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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


ティーポットは夜泣きする


●序

 アトラス編集部に、一つのティーポットを持った少女が現れた。宇部・桃子(うべ とうこ)というらしい。
「で?それが先日電話で話していたティーポットなの?」
 麗香はそう言いながら、紅子の持ってきたティーポットを見た。真っ白い丸い形は、なんとも言えず可愛らしい。
「これで紅茶を入れるとおいしいって、聞いたんです。お値段も、安かったですし」
「へぇ。いくら?」
 麗香の問いに、桃子は少しだけ照れたように笑う。
「……100円です」
「それは安いわね」
 桃子の言葉に納得したように頷き、麗香はそっとティーポットに手を伸ばす。蓋の部分を開けようとし、そして諦めた。
 開かないのだ。びくともしない。
「……ただ、開かないだけじゃないんだったわね?」
「ええ」
 桃子は頷き、そっとティーポットのボディを撫でる。
「本当に、聞いていて切なくなる声なんです。だから、何とかしてあげたくて」
「分かったわ。……三下君」
 麗香が呼ぶと、三下は「はいっ!」と恐怖が少しだけ混じったような声をあげながら、勢いよくやってきた。
「な、なんでしょう。……さっきの原稿、実は没なんですか?」
「あれはもうあれでいいわ、仕方ないから」
「……はあ」
 溜息までつかれてしまうと、三下の悲しみが増長した。
「このティーポットの取材をしてくれる人員の募集をしておいて」
「これ、ですか?普通のティーポットに見えますけど」
 三下は眼鏡を動かしながら、じっと白いボディを見つめた。桃子は苦笑し、そっと口を開く。
「このティーポット、夜泣きするんです。哀しそうに、寂しそうに。蓋も開かないし、どうしたらいいかと思って」
 桃子の言葉に、最初は「ひっ」とか言っていた三下だったが、暫くして「そうですねぇ」と呟いてからそっと口を開く。
「口の部分から、水を入れてみたらどうですか?」
「三下君、やっぱりさっきの原稿没。書き直し」
「ええ!何でですか!」
「阿呆は放っておいて。……それで、そのティーポットはどこで買ったの?」
 麗香の問いに、桃子は「あ、はい」と言ってから口を開いた。
「露店のお兄さんから買ったんです。駅前の、ガードレール下の」
 桃子の言葉を聞き、麗香は「ふうん」と言いながら艶やかに笑うのであった。


