思っていたのに、結局こういう路線なのか、と。
「……とりあえず、特徴を教えてくれるか?」
「そうですね……。外見は丸くて、白くて……ほら、ちょうどこんな感じです」
 洋太はそう言いながら、丸くて白いティーポットを取り出した。友人が間違えて売ってしまった代わりに買ってきたものだろう。
「中身は全然違いますけどね」
 ふっと遠くを見ながらそう言う洋太。草間は再びがっくりと肩を落としてしまった。
「……大体、なんでそんな不思議なティーポットを持っているんだよ」
「一年位前に、アンティークショップで買ったんです。おいしい紅茶が飲めるし、寂しくなくなるよって言われて。ティーポットも俺の事を気に入っている、て言ってたし」
 アンティークショップ、と聞いて再び肩を落とす。本日三度目である。
「ともかく、お願いします。俺、早く慰めないと……」
 洋太の言葉に、草間は大きなため息をつきながら「はいはい」と声を低くしながら応えるのであった。


●集

 草間興信所に集まったのは、四人の女性だった。女性ばかり四人。草間興信所に花が咲いたかのようだ。
「……そんなに泣いてたの?ちょっと見てみたかったかも」
 くすくすと大和・鮎(やまと あゆ)は笑いながらそう言った。ここに咲いた花は、中々にして手厳しいらしい。
「人様が愛用しているものを勝手に売るなんて、すっごい酷いと思います!」
 海原・みなも(うなばら みなも)ぐぐぐ、と拳を握りながら力説する。こちらの花は、中々にして勇ましい。
「じゃあ、受けるんだな。まあ、よく受ける気になるなというか何と言うか」
 草間はそう言いながら苦笑し、煙草に火をつける。それを見て、ササキビ・クミノ(ささきび くみの)は「ふん」と鼻で笑う。
「そんな話を私にしたのは草間だ。大体、受けなければ話にならないだろう?」
「言われちゃったわね、武彦さん」
 がくっと肩を落とす草間に、シュライン・エマ(しゅらいん えま)が苦笑しながら慰める。ぽん、と手を肩に置きながら。
「そうそう。草間さんのとこなんだから、普通の探し物じゃなかったのは諦めた方がいいわよ」
 鮎はそう言い、フォローする。否、フォローからは程遠い。他人事だと思っているから、仕方ないと言えば仕方が無い。
「まあ、この興信所の財政のためにも、どんな仕事でも受けて貰わないと困る訳だけどね」
 シュラインはそう言いながらにっこりと笑った。興信所事務員もこなす彼女の言葉は、時に重い。
「にしても、その友人には少々不審があるんだが……」
 ぽつり、とクミノは言葉を漏らす。それを聞きつけたみなもが、またもやぐっと拳を握る。
「ですよね、酷いです!彼女に自慢する為のものを売るだなんて、おかしいです」
「借り出し理由と出品経緯について、詳細に聞かなければならないな」
 クミノとみなもは、互いに顔を見合して大きく頷いた。互いの意見が、合致した瞬間である。
「それで、そのティーポットの見本と言うか……写真みたいなものはないの?」
 鮎が草間に尋ねると、草間は「そうだなぁ」と呟きながら机の中からティーポットを取り出す。洋太の置いて帰った、友人が代わりに与えたティーポットだ。
「これが、結構近い形をしているそうだ」
「それ、似顔絵というか……似ティーポット代わりになるわね」
 鮎は感心しながら、それを手にとった。
「それで、武彦さん。彼の友人はどこにいるの?」
 シュラインが尋ねると、草間は一枚の地図を取り出した。その一角に大きく赤で丸をしてあり、住所と名前が書いてある。加鳥・龍(かとり りゅう)と。
「ここに、既に彼は行っているそうだ。ちゃんと皆が行くまで捕まえておくから、いつでも来てくれだそうだ」
「ナイスです、朝武さん」
 みなもはにっこりと笑い、ぐっと親指を立てる。
「じゃあ、すぐにでも向かおう。事によっては、長い話になるからな」
 クミノはそう言い、大きく頷く。一体、何を話しさせる気なのか、それは誰にも分からない。
「そうだわ。ついでにゴーストネットにも書き込みしておくわね」
 シュラインはそう言い、パソコンでゴーストネットにアクセスする。そして件の書き込みを手早くし、何か情報を得たら興信所に連絡が欲しい、と付け加えた。
「ごめんなさい、待たせたわね」
 シュラインがそう言うと、三人は揃って首を振った。
「それじゃあ改めて、行きましょう!」
 みなもは気合たっぷりにそう言った。鮎は頷き、洋太の置いて帰ったティーポットを袋に入れ、手に持った。
「頼むから、事件だけは起こさないでくれよ」
 出発しようとする四人の背中に、草間は声をかけた。怒っているみなもと、釈然としていないクミノの二人が、どうにも気にかかるようだ。
「大丈夫よ、草間さん。いざとなったら、警察の目くらい眩ませて見せるから」
 笑顔の鮎。草間は「いやいや」と突っ込みを入れ、シュラインに目を向けた。頼れるのはシュラインだけだ、と言わんばかりに。
「まあ、大丈夫じゃないかしら?」
 苦笑しながらシュラインはそう言い、ひらひらと手を振って興信所を出ていってしまった。
 後に残された草間は、ただただ穏便に進むように祈るのであった。