●集

 アトラス編集部には、セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ かーにんがむ)と月宮・奏(つきみや かなで)が名乗りをあげていた。
「美味しい紅茶を淹れる事が出来ないのは、ポットの役目としては果たせていませんね」
 目の前に置かれたティーポットを見つめ、セレスティは「ふむ」と呟く。
「事情を、聞いてみるといいかもしれないね。……聞いてみようか?」
 奏はそう言うと、ティーポットをそっと手に取った。白く丸いボディは、ひんやりと奏の手にフィットする。
「……可愛いね、これ」
「そうなんです。私、その可愛さに惚れちゃって」
 奏の言葉に、にこにこと笑いながら桃子は同意した。奏はにこ、と笑い返し、ティーポットに心で呼びかける。聞こえるのならば、分かるのならば、答えて欲しいと。
 だが、返事は無い。
「……どうですか?」
 セレスティの問いに、奏は黙って首を振った。
「まだ夜じゃないからかもしれない」
「そうですね。夜になると、泣くという事ですから」
 セレスティはそう言い、ふと気付いたように口を開く。
「夜という認識ができるのなら、時間感覚はあると思います。そして泣くという事ができるのですから、意志を持つものなのでしょうか?それとも、中に誰か閉じ込められているのでしょうか?」
「私は、意志があるんだと思う。何となく、だけど」
 奏はそう言うと、そっとティーポットを机に置いた。夜にならねば話ができないのならば、こうしてずっと持っている必要は無い。
「デザインから、いつ位に制作されたものなのかを調べる事は可能だと思うのですが」
 セレスティはそう言うと、じっとティーポットを見つめた。
「……と言っても、これは最近ですね。そんなに古いものではありませんね」
「形にそこまで特徴がないしね」
 セレスティの言葉を、奏が続けた。
 ティーポットは白くて丸い、探せばどこにでもありそうな形なのだ。裏をひっくり返しても見ても、何もサインなどの類はない。
「普通、何かしらのサインはあるんですが……」
 セレスティはそう言い、苦笑した。外見で分かるのは、これが近年に作られ、売られたという事だけだ。それ以外にヒントらしいヒントはどこにも無い。
「これは私の予想だけど、売られていたのが露店なら、元々の持ち主がいるんじゃないかなって思うんだ」
「そうですね。その人を恋しがっているのかもしれませんね」
「そうすると、話を聞くのが一番早いんだけどね……」
 奏はそう言ってティーポットを見つめた。夜にならなければ話が出来ないのが、なんとも口惜しい。
「経歴を読み取る事は、可能だとは思うのですが」
 そんな中、ぽつり、とセレスティが口を開いた。
「経歴って……このティーポットの、前の持ち主の事とか?」
「やってみなければ何ともいえませんが、このティーポットがティーポットとしての役割を果たしていた時があるかどうかくらいは分かると思います」
 セレスティはそう言い、そっとティーポットに触れる。そうする事で、ティーポットの経てきた経歴を知ることができるのだ。
 目を閉じたセレスティの脳裏に浮かんできたのは、暖かな紅茶をその身に宿すティーポットの姿であった。香りの良い湯気と、柔らかな紅色。映像だけなのに、香りや味まで分かりそうな気がするまで。
「……確かに、ティーポットとして使われていたようですね」
「それで、前の持ち主は?」
「それは残念ながら」
 奏は「そっか」と答え、じっとティーポットを見つめた。そして小さく「うん」と呟いてから立ち上がる。
「じゃあ、露店に聞いてみるのがいいかも」
「そうですね。それが一番早いかもしれません」
 セレスティも杖を片手に立ち上がる。
「それでは私、案内します」
 それまで二人の話をじっと聞いていた桃子はそう言い、同じく立ち上がった。
「何が起こったか、後でしっかり教えてよね」
 麗香はそう言うと、ひらひらと手を振った。セレスティと奏は顔を見合わせ笑い合うと、アトラス編集部を後にするのであった。


●露店

 駅前、ガードレール下に三人はやってきた。少しだけ薄暗くなっているので、何となく妖しい雰囲気が漂っている。
「まだ、いるでしょうか?」
 桃子がぽつりと呟くと、セレスティがそっと微笑む。
「露店というのは場所を決めている方が、殆どなんです。ですから、まだいらっしゃると思いますよ」
「……あれじゃない?」
 セレスティの言葉が終わると共に、奏が一つの露店を指差した。その露店には、ティーカップや時計などの、いわゆるアンティークと呼ばれる品が数多く並んでいた。
「……あれです。あの人です」
 桃子はそう言い、こっくりと頷いた。
「では、話を伺ってみましょうか」
 セレスティがそう言うと、奏がこっくりと頷いた。そして、二人でその露店に近付いていった。
「どうだい?いい品が揃っているでしょ」
 二人が露店の前に立った途端、露店の男が話し出した。まだ若い、青年だ。
「ここでずっと、店を出しているの?」
 青年の言葉に答える事なく、奏は尋ねた。まっすぐな目で見られ、青年は「ええと」と戸惑いがちに答える。
「ああ、そうだけど」
「なら、ティーポットを売った事を覚えていませんか?白くて丸い……」
 セレスティが尋ねると、青年はしばらく考えた後に「ああ」と言いながら、手をぽんと打った。
「あれだろ?美味しい紅茶が入れられるティーポット。でもあれ、蓋が開かないんだよな」
 青年の言葉に、セレスティと奏が顔を見合わせる。
「あなたが売ろうとした時から、蓋は開かなかったんですか?」
 セレスティが尋ねると、青年はこっくりと頷く。
「俺も確認してないんだよね。ぱっと見綺麗だったし、美味しい紅茶が入れられるって言っていたから」
 青年の答えに、再びセレスティと奏は顔を見合わせた。
 青年の言葉によれば、このティーポットを前に売っていた相手が居るという事だ。
「どこで買ったの?誰から?」
 奏が尋ねると、青年は再び「うーん」と唸りながら考え込んだ。
「仕入先、と言われてもなぁ……。これ、オフレコにしてくれるか?」
 青年はきょろきょろと辺りを見回しながらそう言った。奏はセレスティの方を見、目線で「いいよね?」と尋ねる。セレスティは穏やかに微笑みながら頷く。
「あのティーポット、貰ったんだよ。俺の仕入先にアンティークショップ・レンっていうのがあって、そこの店主さんがくれたんだ」
「アンティークショップ・レン?」
「蓮さんが、ですか?」
 思わず奏とセレスティは声を上げた。なんと聞き覚えのある名前だろうか。
「ああ、なんでもいつも買ってくれるから、おまけだって」
「おまけって……」
 奏は思わず絶句する。
「あと……正式な持ち主の所に行く為には、好きなようにさせてやればいい、とか言っていたけど……俺には何の事だか」
 青年はそう言って肩をすくめた。セレスティは「なるほど」と小さく呟く。
「蓮さんは、正式な持ち主の所に行く為に、と仰ったのですね?」
「ああ。確かに、そう言っていたぜ。だから、いくらでもいいから売ってくれって」
「……じゃあ、正式な持ち主の所にティーポットが行きたがるから、ともかくアンティークショップから出そうとしたのかな?」
 奏は呟き、考え込む。
 蓮は、この夜泣きするティーポットと話をしたのだろうか?それで、このティーポットが正式な持ち主を自力で探す、とでも言ったのだろうか?
 いずれも、想像の域を脱しない。
「セレスティさん。アンティークショップ・レンに……」
「はい、行きましょう。それが一番早そうです」
 奏の言葉に、セレスティは頷く。二人とも、同じ事を考えていたようだ。
「ああ、因みにそこのグラス。もう少し値段を上げてもいいと思いますよ」
 去り際に、セレスティはそう言って露店に並んでいる一つのグラスを指差した。千円と書いて置いているものの、セレスティの見立てによると、もう少し高いものらしい。
 青年は「え?」というきょとんとした顔を見せたが、やがてつけていた値札を取り、新たに五千円、と書いた値札をつけるのであった。