●友人宅

 龍の家は草間興信所からそんなに遠くもなく、徒歩で15分程度の場所にあった。その道中でも、みなもとクミノの会話は続いていた。
 何故、人のものを勝手に売ってしまっているのか、と。
「まあまあ、二人とも。落ち着いて話をしましょうね」
 シュラインはそう言ってなだめると、一瞬だけ収まる。そして普通に話していただけなのに、気付けばヒートアップしているのだ。
「まあ、仕方ないんじゃない?悪いのはその人だし」
 鮎はくすくすと笑っている。なんとかなる、と言いながら笑っている辺り、他人事だと思って楽しんでいるようだ。
 そうこうしていると、龍の家に辿り着く。クミノとみなもは目配せし、こっくりと頷いてからみなもがチャイムを押した。ピンポン、という音が響き渡る。
「草間興信所のものですけど」
「ああ、ちょっと待って下さい」
 声が中からかかり、ちょっとしてからドアが開いた。出てきたのは、どこにでもいるような青年である。
「加鳥さんですか?」
 みなもがぐいっと詰めより、尋ねた。出てきた青年はびくつきながらも「ああ」と答える。彼こそが、加鳥・龍なのだ。
「たくさん聞きたいことがあります。たくさん……」
 クミノが呟き、じろりと睨みつけた。龍は苦笑しながらも、皆を部屋に上がるように勧めた。四人は顔を見合わせ、こっくりと頷いてから部屋へと上がった。
 部屋には、洋太の姿があった。草間に言っていた通り、龍を逃がさないように捕まえていたのであろう。
「皆さん、どうも今日はお疲れ様です」
 何となく涙目で、洋太はぺこりと礼をした。そして全員が部屋に座った途端、クミノが口を開いた。
「で。何故勝手に出品したのだ?」
「……へ?」
「『へ?』じゃないですよ!人から借りたものを勝手に売るなんて、何考えているんですか!」
 みなもも随分とご立腹だ。まあまあ、とシュラインが宥めるものの、あまり意味をなしていない。
「あれは……まあ、俺のミスと言えばミスなんだけど」
 いまいちはっきりしない、龍。それに対してクミノとみなもの視線が、さらに厳しくなる。
「女性の関心を引く為との事ならば、ポットの特性を知るが故借りた訳だ。そんな特殊で代替物の存在しない他人の所有物を、どうして売却などできたのだ?」
 クミノは龍をじろりと見ながら尋ねる。尋問のようである。
「彼女に自慢する為のものを売るなんて、なんかおかしいと思います」
 みなもはそう言い、拳をぎゅっと握り締める。返答によっては、投げ飛ばすつもりでいるらしい。
「あの時、フリーマーケットに出す物を準備しておくように、親に言われててさ」
 龍はがしがしと後頭部を掻きながら、口を開く。
「フリーマーケットに出す物の袋を置いていたんだ、ここに。で、俺はその時たまたま用事があったから、勝手に部屋に入って持っていっていいって言ったんだ」
 龍の言葉に、洋太は大きく溜息をつく。
「その時、ティーポットは僕に返す為に、袋に入れていたみたいなんです」
「まさか……加鳥さんの親は、そのティーポットの袋も、フリーマーケットに出すものだと思ってしまったって事?」
 鮎が苦笑を交えつつ尋ねると、龍はこっくりと頷いた。それと同時に、再び洋太の目に涙が浮かぶ。
「美味しい紅茶を入れる事ができるティーポットだって聞いてたけど、あのティーポットの種類がそういうものなんだと思っててさ。慌てて似たようなものを買い直したんだ」
「そのティーポットだけが持つ、特性だとは気付かなかったのね」
 シュラインはそう言い、苦笑した。特に悪意を持って、それこそ計画して売り飛ばした訳では無さそうである。龍自身には全く悪気は無く、寧ろ悪い事をしてしまったと思って買い直したのだから。
「それで、その買っていった人の特徴とかは分からないの?」
 鮎が尋ねると、龍は「女の人だとは聞いたけど」と口を開く。
「20代後半の、綺麗なチャイナドレスの女の人とは聞いたんだ。だけど、連絡先も聞いてないし、他にもたくさんの人を相手したから、それくらいしか覚えてないって言ってて」
 龍はそう言い、溜息をついた。
「じゃああたし、フリーマーケットの主催者さんに聞いてみます」
「あ、私も行くわ。フリマって、意外と癖になるから常連かもしれないし。加鳥さん、教えてくれる?」
 みなもの言葉に、鮎が賛同した。問われた龍は、こっくりと頷く。
「じゃあ、私は紅茶関連の店とかに聞きに行こうかしら?」
「私も行こう。ついでに、朝武さんの呼びかけもあるといいかもしれないし」
 シュラインの言葉に、クミノが賛同する。勝手に洋太も計画のうちに入ってしまっている。
 四人は互いに頷きあい、二手に分かれてティーポットの捜索に当たるのであった。