●アンティークショップ・レン

 セレスティと奏、そして桃子の三人は、アンティークショップ・レンに到着した。いつもながらにして、妖しげな雰囲気の漂う店である。
「……私、別に正当な持ち主じゃないんですよね」
 店を目の前にして、桃子はぽつりと呟いた。
「どうしたんですか?」
 セレスティが尋ねると、桃子は苦笑しながら口を開く。
「このアンティークショップの店主さんは、正当な持ち主の所にティーポットが行くって言ったんですよね?それで私のところに来て……でも、蓋は開かなかったから」
「自分は正当な持ち主じゃないって、思ったの?」
 奏の問いかけに、桃子は頷く。心なしか、寂しそうな笑みだ。
「美味しい紅茶を入れられるティーポットなのに、私じゃそれが出来ないんだなって思って」
 桃子はそう言って俯き、小さく溜息をついた。
「……ただ、寂しいだけかもしれませんよ?」
「え?」
 セレスティの言葉に、桃子は顔を上げる。
「前の持ち主がいて、その人がいないから寂しいだけなのかもしれません」
「宇部さんが美味しい紅茶を入れられる人だって、知らないのかもしれないし」
 セレスティに続き、奏も進言する。桃子はそれを聞き、小さく「そうですね」と呟く。
「そうだったらいいな、って思います。私には、夜泣きするティーポットをどうにもできなかったですから」
 やっぱり寂しそうな笑みを浮かべ、桃子はそう言った。
「ともかく、蓮さんに聞いてみよう。それが、一番の近道だと思うし」
「そうですね」
 奏の言葉に、セレスティは頷いた。そして、桃子も頷く。
 そうして、三人はアンティークショップ・レンの扉を開いた。ギイ、という重い音が鳴り響き、薄暗い店内に足を踏み入れる。
「蓮さん、いらっしゃいますか?」
 セレスティが店の奥に向かって呼びかけると、奥から「はいはい」という声と共に蓮が姿を現した。
「セレスティに奏じゃないか。どうしたんだい?」
「蓮さん、これ……」
 奏はそう言いながら、桃子から受け取っていたティーポットを差し出した。蓮はそれをじっと見つめた後、にやりと笑う。
「まさか、あんた達のところにたどり着くとはね」
「蓮さんは、このティーポットについて何をご存知なんですか?」
 セレスティが尋ねると、蓮は「そうだねぇ」と呟いた後に、ティーポットを指差した。
「折角だからさ、直接聞いてみればいいさ」
「ティーポットに?」
 奏の問いに、蓮はこっくりと頷いた。
「でも、こっちがどんなに呼びかけても答えてくれなかったんだ」
「夜泣きする、との事でしたので、恐らく夜じゃなければ意識が出ないという見解だったのですが……」
「夜泣き、ねぇ……」
 蓮はそう呟きながら、ティーポットと向き合う。
「この店の中なら、対話も可能かもしれないよ?ここは、特殊な空間だから」
 蓮はそう言い、ティーポットを空いている机の上に置いた。その周りに、セレスティと奏、そして桃子が机の周りに集まった。
 奏はそっとティーポットに触れ、口を開いた。
「何で、夜な夜な泣いてたの?」
『……いないから』
 ティーポットの声が聞こえた。声と言っても、はっきりと耳に聞こえるようなものではない。頭の中に言葉が浮かんでくるような、はっきりと男か女かは分からない声である。
「誰が、いないのですか?」
『私の、持ち主が』
「何ていう人?」
『……朝武・洋太(あさたけ ようた)……アールグレイを入れるのが、上手い』
 やはり、前に持ち主がいたのだ。三人は顔を見合わせる。
『どうしてもと言うから彼の友人の元に行けば、そこで恐ろしい事に……!』
 ティーポットはそこまで言い、黙ってしまった。
「どうしたの?何があったというの?」
 奏が尋ねても、反応が無い。
「つまり、朝武さんという方のところにいて、その方が友人にこのティーポットを貸し、そこで恐ろしい事が起こった……と言う事ですね」
「恐ろしい事って、何かな?」
 黙ってしまったティーポットの代わりに、セレスティと奏は想像を巡らせつつ考え込んだ。
「……私じゃ、駄目だったんですか?」
 突如、桃子が口を開いた。
「私じゃ、夜泣きを止める事は出来なかったんですか?」
 桃子の言葉に、ティーポットは暫く沈黙してから、ゆっくりと語り始めた。
『あなたが入れようとした紅茶は……』
 ティーポットはそれだけ言い、再び黙ってしまった。桃子は何かを言いかけ、大きく溜息をついた。大きく長い、溜息を。


●再会

 ティーポットを囲み、三人は黙りこくっていた。
 ティーポットが夜泣きしていた理由は、朝武・洋太という前にいた持ち主を慕ってのことであった。それからどうしたらいいか、なかなか検討がつかないのだ。
「蓮さん、朝武さんっていう方を知ってますか?」
 セレスティが尋ねると、蓮は苦笑しながら答えた。
「それなんだよね。朝武という人のことはティーポットから聞いたけど、皆目検討がつかなくてね」
「売る時に、その人の住所までメモったりしないよね」
 蓮の言葉に、奏は納得した。
 と、その時であった。
「蓮さん、いるかしら?」
 入ってきたのは、シュライン・エマとササキビ・クミノ、それから海原・みなも(うなばら みなも)と大和・鮎(やまと あゆ)、あと見知らぬ青年が二人の計六人もの大人数であった。
「皆さん、どうなされたんです?」
 セレスティが尋ねると、クミノが「依頼だ」と短く答えた。
「草間が受けた依頼の、手伝いだ」
「セレスティさんと奏さんは、何をしてるんですか?」
 みなもの問いに、奏が「それは」と口を開いた。
「私達も依頼。草間じゃなくて、アトラスから」
「アトラスって事は、碇編集長ね。お疲れ」
 鮎がにっこりと笑いながら、ひらひらと手を振った。
「私達は、寂しがっているティーポットを探しているの。ほら、ここにいる朝武・洋太さんの友人である加鳥・龍(かとり りゅう)さんの手違いでね……」
 シュラインがそこまで言うと、セレスティと奏は同時に立ち上がった。
「寂しがっているティーポット、ですか?」
「しかも、朝武さんって言った?」
「え、ええ」
 二人の様子に驚きながら、四人は顔を見合わせながら頷いた。名前の出た洋太は、不安そうに首を傾げている。それを見て、くつくつと蓮が笑い出す。
「なるほど、こういう縁もあるもんだね」
「どういう事だ?」
 クミノが尋ねると、蓮は机の上に置いてあるティーポットを指差しながらにやりと笑った。
「こう言う事さ」
「ああ!」
 シュライン達は同時に声を上げ、その中でも洋太はよりいっそう大きな叫び声をあげ、ティーポットの元に駆け寄った。
「ごめんよ、寂しい思いをさせて!」
「良かったわねぇ。感動の再会だわ」
 鮎がぱちぱちと手を叩きながらそう言った。その言葉に、思わず他の皆もぱちぱちと手を叩いた。
「それにしても、お二人はどうしてティーポットと一緒に、ここにいたんです?」
 みなもが尋ねると、セレスティと奏は顔を見合わせて笑い合う。
「ここにいる、宇部・桃子さんからアトラスに依頼があったんですよ」
「夜泣きするティーポットがあるんだけど、どうすればいいかって」
 セレスティと奏は交互にそう答えた。
「蓋も開かなくなったし、どうしていいのか分からなくて」
「やはり、蓋が開かなくなったのか」
 付け加えられた桃子の言葉に、クミノが納得したように呟きながら頷いた。
「正当な持ち主じゃなかったからですかね?」
 少しだけ寂しそうに桃子が言うと、それまでじっとティーポットと見詰め合っていた洋太が「いや」と口を開いた。
「もしかして、宇部さんはダージリンを入れようとしませんでした?」
「え?……ええ」
「そういえば、ダージリンは嫌がったって言っていたわね」
 シュラインが言うと、洋太はこっくりと頷いた。
「だから、どうしても蓋を開けたくなかったみたいなんです」
「そういえば、俺……ダージリンを入れた気がする」
 ぽつり、と龍が呟く。それに対し、じろりと洋太が睨んだ。
「でも、どうして?ダージリンを入れようとしたからって、どうして蓋を開けさせないようにしたの?」
 鮎が小首を傾げながら言うと、ティーポット自身が言葉を発し始めた。
『……私の前の持ち主が、ダージリンが好きな人だったから』
「その人は、どうなったんですか?」
 みなもの問いに、ティーポットは自嘲を含んだように答える。
『死んだ。交通事故で』
 皆が一瞬沈黙する。ティーポットはゆっくりと語り始めた。
『私でダージリンをいれて、それを飲んで……交通事故に遭ってしまった。だから、私は怖くなったんだ』
 再びダージリンをいれ、それを飲んで交通事故に遭ってしまったら。ティーポットはそう思ってしまったのだ。
『加鳥がダージリンを入れた後、とても気が気じゃなかった。もし事故に遭っていたらどうしようって』
 はらはらしていた中、別の場所に移動させられてしまった。その事により、ティーポットの不安はより一層掻き立てられてしまったのだ。
『また次に辿り着いた所でも、ダージリンをいれようとしたから。どうしてもそれを止めたかった』
「だから……蓋を開けなかったんだ……」
 奏はそう言い、そっとティーポットを撫でた。
「言ってくれたら良かったのに……」
『言っても信じてくれなかったら、と思ってしまって』
 桃子の言葉に、ティーポットは少しだけ恥ずかしそうにそう答えた。
「でも、良かったですね。原因さえ分かればそれを避ければいいだけですし、加鳥さんも無事だと言う事が分かりましたから」
 セレスティがそう言うと、ティーポットは頷いたようだった。
「しかし、いつまでもそのような思いに囚われるのは残念だな」
 クミノはそう言い、小さく「ふむ」と呟いた。
「そうよね、ダージリンって美味しい紅茶だし」
 鮎も同意する。すると、シュラインは「それなら」と言いながらにっこりと笑った。
「今からダージリンをいれて、みんなで飲まない?それで、絶対大丈夫だって言う保障をつけちゃうの」
「それ、いい考えですね!皆で飲みましょう」
 みなもが嬉しそうに賛成した。
「じゃあ、私がいれるよ。私、いれるの得意だし」
 奏が、紅茶を入れる事に立候補した。
「茶葉ならあるから、好きに使ってくれていいよ」
 蓮はそう言い、奏を台所に案内した。
「美味しい紅茶を飲みたいと思っていましたから、光栄ですね」
 セレスティはそう言い、微笑んだ。見れば、皆口元をほころばしている。
「ああ、そうだ。ティーポットについていかなくていいのか?」
 クミノが洋太にそう言うと、洋太は「あ」と声を上げ、台所に向かっていった。恐らくは、ティーポットはまだ怖がっているだろうから。
「私、嫌われていたわけじゃなかったんですね」
 ぽつり、と桃子は呟いた。その呟きに対し、その場にいる全員がにこやかに頷くのであった。