●フリマ

 シュラインとクミノは、洋太と共に紅茶専門店に来ていた。一歩店を入れば、紅茶の良い香りが全身を包み込み、癒される。
「懐かしいな……よく、この店に買いに来たっけ」
 ははは、と遠くを見ながら洋太は呟いた。ここは洋太もよく通っていた、紅茶好きならば誰でも知っている店のようである。
「朝武さんみたいに、紅茶が好きな人ならこの店には足を踏み入れる筈よね」
 シュラインは感慨にふける洋太に苦笑を向け、そう言った。クミノは「ふむ」と小さく呟きながら頷く。
「確かに、美味しい紅茶を入れられるティーポットには、茶葉は不可欠だからな」
 シュラインはクミノの言葉に頷き、カウンターへと向かう。
「すいませんが……これをレジの辺りに置いてもらってもいいですか?」
 そう言いながら、シュラインはレジカウンターの店員に紙を渡した。ティーポットの写真に、「寂しがり屋のポットの行方を探しています」という文句のついた小さなポスターである。連絡先は草間興信所になっている。
「はい、いいですよ。……寂しがり屋のポット、ですか」
「それで、分かると思います」
 シュラインが店員に頼んでいる間、クミノは洋太と待っていた。
「……にしても、随分と粗忽だな」
「何が、ですか?」
「フリーマーケットに出すものと一緒においてしまった加鳥氏と、そのような友人に貸してしまった……」
「僕、ですか」
 こっくりと頷くクミノに、がくっと洋太は肩を落とした。クミノは「まあ……」と言葉を続ける。
「過ぎてしまった事は仕方が無い。それよりも、今は有益な情報が欲しい。そのティーポットは、何か自分から行動を起こせられるのか?」
「行動、と言うのは……?」
「例えば、動いたりはできるのか?」
「いえ、それはティーポットですから、足は無いし」
「では、ただ感情があるだけなのか?」
 クミノの問いに、洋太は「うーん」と暫く考え込む。
「……ああ、そういえば。一度、蓋を開けてくれないことがありましたね」
「蓋を?」
「ええ。何でも、ダージリンだけは嫌って言って」
 洋太の言葉に、思わずクミノは絶句する。
「……何故?」
「さあ……?」
 繊細で傷つきやすいティーポットの判断基準は、いまいち良く分からない。
 クミノは一つ溜息をついてから、店員に礼を言うシュラインのところに行く。そして、シュラインが手渡したポスターの最後に「壊れていないのに蓋が開かないティーポットも探しています」と書き加える。
「蓋が開かない?」
「異郷にいったティーポットは、唯一の反抗手段を駆使するだろう、と思ってな」
 クミノの言葉に、シュラインは頷いた。おおよその事が、判断できたのであろう。
「さて、次はどうする?持ち主による呼びかけをするか?」
 クミノがそう言うと、シュラインはしばらく考えた後に「そうねぇ」と言いながら口を開いた。
「ねぇ、朝武さん。ティーポットはアンティークショップで買ったって言ってたわよね?」
「ええ」
「それって、アンティークショップ・レンじゃない?」
 シュラインの問いに、クミノは一瞬はっとしたような表情になり、次に洋太を見つめた。洋太は「ええ」と言いながら頷く。
「知っているんですか?アンティークショップ・レンを」
「……なるほど、そういう事か」
 納得したようなクミノに、いまいち理解していない洋太が「え?」と問いただした。
「蓮さんのところで買ったのならば、蓮さんは朝武さんの知らないような情報も持っているかもしれないわ。それに……」
「そんな奇妙なティーポットを、再び売りに行く輩がいるかもしれないしな」
 シュラインの言葉を続けたクミノに、洋太は小首を傾げる。
「奇妙な……奇妙……ですかねぇ」
 自覚はあまりないらしい。
「ともかく、蓮さんのお店に行ってみない?」
 シュラインの問いかけに、クミノはこっくりと頷いた。
「もしかしたら、ティーポットとご対面になるかもしれないしな」
 クミノの言葉に、一人洋太だけが喜んだ。その後にクミノが付け加えた「そんなに上手くはいかないだろうが」という言葉も耳に入らないようであった。


●再会

 アンティークショップ・レンの前にみなもと鮎、そして龍が辿り着くと、同じようにシュラインとクミノ、そして洋太が辿り着いてきていた。
「あら」
「結局、行き着くところは同じだったんですね」
 軽く驚くシュラインに、みなもは苦笑しながらそう言った。
「まあ、ありえない話じゃないわね。結果として同じ場所に辿り着いたって事は、これが正解だったとも言えるし」
 鮎はそう言い、皆に向かって「ね?」と笑いかける。
「つまりは、最終的にはここに集結すると言う事は、至極当然だったと言う事だな」
 クミノがそう言うと、皆頷く。
「ともかく、蓮さんに聞いてみましょう」
 シュラインはそう言いながら、ギイ、と重く鳴り響くドアをあけた。そして、薄暗い店内に向かって「蓮さん、いるかしら?」と尋ねた。
 店内には先客がいた。しかも、見知った顔のセレスティ・カーニンガム(せれすてぃ かーにんがむ)と月宮・奏(つきみや かなで)である。
「皆さん、どうなされたんです?」
 セレスティが尋ねると、クミノが「依頼だ」と短く答えた。
「草間が受けた依頼の、手伝いだ」
「セレスティさんと奏さんは、何をしてるんですか?」
 みなもの問いに、奏が「それは」と口を開いた。
「私達も依頼。草間じゃなくて、アトラスから」
「アトラスって事は、碇編集長ね。お疲れ」
 鮎がにっこりと笑いながら、ひらひらと手を振った。
「私達は、寂しがっているティーポットを探しているの。ほら、ここにいる朝武・洋太さんの友人である加鳥・龍さんの手違いでね……」
 シュラインがそこまで言うと、セレスティと奏は同時に立ち上がった。
「寂しがっているティーポット、ですか?」
「しかも、朝武さんって言った?」
「え、ええ」
 二人の様子に驚きながら、四人は顔を見合わせながら頷いた。名前の出た洋太は、不安そうに首を傾げている。それを見て、くつくつと蓮が笑い出す。
「なるほど、こういう縁もあるもんだね」
「どういう事だ?」
 クミノが尋ねると、蓮は机の上に置いてあるティーポットを指差しながらにやりと笑った。
「こう言う事さ」
「ああ!」
 シュライン達は同時に声を上げ、その中でも洋太はよりいっそう大きな叫び声をあげ、ティーポットの元に駆け寄った。
「ごめんよ、寂しい思いをさせて!」
「良かったわねぇ。感動の再会だわ」
 鮎がぱちぱちと手を叩きながらそう言った。その言葉に、思わず他の皆もぱちぱちと手を叩いた。
「それにしても、お二人はどうしてティーポットと一緒に、ここにいたんです?」
 みなもが尋ねると、セレスティと奏は顔を見合わせて笑い合う。
「ここにいる、宇部・桃子(うべ とうこ)さんからアトラスに依頼があったんですよ」
「夜泣きするティーポットがあるんだけど、どうすればいいかって」
 セレスティと奏は交互にそう答えた。
「蓋も開かなくなったし、どうしていいのか分からなくて」
「やはり、蓋が開かなくなったのか」
 付け加えられた桃子の言葉に、クミノが納得したように呟きながら頷いた。
「正当な持ち主じゃなかったからですかね?」
 少しだけ寂しそうに桃子が言うと、それまでじっとティーポットと見詰め合っていた洋太が「いや」と口を開いた。