●後日

 アトラス編集部では、夜泣きするティーポットの話をセレスティと奏によってまとめられていた。結末部分になると、麗香は形の良い唇を微笑ませ、三下は眼鏡越しに涙を拭っていた。
 眼鏡を外さねば意味が無い事を、いまいち理解していないらしい。
「それにしても、良かったわね。でも、宇部さんはちょっと寂しくなったのかしら?」
「時々、朝武さんの所に遊びに行って、一緒にそのティーポットでいれた紅茶を飲んでいるようですよ」
 セレスティはそう言い、そっと微笑んだ。意外と、あの二人は上手く行くかもしれないと踏んでいるのである。
「あのティーポット、確かに美味しい紅茶が入れられたしね」
 奏はそう言いながら、ふと思い出す。あの時入れた、ダージリンの味を。
「まあ、そんなに美味しい紅茶だったの?飲みたかったわ」
 麗香はそう言ってにこやかに微笑んだ。
「僕も飲んでみたいです。その、美味しいという感動の紅茶を」
 未だに涙を目に溜めつつ、三下は言った。
「そうね、ともかくさっさと記事にまとめてね」
 麗香はそう言うと、セレスティと奏のレポートをまとめて三下の手にぽんと渡した。三下はそれを見て「ええ?」と声を上げた。
「さて。私はコーヒーでも飲もうかしら?二人も、どう?」
「はい、頂きます」
「私も」
 セレスティと奏は、麗香の申し出をありがたく受けた。アトラス編集部のコーヒーはなかなか美味しいと、評判である。
「……編集長、僕には?」
「三下君は、それをまとめてからね」
 そんなぁ、と哀しそうに呟く三下には目もくれず、麗香は給湯室へと向かった。
「また、あの紅茶が飲みたいですね」
 セレスティがぼそりと呟くと、奏も「うん」と頷いた。
「色んな紅茶をあのティーポットで飲めたら、楽しいだろうし」
 二人は顔を見合わせて笑い合った。夜泣きしていないティーポットで飲む紅茶の味を、思い返しながら。

<コーヒーの匂いが近付きつつ・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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「ティーポットは夜泣きする」(月刊アトラス編集部)
【 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
【 4767 / 月宮・奏 / 女 / 14 / 中学生:癒しの退魔師:神格者】

「ティーポットは寂しがる」(草間興信所)
【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 1166 / ササキビ・クミノ / 女 / 13 / 殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない 】
【 1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生 】
【 3580 / 大和・鮎 / 女 / 21 / OL 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「ティーポットは夜泣きする」にご参加いただき、本当に有難う御座います。
 この話は、草間興信所依頼「ティーポットは寂しがる」と並行している話になっており、一部交わっている部分があります。ずっとやってみたかった形に近いものをやらせていただきました。結論が近くにありそうなのに、なかなか届かないようなものがやりたかったのですが、如何だったでしょうか?
 セレスティ・カーニンガムさん、いつも参加いただき有難う御座います。ティーポットをデザインから探ろうとしてくださって、びっくりしました。現代、とは考えていたものの、デザインからとは……。脱帽です。
 余談ですが、話の後、三下君は無事に原稿を書いてコーヒーをもらえたそうです。冷めていたそうですが。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。