「もしかして、宇部さんはダージリンを入れようとしませんでした?」
「え?……ええ」
「そういえば、ダージリンは嫌がったって言っていたわね」
 シュラインが言うと、洋太はこっくりと頷いた。
「だから、どうしても蓋を開けたくなかったみたいなんです」
「そういえば、俺……ダージリンを入れた気がする」
 ぽつり、と龍が呟く。それに対し、じろりと洋太が睨んだ。
「でも、どうして?ダージリンを入れようとしたからって、どうして蓋を開けさせないようにしたの?」
 鮎が小首を傾げながら言うと、ティーポット自身が言葉を発し始めた。
『……私の前の持ち主が、ダージリンが好きな人だったから』
「その人は、どうなったんですか?」
 みなもの問いに、ティーポットは自嘲を含んだように答える。
『死んだ。交通事故で』
 皆が一瞬沈黙する。ティーポットはゆっくりと語り始めた。
『私でダージリンをいれて、それを飲んで……交通事故に遭ってしまった。だから、私は怖くなったんだ』
 再びダージリンをいれ、それを飲んで交通事故に遭ってしまったら。ティーポットはそう思ってしまったのだ。
『加鳥がダージリンを入れた後、とても気が気じゃなかった。もし事故に遭っていたらどうしようって』
 はらはらしていた中、別の場所に移動させられてしまった。その事により、ティーポットの不安はより一層掻き立てられてしまったのだ。
『また次に辿り着いた所でも、ダージリンをいれようとしたから。どうしてもそれを止めたかった』
「だから……蓋を開けなかったんだ……」
 奏はそう言い、そっとティーポットを撫でた。
「言ってくれたら良かったのに……」
『言っても信じてくれなかったら、と思ってしまって』
 桃子の言葉に、ティーポットは少しだけ恥ずかしそうにそう答えた。
「でも、良かったですね。原因さえ分かればそれを避ければいいだけですし、加鳥さんも無事だと言う事が分かりましたから」
 セレスティがそう言うと、ティーポットは頷いたようだった。
「しかし、いつまでもそのような思いに囚われるのは残念だな」
 クミノはそう言い、小さく「ふむ」と呟いた。
「そうよね、ダージリンって美味しい紅茶だし」
 鮎も同意する。すると、シュラインは「それなら」と言いながらにっこりと笑った。
「今からダージリンをいれて、みんなで飲まない?それで、絶対大丈夫だって言う保障をつけちゃうの」
「それ、いい考えですね!皆で飲みましょう」
 みなもが嬉しそうに賛成した。
「じゃあ、私がいれるよ。私、いれるの得意だし」
 奏が、紅茶を入れる事に立候補した。
「茶葉ならあるから、好きに使ってくれていいよ」
 蓮はそう言い、奏を台所に案内した。
「美味しい紅茶を飲みたいと思っていましたから、光栄ですね」
 セレスティはそう言い、微笑んだ。見れば、皆口元をほころばしている。
「ああ、そうだ。ティーポットについていかなくていいのか?」
 クミノが洋太にそう言うと、洋太は「あ」と声を上げ、台所に向かっていった。恐らくは、ティーポットはまだ怖がっているだろうから。
「私、嫌われていたわけじゃなかったんですね」
 ぽつり、と桃子は呟いた。その呟きに対し、その場にいる全員がにこやかに頷くのであった。


●後日

 草間興信所に、再び四人は集結していた。一連の出来事を、報告書として一つにまとめるためである。
「それにしても、あの紅茶は本当に美味しかったわね」
 鮎がふと、あの時飲んだダージリンの味を思い返しながら呟いた。
「本当ですね。あんなに美味しい紅茶がいれられるとは、思わなかったです」
 みなもはそう言い、うっとりと思い返した。
「月宮さんがいれるのが上手いのも手伝って、最高だったな」
 クミノも思い出したのか、ふと呟く。
「おいおい、ここにだって上手いコーヒーがあるだろう?」
 悪戯っぽく笑いながら草間がそう言うが、三人の耳には入らなかったようだ。軽く無視されてしまった。
 シュラインが少しだけ寂しそうな草間の肩を、ぽんと叩いた。
「この興信所にも、美味しい紅茶が入れられるティーポットを置けばいいじゃない?」
「そんな予算は何処にも無いぞ?お前が一番よく知っているんじゃないのか?」
 草間にそういわれ、呆気なくシュラインは「それもそうね」と答えた。それはそれで寂しい気がすると草間は思うが、あえて口には出さなかった。
「それで、あのティーポットは朝武さんの元に帰ったんですよね?」
 みなもの問いに、鮎が「そうそう」と頷く。
「宇部さんには、代わりに加鳥さんが買ってきたティーポットをあげたのよね」
「でも、確か宇部さんは朝武さんの所に通っているんじゃなかったか?」
 クミノは皆に問うた。
 美味しい紅茶を入れられるティーポットで紅茶を飲むために、どうやら桃子は洋太の所に通っているようなのだ。
「なんだか、恋の予感な気がするわね」
 シュラインが言うと、他の三人もこっくりと頷く。
「じゃあ、恋のキューピットって事ですか?」
「ティーポットがか?」
 みなもの言葉に、ふと小首を傾げるクミノ。
「なんでもいいじゃない!めでたいんだし」
 鮎はにっこりと笑い、うんうんと大きく頷いた。
「……いいから、さっさと報告書を書いてくれ」
 ちっとも筆の進まない四人に向かい、草間はそっと呟く。すると、シュラインが悪戯っぽく笑いながら口を開く。
「あら、こういう小さな事も大切なのよ?武彦さん」
 草間はそれを聞き、何もいえなくなってしまった。
 結局、無事に報告書が出来上がったのは、それから5時間後の事だったという。

<気合の入った報告書が出来上がり・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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「ティーポットは寂しがる」(草間興信所)
【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 1166 / ササキビ・クミノ / 女 / 13 / 殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない 】
【 1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生 】
【 3580 / 大和・鮎 / 女 / 21 / OL 】

「ティーポットは夜泣きする」(月刊アトラス編集部)
【 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
【 4767 / 月宮・奏 / 女 / 14 / 中学生:癒しの退魔師:神格者】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「ティーポットは寂しがる」にご参加いただき、本当に有難う御座います。
 この話は、月刊アトラス編集部依頼「ティーポットは夜泣きする」と並行している話になっており、一部交わっている部分があります。ずっとやってみたかった形に近いものをやらせていただきました。結論が近くにありそうなのに、なかなか届かないようなものがやりたかったのですが、如何だったでしょうか?
 シュライン・エマさん、いつもご参加いただき有難う御座います。アンティークショップという言葉に注目していただき、さらにレンだと気付いてくださって嬉しいです。気付くかなぁとどきどきしていたもので。
 余談ですが、シュラインさんが紅茶店やゴーストネットに頼んだものは、草間によってちゃんと回収されたようです。別の不思議なティーポットの問い合わせがあったとか無かったとか。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。